広島高等裁判所 昭和37年(う)223号 判決 1963年3月04日
控訴人 原審検察官
被告人 三宅良州
検察官 林正二
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金一、五〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
検察官の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨は、原審が本件車両の歩道上駐車は道路交通法第四八条第一項に違反しないとして被告人に対し無罪を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つた違法があり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
記録によると、本件公訴事実は「被告人は法定の除外事由がないのに、昭和三六年八月三一日午後八時二〇分頃広島市上流川町三宅眼科宅先道路において、八広ま〇五〇〇号軽(四輪)自動車を駐車するに際し、その車道の左側端にそわず、他の交通の妨害となるように歩道上に駐車したものである」というのであつて、右は道路交通法第四八条第一項第一二〇条第一項第五号に該当するとの起訴に対し、原審は証拠調の結果「他の交通の妨害となるように」との部分を除き右公訴事実のとおり事実を認定したが、道路交通法によれば歩道は法定の駐車禁止場所ではなく、駐車の方法について定めた同法第四八条第一項は歩道と車道の区別のある道路では車輛が車道(法第一七条第三項参照)に駐車する場合に沿うべき線を示す趣旨と解すべきで、駐車の場所は車道に限るということまで規定したものとは解しがたく、車輛は原則として歩道上に駐車できるとの見解のもとに(なお具体的状況によつて他の交通の妨害となるような駐車をした場合には該当しないとして)無罪の言渡をしたものである。
よつて考察するに、
一、道路交通法(以下単に法という)第三章第一七条第三項において「道路(歩道と車道の区別のある道路においては、車道・以下この章において同じ。)」と規定しているのであるから、同法第三章第四八条第一項は、歩道と車道の区別のない道路を除外してみれば、「車輛は、歩道と車道の区別のある道路においては、車道の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないように駐車しなければならない」と規定しているのであつて、同条項は単に車輛の車道上における駐車の方法を規制したに止まらず、広く道路上における駐車の場所と方法とを規制したもので、歩道上の駐車を禁止する趣旨をも包含するものと解すべきことは、前記文理上明白である。のみならず、元来道路交通法における駐停車の観念は車輛の通行を前提とするものであつて、通行し得ない場所における駐停車ということは予想されないところであり、法が第一七条第一項本文において車輛の歩道上通行を禁止している以上、歩道上の駐停車をも否定する趣旨であると解すべきことは寧ろ当然である。
このことは、法が車輛の車道上の駐停車について場所方法に関し各種の規制を設けているのに反し、歩道上の駐停車について何らの規制を設けていないことからみても容易に理解し得る。法第四四条第四五条に駐停車を禁止する場所として歩道が掲げられていないことは、原判決の指摘するとおりであるけれども、それは右の如く車輛の歩道上通行を禁止しているので歩道上に駐停車することを予想していないためと考えられる。従つて車輛が歩道上に駐車することは、車道上における右側駐車、斜め駐車、二重駐車等とともに、車道の左側端に沿わない駐車として、それが他の交通の妨害となるか否かを論ずるまでもなく、法第四八条第一項違反の罪を構成するものというべきである。
右の如く、法第四八条第一項が車輛の歩道上駐車をも禁止する趣旨であることは、規定自体において明らかにれさているということができるから、同条項によつて車輛の歩道上駐車を処罰することは、決して被告人の主張するように類推、拡大解釈ではなく、また罪刑法定主義の原則を破壊し憲法第三一条に違反するものでもない。
二、原判決は旧道路交通取締法施行令第三三条は車輛の歩道上駐車を禁止した規定であるとしながら、法第四八条第一項はそうでないとしている。しかし、道路交通法は最近における複雑困難な交通事情に対処するため、旧道路交通取締法、同法施行令の不備欠陥を補い、車輛の通行及び駐停車の方法につき一層規制を強化するとともに合理化を図つて、歩行者の安全保護を徹底したものである。このことは両者の規定を対照検討すれば明白である。しかも右旧施行令第三三条と法第四八条第一項を比較すれば、両者の規定の形態は全く同一である上に、車輛は車道を通行し車道上に駐車すべしという基本的な考え方は新旧法の等しくとるところである。右両規定は、車両は歩道と車道の区別のある道路においては車道の左側端に沿つて駐車すべしとする本質的内容において全く同一であり、従つて車輛の歩道上駐車を全面的に禁止していることにおいては両者の間に何らの変更もない。
また法第四八条第一項括弧内の「歩道と車道の区別のない道路で公安委員会が指定した場所においては、道路の左側端から道路の中央に〇・五メートル寄つた線」との文言は、旧施行令第三三条を改めて歩行者の通行の安全を確保しその保護を図る立場から、特に歩道と車道の区別のない道路において人道(換言すれば歩道)を確保する目的に出たものであつて、歩道上駐車禁止の原則を変更するものでないことはいうまでもない。
原判決は法第四八条第一項の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当裁判所において直ちに判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は法定の除外事由がないのに、昭和三六年八月三一日午後八時二〇分頃広島市上流川町二八番地先の歩道と車道の区別のある道路において、軽(四輪)自動車八広ま〇五〇〇号を駐車するに際し、車道の左側端に沿わないで歩道上に駐車したものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は、道路交通法第一二〇条第一項第五号第四八条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、所定金額の範囲内において被告人を罰金一、五〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
(被告人の主張に対する判断)
なお被告人は本件歩道上の駐車は自動車の盗難防止のため已むを得ずなしたもので、緊急避難として適法な行為であると主張するけれども、盗難の危険が差し迫つていたものとは認められず、かつ平素は門内に格納していたのであつて当時この方法をとることが不可能でなかつたのであるから、右主張は採るを得ない。また被告人は、道路交通法は車輛の歩道上駐車を許容していると信じていたもので法律の錯誤であり、かつ錯誤するについて相当な理由がある場合であるから罪を犯す意思がなかつたと主張するけれども、いわゆる法定犯についても法律の錯誤が故意を阻却しないことは最高裁判所の判例とするところであるのみならず、被告人の原審における供述によれば、右主張は本件公訴提起後道路交通法を研究した結果に基くもので犯行当時常識的に歩道上駐車は許されていないだろうとは思つていたというのであつて、法秩序に違反することの認識を有していたことは明白であるから、右主張は既に前提において理由がないというべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 村木友市 判事 藤原吉備彦 判事 桑田連平)