大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和40年(う)528号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原判示日時、場所において、被告人運転の乗合自動車が一旦停車して乗客二名を下車させたうえ、発車した直後、被害者(当時五歳)が右乗合自動車左側後輪に轢かれ、原判示重傷を受けた事実は、<証拠>により肯認できる。

本件傷害事故につきその発生した原因について<中略>

検討するに、被害者は原判示横断歩道を東から西へ歩行横断した直後周囲約一・〇三六メートル(直径三三センチメートル)の電柱に右手をかけ、左手には人形を持つていたというのであり、五歳に達したばかりの幼児が右電柱に抱きついたとしても、その手は到底その半周にも届く筈はないし、左足はまだ車道上に置いていたのであるから身体を同電柱に密着していたものとも認められないから、被害者の背部近くを通過する被告人の自動車の通過音に恐怖を感じたため、右電柱にかけていた右手が滑り、左手に人形を持つたまま後方の一段低くなつている車道上に倒れかけたところ、その際たまたま被告人操縦の乗合自動車が歩道の端から約一・五〇メートルの間隔を保つて前進していたので、同女の頭部が同自動車の車体に当り、コトンという音がし、同女はそのまま車体下に転倒し、同自動車の後部左側車輪が一部同女の陰部、鼠けい部上を轢過したものではないかと認められる。

結局本件事故は、清子が小走りで原判示横断歩道を渡り、あわてて前記歩道上の電柱に右手をあててこれを抱くようにしたものの、右手が滑つて同電柱からはずれ、後部に転倒して既に発車進行していた本件自動車に触れ、その車体下に仰向けに転げこんだため惹起したものと推認せざるを得ない。

被告人は本件乗合自動車を発車するに当たり、その前方左側歩道上の電柱に岩瀬清子が左手に人形を持つたまま右手で抱きつくようにし、右足は歩道上に、左足は車道上に置いた格好で立つていた姿に気付かなかつもたのと認められるが、仮に、これに気付いていたとしても発車後右にハンドルをきり、右歩道から一・五〇メートル余も離れた場所を発車直後の遅い速度で通過するのであるから(それよりも歩道に近接して通過したことを認めるに足る証拠はない)、被告人に対し清子が両足を歩道上に完全に置くのを確かめ、その安全を確認したうえ初めて発車すべき注意義務を科することは、高速度交通機関である乗合自動車としての機能を著しく阻害する結果となり、自動車運転者に過酷な責任を負担させるものといわなければならない。従つて、右のような清子の存在に気付かなかつたとしても、その気付かなかつたことに対して簡単に本件事故の責任を負担せしめるわけにはいかない。

よつて、本件公訴事実は被告人の業務上必要な注意義務を怠つた過失の存在を確認すべき証拠が充分でないから、同法第三三六条後段により無罪の言渡をする。(高橋英明(転任につき署名押印できない)福地寿三 竹村寿)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!