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広島高等裁判所 昭和42年(行ス)3号 決定 1967年12月14日

抗告人(相手方) 広島陸運局長

相手方(申立人) (旧商号 紙屋町タクシー株式会社)国際タクシー株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人の抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。

当裁判所も、相手方の本件行政処分執行停止の申立は理由があるものと判断するものであつて、その理由は、左記に付加するほかは、原決定の理由と同一であるから、これを引用する。

一、相手方に「回復の困難な損害」の存しないとの点について。

疏明によれば、相手方国際タクシー株式会社(紙屋町タクシー株式会社は昭和四二年一一月一七日商号を国際タクシー株式会社と変更した)は、車輛四九台、運転手一〇六名を擁し、一般乗用旅客自動車運送事業を営む中規模の株式会社であり、営業収支は年々好転しつつある状況下にあるが、継続的な営業活動によつて得られる収益を予定して、営業所、車庫および従業員用住宅を収容するビル建設に着手し、現在ビル建設に伴なう借入金ならびに買掛金等の負債合計一億五五〇〇万円余を抱えていることが認められ、営業収入以外にみるべきもののない相手方会社にとつて、一五〇日間の長期に亘る事業停止が措られるにおいては、その経営の規模、内容等に照らし、企業の倒産をまねくであろうことは、容易に推認されるところである。

そして、行政訴訟法第二五条第二項にいう「回復の困難な損害」に該るかどうかの判断にあたつては、相手方会社が執行停止によつて受ける利益(免れる損害)と、行政処分の執行不停止によつて維持される、自動車運送事業の適正な運営と道路運送に関する秩序確立という公共の福祉との比較衡量のうえになさるべきである、とする抗告人の所論を考慮に入れても、本件にあつては、相手方会社が一五〇日間の事業停止をうけた場合、単に、企業活動を停止するだけでなく、企業の倒産を招来し、事業停止期間経過後における企業活動の再開は不可能にひとしいことに着目するとき、相手方会社の蒙る損害は回復困難な損害であるものというべく、既に二ケ月余に亘る事業停止処分が続けられた現状下では、右行政処分の執行を停止すべき緊急の必要があるものと認めるのが相当である。

二、本案について理由がないとみえるとの点について。

本件行政処分の理由とされた道路運送法違反事実のうち、庚午タクシー株式会社の名義利用に伴う営業所、車庫の設置、増車を内容とする事業計画の無認可変更を行つたとする同法第一八条第一項違反の点については(相手方はその前提事実を争い違反所為なしと主張する)、抗告人提出の疏明資料により一応これを認めることができ、また、相手方会社が認可を受けて設置した営業所および車庫を無認可で廃止したとする同法第一八条第一項違反、ならびに、その余の同法第二四条、第二五条、第三〇条第一項の各違反事実については、相手方も、これを自認するところである。

そして、道路運送法違反行為に対する同法第四三条所定の制裁的処分については、監督行政庁たる抗告人の裁量に委ねられているとしても、その裁量が著しく不当であるときは違法というべく、また、法の裁量権を認める目的を逸脱し、これを濫用して行使することは、裁量権の濫用として違法たるを免れないところである。

本件についてこれをみるに、相手方の前記道路運送法違反行為の性質、内容等と、同法がその違反行為につき制裁的処分を加えてまで維持しようとする公共目的とを比較考慮するとき、抗告人が該違反行為に事業停止処分をもつてのぞんだことに、裁量権の逸脱ありとにわかに即断することはできないが、相手方の本件違反行為の性質態様、右違反行為に対し措られた抗告人の処分経過、免許取消処分と異なる形で存在する事業停止処分のもつ制度的意義、事業停止によつて与える企業えの影響力の程度、その他本件にあらわれた一切の事情を総合的斟酌すると、抗告人が一五〇日間という長期に亘る事業停止の処分をもつてのぞんだことには、裁量権の濫用の嫌いがないでもなく、この点、本案の審理の結果をまたねば、にわかに右処分が適法であるか否かを断じ難いものというべく、この意味において、「本案につき理由がないとみえるとき」に該らないものといわねばならない。

三、公共の福祉に重大な影響を及ぼすとの点について。

抗告人は、相手方会社は、車庫、点検施設、整備施設が不備であり、運行管理ないし安全管理の体制も改善されておらず、安全性を欠く自動車の運行により、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある、という。

しかし、本件疏明によれば、相手方会社は、抗告人の警告書(乙第四号証)にもとずき、運行管理ないし安全管理の面で改善を加え、また、ビル建築により廃止した庚午営業所および同第一、第二車庫についても、新たに、それに代る舟入営業所および同車庫、ならびに、庚午第一、第二車庫を設け、これに伴う抗告人の事業計画変更の認可を受けており、原審決定による執行停止により事業の再開された現在、右舟入車庫に整備施設をそなえ、右舟入営業所および同車庫を拠点として、日々車輛の点検整備等を行つていることが認められ、安全性に欠ける自動車の運行がなされているものということはできず、また、本件事業停止処分によつて、相手方会社は二ケ月余の間現実に事業が停止され、これにより相手方会社はもとより、他の同業者においても、法規遵守による輸送の安全性保持について格段の配慮を払うとともに、行政当局のかかる法律違反に対する処分の厳しさを十分認識したであろう点を考慮すると、本件行政処分は、大半その目的を遂げたものということができる。以上の諸事情を勘案するとき、本件事業停止処分の執行を停止したとしても、それが直ちに公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものということはできない。

以上のとおり、本件事業停止処分の執行停止を認容した原決定は相当であつて、本件抗告は棄却を免れない。

よつて、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 宮田信夫 辻川利正 丸山明)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

被抗告人の本件申請はこれを却下する。

との決定を求める。

抗告の理由

一、被抗告人に「回復の困難な損害」の存しないことについて

原決定は、被抗告人会社が倒産に陥るから、右事業停止によつて被抗告人の受ける損害は回復困難であるとされている。

しかし、「回復の困難な損害」の判断は、結局のところ、被抗告人が本件処分の執行停止によつて受くべき個人的利益(免れる損害)と、本件処分の執行不停止によつて守られる公共の福祉との比較衡量において、後者を犠牲としてもなお救済に値いする程度の損害であるかどうかによつてきめられるものである。ところで、本件処分は、被抗告人が道路運送法一八条等に違反しているためなされたものであつて、本件処分によつて守られる公共の福祉(自動車運送事業の適正安全な運営と道路運送に関する秩序の確立)の重大であることはいうまでもないところであるから、これを犠牲としても被抗告人の個人的利益を救済すべきものとみることはできないものである。

二、本件処分が適法な裁量行為であつて、本案について理由がないとみえることについて

原決定は、本件処分は行政措置を経ないでした点で異例であり、また、事業停止はその性質上事業経営に致命的打撃を与えるものであつてはならないのに、各種の事情(本件の特殊性)を考慮してきびしい処分であるから、その適法性に疑いがあるとされながら、被抗告人が相当期間内の事業停止処分を免れないとし、相当期間の限度を二月とされている。

しかし、事前に改善命令を出す等の行政措置は、法律上その要件ではなく、また、道路運送法四三条所定の処分も従来の例に必ずしも拘束されるものではなく、時代の社会の要請に応じて適正になされるべき筋合のものであるから、本件処分が異例であるとか、従前の処分例に比してきびしいとかいうことは、本件処分の量定において重要な要因ではない。

問題は、もつぱら違反行為の性質、規模等の違法性の強弱により、処分の量定がなされるべきものである。また、事業停止処分の性質が事業の経営の継続を予定しているものと解されるとしても、道路運送法四三条は六月以内の事業停止処分を法定しているのであつて、本件違反行為の性質、規模、内容等を総合して違法性が強く悪質であると判断される以上、法定内の処分をしていることに違法はなく、また、その量定が社会通念上著しく妥当を欠いているとも解されないのであるから、本件処分の適法性に疑いがあるとは到底いえないものである。のみならず、行政訴訟における裁判所は、刑事訴訟の上級審とは異なり行政処分の量定の適否を判断する基準(原決定はかかる基準を定立しうるものとし、これを二月と判断されている)を定立しうる立場になく、したがつて処分量定の変更をなしえないものである。要するに、抗告人が諸般の事情を考慮し、法定の種類および範囲内において量定している本件処分は適法な裁量行為であつて、社会通念上著しく妥当を欠く点は存しないから、本案について理由がないとみえるときに該当するものといわなければならない。

三、本件処分に対する執行停止が、公共の福祉に重大な影響を及ぼすことについて

原決定は、被抗告人において概ね改善すべき点は改善し、事業停止してから相当期間が経過しているから、安全性その他の面で公共の福祉に重大な影響があるものとは認め難いとされている。しかし、被抗告人会社の人的特殊性、その建設にかかる新庚午ビルの未引渡等の現状から、運行管理ないし安全管理の体制が改善されたとはいい難く、また、車庫および点呼施設、整備施設等が不備であつて、安全性を欠く自動車の運行により公共の福祉に重大な影響を惹起するおそれがあるのみならず、道路運送事業の根幹をなす免許制度を潜脱する名義借り等多くの違反行為がなされても、僅か二月の事業停止にとどまるとすれば、道路運送法に違反する行為が今後多数行なわれ、ひいては道路運送秩序の破壊、安全無視という公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが懸念されるであろう。速かに抗告の趣旨記載の決定を求める次第である。(抗告人の昭和四二年九月二六日付意見書、一〇月九日付意見書、一〇月二五日付意見書参照)

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