大判例

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広島高等裁判所 昭和40年(ネ)85号 判決 1965年10月18日

控訴人 国

訴訟代理人 鴨井孝之 外四名

被控訴人 藤井毅

主文

原判決を次のとおり変更する。

山口地方裁判所徳山支部昭和三七年(ケ)第一〇号不動産競売事件について、同裁判所が作成した配当表記載の被控訴人への配当を取消し、控訴人への配当額を金七三五、一三四円と変更する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

訴外柳下源治郎が、訴外井上長志所有の不動産上に有する抵当権の実行として、昭和三七年四月四日、山口地方裁判所徳山支部に右不動産の競売申立をなし、同庁昭和三七年(ケ)第一〇号不動産任意競売事件として係属中、控訴人が、昭和三七年一一月一日、昭和三六年度法人税について、昭和三九年四月二〇日、昭和三六年度および昭和三七年度源泉所得税、ならびに、昭和三七年度法人税について、昭和三九年五月二六日、昭和三八年度源泉所得税および法人税について、それぞれ、右井上長志を債務者とする総額一、七四三、四一四円の国税の交付要求をし、被控訴人が右井上長志所有の不動産上の先取特権により担保される右不動産の保存費金三五〇万円の債権について配当要求をしたこと、右競売裁判所が、競売代金四、八八七、〇〇〇円の交付について作成した配当表において、当初、被控訴人に配当すべき額を金二、五五九、四六七円と表示したのに対し、控訴人に配当すべき額を〇円と表示したことは、当事者間に争いがない。

そして、いずれも公文書で真正に成立したものと認め得る甲第一号証、甲第二、第三、第四号証の各一、甲第六、第七号証、原審証人井上長志の証言によれば、控訴人が、訴外有限会社井上産業運輸商会に対し、昭和三九年五月二六日現在で前記総額一、七四三、四一四円の租税債権を有すること、右会社の代表者である上井長志が、右租税債権のうち、昭和三六年度法人税合計金一、二一三、三一四円については昭和三七年四月二〇日、昭和三六年度および昭和三七年度源泉所得税合計金五八、〇二〇円、ならびに、昭和三七年度法人税合計金三四〇、一五〇円については昭和三八年一二月一八日、昭和三八年度源泉所得税および法人税合計金一三一、九三〇円については昭和三九年五月二日、それぞれ、納税保証をしたこと、前記国税に先だつ債権を有する下松市を原告とし、被控訴人を被告とする山口地方裁判所徳山支部昭和三九年(ワ)第六〇号配当異議事件について、昭和三九年九月一七日、下松市が右の訴を取り下げたこと、いずれも前記国税に先だつ債権を有する下松信用金庫と柳下源治郎を共同原告とし、被控訴人を被告とする同庁昭和三九年(ワ)第五七号配当異議事件について、昭和四〇年二月一八日、被控訴人が右の各請求を認諾したことにより、同裁判所が前記配当表記載の被控訴人への配当額を金七三五、一三四円と更正したことが認められる。

次に、成立に争いのない甲第五号証の二、三、乙第一号証、原審証人井上長志の証言によれば、井上長志は、昭和三七年四月、同人所有の原判決添附別紙第三目録記載の建物二棟の階下をマーケツトに、階上をアパートにし、これと同時に、娘の井上悦子所有の平家建の建物を二階建にする改造工事を一括して、代金五〇〇万円で、谷口晴義との間に請負契約をしたが、右建物に対する競売を妨げ、他の債権者を害する目的で、被控訴人と通謀の上代金三五〇万円の右建物の修築工事の請負契約をなした如く装つて昭和三七年六月一五日付の請負契約書(乙第一号証)を作成した上、井上長志所有の右建物に不動産保存費についての先取特権の登記をしたことが認められ、右の事実によれば、被控訴人が井上長志所有の不動産上の先取特推によつて担保される右不動産の保存費の債権を有しないことを認めるのに十分であり、右の認定を動かすに足りる証拠は存在しない。

ところで、民事訴訟法第六三六条によれば、配当異議訴訟の判決は、その訴訟の当事者とならなかつた他の債権者に対しては効力を生じないのであつて、右訴訟において被告に対する配当についての異議が正当と認められたときは、原告以外の異議申立をしない他の債権者の配当額を顧慮することなく、原告の有する債権額の限度で、被告に対する配当部分を原告に配当すべきものであると解する(最高裁判所昭和三九年(オ)第一二九九号、昭和四〇年四月三〇日言渡第二小法廷判決参照)。

従つて、本件において、前記のとおり控訴人主張の異議事由が認められ、かつ、下松市において前示の如く配当異議の訴を取下げた以上、被控訴人に対する前示配当額七三五、一三四円は、控訴人の配当要求にかかる前記債権総額にみたないから、被控訴人に対する右配当額全部を取消して、これを控訴人に交付すべきものであるといわなければならない。

その趣旨に従つて配当表の変更を求める控訴人の本訴請求は、正当であることが明らかである。しかるに、その請求の一部を認容し、その余の請求を排斥した原判決は相当でないから、本件控訴は理由があるものというべく、原判決は変更を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本冬樹 浜田治 長谷川茂治)

(参考資料)

(兼子一編-実例法学全集民事訴訟法下巻より抜粋)

問題 五七 配当異議の訴の判決の効力が及ぶ範囲

配当異議の訴において異議者である原告が勝訴した場合には、配当表は原被告間の関係だけで変更されるのか、あるいは他の債権者の配当額にも影響を及ぼすか。

〔解答〕

(一) 強制執行における配当手続にあたつて、執行裁判所は配当実施の基本となる原案ともいうべき配当表を作成することになる。裁判所は、各債権者の提出した計算書に基づいて、配当財産の額、配当に加えられる各債権者の氏名、各債権の種類と数額、優先権の内容ならびに各債権者に対する交付額等を記載する。この場合、計算書中に明白な計算違いがあるときにこれを訂正することはできるが、債権の存否とか数額などについて実体的な審査をする権限はない。

かくして、各債権者は定められた配当期日に出頭のうえ、他の債権者の債権の存在数額ないし優先権を争い、その者に対する交付額の変更を求めて実体上の理由による異議の申立をすることができ(六三一条、六九八条)、当該異議に利害関係のある債権者においてこの異議を正当と認めることなどにより異議が期日に完結すれば、配当表の右部分をそのとおり更正したうえ配当が実施されることになるが、右のように異議が完結するに至らないときは、異議申立による係争部分を除くその他の部分についてだけ配当が実施される。

ところで配当期日に完結しない異議の申立をした債権者が係争部分について配当の実施を阻止するためには、自ら原告となり利害関係のある債権者で異議を正当と認めない者を被告とする訴により、その正当性を主張しなければならない(六三三条)。これがここでいう配当異議の訴である。

(二) ところでこの訴の性質に関しては、判例(大判昭三・一二・二四新聞二九四七号一三頁、同昭一八・三・三新聞四八三七号六頁、大一二・四・二八法曹会決議など。他に同趣旨と思われるものは少なくない)は、売得金のうちいかなる部分をどの債権者に交付すべきかを定めることを求める手続上の形成の訴と解するのに対し、学説では、破産法所定の破産債権確定の訴と同様の確認の訴と解するもの(兼子「強制執行法」二二五頁、小野木「強制執行法概論」二二四頁、シユタイン・ヨナス法訳書八七八頁2など)と、訴訟手続上の形成の訴と解するもの(松岡「強制執行要論」中巻一三〇〇頁、へルビヒ「民訴体系」II四〇三頁、I二七七頁、ローゼンベルク「民訴教科書」八版一〇三八頁、バウムバツハ注訳書八七八条2など)とが対立している。そして、この請求を認容する判決においては、配当表中の係争部分を自ら更正しまたはそれが適当でないときには配当裁判所にその更正を命ずべきものとされている(六三六条)。確認訴訟説の立場からすると、右の配当表の更正は判決の本質的構成部分ではなく、当該配当にあずかる関係でのより優先的な権利の存在を確認するところに判決の本質があり、配当表の更正はこれに附随する裁判にすぎないのであつて、さればこそ受訴裁判所自ら更正するのが適当でない場合には、配当裁判所に新配当表の作成を命ずるだけで足りることとされている、とするのである(シユタイン・ヨナス・前掲書八七八条II)。これに対し形成訴訟説によれば、この訴の訴旨は右にいうより優先的な権利の存在を確認するにとどまらず、それに基づいて配当表の変更による別異の配当をも求めるにあるとするのである(バウムバツハ・前掲書八七八条2)。

(三) そこで本問に対する解答につき検討しなければならないが、いま便宜上例をあけて考えることとし、甲乙丙丁四人の債権者が配当に加えられ、売得金の中から配当に充てるべき財産をもつてしては右四人の全債権を完済するに足りない場合を想定する。

右各債権者の債権額に応じ、配当財団中の債権者に交付すべき配当額を定めて配当表が作成されたところ、(1) 甲は丁の債権が存在せず架空なものであるとして、丁に対する配当額全額に対し異議の申立をなし、さらに丁を被告として異議の訴を提起し、裁判所が甲のこの請求を認容すべきものと判断した場合、配当表に対する異議訴訟として右甲丁間のものが係属するにとどまるときは、配当表を更正するにつき格別の支障は存しないわけであるから、判決主文中でその旨更正される具体的内容を明らかにすることになる。また、(2) 丁に対する配当につき、甲および乙が前同様の理由で異議訴訟を提起し、右両者につき同一の判決で請求を認容するときも、配当表の更正を当該判決でなすべきこと右と同様である。これに反し、(3) 右両訴訟が同時に判決されるに至らず、結局配当表に対する異議の全部が完結に達していないときには、たとえば、乙の訴訟が未だ係属中に甲の訴訟につきその請求を認容する趣旨の裁判をなすに熟したようなときは、その判決においては、異議の正当である旨を明らかにしたうえ、配当裁判所に対し判決の趣旨にしたがつた新配当表の作成を命ずるにとどめ、配当裁判所において、右両訴訟の結果異議が完結したさいに両判決の趣旨に応じて新配当表を作成することになる。

ところで、丁の債権についての配当に対しては、他の甲乙丙のいずれもこれを争つて異議の申立をし、さらに異議訴訟を提起することのできる地位にあるのであつて、異議の請求認容判決の効力を、かかる手続による異議訴訟の当事者にならなかつた債権者に対してまで、訴訟法の原則をこえて及ぼさせる根拠もないしまた格別その必要もないわけであるから、判決の効力はその訴訟の当事者になつた債権者の間にだけ及ぶものと解すべきであり、この点では一般論として論ずる限り判例学説上ほとんど異論を見ないところである。

ところで設例において、配当表によると、債権額が甲乙丁の分、各一〇万円で丙の分二〇万円、配当に供しうる売得金が一五万円であつて、債権者に対する交付額は甲乙丁の分が各三万円で丙の分が六万円とされているとする。前述のように、異議認容の判決の効力が当事者である債権者間に及ぶにとどまることの意味を前掲の事例に則して具体的に考察してみる。

(1) の場合は、判決の効力が甲丁の間に及ぶだけであるから、乙丙に対する各交付額はこれによつて影響を受けないものと解しなければならない。(1) しかし、勝訴した甲に交付すべき配当額およびそれとの関連において丁に対する配当額の取扱いについては説が分れる。すなわち、兼子博士の説(前掲書二二七頁)によると、丁の債権額が零であり、残る甲乙丙の間で各債権額に応じて一五万円を按分計算すると、甲乙が各三七、五〇〇円、丙が七五、〇〇〇円になるところ、乙丙の配当額は判決によつて影響を受けないため、甲に対し右三七、五〇〇円、(旧交付額三万円に比べて七、五〇〇円の増加となる)を配当し、丁に対するもとの交付額三万円のうち残額二二、五〇〇円はそのまま丁に配当すべく、判決中でその旨配当表が更正されることになるとする。これと対立する考え方(たとえば、松岡・前掲書中巻一三〇〇頁、竹田元一「強制執行法実務総攬」二二三頁)にしたがうと、異議申立をしない乙丙の債権は係争配当部分を配当するにさいしてしんしやくされない結果、丁の債権額が零であるためこれに対する交付額三万円はそのまま甲に交付すべきことになり(もつともその総額が甲の債権額に充つるまでに限られること勿論であるが)、結局甲に対する配当額は六万円、丁の分は零とされることになる。(2)

また(2) (3) の場合に、判決中または配当裁判所において更正し作成する配当表の内容は、前同様の計算方法により、兼子説にしたがうと、甲乙に対する分が各三七、五〇〇円、丁に対する分が一五、〇〇〇円となり、反対説によれば、甲乙に対する分が各四五、〇〇〇円で丁に対する分は(1) の場合と同じく零となる。そして、被告とされる債権者以外の全債権者が異議訴訟を提起してともに勝訴した場合には、右両説のいずれによつても結論が一致することになる。

以上の両説を比較してみるに、兼子説は、勝訴原告たる債権者に対する配当額を算定する過程では訴訟外の他の債権者の債権額をも加えて按分計算の基礎とし、算出された金額を現実の交付額として掲げる段階で他の債権者の分を全部除外するのに対し、反対説は、右勝訴債権者への配当額を算定する段階ですでに判決の効力を受けない他の債権者の債権額を除外して計算する点に大きな差異があり、その結果、前説によるときは、判決中で債権が全く存在しないと判断された被告丁に対しても、勝訴債権者に配当されたものの残額が配当されることになるわけである。

両説にそれぞれ理由があり、兼子説は、もともと債権を有しない丁を当初から除外して配当を実施したとしても、全債権との按分による金額しか交付を受けえられないはずの勝訴債権者に対して、勝訴判決によつても右金額を配当するにとどめ、しかも結論において他の債権者の配当額に影響を及ぼさないものとする点で、異議の申立を受ける債権者以外の全債権者が異議訴訟の原告にならない限り、常に勝訴債権者においてもともと交付を受けうべき金額以上の配当を判決によつて受けることになる結果を容認する反対説に勝るともいえるが、反対説からすると、右の一見不合理ともいうべき結果は、他の債権者が異議申立および異議訴訟をなしうる地位にあるのにその権利を行使しないことに基づくものでやむを得ないものと解するのであろう。一方、判決中で債権の存在を否定された被告に対しても、配当の残額つまり按分計算の過程で算数上他の債権者に対する分として算出された金額に相当する額を交付する結果になることを容認する点では、兼子説に疑問の余地があるといえる。

実務の取扱いにおいて右のいずれの計算方法によるものが多いかをここで明らかにすることはできないが、前記のいわゆる反対説の方が、配当異議訴訟の請求認容の判決によつて配当表が原被告の関係だけで変更されるとする考え方により忠実にそつだものといえるように思われるので、一応この説を支持したい。 (井口牧郎)

1 大判大正一二・六・二民聯新聞二一五五号五頁は、判決の既判力は訴の当事者にならなかつた他の債権者に及ばない旨明示しながら、一方で「単ニ或債権者ニ対スル判決ノ執行ノ結果カ他の債権者ノ受クヘキ配当額ニ算数上影響ヲ及ホスニ過キサル」旨判示し、大判昭三・一二・二四新聞二九四七号一三頁も、「或債権者ノ債権ノ不存在ヲ理由トシテ配当表ノ変更ヲ求ムルモノニ在リテハ其変更ハ当該債権金額ノ削除ヲ来スモノニ外ナラサルカ故ニ変更ノ結果当然計数的ニ他ノ債権者ニ対スル配当額ノ増加ヲ見ルニ至リ之ニ因リテ他ノ債権者ハ単純ニ利益ヲ得ルニ止マルヲ以テ云々」と判示している。その趣旨とするところは理解しがたい。

2 もつとも、乙または丙が配当期日において異議の申立をしているときは、異議の訴を提起していなくても、法六三四条にしたがい、異議が正当であればそれぞれさらに配当を受けることができたであろう金額、つまり設例の場合には、乙において七、五〇〇円、丙において一五、〇〇〇円を甲の不当利得としてその返還を求めることができることになろう(兼子・前掲書二二三頁参照)。右規定と趣旨を同じくする独民訴八七八条二項の解釈として、判例および多数説は、異議の申立をしなかつたことから当然に右返還請求権をも失うことになるものではなく、場合により右請求をなしうる場合があるとし、これに反対する説は、ヘルビヒ前掲書II四〇四頁など比較的少数である。

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