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広島高等裁判所 昭和39年(う)294号 判決 1965年8月04日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人前野光好の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は、要するに被告人の原判示バス時間表の頒布の趣旨を争い、原判決は公職選挙法第一四六条の解釈を誤り、罪とならない事実を有罪と誤認した違法があるというにある。

そこで、記録並びに原審及び当審において取調べた証拠を検討して考察するに、被告人は原審相被告人木村智男と共謀のうえ、昭和三八年四月二日原判示山口県議会議員選挙に立候補した波木多平に当選を得しめる目的をもって、原判示のとおり波木温泉名を表示したバス時間表を印刷作成したうえ、右選挙の告示のあった昭和三八年四月二日以後原判示各住宅地居住の不特定多数の選挙人に配布されることを予想しながら原判示のとおり頒布したことが認められる。

さらに、所論は前記バス時間表には「波木温泉」云々と記入してあるが、候補者の氏名である「波木多平」とは記載していないし、しかも「波木温泉」は波木多平の妻の経営であるから、それ自体公職選挙法第一四六条の違反文書には該当しないと主張するものである。

しかしながら、同法条第一項の「公職の候補者の氏名」とは必ずしもその氏及び名を表示することを要するものと解すべきではなく、その文書の内容、頒布の時期、場所その他諸般の状況によって、これを見る者にそれが候補者の何人を指すものであるかが容易に判明する程度に特定表示されているものを含むと解すべきである。

本件についてこれをみるに、原判示地区には他に「波木温泉」と称する浴場の存在を認めるに足る証拠はなく、たとえ右「波木温泉」の経営名義人が波木多平の妻であるとしても、前記地区居住の選挙人は波木多平をその実質上の経営者であると認めていたか、あるいはすくなくとも波木温泉という記載から、容易に波木多平を連想し得るほどの状況にあったことは≪証拠省略≫によってこれを認めるに足るのである。

してみれば、原判決挙示の証拠により認め得るように、波木多平の立候補の当日以後選挙権者の手に渡るように、頒布された波木温泉名を表示した原判示バス時間表は、公職選挙法第一四六条第一項にいう特定の公職の候補者の氏名を記載した文書に該当するものというべきである。

弁護人は、たまたま本件選挙告示の前日である昭和三八年四月一日前記バスの発着時刻が変更されたので、一般乗客に対するサービスとして本件選挙とは無関係にこれを印刷頒布したものであると主張するけれども、これより以前バス発着時刻の変更に際し、波木多平が同人又は波木温泉名を表示したバス時刻表を印刷配布した事跡は認められず、却て原判決挙示の証拠中木村智男並に被告人の司法警察員に対する各供述調書を総合して考えると、被告人及び右木村は謀議のうえ右バス発着時刻の変更されたことを奇貨とし、波木多平に当選を得しめる目的をもって、本件バス時間表を印刷の上原判示地区住民に頒布したものであることが認められ、結局原判決には事実誤認も法令の解釈の誤りもなく、採証の法則違背のかどもない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 幸田輝治 裁判官 福地寿三 田辺博介)

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