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広島高等裁判所 昭和35年(う)293号 判決 1960年12月21日

被告人 宮脇馨

主文

原判決中被告人に関する有罪部分及び公訴棄却部分を破棄する。

本件を広島地方裁判所に差し戻す。

理由

一、検察官の論旨第一点について。

被告人に対する昭和三十五年四月十二日付起訴状の記載によれば、本件公訴事実中、第一の四は被告人は昭和三十四年二月二十五日午後十一時半頃広島市富士見町の通称百米道路と四十米道路との交叉点西側角付近路上において、通りがかりのA(当二十七年)を認めるや劣情を催し、連れの藤本卓司と共謀の上強いて同女を姦淫しようと企て、矢庭に同女の腕をとらえ背後から押す等して付近の道路改修工事現場窪地に連行してその場に押し倒し、口を塞ぎ首を絞めつけるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上強いて同女を姦淫し、且つその際右暴行により同女の小陰唇部に治療約六日を要する裂傷を負わせた、というにあり、また第一の五は被告人は右姦淫行為の継続中Aが前記の如く反抗を抑圧された状況下にあつたのに乗じ、同女がその身辺においていたハンドバツク内から現金九百九十四円在中の財布一個を強取した、というにあつて、各その罪名・罰条として第一の四事実―強姦致傷―刑法第百八十一条・第百七十七条前段、第一の五事実―強盗―刑法第二百三十六条第一項と記載されていることからみて、検察官は被告人の右所為を併合罪の関係にあるものとして起訴したことが明らかである。そして原判決によれば、原審においては右第一の四の事実を認定しこれにつき被告人に対し有罪判決の言渡をし、第一の五の強盗は第一の四の強姦致傷と包括して結合犯たる強盗強姦の一罪の一部を構成するものであるから刑事訴訟法第三百三十八条第三号の二重起訴にあたるとの理由でその公訴を棄却したことが認められる。なるほど記録に基き証拠を検討するに、公訴事実第一の四の強姦致傷と第一の五の強盗とは包括して結合犯たる強盗強姦の一罪を構成するものと認むべきことは原判決認定のとおりである。しかしながら、刑事訴訟法第三百三十八条第三号は同一の事件につき二個の実体的判決を生ずることを防止するために、公訴の提起があつた事件について更に同一の裁判所に公訴が提起された場合には、後の公訴を棄却すべきことを命ずる趣旨のものである。現行刑事訴訟の実際において同一の裁判所で同一事件につき二個の実体的判決を生ずる危険は専ら一の裁判所に既に公訴が提起された事件について、その後更に別の機会に別の起訴状によつて同一の裁判所に公訴が提起された場合にのみ起こり得るものと考えられるのである。本件の如く、裁判所の構成要件的評価に従えば、公訴事実第一の四の強姦致傷と第一の五の強盗とは結合犯たる強盗強姦の一罪と認められる事実につき、検察官が前記のように二罪を構成するものとし一通の起訴状中に強姦致傷及び強盗の各別個の訴因内容を掲げて公訴を提起した場合には、これが公訴の提起につき前後の区別をなし得ないばかりでなく、裁判所としては検察官の見解に拘束されることなく右両訴因を合して強盗強姦の一罪を構成するものと認め、これに対し一個の実体的判決をなすべきであつて、二個の実体的判決を生ずる余地は全くないわけであるから、前記第一の五の強盗の訴因についての公訴提起を目して刑事訴訟法第三百三十八条第三号の二重起訴にあたるものとはいい得ない。したがつて、原判決中公訴事実第一の五の強盗の点につき刑事訴訟法第三百三十八条第三号の二重起訴にあたるものとして公訴を棄却した部分には同法第三百七十八条第二号後段該当の違法がある。論旨は理由がある。

二、検察官の論旨第三点について。

公訴事実第一の四の強姦致傷と第一の五の強盗とを刑法第二百四十一条前段の結合犯たる強盗強姦の一罪とみるか、同法第百八十一条の強姦致傷と同法第二百三十六条第一項の強盗との二罪とみるかは右各事実に対する構成要件的評価の差異に過ぎない。これにつき裁判所は検察官の見解の如何に拘束されることなくその独自の判断に基き実体的判決をなすべきものであることに関しては前段にも述べたとおりであるが、本件において前記二個の訴因を合して刑法第二百四十一条前段の強盗強姦の一罪と認定するについては、起訴にかゝる右各訴因中にその認定しようとする犯罪事実の構成要件の全部が含まれていないし、前者を後者に変更するのは被告人にとつて不利益であるから訴因・罰条の変更手続を要するものと解されるのである。そして、刑事訴訟法第三百十二条第二項の解釈上裁判所が検察官に対し訴因・罰条の変更手続を促し、またはこれを命ずる義務があるかどうかについては議論の存するところであるが、本件において検察官が起訴状に前記のように強姦致傷と強盗との各別個の訴因を掲げたのは、裁判所とその構成要件的評価を異にしたために過ぎないのであつて、検察官においては裁判所に対し右両訴因について共に審判を求める意思のあることが起訴状自体によつて明らかであり、更に記録によれば、原審においては第二回公判において検察官に対し右二個の訴因を併合罪として起訴した理由について釈明していることが認められ、これらの点からして、原審は審理の過程において証拠調の結果前記両訴因の事実を刑法第二百四十一条前段の結合犯たる強盗強姦の一罪を構成するものとの判断に到達したことが認められ、且つその際検察官に対し容易に訴因・罰条の変更手続を促し、またはこれを命ずることができ、且つこれを促し、または命じさえすれば当然検察官においてそのとおり変更手続をしたものと認められるのみならず、その罪も重大であることなどが認められる。少くとも以上のような諸事情のもとにおいては、実体真実の発見と刑罰法令の適正な適用実現を任務とする裁判所としては自らすすんで検察官に対し公訴事実第一の四及び第一の五につきその認定に副う訴因・罰条の変更手続を促し、またはこれを命じ、以つてこれにつき実体的審判をなすべき義務があるものと解するのが相当である。先の昭和三十三年五月二十日の最高裁判所第三小法廷の訴因変更手続に関する判決は、本件の如き場合においてもなお裁判所が検察官に対し訴因・罰条の変更手続を促し、または命ずべきことを否定したものとは解し得ない。しかるに記録によれば、原審においてはかかる手続を履践することなく前記のような釈明をしたのみで直ちに弁論を終結して起訴にかかる訴因についてのみ審理判断し、公訴事実第一の四について強姦致傷の犯罪事実を認定し、第一の五について前述のように公訴を棄却したことが認めらる。かかる原審の措置は以上の理由により訴訟指揮の適正を欠くばかりでなく、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続に関する法令の違背があるといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて爾余の各論旨に対する判断を俟たず、原判決中被告人に関する有罪部分は刑事訴訟法第三百九十七条第一項・第三百七十九条・第四百条本文、公訴棄却部分は同法第三百九十七条第一項・第三百七十八条第二号後段・第三百七十九条・第三百九十八条・第四百条本文に各則りこれを破棄し、原審たる広島地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺雄 高橋正男 久安弘一)

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