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広島高等裁判所 昭和43年(う)157号 判決 1973年8月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、広島地方検察庁尾道支部検察官北村儀之助作成、広島高等検察庁検察官岩本信正提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人寺田熊雄、同一井淳治並びに被告人提出の各答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

原判示事実関係はこれを要約すると、

(一)  被告人は、国鉄動力車労働組合(以下、組合という)岡山地方本部津山支部執行委員長として昭和三八年一二月、組合が行なつた合理化反対闘争に参加した者であり、同年一二月一三日午後七時から午後九時までの二時間、広島県三原市糸崎町所在の日本国有鉄道(以下、国鉄という)糸崎機関区において時間内職場集会を実施する旨の組合本部指令に基づき、右闘争に参加すべく右同日右支部組合員らを引率して右同町所在の国鉄糸崎駅に到着し、一旦組合中央執行委員(以下、中執という)山上邦彰の指示により右支部動員者約六〇名を引率して糸崎機関区下り出区線に配置され、右職場集会への参加を勧誘、説得するための同出区線におけるピケ隊の指揮者であつた組合福知山地方本部執行委員長坂下の指揮下に入つたが、山上中執が、糸崎駅五番線を午後七時二〇分に発車する六五一D列車の乗務員に右職場集会への参加を勧誘、説得し、これを確保する目的を以て、組合大阪地方本部執行委員長長岡猪行の総指揮下にあつた右五番線ホーム配置の動員者を増員すべく、糸崎機関区下り出区線配置の動員者の指揮者坂下に対し、指揮下の津山支部からの動員者を右五番線ホームへ移動させることを要請し且つその場にいた被告人に対し、右六五一D列車の乗客対策の任務をも含めて右五番線ホームへ行くように指示したので、被告人は、右指示に基づいて、既に右五番線に据え付けられていた六五一D列車の乗客説得の要もあり、一人同列車の運転室に乗り込んだが、同ホームには、組合広島地方本部執行委員坂井博指揮下の動員者数十名と前記山上中執の要請により応援に配置された津山支部からの動員者約六〇名の計百数十名が待機することと成つた。

(二)  右六五一D列車は、午後六時四四分糸崎駅着の六五〇D列車がその儘六五一D列車として折り返し運転されるもので、本件当日は、六五〇D列車の到着と同時に多賀賢治が六五一D列車の本務機関士として乗り継ぎ、五番線に据え付け、午後七時二〇分同駅を発車することと成つていたが、多賀本務機関士が前記職場集会に参加してしまつたため、同機関士に代つて六五一D列車を運転する乗務員が必要と成り、予め本件闘争に備え本件の前日国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けて同駅に待機していた広島運転所呉支所勤務の指導機関士重田進が代務機関士として六五一D列車に乗務しこれを運転することと成り、

(1)  重田機関士は、同列車に代替乗務すべく、広島運転本部主任伊勢田元義及び十数名の鉄道公安職員に擁護されながら午後七時四〇分頃同駅五番線ホーム陸橋階段下に到着し、同列車先端の運転室に乗り込もうとしたところ、これに対し被告人は右運転室内から、同運転室乗降口付近にピケを張つていた百数十名の組合員に対し「スククラムをしつかり組め、こつちへ寄れ」等と指示し、右組合員らはこれに従つてスクラムを組み「ワッショイ、ワッショイ」と掛声を掛けて気勢を挙げる等し、運転室乗降口の方へ前進しようとした重田機関士の前に立ち塞がり、暫時押し返す等の所為に出たため、同機関士等は前進することができないで右陸橋階段下まで押し返され、

(2)  更に数分後再び乗車すべく同機関士等は約三〇名の鉄道公安職員に守られながら前進したが、前同様約二分間に亘つて組合員らに前進を阻止され、右陸橋階段下まで押し返されたので、乗車を一旦断念し、多数の鉄道公安職員の応援を依頼し、

(3)  右依頼により応援出動した者を加え約一〇〇名の鉄道公安職員が同機関士を取り囲むように隊列を組み右陸橋階段下に到着した時、国鉄当局側の者は、同ホームに応援に馳せ付けた山上中執に対しピケ隊の撤去を要請したが、同中執は、六五一D列車に乗務するのは正規の乗務員であるかどうか、その者は乗務することを納得しているかどうか等を確めて乗務員を説得したく、鉄道公安職員が実力でその者を乗車させるのを一時中止して貰いたい気持から、同列車に乗務する者が運転経験のない助役や、運転実務から長期間離れている者であればいけないから、話し合いが付くまでピケを解くことはできない旨応答し、この間国鉄当局側は再三マイクで、ピケを解き機関士を乗車させるよう要請したのに拘らず、組合員らはこれに応ぜず、スクラムを組んで機関士の乗車を阻止する態勢を固めたので、右鉄道公安職員等は重田機関士を同列車に乗車させるべく前進したところ、組合員らはこれに対し前同様その前面に立ち塞がり、同機関士を擁する鉄道公安職員等を押し返す等し、その間被告人は、同到車の運転室内から組合員らに対し「スクラムを組め」等言つてこれを指揮し、右組合員らと共に同機関士の乗車を阻止し、

(4)  同日午後七時五七分頃遂に右鉄道公安職員等は同列車の運転室乗降口付近の組合員らを押し返し、同運転室内の被告人を同列車外に排除して通路を確保し、重田機関士を同列車に乗車させ、同列車は定刻より四〇分遅延して同日午後八時頃糸崎駅を発車した。

というものであり、以上の事実は記録および当審における事実取調の結果によりこれを認めることができる。

そして、原判決は、本件闘争は、組合員らの労働条件改善を目的とするもので、政治的目的のために行なわれたものではなく、又被告人を含む組合員らには本件列車の発進自体を阻止する目的はなかつた旨認定し、ピケツテイング本来の防衛的、消極的性格は否定し難いが、その限界を単なる平和的或は穏和な説得以外に出ることができないとすれば、組合は説得の機会すら得られず、あたらストライキの失敗を招く結果に成り兼ねまじく、例えば、使用者側や説得の相手方がかたくなに組合側の説得を避けようとする場合或は更に積極的にピケ破りのため暴力を用いるような場合には、少なくとも組合員として対抗上右説得の場を確保するため或程度の実力的行動に出ることは必要已むを得ない処置として容認されなければならず、労働組合法一条二項但書は、争議行為における一切の有形力の行使を禁ずる趣旨と解すべきでなく、右の如くピケツテイングの正当な目的を達するため必要最小限度の実力的行動は右条項但書の所謂暴力には該当しないと解すべきである等の見解を示したうえ、被告人を含む組合員らの行動は、鉄田機関士を擁する鉄道公安職員等に対抗して可成り強力にこれを押し返す等しその進行を阻止したことは認められるものの、それは組合員らに同機関士説得の機会を与えず唯有無を言わせず遮二無二ピケを破ろうとして実力行使に出た国鉄当局側に対し、その攻撃を避けつつ同機関士説得の機会を作る必要上已むを得ずして為した行為で、未だ防衛的で、消極的性格を失わないものといわざるを得ず、従つて、被告人の本件所為は正当なピケッテイングの範囲に属し、労働組合法一条二項但書にいう暴力の行使に該当せず、又被告人の本件所為により六五一D列車が糸崎駅を約四〇分遅れて発車したことのため、四四九M列車が三八分、八七貨物列車が五二分、一〇三七列車が四三分、四一七M列車が二八分、それぞれ遅れて同駅を発車したことが認められるが、右程度の遅延は未だ国民生活に重大な障害をもたらしたとはいえず、結局被告人の本件所為は刑法二三四条に該当し且つ有責ではあるが、争議行為として許されるべき行為の限界を越えていないから労働組合法一条二項本文の適用を受け、刑法三五条の正当行為として違法性を阻却される旨判断したものである。

検察官の控訴趣意は、原判決の右判断につき労働組合法一条二項の解釈の誤り及び事実の誤認を主張するものである。

これに対し当裁判所は、次のとおり判断する。

案ずるに、労働組合法一条二項但書は、争議行為における一切の有形力の行使を「暴力の行使」として禁止する趣旨ではなく、当該有形力の行使がその目的、時期、場所、手段、影響等、当該行為の具体的状況に鑑み、争議行為として社会通念上許容される必要最小限度を越えた不法な実力的行動に該らないときは、右条項但書の所謂暴力には該当しないと解すべきであることは、正に原判決の判示するとおりである。そこで、組合の組織的集団行動として本件合理化反対闘争に際して行なわれた刑法二三四条所定の構成要件に該当する有責行為であると原判決が認定した被告人の本件所為について原判示違法性阻却事由の有無を判断するに当つては、当該所為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、叙上行為の具体的諸状況を考慮に容れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定することとする。

(一)  行為の目的について。

原判決は、被告人を含む組合員らには本件列車の発進自体を阻止する目的はなかつた旨認定し、これに対し控訴趣旨は、被告人等の本件所為は当初から列車の発進阻止を目的として積極的に実力を行使した業務妨害行為の本質を備えるものである旨主張する。

成程、冒頭掲記の原判示事実関係によれば、被告人等の本件所為が列車発進阻止行動の様相を帯び且つ現実に本件六五一D列車の発進を阻止する結果をもたらしてはいるが、そもそも右所為の発端を成す本件職場集会の実施は、勤務時間内の二時間に亘り列車乗務員等の組合員らをして組織的、集団的に各職場を離脱させる集団的労務提供拒否を内容とする一種の争議行為であつて、その性質上使用者である国鉄の正常な列車運行業務に支障を与える結果を招来すべきことは避け得られないところであるから、よしんば被告人等の本件所為が叙上の様相を帯び且つ現実に本件列車の発進を阻止する結果と成つたからといつて、直ちに控訴趣意主張の如く論断するのは正当でなく、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、組合本部が職場集会の実施に藉口して各種列車の運行を二時間停止させることを計画し、その旨各下部機関に指令し、被告人等がこれに応じ当初から本件列車の発進を阻止すること自体を目的として本件所為に出た事実を確認するに足るべき証左は窺われず、この点についての原判決の認定に過誤は認められず、論旨はこの限りにおいては失当である。

しかし、よしんば被告人等が時間内職場集会を実施する旨の組合本部指令に基づき、重田機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得する機会を作る必要上本件所為に出たものであるとしても、上記のごとく本件職場集会の実施は組合の行なう一種の争議行為であるところ、公共企業体である国鉄の職員及び組合は、公共企業体等労働関係法一七条一項により、一切の争議行為を禁止され、同条項に違反してなされた争議行為は、少なくとも労働法上は一般的に違法であり、違反者は同法一八条により解雇の制裁を科せられ、争議行為に際してなされた行為が暴力の行使その他の不当性を伴なう場合には刑事法上においても違法性を阻却されないのであるから(昭和四一年一〇月二六日最高裁判所大法廷判決、最刑集二〇巻八号九〇一頁以下参照)、被告人等が重田機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得すること自体の違法性を指摘しなければならないが、その点は姑く措くとしても、純然たる私企業と異なり、一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従つて、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。

況して原判示のごとく、重田機関士は、予め本件闘争に備え本件の前日国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けて糸崎駅に待機していた者であり、右業務命令が適法であること及び被告人には重田機関士が本件列車発進のため代替乗務員として同列車に乗車すべく同駅五番線ホームへ来たことの認識が有つたことは、いずれも原判決の認定するとおりであつて、斯様に既に国鉄当局の適法な業務命令を受けてこれに服従し、就労の意思を以て出務している者の場合においては叙上受忍義務のないことは一層明白であるから、同人に本件職場集会への参加を勧誘、説得するに当つては、その時期、場所、手段、影響等において尚更厳しい制約を受け、団結による示威の程度を超えた物理的な力を以て同人の就労を妨害したり、そのため国鉄の施設や車両を占拠する等して国鉄の正常な列車運行業務を妨害することは、その目的の是非に拘らず許されないものといわなければならない。

(二)  行為の時期について。

冒頭掲記の原判示事実関係によれば、被告人等は、重田機関士が本件六五一D列車に代替乗務すべく、広島運転本部主任伊勢田元義及び十数名の鉄道公安職員に擁護されながら午後七時四〇分頃糸崎駅五番線ホーム陸橋階段下に到着した時点以前、既に同列車が据え付けられていた同ホームに、同列車の乗務員に本件職場集会への参加を勧誘、説得しこれを確保するピケ隊要員として配置され、殊に被告人は同列車の運転室に乗り込んでいて、右午後七時四〇分頃から午後七時五五分頃鉄道公安職員等により排除される迄約一五分間に亘り同列車運転室及びその乗降口付近において原判示所為に出たものであるが、記録及び当審における事実取調の結果に徴すると、本件列車はその発車はその発車定時刻である午後七時二〇分には既にその所定発車番線である五番線に据え付けられて乗客がこれに乗り込み、それが現実に発車した午後八時頃には、三両編成の定員合計二四〇名の約七割に相当する百数十名の乗客が乗車していたことが認められ、しかも原判決認定のごとく重田機関士は既に国鉄当局の適法な業務命令を受けてこれに服従し、就労の意思を以て出務し、被告人にもその事実の認識はあつたのであるから、斯る段階に立ち至つてなお同機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得しようと試みることは、徒らに同列車の発車の発進を阻害するだけで、国鉄の輸送業務が帯びている高度の公共性と国鉄の職員及び組合の争議行為が少なくとも労働法上は一般的に違法とされていることとに鑑み、時期的に最早許されないものというべきである。

(三)  行為の場所について。

およそ争議行為への参加を勧誘、説得するには、あくまで相手方に自由行動の余地を残し、相手方が説得に応ずればよし、若しこれに応じないで就労しようとする場合にはその就労場所への進路を開き、何等の妨害を受けることなく就労させなければならず、苟もその進路を塞いだり、就労場所を占拠したり等することは、説得のためのピケツテイングの正当な限界を逸脱するものといわなければならないところ、冒頭換掲記の原判示事実関係によれば、被告人を含む組合員らが本件六五一D列車の乗務員に本件職場集会への参加を勧誘、説得しこれを確保するピケ隊要員として配置された場所は、既に本件列車が据え付けられた五番線ホームであり、重田機関士が同列車に代替乗務すべく同ホーム陸橋階段下に到着した午後七時四〇分頃から午後七時五五分頃組合員らが鉄道公安職員等により排除される迄約一五分間引き続き同列車運転室乗降口付近に百数十名が同列車運転室に乗り込んでいた被告人の指揮下にスクラムを組んで同機関士の前進を阻止し、以て同機関士をして同列車運転室に乗り込むことはおろか、これに接近することさえもできない程に、その乗車、就労の自由を失わせたことが認められるから、被告人等の本件所為は場所的にも許容される限度を超えていたものといわなければならない。

なおこの点につき原判決は、同列車運転室に立ち入つたのは被告人一名だけでそれも乗客説得の任務遂行のためであり、又被告人が同運転室内部から乗降口の扉を閉める等、運転室を占拠する行動に出た形跡は窺われない旨判示しているが、被告人自身同列車の所定乗務員ではないのに壇に同列車運転室に乗り込み、原判示のごとく同運転室内から、その乗降口付近にピケを張つていた百数十名の組合員を指揮してスクラムを組ませ、重田機関士の乗車を阻止したものである以上、運転室に立ち入つたのは被告人一名だけであつたとか、被告人に乗客説得の任務も併せ存したとか運転室内部から乗降口の扉を閉めたとか閉めなかつたとか等の事実は、前叙認定を左右するものではないと認める。

(四)  行為の手段について。

そして、争議行為への参加を勧誘、説得するには、あくまで相手方が自由な意思決定に基づき自発的に参加する態度に出るのを待つべきであり、言論による説得又は団結による示威の域を超えた物理的な力によつてその自由意思による就労を妨害し又は意思決定の自由を奪う程度の心理的抑圧によつて不本意ながら就労を思い止まらせるような事態は厳にこれを慎まなければならないところ、冒頭掲記の原判示事実関係によれば、被告人を含む組合員らが重田機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得しこれを確保するために執つた手段は、その行為の時期及び場所と相俟つて、同機関士が代替乗務しようとする正当な就労行為を物理的な実力を行使して妨害したものに該当し、右説得の場を確保するピケツテイングの手段として超えてはならない限度を逸脱していたことは明白であると認められる。

この点につき原判決は、被告人等の本件所為は、被告人等に重田機関士説得の機会を与えず唯有無を言わせず遮二無二ピケを破ろうとして実力行使に出た国鉄当局側に対しその攻撃を避けつつ同機関士説得の機会を作る必要上已むを得ずして為した防衛的、消極的行為である旨判示しているが、被告人等の右説得行為が時期及び場所の点において許されないものであつたことは前叙説明のとおりであるばかりでなく、被告人は本件六五一D列車の所定乗務員ではないのに、既に所定発車番線に据え付けられ、発車定時刻を経過し、乗客が乗り込んでいる同列車の運転室に壇に乗り込み、同運転室乗降口付近には同列車の乗務員に対する説得のためのピケ隊員として百数十名の組合員が配置され、右乗務員の行動の自由は勿論意思決定の自由も制約され、ひいては同列車の発進が阻止され、国鉄の列車運行業務の円滑な遂行に支障を来す虞もないのではない情況にあつたのであるから、公共の福祉の維持、増進のため列車の正常且つ安全な運行に責任を有する国鉄当局が、重田機関士を同列車に乗車させるため、本来の鉄道係員らの他多数の鉄道公安職員を出動させ、以て同機関士の擁護と本件列車運転室への進路の確保に当らせたことは、国鉄当局は争議中であつてもなお業務遂行の自由を有し、況して組合側の説得行為に協力し、これを拱手傍観すべき義務を負うものではないこと並びに鉄道係員に対し、鉄道施設内において法規ないし秩序違反の行動に及んだ者を施設外に退去させ得る権限を認めた鉄道営業法四二条一項及び鉄道公安係員として、国鉄業務の円滑な遂行のため、その業務運営上の障害を除去するという警備的な職務を鉄道公安職員に認めた「鉄道公安職員基本規定」(昭和二四年一一月一八日総裁達第四六六号)三条、五条、現「鉄道公安職員基本規定(管理規程)」(昭和三九年四月一日総裁達第一六〇号)二条、四条の各趣旨に照らし、列車の運行業務を維持するための臨機の措置としていささかも違法の廉はなく、これを目して国鉄当局がかたくなに組合側の説得行動を拒否し、積極的にピケ破りのため実力行使一点張りに出たものと解した原判決の判断は失当といわざるを得ない(昭和四三年(あ)第八三七号、同四八年四月二五日最高裁判所大法廷判決及び昭和三五年三月二日福岡高等裁判所判決、高刑集一三巻二号一四九頁以下各参照)。

因みに、本件六五一D列車の代替乗務員が正規の乗務員であるかどうか、乗務を納得しているかどうか、運転経験及び運転技能の如何の如きは、これに代替乗務を命ずる国鉄当局自らが決定すべき事項であつて、組合側の説得行為の埒外にあり、双方の話合事項でもないから、組合側が右の諸点について当局側と話し合いがつくまでは、当局側の再三に亘るピケ隊撤去の要請に応じなかつたということは、本件ピケツテイングの防衛的、消極的性格を裏付ける理由とはならない。

(五)  行為の影響について。

しかして、国鉄業務の強い公共性に鑑みるときは、組合の争議行為は、これによる右業務の停廃が国民生活に重大な障害をもたらすものであつてはならず、このことは右争議行為に随伴する職場集会への参加を勧誘、説得するためのピケツテイングについても同様であるべきところ、記録及び当審における事実取調の結果によれば、

(1)  糸崎駅午後七時二〇分発の本件六五一D列車は、遅くとも午後七時四〇分頃には代務機関士重田進が乗車して発車することができた筈であるのに、被告人等の本件所為により同機関士の乗車が阻止され、結局それより約一九分(発車定時刻より三九分三〇秒)遅れた午後七時五九分三〇秒に発車し、同列車は主として同駅周辺の工場労働者の準通勤列車で、右発車時当時においては三両編成の定員合計二四〇名の約七割に相当する百数十名の乗客が乗車し、乗客には同列車の発車遅延に苛立つていた者も可成の数あつたこと、

(2)  岡山駅午後五時五四分発、三原駅行四四九M列車は六両編成で通勤者を主とする可成の数の乗客が乗車し、糸崎駅(五番線)午後七時三〇分着、午後七時三一分発のところ、本件六五一D列車の発車遅延による着線支障のため、糸崎駅構外に不時停車を余儀なくされ、同駅に三五分遅れて到着し、三七分遅れた午後八時八分に発車したこと、

(3)  東京駅午前七時六分発、大分・長崎行一〇三七列車は一二両編成の九州観光用不定期急行列車で、糸崎駅(五番線)午後七時五三分着、午後八時発のところ、先行の右四四九M列車が前記のごとく糸崎駅構外に不時停車した結果尾道駅に滞留を余儀なくされ糸崎駅に二四分遅れて到着、四三分遅れた午後八時四三分に発車し、同列車には推定五三三名の乗客が乗車していたこと、

(4)  八七貨物列車は、約五〇両編成で、糸崎駅手前において前記四四九M列車を追い越し、糸崎駅(六番線)午後七時二七分三〇秒着、午後七時四一分発のところ、右四四九M列車が前記のごとく糸崎駅構外に不時停車したため、これを追い越し得ず、糸崎駅に四〇分遅れて到着し、五二分遅れた午後八時三三分発車したこと、

(5)  糸崎駅午後七時三八分発、広島駅行四一七M列車は、糸崎駅午後七時二四分着の五一六M列車がその儘四一七M列車として折り返し運転されるものであるが、その着発する四番線が本件六五一D列車の発車する五番線とホームを共通するため被告人等の本件所為による同ホームの混乱により二八分遅れた午後八時六分発車し、五両編成で、右発車当時通勤者を主とする約三四九名の乗客が乗車していたこと、

がそれぞれ認められ、これによる旅客輸送及び貨物輸送の各遅延が国民の日常生活にもたらした障害は、その波及するところに思を致すと極めて重大であつたものと認められ、右認定に反する原判決の判断は失当の護を免れない。

以上検討したところによれば、被告人の本件所為は争議行為として許容されるべき限界を超えた違法、不当のものであり、労働組合法一条二項本文の適用はないと断ぜざるを得ず、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤及び事実の誤認があるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

本件犯行に至る経過

被告人は国鉄動力車労働組合(以下組合という)岡山地方本部津山支部の執行委員長をしていた者であるが、同地方本部が組合の本部指令にもとづき、昭和三八年一二月一三日午後七時から同九時までの間、二時間にわたり、広島県三原市糸崎町所在の国鉄糸崎機関区並びに糸崎駅を拠点として実施した合理化反対斗争の一環である時間内職場集会を開催するに際し、同日右津山支部組合所属の組合員を引率して右斗争に参加すべく右糸崎駅に赴いた。その際、被告人は、同所における右斗争の指揮にあたつていた組合中央執行委員山上邦彰の指示にもとづき、同駅五番線から午後七時二〇分に発車する予定の下り六五一D旅客列車の代替乗務員を右職場集会に参加するよう勧誘、説得してこれを確保する目的で、同日午後七時二〇分頃、右津山支部組合員約六〇名を引率して既に同列車の据えつけられていた同駅五番線ホームに赴き、右組合員らをして、同列車の運転室付近の右五番線ホーム上にピケを張つていた組合広島地方本部執行委員坂井博指揮下の組合員数十名と共に、右運転室附近の右五番線ホーム上にピケを張らせ、自らは乗客説得の目的をも含めて同列車の運転室に乗り込んだ。その頃一方、当局側は、右列車の本務機関士として予定されていた多賀賢治が前記職場集会に参加してしまつたため、あらかじめかかる事態に備えて同駅に待機させていた指導機関士重田進に対し、代務機関士として同列車に乗務するよう命じた。かくして、右重田機関士が、同機関士の護衛と、同列車の運転室への進路上に立塞がる右ピケ隊員を排除してその進路を確保する任務を帯びた当局側職員のほか多数の鉄道公安職員に周囲を擁護されて同列車に代替乗務すべく右五番線ホームに現われるや、被告人は次のような犯行に及んだ。

本件犯行

被告人は昭和三八年一二月一三日午後七時四〇分頃、広島県三原市糸崎町所在の国鉄糸崎駅五番線ホームにおいて、機関士重田進が前記のようにその周囲を多数の鉄道公安職員に擁護されて前記列車に代替乗務すべく右五番線ホームに現われたのを認めるや、右重田機関士を職場集会に参加させるため、右五番線ホーム上でピケを張つていた百数十名の前記組合員に対し、「スクラムをしつかり組め、こつちへ寄れ」などと指示し、同組合員らもこれに従つてスクラムを組み、ここに同組合員らと共謀の上、同日午後七時四〇分頃から同五五分頃までの間、三回にわたり同列車に乗車しようとして前進してくる右重田機関士の前に立塞がり、これを押し返して同関士の乗車を阻止し、かくして右重田機関士の意思を制圧して同列車の運行を同日午後八時頃に至るまで不能ならしめ、もつて威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害したものである。

(証拠の標目)<略>

(原審弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人は、被告人の本件行為は、前判示重田進機関士を職場集会に参加されるため説得する目的で行なわれた正当な組合活動であるから、労働組合法一条二項本文の適用を受け、その違法性を阻却されるべきものである旨主張するけれども、被告人の本件行為が同条項に該当せず、したがつてその違法性が阻却されないものであることは前段に説示したとおりである。それゆえ、右主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二三三四条、二三三条、六条、一〇条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、原審並びに当審における各訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用していずれも全部これを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(栗田正 久安弘一 片岡聰)

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