大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

広島高等裁判所 昭和42年(ネ)136号 判決 1968年4月26日

主文

原判決を次のとおり変更する。

一審原告の主位的請求(貸金請求)を棄却する。

一審被告は一審原告に対し九七万二六七〇円およびこれに対する昭和三九年二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

一審原告のその余の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

この判決は、一審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一審原告(以下一審原告を原告、一審被告を被告と略称する。)訴訟代理人は、主位的申立として、「原判決のうち原告の主位的請求を棄却した部分を取り消す。被告は原告に対し一〇〇万円およびこれに対する昭和三九年二月一日から完済まで日歩四銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を、予備的申立として、「原判決中予備的請求に関する部分を次のとおり変更する。被告は原告に対し一〇〇万円およびこれに対する昭和三九年二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を求め、被告の控訴に対して、控訴棄却の判決を求めた。

被告訴訟代理人は、「原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求め、原告の控訴に対して、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次の点を附加補足する外は、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原告訴訟代理人の主張

(1)  村長の契約締結と収入役の収納とがあいまつて村と第三者との間の消費貸借契約が成立し、収入役は右契約締結について村長を代理することができる。本件において、被告村の収入役中原義己は村長名義で消費貸借契約を締結したうえ借入金を収納しているのであつて、右は外形上その職務行為に属する。

(2)  中原収入役は、三次市において原告から受けとつた貸金の内から、大本由一に対して工事代金を支払つたものである。

(二)  被告訴訟代理人の主張

(1)  原告主張の工事代金の支払は、被告の一般収入の残高に属する現金、預金から支出命令により出捐されたものであつて、原告主張の不当利得により被告の受けた利益は現存していない。

(2)  原告は、本件貸付に際し、被告村長について消費貸借契約締結の真否を調査しなかつた。金融機関である原告において右のような業務上の注意義務を怠る重大な過失があり、更に、被告を害する認識のもとに本件貸付をしたのであるから、原告主張の不当利得は成立せず、かりに成立したとしても、不法原因給付であるから、原告はその返還を請求することができない。

(3)  かりに、中原収入役が、原告からの借入金中二一六万四〇〇〇円を、被告の株式会社大宝組に対する工事代金債務の支払に当てたとしても、借入金の内二〇〇万円は支払済であるから、被告の原告に対する不当利得金返還債務は残金一六万四〇〇〇円にすぎない。

(三)  証拠(省略)

理由

(一)  主位的請求(貸金請求)について。

原審証人松本清一の証言によれば、原告銀行の三次支店長松本清一は、被告村長の代理人と称するその収入役中原義己との間で昭和三八年一〇月三一日手形取引契約を結び、同年一一月三〇日右契約に基づいて三〇〇万円を右中原に貸し渡したことが認められるが、中原義己に右契約を締結する代理権があつたことを認めるに足る証拠はない。もつとも、甲第七号証(前記手形取引に関する約定書)および同第一号証(振出人布野村長藤井正士、同収入役中原義己、振出日昭和三八年一二月三〇日、金額一〇〇万円の約束手形)の各被告村長名下の印影がその職印をもつて押捺されたものであることは当事者間に争いないところであるが、原審における証人中原義己の証言および被告代表者藤井正士の供述(第一回)によれば、右はいずれも中原義己が被告村長の職印を無断で押捺して偽造したものであることが認められるので、右甲号証をもつて前記代理権の存在を認める証拠とすることはできない。

従つて、原告と被告との間に消費貸借が成立したことを前提とする原告の主位的請求は理由がない。

(二)  民法四四条一項による予備的請求について。

成立に争いない甲第三ないし第五号証、第八ないし第一二号証、乙第三号証の二、第四ないし第九号証、原審証人松本清一の証言によつて成立を認められる甲第二号証、右松本証人および原審証人中原義己の証言を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  中原義己は、昭和二二年五月から被告村の収入役となり、同村長らから信頼されていたものであるが、昭和三二年頃から被告村の公金を費消横領し、昭和三八年一〇月頃には公簿上の公金残額と現在額との間に数百万円の差額が生じていた。

(2)  中原は、昭和三八年一〇月被告の株式会社大宝組に対する請負代金債務の支出命令を受けてその支払に窮した結果同月二〇日頃擅に原告銀行三次支店に対して被告村名義で融資を申し入れた。そして、同月二八日に被告村の議会が同年三月二六日被告村において一五〇〇万円を広島銀行三次支店以外の銀行からも一時借入をする旨可決したとの虚偽の事実を記載した被告村長藤井正士作成名義の書類を作成して右村長名下に同村長の職印を押捺して右文書(甲第六号証)を偽造したうえ、同年一〇月三一日に右偽造書類および職印を持参して前記三次支店に至り、偽造書類を係員に提出して、被告村名義による二五〇万円の借入および大宝組に対する弁済のための送金方を申し出た。

(3)  前記松本支店長および原告銀行の係員は、従来原告と被告村との間に融資関係はなかつたが預金取引があること、中原が被告村の収入役であることを知つていたことおよび右中原から前記書類の提出があつたこと等から、右書類が真正なものであり、被告村による正当な借入申込がされたものと誤信して右申込を承諾し、前記(一)記載の取引約定書および被告村長藤井正士および中原収入役名義の金額二五〇万円の約束手形一通の振出を受けたうえ、二五〇万円を貸金名義で支出し、これに被告の預金からの払出金一〇〇万円および中原の持参した現金を加えた合計三八四万六〇〇〇円を中原の指示により原告銀行尾道支店の大宝組口座に電信振込の方法によつて送金し、被告の前記債務の弁済にあてた。

(4)  中原は、同年一一月一五日被告村の公金によつて原告に対し前記借入金二五〇万円の弁済をしたが、更に被告村の大宝組に対する請負残代金債務の支払に窮した結果、同月三〇日原告銀行三次支店の係員に対し前同様被告村の名義で三〇〇万円の借入および大宝組に対するその内二一六万四〇〇〇円の送金を申し入れたところ、前認定の経過からこれを被告村の正当な申込と誤信した係員は、これを承諾し、前同様の金額三〇〇万円の約束手形一通の交付を受けたうえ、内二一六万四〇〇〇円を前同様の方法によつて大宝組宛に送金し、残金から手数料等を差し引いた八〇万八六七〇円を中原に手交した。

(5)  被告村当局は、中原が前記のとおり長期間に亘つて不正行為をしていたのに拘らず全くこれに気が付かないで、昭和三九年一月二一日中原の親戚から右不正行為の通知を受け始めてこれを知つた。

以上(1)ないし(5)の事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。そうすると、中原収入役は、前掲(4)記載のとおり二一六万四〇〇〇円および八〇万八六七〇円の合計二九七万二六七〇円を原告から詐取したものである。

ところで、村の収入役が、村長名義の金銭消費貸借契約書および借入承認について村議会の議決があつた旨の村長名義の証明書を偽造したうえ、村を借主とする消費貸借名下に第三者から金銭を詐取し、これにより善意の第三者に損害を加えた場合には、村は、民法四四条一項により、右損害を賠償する義務があると解するのを相当とする。けだし、収入役の置かれた村においては、財産を取得し、管理し、処分する権限は村長に属するが、村の出納その他の会計事務は収入役に専属し(地方自治法一四九条、一七〇条)、収入役が村のためにする金銭受領行為は外形上その職務行為であるというべきであるから、収入役が前記行為により善意の第三者に加えた損害は、村において賠償の責に任ずるのが、法人の不法行為責任を規定した民法四四条一項の法意にかない、取引の安全、公平の原則を守るゆえんであるからである。もつとも、金銭出納の権限を有しない町長が、収入役名義の金員受領書を偽造し、町を借主とする消費貸借名下に他人から金銭を受領し、これにより他人に加えた損害は、町長が職務を行うにつき加えた損害にあたらないことは、最高裁判所の判例(昭和三七年二月六日第三小法廷判決、民集一六巻二号一九五頁参照)とするところであるが、右判例と前掲設例とはその事実関係を異にし、民法四四条一項による市町村の責任の有無について、その結論を同一にしなければならないものではない。

被告は、本件損害の発生について原告に過失があつたと主張し、原審証人松本清一の証言によれば、原告銀行三次支店の松本支店長らは、中原収入役を信用して、被告村の村長らに照会しないまま、中原収入役と取引を開始したことが認められるが、前記(1)ないし(5)の経過に徴すれば、本件損害の発生につき原告に過失があつたものとはいえない。

ところで、本件損害について二〇〇万円の弁済のあつたことは原告の自認するところであるから、被告は原告に対し、残額九七万二六七〇円およびこれに対する損害発生後の昭和三九年二月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

従つて、原告の本訴請求は右の限度で認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却を免れない。

(三)  そうすると、原判決は、右判断と一部相違するので、これを右のとおり変更することとする。なお、被告の控訴は、原告の民法四四条一項による損害賠償請求より後順位の予備的請求である不当利得返還請求についての原審判決に対するものであるから、判断を要しない。

よつて、民訴法九六条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例