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広島高等裁判所 昭和39年(ネ)117号 判決 1965年9月13日

控訴人(債務者) 山陽電気軌道株式会社

被控訴人(債権者) 秋田一男 外一名

主文

原判決を取り消す。

本件について昭和三七年四月五日山口地方裁判所下関支部がなした仮処分決定を取り消す。

本件仮処分申請を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は、控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張と疏明は、次に掲げるところのほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴人等代理人は、次のように述べた。

(一)  控訴会社は、地方における独占的な交通事業を目的とする会社であるから、被控訴人等の刑事事件によつて企業上に殆んど影響を受けていない。

(二)  被控訴人等の所属する支部組合の上部機関である私鉄総連が、支部組合の反対を押し切り、被控訴人等の承諾も得ないで、控訴会社の申出を受け入れて、被控訴人等を諭旨解雇とすることに同意したのは、当時行われていた争議解決の便法としてなしたことに外ならない。

(三)  被控訴人等は、控訴会社から、昭和三六年七月八日生活補償金および金一封を、昭和三七年三月二四日退職金を、それぞれ、賃金の一部として受領しただけのことで、本件諭旨解雇を承認したものではない。そして、被控訴人等は右の旨を右各金員を受領する際控訴会社係員に対し明白に述べている。

(四)  使用者の懲戒権の行使は、厳格な制限のもとになされるべきものであるから、その理由を明示する必要があるにも拘らず、控訴会社は、被控訴人等に対して、本件解雇の理由を示していない。したがつて、本件諭旨解雇は無効である。

(五)  控訴会社が、さきになした懲戒解雇処分を撤回した上、改めてなした本件諭旨解雇処分について、その効力を遡つて発生させることは許されない。

控訴代理人は、次のように述べた。

(一)  控訴会社は、その経営の基盤を運賃収入に置き、従業員にこれを取り扱わせている関係上、一般の信用を得ることが最も重要であるが、被控訴人等の犯行は、一般国民としてすでに当然遵守すべき義務に違反したものであつて、これが世間に流布されて控訴会社が信用を失墜したことは勿論、その経営秩序の面にも多大の影響を及ぼしたのである。

(二)  控訴会社は、昭和三六年三月一五日付で被控訴人等を懲戒解雇した後、支部組合と私鉄総連で結成された統一指導委員会の代表たる私鉄総連副委員長三橋幸男、同書記長安恒良一、同組織部長内山光雄等の申入により、右の懲戒解雇を諭旨解雇とすることについて協議を重ねたのに過ぎず、解雇そのものについては、支部組合においても争議開始前から承認していたのであつて、争議解決の手段として被控訴人等の諭旨解雇に同意したわけではない。そして、支部組合が右承認をなすについては、組合員たる被控訴人等の意向を無視し得るわけのものではないから、被控訴人等は当時諭旨解雇に同意していたものと認めるのを相当とする。

(三)  被控訴人等は、昭和三六年七月八日、控訴人が支部組合との協定により被控訴人等の諭旨解雇に伴つて支給すべき生活補償金と金一封を異議なく受領し、昭和三七年三月二四日、退職金も異議なく受領した。これによつてみると、被控訴人等は、本件諭旨解雇を承認したものといわねばならない。

(疏明省略)

理由

控訴人が鉄軌道事業および一般乗客旅客貸切自動車運送事業を目的とする株式会社であること、被控訴人秋田一男は、昭和三〇年三月二三日付、被控訴人杉野保夫は、昭和二七年三月一〇日付でそれぞれ、雇傭によつて控訴会社の従業員となり、いずれも、同会社の従業員をもつて構成する私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部(いわゆる支部組合)の組合員となつたこと、控訴会社と支部組合との間に締結された労働協約、および、控訴会社の就業規則中に被控訴人等および控訴人主張の各規定が存在すること、昭和三四年一一月二五日、山口地方裁判所下関支部で、被控訴人秋田が公職選挙法違反教唆ならびに窃盗被告事件について懲役四月、執行猶予三年、被控訴人杉野が公職選挙法違反事件について罰金五、〇〇〇円の各有罪判決の言渡を受け、右の判決は、いずれも、昭和三五年一二月一五日最高裁判所の上告棄却の判決の言渡によつて確定したこと、控訴会社が、昭和三四年一二月二六日、被控訴人等が右のような有罪判決の言渡を受けたことにより、すでに労働協約所定の懲戒事由に該当する事実があるとして、被控訴人等を懲戒解雇にすることとしたが、その後、日本私鉄労働組合総連合会(いわゆる私鉄総連)との交渉の結果、右懲戒解雇を諭旨解雇に変更し、被控訴人等に対し、昭和三六年三月一四日付をもつてその旨通告したこと、その間において、前記労働協約が昭和三六年二月二四日失効したことは、当事者間に争いがない。

右の事実に、成立に争いのない乙第一号証から第一七号証まで、乙第二四号証、原審および当審証人梶山美路、原審証人浜野了一、当審における証人篠原卓、楠本拮美(一部)、川本芳、金魚雅哉、山崎房一、福島秀郎の各証言、被控訴人秋田一男(第一、二回)、同杉野保夫各本人尋問の各結果を綜合すれば、次のような事実が一応認められる。すなわち、被控訴人秋田一男は、昭和三〇年三月、控訴会社に電車車掌として入社したが、昭和三三年五月一六日から電車課運転手となつた。被控訴人杉野保夫は、昭和二七年三月、控訴会社に電車車掌として入社後、昭和三二年一二月一六日から電車課運転手となつた。たまたま、昭和三四年四月三〇日施行の下関市長・同市議会議員選挙に際し、被控訴人秋田が控訴会社の独身寮交和寮舎監室から同僚運転手井上正和名義の右選挙投票所入場券を窃取し、これを被控訴人杉野に交付して右井上名義による詐偽投票を教唆し、被控訴人杉野が右教唆に応じて、右選挙当日、いわゆる替玉投票をしたことから告発され、昭和三四年五月被控訴人等は逮捕された。その後、被控訴人等は、右の事件について、昭和三四年一一月二五日、山口地方裁判所下関支部で、前記のような有罪判決の言渡を受けた。当時、支部組合と控訴会社との間には、労働協約の改定をめぐる争議が行われていたが、昭和三四年一二月二四日、組合の分裂により、従来の支部組合のほかに新たに山陽電軌労働組合(いわゆる山労)が成立して、右争議が終結するや、その直後、昭和三四年一二月二六日、控訴会社は、労働協約所定の懲戒委員会に対し、被控訴人等が前記刑事事件に関係して有罪の判決を受けたことは、善良なるべき会社従業員としての名誉を著しく毀損したものであり、今後在籍の資格を与えることは許されないとして、その懲戒解雇を提案することとなり、同月二八日、右議案は懲戒委員会に付議された。右議案は昭和三五年一月二五日以来、懲戒委員会において審議されたが、労働協約及び就業規則に懲戒事由として「業務上の過失以外で刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決が確定された者」と定められていたところ、右判決が未確定であるため、組合側の反対により議決に至らなかつた。そのうち、支部組合は、昭和三五年六月二二日、私鉄総連の指令に基づき、日米新安全保障条約批准反対のため同日始発から午前六時三〇分までの時限ストを行つたが、被控訴人等は、他の支部組合員と共に、同日午前四時五二分頃、山の口停留所附近で、争議に参加しない山労所属の控訴会社従業員が運転する第五一五号電車を停車させて乗り込み、次の東駅車庫まで運転させた。その際、被控訴人秋田は、山の口停留所から東駅車庫までの途中で、右電車の乗客二名を下車させたことがあつた。やがて、昭和三五年一二月一五日、被控訴人等に対する前記有罪判決が確定したので、同月一七日、控訴会社は、支部組合に対して、被控訴人等の懲戒解雇の提案理由に右判決確定の点の追加申入をした。昭和三五年一二月二一日、被控訴人杉野は、他の支部組合員数名が電車課事務室で長宗貞雄課長に抗議した際、これに参加した。

昭和三六年二月二二日、控訴会社は、支部組合に対して、被控訴人秋田の懲戒解雇理由として、昭和三五年六月二二日の時限ストに際しての威力業務妨害の点を追加し、また、被控訴人杉野の懲戒解雇理由として、(イ)昭和三五年六月二二日の時限ストに際しての威力業務妨害、及び(ロ)昭和三五年一二月二一日における電車課長に対する業務阻害行為を追加して申入を行つた。昭和三六年二月二四日、支部組合と控訴会社との間の労働協約が失効して、控訴会社が懲戒処分を行うにつき、懲戒委員会の協議を経る必要がなくなつたので、控訴会社は、同年三月一四日、懲戒委員会を打ち切り、翌一五日、就業規則第八九条、第九〇条により被控訴人等に対する懲戒解雇の発令をした。しかし、支部組合は、昭和三六年五月二四日から開催された控訴会社との団体交渉において被控訴人等の懲戒解雇の撤回を要求し、同月二七日、右の団体交渉に支部組合と私鉄総連で結成された統一指導委員会の代表として出席していた私鉄総連副委員長三橋幸男、同書記長安恒良一、同組織部長内山光雄等と会社側とのいわゆるトツプ会談において、支部組合側から被控訴人等を諭旨解雇とし、その理由を前示有罪判決の確定のみに限定し、昭和三五年六月二二日の争議行為と昭和三五年一二月二一日の電車課長に対する抗議事件を解雇理由から除外することが提案されたが、会社側は応じなかつた。ところが、支部組合は、右二七日から争議行為に入つたので、その争議解決のため、同月二九日から山口県地方労働委員会の職権斡旋となり、同委員会側からさきのトツプ会談において支部組合側のなしたのと同様の提案がなされたが、会社側は終始拒否し続けた。右労働委員会は、昭和三六年六月二日、双方に対して斡旋案を提示した。同月六日、控訴会社と支部組合との間に争議妥結に伴う協定が成立するに至り、これにより被控訴人等を諭旨解雇とし、その解雇理由は、被控訴人秋田については窃盗、公職選挙法違反教唆、被控訴人杉野については公職選挙法違反に限定することとなつた。そこで、控訴会社は、被控訴人等に対し、さきに昭和三六年三月一五日付でなした懲戒解雇を改め、昭和三六年三月一四日付をもつて遡つて諭旨解雇を発令することにした。本件諭旨解雇処分に至る経緯として、以上の事実が疏明される。

ところで、被控訴人等は、右諭旨解雇処分が控訴人の権利の濫用であつて無効であると主張するが、元来、使用者が、その雇用する労働者に対して懲戒権を発動するにあたり、懲戒事由に該当する労働者に対して所定の懲戒方法のうちいずれの方法を選ぶかは、社会通念に照らし著しく妥当性を欠かない限り、使用者の自主的な裁量に委ねられているものと解するのを相当とする。そして、使用者が、その裁量の限界をいちじるしく逸脱し、その懲戒処分が苛酷不当に過ぎ、客観的に妥当性を欠くものと認められる場合には、その懲戒処分は懲戒権の濫用として無効となるものというべきである。

本件についてみるに、成立に争いのない乙第二号証によれば、控訴会社の就業規則第八九条に第一号から第九号まで懲戒事由が列挙されており、第九〇条に、「懲戒処分は前条に於て定められた行為の軽重に従い次の五種とする。」として、(一)懲戒解雇又は諭旨解雇、(二)降級又は降号、(三)出勤停止、(四)減給、(五)譴責の五段階の懲戒方法が定められていることが明らかであり、被控訴人等が前記刑事事件について有罪の確定判決を受けたことは、同規則第八九条第六号所定の懲戒事由に該当するものである。

前示(一)の解雇処分は、(二)以下の懲戒方法に比較して最も程度の重い処分とされているのであり、労働者を企業内から終局的に排除する処分としての性質上からいつても、また、労働者の生活の基盤を奪つてその精神的ならびに物質的の生活面に及ぼす実際上の影響からみても、重大な処分であるから、この懲戒方法によるのは、他の懲戒方法によつては経営秩序を維持し難い如き、やむを得ない場合に限られるべきものである。

そして、右の観点から考察すれば、控訴会社の被控訴人等に対する本件諭旨解雇処分は、いささか苛酷の嫌いがないでもないが、一方、被控訴人等の前記刑事事件は選挙犯罪として悪質のものであつて、控訴会社の従業員としての適格性に疑を持たしめる程度のものであり、成立に争いのない乙第一八号証から第二三号証までによれば、右の刑事事件について控訴会社の従業員のなしたこととして各新聞に報道され、世間の注目を引いたことが疏明される。してみると、控訴会社がこれを放置すれば他の従業員に悪影響を及ぼして職場規律を乱すおそれがないとはいえないから、解雇処分をもつて臨んだのも無理からぬこととも思われる。のみならず、すでに認定したところによれば、昭和三六年五月二七日行われた前示トツプ会談において、支部組合側から被控訴人等に対する懲戒解雇を諭旨解雇に改めることの提案がなされ、更に、同月二九日から行われた地方労働委員会の職権斡旋に際しても、委員会側からさきのトツプ会談において支部組合側のなしたのと同様の提案がなされ、同年六月六日、支部組合と控訴会社との間に成立した前示争議妥結に伴う協定において、支部組合の提案通り、被控訴人等に対する懲戒解雇が諭旨解雇に改められた経過に照らしてみると、当時、関係者の間では、被控訴人等の前示所為は少くとも諭旨解雇に値するものと考えられていたことが疏明される。

以上の各事情を綜合してみると、結局、右の諭旨解雇は、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとは解せられないから、有効であるといわなければならない。

次に、被控訴人等は、控訴会社の右の解雇処分は不当労働行為に該当するから無効であると主張する。冒頭に掲げた各証拠によれば、被控訴人等が組合活動に積極的であることが疏明され、そのため、日頃、控訴会社から好感をもたれていなかつたであろうことが想像されるけれども、すでに、被控訴人等の前示所為が懲戒事由に該当しておることは前記のとおりであり、しかも、控訴会社が、被控訴人等に対して、その組合活動を活溌にしたことの故にこれを排除するため、前示刑事事件に藉口して本件解雇の措置に出たことについては、これを認めるに足りる疏明資料が存在しないから、右の主張は採用できない。

次に、被控訴人等は、控訴会社が本件解雇の理由を明示しないから無効であると主張するけれども、以上に疏明された事実と本件弁論の全趣旨によれば、本件諭旨解雇の理由が前示有罪判決の確定であつたことは本件当事者間において初めから明白であつたのであるから、たとえ本件諭旨解雇の発令にあたり、被控訴人等に対し特にその理由が明示せられなかつたとしても、そのために本件解雇が無効となるわけのものではない。

次に、被控訴人等は、本件諭旨解雇処分について、その効力を遡つて発生させることは許されないと主張するけれども、すでに認定したところによつて明らかであるように、本件諭旨解雇は、前の懲戒解雇を軽減した懲戒処分であるから、本件諭旨解雇の効力を前の懲戒解雇の意思表示が効力を生じた時まで遡らせたところで、被解雇者にとつて不利益に変更するものではなく、許されるべきものと解する。もつとも、前示乙第二号証によれば、控訴会社の就業規則第九一条には「懲戒又は諭旨解雇はその事由について行政官庁の認定を受けて予告を用いず、即時解雇する。但し、その事由について行政官庁の認定を受けないときは三十日前に予告して即時解雇する。」と定められているところ、控訴会社が昭和三六年三月一五日前示懲戒解雇の発令をするにつき、その事由について行政官庁の認定を受けたこと或は被控訴人両名に対し三十日前に予告したことについては、何等の疏明もない。しかし、右規定が守られなかつたからと言つて、同条所定の解雇が当然無効となるわけではなく、解雇の意思表示後三十日の予告期間を経過すれば、解雇の効力を生ずるものと解するのを相当とする。(参照、最高裁判所昭和三〇年(オ)第九三号、同三五年三月一一日第二小法廷判決。)したがつて、本件諭旨解雇は、前示懲戒解雇の発令後三十日の期間を経過した同年四月一四日に遡つてその効力を生じたものと解し得るから、被控訴人等の前示主張も理由がない。そうしてみると、被控訴人等が今なお控訴会社の従業員たる地位を有することを前提とする本件仮処分申請は、その他の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであつて、棄却すべきものである。しかるに、これと異なる原判決は相当でないから、本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九三条、第八九条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本冬樹 浜田治 長谷川茂治)

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