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広島高等裁判所 昭和36年(ナ)1号 判決 1961年7月29日

原告 佐藤英男 外一名

被告 岩崎譲亮

主文

昭和三四年四月二三日施行にかかる広島県議会議員選挙における被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告らは、昭和三四年四月二三日施行にかかる広島県議会議員選挙当時から現在まで広島県高田郡選挙区の選挙人である。

(二)  被告は、右選挙において、高田郡選挙区から立候補し当選人となつたものである。

(三)  しかるところ、右選挙において、被告の選挙運動を総括主宰した訴外平原敏一は右選挙運動中の所為につき公職選挙法第二二一条第三項違反の罪に問われ、昭和三四年一二月二二日広島地方裁判所において懲役一年執行猶予三年の刑に処せられ、同三五年一二月二三日最高裁判所において上告棄却となり右刑が確定した。

(四)  そのため、被告の前記選挙における当選は、公職選挙法第二五一条の二第一項の規定により無効となつたので、同法第二一一条に則り本訴に及んだ次第である。

と陳述した。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

(一)  原告の請求原因事実中、訴外平原敏一が本件選挙において被告の選挙運動の総括主宰者であつたことおよび同訴外人の犯罪行為が公職選挙法第二二一条に該当することは争うが、その余の事実は認める。

(二)  右平原敏一は、本件選挙において被告の選挙運動に従事し運動員に金員を交付した事実はあるが、同訴外人は総括主宰者ではない。およそ、総括主宰者とは特定の候補者のため選挙運動の行われる全地域にわたつてその運動の中心となり、かつ、選挙運動を全面的に支配する実権をもつて指揮統率した者をいうのであるところ、右平原は自己が従前から被告に恩顧をうけていた関係で自己の資金を用い被告はもちろん出納責任者にも通ずることなく多数運動員に運動費として金銭を交付するという違法行為をなしていたにすぎず何ら被告の選挙を統轄指揮した事実はない。被告の選挙運動の総括主宰者は名実ともに訴外末兼英一であつて、告示前の準備行為たると告示後の運動たるとを問わず同訴外人が選挙区の全域にわたりこれを計画し、指揮統率したのである。すなわち、被告は昭和三三年八月中頃より本件選挙に臨む態勢を確立するため被告と右末兼とを中心に数次に亘る側近者の会合を開き諸般の準備を進め来つたが、そのうち選挙事務所の選定、設営、事務局長の選任、ポスター・推せん状の文案・彩色の決定、弁士の予約、支持団体との連絡方法の検討等主要部分は末兼の決定するところであつた。又、告示後の選挙運動にしても、候補者および応援弁士の弁論内容の検討、指示、街頭演説の日程、個人演説会の会場の選定、その変更、推せん状の依頼・発送の方法・時期、新聞広告の内容の決定等重要事項はすべて末兼によつて決定されたのである。これに反し、前記平原は総括主宰者たる実力もないし、総括主宰者の主要な業務と考えられる前示諸点の決定について関与した事実もない。元来被告の選挙運動は被告もその会員である旧吉田町のいわゆる甚六会が中心となつてこれを推進し、同会の会長である前記末兼が総括主宰者となつたものであり、ことに同人は教育委員・歯科医師等の地位にある名望家であつて、かかる名望家にしてはじめて本件選挙の全般にわたり指揮統率することが可能であつたのである。しかるに、右平原は買収容疑で検挙されるや、他に累を及ぼすまいとの決意から、事実に反して自己が総括主宰者であるかのごとく供述し司直の判断をあやまらしめたものである。

(三)  右平原は、本件選挙に関し公職選挙法第二二一条に該当する犯罪ありとして処罰されたのであるが、同人が運動員に金員を交付した行為は右法条にいう金銭の供与に該当せず、出納責任者と意思を通じないでした運動員の選挙運動に要する費用の弁償又は前渡であるから、右平原は前記法条の罪をおかしたものではない。

(四)  仮に、被告の右主張が何れも理由がないとしても、公職選挙法第二五一条の二、同第二一一条第一項の規定は、憲法第三一条第三二条の精神に反するものであつて無効である。すなわち、右公職選挙法の規定は、総括主宰者又は出納責任者が特定の犯罪をおかし刑に処せられたる場合において当選人の当選を無効とするいわゆる連座規定であるところ、昭和二九年改正前の公職選挙法におけるそれと異なり当選人の総括主宰者等の選任監督における注意の懈怠を要件としないから、当選人は自己の故意過失によらず全く関知しない他人の犯罪行為により当選を失うということとなつているのである。かくのごときは基本的人権の保護を強調する憲法の精神に反すること明かであるから、右公職選挙法の連座規定は憲法に違反するものとして何ら効力を有しない。従つて、右規定に基く本訴請求も失当である。

と陳述した。(証拠省略)

理由

被告が昭和三四年四月二三日施行にかかる広島県議会議員選挙において高田郡選挙区から立候補し当選人となつたこと、原告ら両名が右選挙における広島県高田郡選挙区の選挙人であること、訴外平原敏一が右選挙において被告のため選挙運動に従事しその間の所為につき公職選挙法第二二一条違反の罪に問われ、昭和三四年一二月二二日広島地方裁判所において懲役一年執行猶予三年の刑に処せられ、同三五年一二月二三日最高裁判所において上告を棄却せられ右刑が確定したこと、の各事実は当事者間に争がない。

原告は、右平原敏一が本件選挙における被告の選挙運動の総括主宰者であつたと主張し、これに対し被告はこれを否認し、訴外末兼英一が右総括主宰者であつたと抗争するのでこの点について判断する。

成立に争ない甲第一号証、同第三号証、同第四ないし第六号証の各一ないし三、同第七号証の一、二、同第八ないし第一〇号証によれば、訴外平原敏一は被告とは元来親族関係にある者で古くから互に親交を結び昭和三〇年施行の広島県議会議員選挙において被告が立候補当選した際にも右訴外人がポスター掲示責任者となり被告の選挙運動の有力幹部として活躍したこと、昭和三三年八月頃被告方において本件選挙の対策協議に関し被告側近者の会合が開かれたが平原はこれにも出席し次いで同年一〇月頃岩崎譲亮後援会が結成されるや推されてその会長に就任したこと、さらに右訴外人は本件選挙の直前昭和三四年三月中旬および四月初めの二回にわたり被告方において開かれた被告の選挙運動方針等の協議会に出席右方針の立案に参画しことに右四月初めの会合の席上被告が自ら作成した選挙区内各地区の運動責任者の氏名を記載したメモを受領所持し列席者に対し運動の担当区域・内容等を指示したこと、又右訴外人は本件選挙告示直前から全運動期間に亘り選挙運動に専念し運動期間中毎日被告選挙事務所に出勤し随時被告方および選挙事務用として借り入れた吉田町いろは旅館応接室との間を往来し右各場所において各地区の多数運動員と面接して情勢報告を聴くとともに三十数回に約二十六、七万円の現金を運動員谷川国雄ほか多数人に選挙運動の報酬等として供与又は交付して運動を指揮督励し、ことに激戦地とみられた高宮町には再度情勢視察に赴く等して運動の積極的推進を図つたこと、被告の出納責任者たる訴外山県正一は単に名義上のみの存在で実際上は右平原において選挙運動費用の収支一切を掌握し、かつ、法定選挙費用のほか自ら運動資金として約三〇万円を調達し前記供与又は交付にかかる金員も右三〇万円の中から支弁されたものであること、本件選挙においてもポスターの掲示責任者としては右平原がその任に当つていること等の各事実を認定することができる。成立に争ない乙号各証、前記甲第四ないし第六号証の各三、同第七号証の二、証人末兼英一の証言、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。そして、右認定の事実によれば訴外平原は被告のため本件選挙運動の中心となつて選挙の告示前からその運動の全期間、かつ選挙運動の行なわれた全地域に亘りその運動全般を支配していたものということができるから、訴外平原が被告の選挙運動の総括主宰者であつたと認めるのを相当とする。もつとも、被告提出にかかる前記各証拠によれば、被告は訴外末兼英一とも親交があり、昭和二二年および同二六年の広島県議選挙に被告が立候補した際には右末兼においてその選挙運動の最高責任者となつたこと、本件選挙においても右末兼は前記昭和三三年八月、同三四年三月中旬および四月初めの三回の会合に出席し、選挙事務所の借入、同事務員原四郎の雇入、ポスターの配色の選定、演説会の日程の作成・変更については右末兼の助言・尽力によるものがあつたこと、同人は選挙事務所へは昼間は時々顔を出す程度に過ぎなかつたが夜間は遅くなつてからではあるが毎晩のように立ち現われ演説から帰つた被告を待ち受けてこれと話し合つていたこと、宮沢参議院議員が被告応援のため来た際にも右末兼がその接待に当つたことが認められるが、一方前記甲第六号証の三、同第一〇号証、証人末兼英一の証言によると、右末兼は吉田町において開業している歯科医師であつて診療のため日常多忙の身であるのみならず、特に本件選挙当時は吉田町教育委員の職にあり法律上積極的な政治運動をなすことができない立場にあつた関係上選挙運動の総括主宰者のごとき重要にして積極的な政治活動を行う地位につくことはできず側面からの援助協力が許されていたに過ぎなかつたこと、又同人は選挙費用ないし選挙運動資金の面には全く関与するところがなかつたこと等の事実が認められ、これらを綜合して考えると訴外末兼は本件選挙運動において前記平原の上に立ちこれを指揮したというものではなく、本件選挙における前記末兼の行動のごときも、たんに従来の被告との関係上主として選挙運動の準備および演説の面において側面的に協力したに過ぎないと認められるから訴外末兼をもつて本件選挙運動における総括主宰者であるということはできない。

次に、被告は、訴外平原が運動員に金員を交付したのは運動員らに選挙費用の実費を弁償し又は前渡をなしたものであり、ただこれを出納責任者に通じなかつたに過ぎないから右金員交付行為は公職選挙法第二二一条に該当するものではないと主張するが、すでに認定したように右平原のなした金三〇万円に近い金員交付は運動員らに対する選挙運動の報酬等の供与としてなされたものであつて、右認定を左右するに足る証拠は存しないから被告の右主張は到底採用することができない。

以上説示のとおり本件選挙において被告の選挙運動を総括主宰した者である訴外平原敏一が公職選挙法第二二一条の罪を犯し刑に処せられたことはまことに明白であるから本件選挙における被告の当選は同法第二五一条の二の規定により無効となるものといわなければならない。

被告は、さらに、公職選挙法第二五一条の二、第二一一条の規定は憲法に違反し無効であるから右法条に基き提起された本訴請求も失当であると主張する。しかしながら、被告の挙げる憲法第三一条、第三二条の規定は、右公職選挙法の各規定と何ら関連するところがないから、憲法違反の問題を生ずる余地は全くない。又、被告は、当選人の故意過失に基かず、第三者たる総括主宰者の犯罪行為に連座せしめて当選を失わせる右公職選挙法の規定は憲法の精神に反するとも主張するが、当選人の当選を失わしめるというがごときは、刑罰を科することとは全く異つた事がらであり、しかも当選人自身の故意過失を要件とすることは憲法上要請せられているというわけではないから、選挙の公正を維持するため公職選挙法に被告所論のような連座規定をおくことは毫も憲法に違反するものではない。被告の右主張も採用できない。

して見ると、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河相格治 胡田勲 宮本聖司)

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