広島高等裁判所 昭和36年(ラ)23号 決定 1962年1月23日
申立人 同和産業株式会社
補助参加人 野上辰之助
相手方 広島県知事
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
しかしながら、当裁判所は、次の判断を附加するほか、原決定理由欄中「第三当裁判所の判断」の項に記載してあるところと同一の理由によつて、抗告人の本件執行停止の申立を失当であると認める。
抗告人が、本件水利使用許可処分および工事実施認可処分につきその違法原因として主張するところは、要するに、右各処分に基いて件外中国電力株式会社の開さくする水路が抗告人の鉱区又は出願地を縦貫し、これによつてその採掘権、試掘権および先願権に法律上不利益を受けるというにある。しかし、本件は相手方知事が河川法第一七条ないし第一九条の規定により流水の占有を許可し、かつ、右流水の引用のために施設する工作物(水路)の新築を認可したものであつて、右工作物設置の計画予定地域に第三者の所有権、鉱業権等の権利が存在することは何ら右各行政処分を違法ならしめるものではない。けだし、前記中国電力株式会社としては、抗告人の権利の存在を前提とし、右許可を得たうえ、抗告人との間に補償の協定をなす等抗告人の権利との調整をはかり前記水路開さく工事を施行し得ることはもちろん、場合によつては抗告人の権利を収用することすら可能なのだからである。そして、本件においては、抗告人は右の外本件許可、認可につき何らの違法原因をも主張立証していないから、結局本案請求権の疎明なきことに帰着するといわなければならない。
以上説示のとおり抗告人の本件執行停止申立は失当でこれを却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 河相格治 胡田勲 宮本聖司)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方が昭和三十四年六月二十三日指令河第九〇五号を以てなした訴外中国電力株式会社に対する太田川水系太田川の水利使用許可処分並に同年十二月二十六日右許可に基く工事実施認可処分の執行は広島地方裁判所昭和三四年(行)第九号水利使用許可処分取消請求事件の本案判決が確定するまでその執行を停止する。
右趣旨の御裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定は本件水利使用許可処分並に工事実施認可処分それ自体が申立人の有する鉱業権を侵害するものでなく、右許可を受けた訴外中国電力株式会社に於て申立人の有する鉱業権と調整をなせば足るものであるとの見解を以て申立人の本件申立を却下せられた。
二、しかし、左記理由によつて、原決定は法の解釈を誤つて不法に本件申立を排斥された違法があるものと思料される。
(一) 申立人は河川法第六十条により違法処分によつて権利を毀損されたものとして救済を求める訴の利益を有するものである。
(イ) 本件水利使用許可処分並に工事実施認可処分は、申立人の有する広島通産局登録番号第二〇一号金、銀、銅、亜鉛、硫化鉄鉱、けい石、長石の採掘権、同第二八五三号前同の試掘権並に原決定添付目録記載の先願権による鉱区を縦貫して水路を開さくするもので、その水路は内径五・〇四米、その周囲五〇米の部分は鉱業法によつて採掘を禁ぜらるる結果申立人の有する鉱業権並に先願権を侵害するものである、公物使用権の特許は第三者の権利を直接侵害してはならないことは勿論であるが、その特許の結果、第三者の権利を著しく侵害する場合に於てもその行政処分は違法たるを免れないものである。
(ロ) 本件行政処分は法律上建設大臣の認可及び通産大臣の意見の聴取を要件とするもので、公益事業令第五十九条が特に、通産大臣の意見は建設大臣との協議の上なすべき旨定めた法意は第三者の権利との調整をなすべきことを明にしているもので通産大臣がその所管に属する申立人の有する鉱業権並に先願権を無視してなされた意見は当然瑕疵を帯有し本件行政処分を違法ならしめるものである。
(ハ) 申立人の有する鉱業権並に先願権は鉱業法第十五条によつて鉱区禁止地域の指定がなされない限り、之が権利の行使につき制限を受くるものでない。従つて本件水利使用許可処分があつても、同等の権利者として、これが権利の行使を妨げられるものではない。
しかるに、本件水利使用許可処分によつて、申立人の有する鉱業権並に先願権は左のとおり実質上の影響を受くるものである。
(A) 鉱業権については、鉱業法第六十三条による施業案は同法第六十四条の掘採制限を受け、又、同法第五十三条によつて鉱区の減少の処分を受くるに至る。或いは特許権者は企業者として土地収用法第五条第十八条二項五号によつて鉱業権の収用をなし得る結果鉱業権は消滅する。
(B) 出願権並に採掘転願権は同鉱業法第三十五条によつて不許可処分をなし得るに至るものである。
かかる重大なる利害を生ずる本件行政処分に対し申立人が権利を毀損せらるる鉱業権者として之が効力を争う訴を提起する利益を有することは明である。
(ニ) 本件水利使用許可処分は水利に関する特許ではあるが、その特許中には水路工事施行の許可を含むもので、本件行政処分が確定すれば特許権者は他の行政官庁には勿論、第三者に対しても、右特許の権利を主張し得るに至るもので、所謂、行政処分の公定力の存する限り、申立人の有する鉱業権並に先願権は前記のとおり、その権利の行使を制限せらるるに至るのでこれが排除を求める為めには行政訴訟を以てその行政処分の効力を争う以外に方法はない。
(ホ) 原決定は本件水利に関する行政処分は水に関する管理を目的とするもので特許権者に対し第三者の権利を害することを許容するものでないが故に訴の利益なしとされているけれども、仮りに、原決定のとおり特許権者は第三者の権利との調整の下に工事をなすべきものであるとしても、右行政処分によつて権利を毀損さるる虞れある申立人が右行政処分の効力を争う利益なしとは到底考えられない。右行政処分が確定すれば、前記のとおり、申立人の有する鉱業権並に先願権は制限又は消滅に帰するに至る結果、鉱業権者は常に之を受忍しなければならないこととなる。従つて、これが救済をなすためには、鉱業権者は行政訴訟を以てその行政処分の取消、変更を求め得べきものである。
(二) 原決定のように、本件行政処分を解して、申立人が鉱業権者として本件行政処分に対して訴を提起する利益なしと解すれば、申立人は終局に於て何等の補償も受くることなくしてその権利を失うに至るものである。本件行政処分が確定すれば前記のとおり、申立人の有する鉱業権は、何等の補償を受けずして施業案の制限を受け、全鉱区は死んど施業不能に帰し、鉱区はその価値を全く喪失して莫大な損害を蒙るものである。憲法第二九条第三項は「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」と定めているが、このことは、行政処分を以て第三者の権利を侵害し得ない。行政処分が第三者の権利を侵害する場合は予め正当な補償をなすべきである法意と解される。
原決定の如く、訴の利益を否定することは右憲法の法意に違背するものである。
三、前記のとおり原決定は法の解釈を誤つているもので、特許権者である中国電力株式会社が申立人の有する権利との調整をなせば足るとすることは、行政処分が公定力を有するため、直ちに施業案の制限をなし得ることを看過し、本末を転到した議論という外はない。
右の理由を以て原決定は取消さるべきものと思料する。
四、申立人のその余の主張は本件執行停止命令申立書、昭和三十五年九月二十四日付準備書面、同三十六年一月十二日付準備書面のとおりである。
以上