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広島高等裁判所 昭和42年(行コ)11号 判決 1968年11月13日

控訴人

広島県知事

永野厳雄

指定代理人

山田二郎

ほか二名

訴訟代理人

内堀正治

神田昭二

被控訴人

釜田文徳

訴訟代理人

高橋武夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が昭和三八年五月薬剤師国家試験に合格し免許を有する薬剤師であること、被控訴人が同年八月一二日付書面をもつて、控訴人の出先機関である広島東保健所を経由して控訴人に対し、被控訴人の住所である広島市松原町八番一〇号(申請時の同町一〇五三番地の住居表示が変更された)において薬局を開設するための許可申請をし、右申請が同月二〇日右保健所で受理されたこと、控訴人は右許可申請につき、昭和三九年二月一五日付で、薬事法第六条第二項および薬局等の配置の基準を定める条例(昭和三八年一〇月一日広島県条例第二九号)第三条の「薬局の設置の場所が配置の適正を欠く」との理由をもつて不許可処分をなし、右処分通知が同月一八日被控訴人に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件不許可処分が申請時の許可基準によつてなされたことが違法であるかどうかについて検討する。

(一)  薬局開設の許可基準に関する薬事法(昭和三五年八月一〇日法律第一四五号)第六条の規定は、昭和三八年法律第一三五号をもつてその一部が改正され、改正前の同条に第二項ないし第四項が新たに追加せられ、許可を与えないことができる場合の一として、同条第二項に「薬局の設置の場所が配置の適正を欠く」場合を掲げるとともに、同条第四項において右の配置の基準は、人口、交通事情その他調剤および医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮して、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるよう、都道府県が条例でこれを定めることとしている。そして、右法規の委任にもとづき、昭和三八年広島県条例第二九号「薬局等の配置の基準を定める条例」が制定され、右条例第三条には、薬局等の設置場所の配置の基準として、既設の薬局等の設置場所から新たに開設の許可をうけようとする薬局等の設置場所までの距離がおおむね一〇〇メートルに保たれていることを要するものとし、右距離は、相互の薬局等の所在する建築物の最寄りの出入口(通常客の出入りする出入口をいう)間の水平距離による最短距離とし、なお、県知事は、右基準の適用にあたつては、人口、交通事情その調剤および医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮すべきこととしている。前記改正薬事法は昭和三八年七月一二日公布、即日施行され、右広島県条例は同年一〇月一日公布、即日施行された。

(二)  被控訴人の薬局開設許可申請が受理された当時、既に改正薬事法第六条第二項ないし第四項は施行されていたが、広島県にあつては、同条第四項にもとづく配置の基準に関する条例はまだ公布施行されていなかつたため、配置規制に関する同条第二項の規定を適用することができず、従つて、右適正条例が施行されるまでの間は、薬局の設置場所が配置の適正を欠くという事由で不許可にすることはできない関係にあつた。その後、同条第四項にもとづき、設置場所の配置基準を定めた前記条例が公布施行され、右条例施行とともに、許可基準を定める法令が従前よりも厳格になつた。そして、控訴人は、右条例施行前に受理した被控訴人の薬局開設の許可申請について、右条例施行後、配置規制に関する同条第二項および右条例を適用して、本件不許可処分をしたものである。

(三)  ところで、行政処分は処分時の法規に準拠してなされるのが原則である。本件のごとく、許可申請受理後処分時までに、条例の公布施行によつて許可基準を定める法規が厳格になつた場合でも、この原則に変りはなく、行政庁は、処分時に配置規制に関する条例が施行されている以上、改正前の薬事法第六条によれば、許可基準に適合していたものを、改正後の薬事法第六条第二項および前記条例によれば適合しないものとして、不許可処分をすることができる。もつとも、右のような場合において、法自身が許可基準の厳格となる以前に受理した許可申請に対して、法改正に拘わらず旧法によつて処理する旨の経過規定を設けた場合は、処分時に新法が施行されていても、旧法による許可基準にしたがい処分を決すべきはいうまでもないが、前記薬事法の改正及び条例の施行については、そのような経過規定は設けられていない。

この点について、被控訴人は、昭和三八年法第一三五号による薬事法の一部を改正する法律の施行について、厚生事務次官から都道府県知事に発した同年七月一二日厚生省発薬第九二号依命通達は、その内容が対外的に効力を有するから、法規を補充する補充命令たる性質を有する法規であり、本質は右改正薬事法の経過規定にほかならない、と主張する。<証拠>によれば、右次官通達は「楽局等の適正配置に関する規定は昭和三八年七月一二日から施行するが、薬局等の設置場所が配置の適正を欠くかどうかの判定は、都道府県の条例で定める配置の基準に基いて行うことを要するので、当該条例の施行されるまでの間は、薬局等の適正配置に関する法の規定は適用されることがないものであること」という内容のものであつて、この趣旨とするところは、右条例が施行されるまでの間において許否の処分を決しようとする場合には、設置場所の適正を欠くという理由で不許可処分にすることはできないというに過ぎず、条例が施行された後になされる許否処分について、たとえ許可申請が条例施行前のものであつても、改正前の薬事法第六条の許可基準に関する法規を適用すべきことを示したものではない。従つて、右次官通達を根拠とする被控訴人の所論は、右通達の法的性質について判断するまでもなく、採ることができない。

(四)  被控訴人は、控訴人の本件不許可処分は行政法規不遡及の原則を犯した違法な処分であると主張する。

行政法規不遡及の原則とは、行政法規の効力発生前に完結した事実に対して、その行政法規を適用しないということである。本件の場合、問題となつているのは、薬局開設の許可基準に関する法規の適用関係であつて、この観点からすれば、許可の申請がなされたというだけではそれ自体完結した事実とはいい難く、従つて、その申請の後に効力を生じた法規を適用して許否の処分をしても、行政法規不遡及の原則に反するものということはできない。

法規の改正に当つては、旧法の下における国民の既得の権利ないし法的地位が不当に侵害されることのないよう慎重な配慮を必要とすること、もちろんである。そのような考慮から、立法上特別の経過規定が設けられる例が少なくないが、特別の経過規定がない場合でも、国民の既得の権利ないし法的地位を保護するため新法の適用が制限されるべき場合のあることは、否定しえないところである。そこで、本件についてみるに、被控訴人は、薬局開設の許可申請を受理された当時の法律に準拠して、右申請が処理されることを期待しているとはいえるが、行政庁の受理という行政行為によつて、当然に受理当時の法律に準拠して処理さるべき特別の法的地位を生ずるものではない。単に許可申請を受理されたに止まる者の法的地位は、既に許可をうけた者の法的地位とは異なり、未だ法規による相対的禁止を解除されていない点で一般人と同じであり、ただ、行政庁に対し許可に関する法規に従い、適法妥当な処分を行うことを請求する権利を有する点において、一般人と異なるに過ぎない。のみならず、被控訴人か許可申請をした当時においては、改正薬事法第六条第二項ないし第四項の規定はすでに施行されており、ただ、同条第四項に基づく条例がまだ施行されていなかつたため、実際には同条第二項の規定を適用することができない状態にあつたというにすぎないのであつて、右条例が早晩制定施行されるべきことは予測しえたところである。以上いずれの点からしても、被控訴人の申請に対する許否の処分が、改正薬事法第六条第二項及び前記広島県条例を適用してなされることによつて、被控訴人の既得の権利ないし法的地位か不当に侵害されるものということはできないから、本件処分につき右新法の適用が排除されるべきものとは認められない。

(五)  被控訴人は、行政庁は法令に基づく許可申請に対し相当な期間内に許否の処分をしなければならない義務があるところ、控訴人は被控訴人の許可申請を昭和三八年八月二〇日受理しながら、その後条例の公布施行(同年一〇月一日)されるまで徒らに申請を握りつぶし、許可基準を厳格にした条例の制定施行をまつて本件不許可処分をしたものであつて、相当期間内に処理しておれば、当然改正前の薬事法第六条に準拠して許可処分をなすべき筋合のものであるから、新法に準拠してなされた右不許可処分は違法であると主張する。

思うに、行政庁が法令に基づく許可申請を受理したときは相当の期間内に許否の処分をなすべき義務を負うものというべきである(行政不服審査法第二条第二項、行政事件訴訟法第三条第五項参照)。従つて、申請後相当の期間申請時の法規が効力を有している場合には、当該法規に基いて許否の処分を行うべきである。相当の期間内に処理すれば、申請時の法規に準拠して許可をなし得るものを、徒らに処分を伸ばし許可基準を厳格にする法改正のあつた後、これに準拠して不許可にしたような場合は、右不許可処分は違法ということができよう。

本件にあつては、被控訴人の薬局開設の許可申請が受理された当時、改正薬事法第六条第二項ないし第四項は既に施行されていたが、ただ、同条第四項にもとづく条例が施行されなければ、配置規制に関する同条第二項の規定は適用することができないから、設置場所の適正を欠くという理由で不許可にすることができないことは、既に述べたとおりである。

ところで、改正薬事法第六条第二項が薬局等の配置規制を行つた所以のものは、薬局等の公共性を伴う厚生施設である点に着目し、適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることによつて、住民の利便と保健衛生の保護を図ることにあるのであるから、行政庁として、右配置規制を定めた同法第六条第二項が適法に施行されている以上、これが配置の基準を定めた条例が施行されるまでは、配置規制に関する同項を適用することができない関係にあるとしても、同項の規定が施行された後に受理された許可申請の処理に関し、配置の基準を定める条例の施行をまつて処理することは、右の法改正による公益的目的実現の趣旨に添つた処理として、原則として許されるものというべきである。ただ、右第二項の規定の施行後相当の期間を経過しても条例を制定することなく、条例制定までに不相当の期間を経過した場合には、配置規制に関する同項を適用することなく(従つて、設置場所の適正を欠くという理由で不許可にすることはできない)、その余の許可基準を定めた同法第六条第一項(但し同項第一号の二は除く)に準拠して許否処分をなすべきである。

本件についてこれをみるに、<証拠>によると、控訴人は、前記改正薬事法第六条第四項にもとづく広島県条例を制定するため、改正薬事法施行後の昭和三八年九月二一日、同法施行後の最寄りの県議会に広島県第一二〇号議案として、「薬局等の配置の基準を定める条例案」を提案し、同月三〇日県議会において一部修正可決され、同年一〇月一日広島県条例第二九号「薬局等の配置の基準を定める条例」(乙第四号証の二)として公布され、即日施行されたものであることが認められる。右によれば、前記改正法律施行後条例施行までに四二日間を経過しているが、条例制定が県議会の審議議決を要するものである事情を考慮すると、条例の公布施行までに四二日間を要したことをもつて、不相当の期間を経過したものということはできない。従つて、控訴人が右条例の公布施行をまつて配置規制に関する前記薬事法第六条第二項を適用し、許可申請の許否を行つたことをもつて、違法な処分ということはできない。

三また、被控訴人の憲法第二二条若くは同法第一四条違反の主張について考察するに、職業選択の自由を保証する憲法第二二条は、選択した職業を遂行する自由の保証を当然含むものということができるが、それが公共の福祉の見地から制限をうけることは、同条の明文上明らかなところである。ところで、医薬品の調剤と供給とが適正に行われることは、疾病の治療予防ならびに健康の保持増進のために、国民にとつて不可欠のものであつて、これを扱う薬局等は、直接国民全体の保健衛生に関係するから、公共性を伴う厚生施設ということができる。そして、薬局の開設等を業者の自由に委せて、その偏在濫立を防止するなどの配置の適正を保つために必要な措置を講じないときは、その偏在により、適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給は期し難いことになり、また、その濫立によつて、濫廉売等の過当競争を生じて経営不安定となり、衛生設備が低下し、品質の低下した医薬品の調剤供給等、保健衛生上好ましくない現象をきたす虞なしとしない。改正薬事法第六条第二項ないし第四項は、右のごとき弊害を防止し、適正な調剤と医薬品の適正な供給を図ることによつて、国民の利便と保健衛生上の利益を守らんがための配置規制措置ということができ、また、同条第四項にもとづき制定された広島県条例も、右の趣旨とするところに十分則るものであつて、右配置規制に関する法律ならびに条例が憲法第二二条に違背するものということはできない。また、改正薬事法は、薬局開設申請者、医薬品の一般販売業および薬種商販売業の各申請者と配置販売業の申請者との間において、配置規制に関する許可基準を差別しているが、右は、法が保健衛生上の見地から、それぞれの業態に応じ適切と認められる規制を定めたまでであつて、両者の間に不合理な差別をしたものということはできず、従つて、不平等な規制を理由とする憲法第一四条違反の主張も採用することができない。

四つぎに、被控訴人は、改正薬事法第六条第二項および県条例により被控訴人の薬局開設の許可申請が処理されるべきものとしても、右許可申請は配置基準を定めた条例の解釈適用上許可処分をするのが相当であつて、これを不許可にした本件処分は違法である、と主張する。

<証拠>によれば、被控訴人が薬局を開設しようとする店舗予定地(広島市松原町八番一〇号)から水平距離による最短距離六四米の所に既設の医薬品の一般販売業者広島百貨店薬品部が存し(この事実は当事者間に争いがない)、さらに、被控訴人の薬局開設予定地から歩いて一、二分程度のところに、既設の山田薬局、橋本薬局、折田薬局が存在し、概して薬局が密集していることが認められ、これに反する証拠はない。

右の事実によれば、前記二(一)でみた広島県条例第三条の「既設の薬局等の設置場所から新たに薬局開設の許可等をうけようとする薬局等の設置場所までの距離(右距離は相互の所在建築物の最寄りの出入口間の水平距離による最短距離)がおおむ一〇〇メートルに保たれているもの」とする配置基準に照らし、被控訴人の本件薬局開設の申請は、距離規制の面で相当のへだたりがあり、距離規制の基準を定めた右条例の規定に適合しないものといわねばならない。

もつとも、右条例第三条第一項但書には「知事は、この適用にあたつては、人口、交通事情その他調剤および医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮し……」とあつて、知事は、右の距離規制「おおむね一〇〇メートル」の基準を適用するにあたつては、右に規定する各般の事情を考慮すべきことを定めているところ、前掲各証拠に原審証人釜田忠彦の証言(第一回)および弁論の全趣旨によれば、被控訴人が薬局を開設しようとする店舗予定地は、国鉄広島駅附近の繁華街にあり、広島駅に乗降する人々をはじめ、多数の人が店舗予定地附近を往来する状況下にあることが認められるが、前記のとおり、被控訴人の薬局開設予定地附近には、既設の薬局等が数軒存在する点よりして、調剤および医薬品の需給に影響を与える事情を考慮に入れても、右条例の適正配置の基準に適合するものということはできない。

そうすると、控訴人が右条例の適正配置の基準に適合しないことを理由にした本件不許可処分には、違法となすべき事由は存しない。

五以上の理由により、本件行政処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は、理由がなく、棄却すべきものであるから、これと結論を異にする原判決は取消を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。(辻川利正 村岡二郎 丸山明)

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