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広島高等裁判所 昭和42年(ラ)24号 決定 1968年1月24日

抗告人(債務者)

森シズノこと

森シヅノ

代理人

加藤公敏

相手方(債務者)

大石定喜

第三債務者

右代表者総理府恩給局長

矢倉一郎

主文

原決定を次のとおり変更する。

別紙執行債権目録記載の債権の弁済にあてるため、広島地方裁判所昭和四二年(ワ)第二二九号交付金請求事件の認諾調書の執行力ある正本に基づく債権者の申請により、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権の債務者が毎期に受ける金額の二分の一ずつ、同目録記載の金額に達するまでこれを差押える。

右差押えた債権について、第三債務者は債務者に対し支払をしてはならない。また、債務者は、取立その他一切の処分をしてはならない。

右差押えた債権は債権者において、これを取立てることができる。

本件その余の申請を棄却する。

理由

抗告の趣旨および理由とするところは、別紙記載のとおりである。

一件記録によると、次の事実が認められる。

抗告人と相手方は大正八年二月二六日婚姻し、大正一二年八月二七日長男寿之が誕生した。寿之は昭和一九年に出征し、昭和二〇年一月一日戦死した。寿之が出征する当時、同人と本件当事者は朝鮮に居住して生活を共にしていた。本件当事者は終戦後内地に引揚げ、同居していたが、昭和二三年頃から夫婦仲の円満を欠いて別居するようになり、昭和二四年一二月一九日終に協議離婚をした。ところで、寿之の戦死により、父であり母である本件当事者は、恩給による遺族扶助料、戦傷病者戦没者遺族等援護法による弔慰金を給されることになつた。しかし、相手方は、自己を恩給法第七三条の二所定の総代者として選任した旨の、本件当事者連署による届書を勝手に作成して、勝手に扶助料の請求をなし、弔慰金についても同様の手続きをし、これらを受領した。そして、右のように、夫婦仲の円満を欠いて別居生活をするようになり、終に離婚をするに至つた関係から、抗告人が再三督促するにかかわらず、右扶助料などの半額、即ち、本来抗告人の権利に属する部分も相手方は抗告人に交付しようとしなかつた。抗告人はやむなく、広島家庭裁判所に対し家事調停の申立をなし、昭和三一年一一月二一日相手方との間で「相手方は抗告人に対し、寿之の戦死による弔慰金および扶助料につき、(イ)弔慰金は昭和三二年に支給される分より各支給の都度四〇〇〇円を下らない金額を総額二万五〇〇〇円に達するまで、(ロ)扶助料は昭和三二年七月に支給される分より各支給の都度その半額ずつを支払う。」旨の調停が成立した。しかし、相手方はなおもこれらの金員を抗告人に全く交付しないので、抗告人は相手方を被告として広島地方裁判所に対し、別紙執行債権目録記載の債権、要するに、前記のうち扶助料およびその遅延損害金を支払えとの訴を提起した(同裁判所昭和四二年(ワ)第二二九号)。昭和四二年五月二日の口頭弁論期日に、相手方は右請求を認諾し、右目録記載の請求権を内容とする認諾調書が作成された。抗告人は他方、総理府恩給局長に対し、恩給法第七三条の二所定の総代者と同順位者である抗告人は離婚をして反目しており、そこで、前記の如く調停などを経たにかかわらず、扶助料などのうち抗告人の権利に属すべき部分を全く交付しないので、抗告人が別個独立に扶助料を請求受領できる取扱いをして貰えないかと質したところ、右局長は同年五月一七日付で、「恩給法第七三条の二の規定により、同順位者がある場合は、必ず総代者を選任して、その総代者が扶助料を請求することになつておるから、分割請求はできない。申出のような事情があつても、当事者間において解決することになる。」旨の回答をなした。前記の如く、認諾調書が作成されたにもかかわらず、依然として、相手方は抗告人に対し扶助料などの支払いをしないため、抗告人は昭和四二年七月一七日、原審裁判所に対し、これを債務名義として、別紙差押債権目録記載の債権、要するに、相手方の権利に属する部分も含め、相手方宛に支払われる後期の扶助料受給権につき、債権差押および取立命令を申請したものである。

相手方は昭和二五年五月六日他の女と婚姻しているが(もつとも氏の変更はしていない。)。抗告人はその後婚姻しておらず、また、事実上婚姻と同様の事情に入つたということもなく、抗告人において扶助料を受くる権利を喪失したという事由はない。なお、本件当事者はいずれも引揚者であるため、見るべき財産もなく、抗告人は長女に養われ、相手方はいわゆる失業対策事業の関係で働いているものである。

恩給法第一一条第三項は、恩給を受くるの権利は、普通恩給などについての滞納処分による場合を例外として、差押うることを得ないとするところである。恩給には功労報償的な性格もあるけれども、受給権者の生活を保障するという社会政策的性格を多分に有するものであり、そして、恩給に対する差押を許すと、恩給が現実に受給権者の手に入らない場合を生じ、ひいては社会保障的意義を没却するに至るため、法はこれを禁止しているのである。もつとも、民訴法第六一八条第二項には、原則として四分の一、場合によつては二分の一まで差押ができる旨の規定があるけれども、前記の如き恩給の社会保障的意義や、恩給法が民訴法に対し特別法であり且つ後に成立した点(昭和二三年法律第一四九号および昭和二四年法律第一一五号による民訴法第六一八条第二項の改正は、恩給法第一一条第三項を修正しようとする趣旨のものではないというべきである。)を考慮すると、一般的には、恩給受給権は全額差押が許されないと解するのが相当である。

さて、恩給法第七三条の二は、遺族扶助料受給権につき同順位者が二人以上ある場合、そのうち一人を総代者として、これによつて扶助料の請求、扶助料支給の請求をすべき旨定めている。従つて、総代者となつた者は、自己および他の同順位者の扶助料受給権につき裁定を求め、その支給を請求し、これを受領することになる。しかし、右法条は、恩給支給についての事務簡素化をねらつた全く便宜に基づく規定なのである。実体的には、同順位者各自は国に対し、分割債権を有する関係にあるものであり、そしてその割合は平等である。本来、同順位者各自は国に対し、独立した債権を有するものとして、独立してその行使ができる筋のものである。総代者が扶助料全額を受取ることは、他の同順位者の権利に属する部分の関係では、請求および受領事務を委任され、それを処理している関係に過ぎない。そこで、国が総代者宛に支払ううべき扶助料債務のうち、他の同順位者の権利に属すべき部分については、恩給法第一一条第三項によつて差押が禁じられる総代者の「恩給を受くるの権利」ではないということができる。右の同順位者は一般の場合に準じ、総代者に対する債務名義を以て、扶助料受給権のうち右の部分の差押をすることができると解すべきである(但し、それは他の同順位者の扶助料受給権であるから、第三者が差押えることのできないのは当然である。)。けだし、差押を許したからといつて、本来総代者の受給権でない以上、その生活保障を奪うということにはならないからである。

なお、本件の如く、他の同順位者が総代者に対し、自己に代つて受領した過去の扶助料を引渡せという請求権そのものを債務名義の内容としている場合には、総代者宛に支払わるべき扶助料受給権の、総代者自身の権利に属すべき部分についても、差押を許してよいと考える余地がないではない。そうでないと、他の同順位者がいかにしても受領することのできない支分権が必ず発生するからである。しかしながら、恩給法第一一条第三項が他人の恩給受給権の差押禁止を明言する以上、かかる解釈をとるについては、なお躊躇せざるを得ない。

そうすると、前記の如く、扶助料受給権に対する同順位者二人のうちの一人である抗告人の本件債権差押および取立命令申請は、総代者たる相手方が毎期において第三者より受取る右扶助料のうち、抗告人の権利に属すべき部分、即ち、その二分の一ずつについては、理由があるのでこれを認容すべく、その余の部分については、理由がないので棄却すべきである。これと異なる原決定は変更さるべく、よつて、主文のとおり決定する。(柚木淳 浜田治 竹村寿)

別紙、執行債権目録、差押債権目録、抗告の理由<省略>

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