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広島高等裁判所 昭和43年(う)198号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕所論は、要するに、原審第一一回公判期日において、検察官から起訴状中の「信号が進めになつていたのに油断し」とある部分の削除訂正を申立て、裁判所はこれを許可したが、これは起訴状の訂正ではなく、訴因の変更であるから、被告人に十分防禦の機会を与えないで結審した裁判所の措置は違法であるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査するに、原審第一一回公判期日において検察官から起訴状中の所論の部分の削除訂正の申立がなされ、裁判所はこれを起訴状の訂正として許可し、右公判期日に結審したことは所論のとおりである。所論は右部分の削除は訴因の変更である旨主張するけれども、本件起訴事実は被告人の電車の動静に対する注視不十分を過失の内容とするものであることは本件起訴状の記載自体に徴し明らかであるから、事情として記載された前記信号の点の削除は訴因の変更に当らないものと解するのが相当であり、従つて、起訴状の訂正としてこれを許可した原審の措置は正当であつて、なんら違法の点は存しない。論旨は理由がない。

論旨第二点及び第三点について、

所論は、要するに、本件衝突事故は、交通信号を無視して本件交差点に進入した路面電車の運転手池ノ本利美の一方的過失によるものであつて、交通信号を忠実に遵守し青信号に従い本件交差点を西方から東進通過しようとした被告人としては、一時停止線に停止することなく、交通信号を無視して、あえて、交差点に進入し、右折横断しようとする電車のあることまで予想して進行すべき注意義務はないものというべく、被告人にはなんらの過失もないから、被告人の業務上の過失責任を認めた原判決は事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

よつて、審按するに、原判決の挙示する各証拠、ならびに、当審における事実取調の結果、<証拠>を総合すれば、本件衝突事故発生当時の状況は次のとおりであることを認めることができる。すなわち、被告人は自動車の運転業務に従事しているものであるが、昭和四一年一一月一五日午後二時五二分頃、大型乗合自動車を運転し、時速約三五キロメートルで広島駅前方面から呉方面に東西に通ずる道路を東進し、広島市松原町四の一四、中道ビル前の信号機の設置されている交差点西側の一時停止線に差しかかつたが、同交差点の東西の交通信号が青信号であつたので、右信号に従つて同速度で西方から同交差点に進入し、約二〇メートル東方に直進したとき、折から池ノ本利美の運転する路面電車が同交差点に北西から進入しようとしているのを約一〇メートル左前方に認めたが、東西信号が青信号であつたから、右電車は同交差点内の電車軌道上に設けてある電車の一時停止線(原審検証調書添付見取図の電車一時停止線)で当然停止するものと考え、先に交差点を通過すべく前同一の速度で進行を続けたところ、予想に反し右電車が一時停止線で停車しないで時速約一五キロメートルで同交差点に進入し右折横断しようとしたので、衝突の危険を避けるため、直ちに急停車の措置をとつたが及ばず、自車左後部を右電車の右前部に衝突させ、その衝撃によつて自車に同乗していた丸岡千代美、右電車に同乗していた山下幸子、島本初恵らに右後頭部打撲等の各傷害をそれぞれ負わせたものである。証人池ノ本利美は、原審公判廷(原審第二回、第三回各公判期日)において、本件事故発生直前本件交差点の東西の交通信号は赤信号であつた旨供述しているけれども、右供述は前記各証拠、特に原審ならびに当審証人鈴木与惣吉、当審証人井原こと小野川文子の各公判廷における供述記載に照らし信用することができない。また、検察官は、本件交差点には一般車両に対する信号機(以下一般信号機という)の外に電車専用の信号機(以下電車信号機という)が別に設置されており、一般信号機の東西信号の青信号と電車信号機の発進信号とが競合する時間は一一秒間のみであり、従つて東西信号が青信号であるのに電車に対し発進信号が出るのはこの一一秒間に限られるのであつて、原審検証調書によれば、広島駅前の発着場を発進する電車は本件衝突地点に最も近い待機場所東端からでも衝突地点に到達するには一三秒要していることからして、本件衝突時、東西信号はすでに赤信号に変つていたことは計算上明らかであるから、本件交差点の一般信号機の東西信号は本件衝突当時青信号ではなく赤信号であつた旨強く主張する。そこで、記録ならびに当審における事実取調の結果に基づき検討するに、本件交差点に一般信号機の外に電車信号機(原審検証調書添付見取図(ロ)点信号機)が別に設置されており、一般信号機の東西信号(同見取図(イ)点信号機)の青信号と電車信号機の発進信号とが競合する時間が、本件事故発生時の時間帯では、一一秒間であることは検察官所論のとおりであるが、電車信号機の発進信号が出されるのは必ずしもすべて一般信号機の東西信号が青信号の場合とは限らず、東西信号が黄信号、もしくは赤信号の場合でも右発進信号が現実に出されており、本件電車発進時における東西信号の種別、その周期上の時間関係(当審証人東陽治の供述によると、本件事故発生時の時間帯の一般信号機の東西信号は一一三秒を一周期とし、青信号五四秒、黄信号四秒、赤信号五五秒の周期で反覆しており、その間、電車信号機の発進信号が出されるのは、青信号の終りの一一秒、黄信号の四秒、赤信号の初めの二〇秒合計三五秒間であつたことが認められる。)、本件電車の発着場における待機位置原審検証調書の記載によれば、本件電車は比治山下経由宇品行の電車であり、右電車の発着場における待機場所は発着場の西端に位置し、本件衝突地点から最も遠く、電車が通常右発着場西端の待機場所を発進し本件衝突地点に達するには、途中停止しないで進行した場合二九秒位を要し、途中発着場東端で一旦停止し再び進行した場合三五秒位を要することが認められる。)、その他、右電車の乗客の状況、待機場所発進後の速度等の条件如何によつては、本件電車が本件事故当時衝突地点附近に達したとき、一般信号機の東西信号が青信号の場合も十分考えられるところである。従つて本件衝突当時東西信号は計算上赤信号になつていた旨の検察官の右主張は採用することができない。なお、検察官は、原審証人鈴木与惣吉の証言について、同人は本件衝突時自分が横断しようとして信号待していた南北の横断歩道の信号が赤信号であつたことから本件交差点の一般信号機の東西信号を青信号と既断し、その旨証言したものと解されるが、右横断歩道の赤信号が青信号に変るのは東西信号が赤信号になつてから20.5秒後であり、横断歩道の赤信号と東西信号の赤信号とは20.5秒間競合することが証拠上明らかであるから、右証言は東西信号が本件衝突時青信号であつたことを証明する力はない旨主張する。しかし、原審公判廷(第三回公判期日)における右証人の供述記載に基づきその証言内容を仔細に検討してみるに、同証人は「私が信号待していたときには広島駅前から大州方面に向う車は通つていい信号でした。一、二台車が通つていた。そのような状況のときに本件衝突があつた。」旨供述しているのであつて、所論のように本件衝突時、横断歩道の信号が赤信号であつたことから東西信号が青信号であつたものと即断し、その旨供述したものではなく、本件衝突時、東行車両が現実に一、二台通行していたことから本件交差点の東西信号が青信号であつた旨供述したものであることが認められる。従つて、同証人の右供述は十分信用することができるものというべく、本件衝突時東西信号が青信号であつたことについて、右証人の証言には証明力がない旨の右主張も採用できない。さらに記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、前記認定を左右するに足る証拠は存しない。

そこで、前記認定事実に基づき考察するに、被告人は前認定のように、本件交差点の東西の交通信号が青であつたので、右信号に従つて西方から同交差点に進入しこれを通過すべく直進していたのであるから、このような場合、右交差点に北西から進入しこれを右折横断しようとする電車の運転者は、たとえ、電車信号機の発進信号に従つて発進した場合であつても、当然右東西の交通信号に従わなければならず(道路交通法四条二項、二条一七号参照)、また、右交差点において直進しようとする車両があるときは右車両の進行を妨げないようにすべきである(同法三七条一項参照)のに、本件電車の運転手池ノ本利美は右東西の交通信号の青信号を無視し、本件交差点の電車軌道上に設置してある一時停止線に停止することなく、時速約一五キロメートルで本件交差点に進入し右折横断を敢行しようとしたため、被告人の急停車も及ばず、遂に本件衝突事故を惹起したものであることが認められる。してみると、右衝突事故は主として右池ノ本利美の過失、すなわち交通法規を無視した右折横断によつて生じたものということができる。

進んで、本件の場合、被告人にも過失があつたか否かを検討するに、前認定のように、東西の交通信号の青信号に従つて本件交差点に進入し、西方から東方に通過すべく直進している自動車の運転者である被告人としては、その際左前方約一〇メートルの地点に北西から同交差点に進入しようとする電車を認めたとしても、右電車は東西信号の青信号に従つて、同交差点の電車軌道上の一時停止線で一旦停止するものと信じて、そのまま進行を続けたのは当然であつて、本件池ノ本の運転する電車のように、東西信号の青信号を無視し、電車軌道上の一時停止線に停止することなく、時速約一五キロメートルで本件交差点に進入し右折横断を敢行しようとする電車の存在することまで予想して、自車の進路の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務は存在しないものと解すべきである。

以上検討したとおり、本件は池ノ本利美の交通信号を無視した右折横断によつて惹起された事故であつて、被告人には原判示のような業務上の注意義務は存在せず、被告人の業務上の過失責任を認めた原判決は事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、その他の論旨について判断するまでもなく、この点において破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある。

(高橋文恵 久安弘一 丸山明)

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