広島高等裁判所 昭和43年(う)238号 判決 1973年9月13日
主文
原判決中、被告人三名に関する部分を破棄する。
被告人山田隆夫を懲役八月に、被告人畑中実を懲役六月に、被告人小林延明を懲役三月に処する。
この裁判確定の日から、被告人山田隆夫、同畑中実に対し三年間、被告人小林延明に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
<訴訟費用省略>
理由
<前略>
所論は、要するに原料決は、被告人三名に対する本件各公訴事実に対し、事実関係については略公訴事実どおりの事実を認定し、それがいずれも刑法六〇条、二三四条の構成要件に該当することを認めながら、
(一) 日本国鉄道(以下国鉄という)職員に共通する団体交渉事項については、国鉄当局が他の少数組合に先立つて国鉄労働組合(以下国労という)と団体交渉を妥結するという労使慣行があつたにもかかわらず、これを無視して他の少数組合と先に妥結したこと、
(二) 被告人三名に対する本件各公訴事実記載の各行為(以下本件各行為という)には列車の運行を終局的に阻止する目的があつたとは認められず、その対象たる操車掛横山市夫のほか列車乗務員らには積極的に就労する意思があつたものとは認められないこと
(三) 作田幸雄予備助役の機関車誘導方法は違法かつ危険であつたこと
の三点について、それぞれ誤つた事実を認定したうえ、被告人三名の本件各行為は正当な争議行為として労働組合法一条二項本文の適用を受け、その違法性を阻却するというべきであるとして無罪の言渡をした。しかし、原判決が右に列記した三点にわたる誤つた事実を認定したのは、証拠の取捨選択を誤つて事実を誤認したものであり、また被告人三名の本件各行為が正当な争議行為として労働組合法一条二項本文の適用を受け、その違法性を阻却するとしたのは法令の解釈適用を誤つたものであつて、これらの誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
一そこで、まず原判決が認定した被告人三名の本件各行為の内容、およびこれに及んだ経緯に関する事実のうち、記録ならびに当審における事実取調の結果に徴し、当審においても肯認しうる事実を要約すると次のとおりである。
(一) 本件発生当時、被告人山田は国労岡山地方本部執行委員長、被告人畑中は同本部書記長、被告人小林は同本部執行委員の地位にあつたものである。そして国労は国鉄職員の社会的、経済的地位の向上を図るとともに民主国家の興隆に寄与することを目的として、国鉄職員の四分の三を超える約三二万名をもつて組織された組合であり、中央本部を最高機関とし、その下に各地方鉄道管理局に対応して二七の地方本部を設け、さらにその下に支部ならびに分会が設けられていた。国労は昭和三七年二月七日頃、当局に対し、昭和三六年度末手当(日本国有鉄道法第四四条第二項によつて毎年国鉄職員に支給される特別の給与)につき、「年度末手当を基準内賃金の0.5プラス三、〇〇〇円とし、昭和三七年三月二三日に支給すること」を要求した。これに対し当局は右三月二三日「年度末手当は0.4ケ月分支給する」旨を回答した。しかし国労としてはこれを不満としてさらに団体交渉を継続するよう申入れ、当局もこれを了承した。その後当局は同月二七日午前四時頃、動力車労働組合などの少数組合と「年度末手当を0.4ケ月プラス一、〇〇〇円(0.436ケ月分)支給する」ことで妥結した。その後国労は緊急中央執行委員会を開いて討議した結果、「五分の一にも達しない少数組合と先に一方的に妥結し、その結果を既定の事実として多数組合に押しつけるのは多数組合の団体交渉権の否認であり、厳重に抗議すべきである」旨決定し、指令第二四号を発して「各地方本部は三月三〇日午後一〇時以降三月三一日前八時までの間に運輸運転関係の職場を指定し、勤務時間内二時間の時限ストを実施すること」を指示した。
(二) 右本部指令第二四号を受けた岡山地方本部では、同月二九日急遽同地本戦術委員会が開かれ、(イ)同月三〇日午後一一時から同月三一日午前一時までの二時間、糸崎駅構内運転関係職場においてストライキを実施し、同ストライキに同駅上り下り線の各操車掛、連結手、転轍手その他運転従事員を説得して参加させ、当局の実力介入の監視等のため同駅非番者及びその他関係各支部より約三〇〇名の動員者を編成し、約四、五〇名づつに班別して構内各所に分散させることとし、被告人山田は同地方本部最高責任者として右ストライキ全般を総括指揮し、被告人畑中は同駅西構内全般を、美見和甫同地方本部副執行委員長は同駅東構内全般を各総括指揮し、被告人小林は被告人畑中の指揮下にあつて動員者の指揮などにあたること、(ロ)、後述のように当時既に遵法斗争に入つていた岡山操車場駅(以下岡操駅という)のストライキを強化するため動員者を増員派遺し激励すること、が決定された。
(三) 被告人三名の本件各行為
(1) 岡操駅事件
当時、国労岡山操車場分会は当局に対し、実情に見合う作業ダイヤに変更すること、適正ダイヤに見合う要員を配置することなどの職場要求を提出し、交渉を重ねていた。一方岡山地方本部は前記本部指令第二四号に先立ち、同月一三日に発せられた本部指令第二三号にもとずき同月中旬に開かれた同地方本部執行委員会において右年度末手当問題の交渉とあわせて、右の岡操駅職場要求の解決促進を図るため同月二〇日以降「遵法業務切捨て斗争」を続行することを決定し、これにもとずき同駅における遵法斗争に突入していた。
その結果、同月二九日の戦術委員会の決定により、動員者約四〇名が同駅に増員派遺されるとともに、被告人山田は同日午後八時頃、被告人畑中は同日午後七時頃、それぞれストライキの指導激励などのため岡操駅に赴いた。当時岡操駅には、下り四番線から午後一一時一五分に発車する糸崎駅行七三貨物列車(以下七三列車という)があり、同列車が四番線に到着すると、機関車(着機)がはずされ、他方、機関区から機関車(発機)が出区されて同駅構内機待二番線へ引き上げられ、そこからこれを操車掛が誘導して同列車に連結する仕組みになつていたが、同日午後一〇時五五分頃、操車掛の横山市夫が平常どおり右機待二番線に引き上げられた七三列車の発機を同列車に連結すべく誘導しようとしたところ、突然組合員ら約二〇名が右発機の進行方向直前の線路上あるいはその横に立塞がつたり、坐り込んだりした。被告人山田及び同畑中は組合員らの右ピケツテイングの様子を聞き、それぞれ機待二番線上に停止している右発機のもとへ駈けつけ、右坐り込みを容認した上、横山市夫に対し、右発機を押さえる旨を告げた。同人はそのため発機の誘導を一旦断念し、下り運転掛詰所へ赴き宮崎義胤同駅予備助役に右の事情を報告し、報告を受けた同助役は横山市夫を伴なつて現場に赴き、同人に対し、発機を誘導して編成を完了している同列車に連結するよう指示すると共に被告人山田に対しピケツテイングの解除を求め、さらに連絡によつて同所に赴いた三宅実同駅助役も被告人山田および同畑中に対してピケツテイングを解除するよう要請したがこれを拒否されたので同駅運転本部にいた岡山鉄道管理局運輸長高浦誠爾にその旨を連絡した。同日午後一一時四五分頃、右の連絡を受けた同運輸長は同駅々長瀬川盈男と共に現場へ赴き、被告人山田、畑中両名に対し、ピケツテイングの解除を要請したが、話し合いがつきそうにもなかつたため、対策本部に連絡すべく右下り運転掛詰所へ帰つた。被告人山田、同畑中両名は同日午後一一時五五分頃右の組合員らを集めて右のピケツテイングを解除した。そして同列車は定刻より約五三分遅れて同駅を発車した。
(2) 糸崎駅事件
前記のように三月二九日の戦術委員会で同月三〇日午後一一時から翌三一日午前一時までの二時間、糸崎駅でストライキを行う旨決定され、右決定にもとづき同月三〇日午後八時過頃より同地方本部の各支部などから動員者らが同駅に到着し、それぞれ分担の任務に従つて配置され、同駅構内運転関係組合員の説得が開始された。当時、糸崎駅では六番線から、下り三九三貨物列車(以下三九三列車という)が午後一一時一三分に、二番線から上り四八貨物列車(以下四八列車という)が午後一一時二六分に、五番線から下り三一急行列車(以下三一列車という)が午後一一時三八分に、いずれも同駅に到着してから機関車を取り替えた上発車することになつていた。
(イ) 右三九三列車は同駅到着後機関車(着機)を列車から切り離して機関区に入区させ、機関区から機関車(発機)を出区させて一旦停止線まで運転し、そこから先は操車掛の誘導によつて同列車に連結することになつていたが、右発機を誘導する操車掛を説得する任務を負つた同地方本部執行委員喜多健三が動員者約三〇名と共に同日午後一〇時四〇分頃から同駅西構内天保踏切り辺に待機していたところ、同日午後一一時一分頃、本件ストライキに備え予め同駅下り方面の着受操車掛(到着列車の機関車を切り離したり、機関区から出区した機関車を誘導して列車に連結する)としての業務命令を受けていた同駅予備助役作田幸雄が、機関区から右一旦停止線まで出区してきた発機(機関士滝都正)を三九三列車に誘導して連結する操車掛がいなかつたため、同発機を列車に連結すべく誘導を始めたのを認め、即時誘導を中止するよう同助役に抗議したが聞き入れられず、そのまま誘導が続けられ、同日午後一一時一〇分頃右発機は同到車に連結され、信号は進行となり発車ブザーが鳴り、列車は直ちに発車できる状態になつた。そこで、喜多執行委員は引率の動員者約三〇名とともに同列車の進行方向約二メートル前方の線路上あるいは機関車の横に立ち並びあるいは坐り込む等してピケツテイングをはるに及んだ。その頃同所へ、同駅西構内を視察のため歩いていた被告人畑中がさしかかり、喜多執行委員から右ピケツテイングをはるに至つた経緯の報告を受け、やむを得ないと判断して了承し、なお同執行委員に対し統一ある行動をとるように指示した。そして右ピケツテイングのため同列車は定刻より約一時間五〇分遅れて同駅を発車した。
(ロ) 右四八列車は同駅到着後、機関車(着機)を切り離して機関区に入区させ、機関区から機関車(発機)を出区させて出区一旦停止線まで運転し、そこから操車掛の誘導によつて同列車に連結することになつていたが、右発機(機関士千葉一郎、機関助手加藤恒幸)を誘導する操車掛がいなかつたため、同日午後一一時一五分頃本件ストライキに備え、あらかじめ上り方面の着受操車掛としての業務命令を受けていた同駅輸送助役戸田親義が右一旦停止線で停止していた発機を誘導すべく合図灯をもつて右発機に近づいた。その頃同駅構内全般を視察すべく同駅東構内方面を廻り右発機附近にさしかかつていた被告人山田が同助役の合図灯を認め、正規の操車掛以外の者が誘導するものと判断し、同助役を呼びとめ抗議すると同時に、附近の動員者に知らせるべく大声で呼びかけたところ、その頃同駅東構内の監視を担当し、発機附近に待機していた同地方本部執行委員川崎博が同被告人の呼び声を聞き約二〇名の動員者とともに駈けつけてきたので同人らに同発機の至近前方線路外側附近、あるいは発機の横に立つなどのピケツテイング(機関車を動かせば同人らに危険がある状態)をはらせるに及んだ。同助役はなおも発機前部のステツプに立ち誘導しようと試みたが、右ピケツテイングのためそれも困難となり、同駅上り運転室へ引きあげ、そのため右発機の四八列車への連結が遅れ、同列車は約一時間四八分遅れて同駅を発車した。
(八) 右三一列車は同日午後一一時三一、二分頃、同駅四番線に到着したが、同列車の機関車(着機、機関士真野潔、機関助手高谷満)を切り離し、機関区まらで誘導して入区させる操車掛がいなかつたため、前記作田助役がさらに三一列車の着機を入区させるべく誘導しようとして右着機に近づいた。その際前記の任務を負い動員者約二、三〇名を引率して四番線ホーム西寄り線路附近に待機していた被告人小林が同助役の姿を認めるや、同助役が先刻三九三列車の発機を誘導連結した事情について連絡を受けていたため、再び三一列車の着機を誘導するものと考え、動員者約一〇名と一緒に同ホーム上で同助役を取り囲んで抗議し、続いてその場にいた中河原中央執行委員の指示もあり、引率していた右動員者ととも、に同着機前方五、六メートルの線路上に立ち、あるいは坐り込むなどしてピケツテイングをはるに至つた。そこへ被告人山田が通りかかり、被告人小林からピケツテイングの理由について詳細な報告を受け、これをやむを得ないものとして了承し、みずからも同列車内の乗客の状況を調べるなどしたが、当局側との話し合いの結果、右ピケツテイングを解除した。その後右三一列車は定刻より四、五〇分遅れて同駅を発車した。
以上が刑法六〇条、二三四条に該るとして原判決の認定をした事実である。そして右の事実は記録ならびに当審における事実取調の結果に照らしてこれを認めることができるから、原判決の認定はこの限りにおいてもとより正当である。
二そして原判決は、被告人三名の本件各行為の背景をなす国労の年度末手当要求斗争の目的は組合員の労働上、経済上の要求解決であつて、いわゆる政治ストではなく、社会に及ぼした影響も重大ではなく、被告人三名の本件各行為も許されるべき行為の限界を越していないことを総合して判断すれば、被告人三名の本件各行為は正当な争議行為として労働組合法一条二項本文の適用を受け違法性を阻却するという。
しかし、およそ「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判断しなければならない」ものであることは最高裁判所昭和四三年(あ)第八三七号、同四八年四月二五日大法廷判決の示すところである。したがつて、威力業務妨害罪の構成要件に該当する本件各行為の正当性の判断は、基本となる争議行為そのものの違法性の判断とはおのずから別個の問題に属し、たとえ基本となる争議行為は政治的目的のために行なわれたものではなく、また暴力を伴なうものでもなく、さらにまた社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合に該らない場合であつても、これに附随して行なわれた本件行為が直ちにその違法性を阻却されるということはできない。それゆえ、本件各行為の違法性の判断は、行為の具体的状況、その他諸般の事情を考察して、果たしてそれがピツテイングとして相当性の範囲内にあるか否かが検討されなければならない。
ところで原判決はピケツテイングの正当性の限界について「ストライキの本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務を履行しないことにあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者側に利用させないことにある、」ことを一応認めながら、「しかしこのことはあくまで原則であつて、争議行為が如何なる意味でも実力的であつてはならないと解すべきではない。蓋し労働組合の紐帯がそれ程強固ではなく、組合員に対する使用者の働きかけがしばしば組合指令よりも強い影響力のある我が国の労働事情の下では、ストライキの行われた場合使用者側は往々職員その他の者によつて操業を継続したり、スキヤップを使つてピケ破りをしようとしたりして容易に組合側の説得などは聞き入れないのが通常であるから、ピケツテイング本来の防衛的、消極的性格は否定し難いが、その限界を単なる平和的或いは穏和な説得以外に出ることができないとすれば組合は手をつかねてストライキの失敗を待たねばならないことになるからである。……労組法一条二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解してはならない旨規定しているが、それは前述の如くピケツテイングの正当な目的を達成するため必要最少限度の実力的行動をも禁ずるものと解してはならない。」として使用者側が非組合員などを就業させて操業を継続する場合などにおいては、ストライキの効果が減殺されるのを防止するため、説得行動としてある程度の実力を行使してこれを阻止することも容認されるという見解を示し、さらにピケツテイングが同じ労働組合に属しながら争議に参加しないで就業しようとする組合員を対象とする場合については、「一応就業の自由を有するが、その自由は組合の団結に優先されるから組合の団結の維持に必要な場合は、これに対するピケツテイングは就業を翻意さすべく単なる平和的説得にとどまらず、説得に必要かつ適切な限度では自由意思を一時制圧するような威力を用いることも容認されるものと解すべきである。」と判示した。
しかしながら、国鉄職員は、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、国労の組合員も争議行為を行なつてはならない義務を負つていることはいうまでもない。それゆえ国労としては、ピケツテイングの対象が国鉄職員である以上、非組合員はもとよりたとえそれが組合員に対する場合であつても、ストライキへの参加という違法な行動に従うことを強制することのできない筋合のものであつて、組合がなしたストライキの決議は違法であり、組合員に対して法的拘束力をもつものではない。したがつて、国労としては、ストライキの決議に従わず就労しようとする組合員に対し、ストライキに参加するように平和的に勧誘または説得し、あるいは就労しようとする非組合員らに対しても就労を翻意させるべく平和的に勧誘、説得することは、ピケツテイングとして相当な範囲内のものとして許されるけれども、その程度を越えて実力またはこれに準ずる方法を用いてその就業を阻止することは、他にこれを相当ならしめる特段の事由の存在しないかぎり、相当な限度を超えるものとして許されないといわなければならない。
してみれば、ストライキの実効性の確保や組合の統制権を理由として、右の特段の事由の有無にかかわらず、一般的に実力の行使によるピケツテイングを是認する原判決の判断は、国労のように公労法の適用を受ける公共企業体の組合に関するかぎり正当ではなく、原判決はすでにこの点において、公労法ならびに労働組合法一条二項の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
三そこで、右の見解を前提として本件各行為の正当性について検討を加えることとする。
(一) まず、本件各行為の背景をなす基本たる争議行為そのものの違法性の点についてみると、前記本部指令二四号にもとずくストライキは前記のとおり二時間という比較的短いものであるとはいえ、国鉄の輸送業務が今日の国民生活に必要欠くべからざるものであつて、公共性がきわめて強く、その僅かな遅延でもとり返しのつかぬ損失を与える場合があり、その業務の停廃は国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものであることを考えると右の二時間のストライキもまた明らかに公労法一七条一項の禁止する争議行為にあたり、したがつて違法なものであるといわざるを得ない。したがつて、右の争議行為際して行なわれたピケツテイングは、他に特段の事由の存在しないかぎり、平和的な勧誘、説得の程度を超えて実力またはこれに準する方法を用いて組合員などの就業を阻止することは許されないものというべきである。
(二) この点について、原判決は、国労が本件ストライキに突入するに至つた事情として次のような事実を判示する。すなわち、
「国鉄には昭和三七年三月当時、労働組合の外に動力車労働組合外、十数個の少数組合があつたが、当局と中央交渉をもつのは国労、動力車労働組合、国鉄職能別労働組合、新潟地方労働組合の四組合であり、同四組合が当局と団体交渉を行う場合、国鉄職員全体に共通した労働条件に関する事項については国労が他組合に先立つて団体交渉を行つて妥結した後、他組合も、当局との間で団体交渉、妥結を図るのが永年の慣わしであつた。」ところが前記年度末手当の要求に関する団体交渉において、国労がいまだ当局と交渉を妥結するに至らない「同月二四日頃、組合は、当局が従来の団体交渉の慣行に反し国労との交渉、妥結前に他の小数組合と交渉妥結を図り、その結果を国労に対しても実施するつもりらしいとの情報を得たので、緊急中央執行委員会を招集し、右当局の態度は国労の組織の破壊を意図するもので抗議すべきであるとして、急遽同月二七日早朝から東京において始発電車の時間帯を含む時間内職場大会を開く旨の指令を東京地方本部に発して抗議体制を整えた上、同月二六月午後八時からの当局との団体交渉に臨んだ。そして団交の席上、多数組合である国労を除外して先に少数組合と交渉妥結し、その結果を国労にも実施するようなことは、実質的な団体交渉権の拒否であり国労にとつては組織上重大問題であるとしてその中止方を当局に申し入れ交渉した結果、同日午後一二時頃、一応当局も了解したので翌二七日午前一〇時頃から年度末手当の団体交渉をなお継続することとして当日の交渉を終え、とりあえず予定していた右二七日の東京における職場大会の指令を解除した。それにもかかわらず」当局が翌二七日午前四時頃先に動力車労働組合などと交渉を妥結したため、国労は前記のようにこれに抗議してストライキに突入するに至つた。
というのである。
なるほど、原審第一三回公判調書中の証人山田耻目の供述部分、および当審証人石川俊彦に対する当裁判所の尋問調書中には、右の原判示事実に沿う供述が存在する。しかし、同一企業内に数個の組合があつて、それぞれの組合が団体交渉権を有する以上、当局がその一部の組合と交渉を妥結し、他の組合については妥結をみないという事態は当然ありうべきことである。そして、かかる事態はなんらいまだ交渉を妥結しない組合の団体交渉権を侵害したということができない筈のものである。むしろ、かりに原判示のような慣行や、当局と国労間の団体交渉の席上における労使間の約束があつたとするならば、それこそまさしく所論の指摘するとおり国労と等しく当事者能力をもつ他の少数組合の交渉権ないし妥結権を侵害するものであつて到底許されないことといわなければならない。したがつて、原判示認定に沿う右の各供述は、その内容自体不合理であるばかりでなく、かかる労使間の慣行や約束の存在したことを否定する原審において取調べられた東京地方裁判所、被告人篠原正雄に対する暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件第七回公判調書謄本中の証人河村勝の供述記載、並びに日本国有鉄道総裁十河信二作成の回答書謄本添付の河村勝作成の答申書と対比して到底措信しがたいものである。そして当審証人甲斐邦朗に対する当裁判所の尋問調書によれば、団体交渉について当局が他の少数組合よりも先に多数組合である国労と団体交渉をしてこれを妥結するという慣行が存在した事実はなく、単に従前、国労以外の少数組合は、多数の組合員を擁する国労の動向を見守り、それを参考にしてそれぞれ自らの態度を決定するという傾向があつたことから、事実上国労が他の少数組合に対して主導的地位を有していたに過ぎないこと、および原判示同年三月二六日に開かれた当局と国労との間の団体交渉において、国労側は当局側が示した年度末手当として0.4ケ月プラス一、〇〇〇円を支給する旨の回答を不満として交渉は物別れに終つたが、その席上国労側は当局に対し、多数の組合員を擁する国労をさしおいて、他の少数組合と交渉を妥結して、年度末手当を一方的に支給することのないよう申入れ、これに対し、当局側は、すべての組合と円満に交渉を妥結したうえ支給することがもつとものぞましいことではあるけれども、先に国労以外の組合と妥結しないというようにゆかない場合もありうる旨を回答した事実が認められる。したがつて、原判示のように国労が他組合に先立つて団体交渉を行つて妥結した後、他組合も当局との間で団体交渉、妥結を図るというような労使間の慣行はなく、また原判示のように同月二六日の団体交渉の席上、当局側が、多数組合である国労を除外して先に少数組合と交渉妥結し、その結果を国労にも実施するようなことはしないようにとの国労側からの申入れを了解したという事実はなかつたものといわなければならない。
また、かりにかかる約束が労使間に存在したとしても、それは前記のように当局に対する団体交渉について、国労と等しく独立した交渉単位として当事書能力をもつ他の少数組合の団体交渉権ならびに妥結権を侵害するものであつて明らかに不当であり、たとえ当局側がかかる一部組合の利益のみに偏した不当な約束に違反したからといつて、その点の背信行為はいまだ公共性のきわめて強い国鉄の輸送業務を二時間にわたつて停止せしめるような争議行為の違法性を否定し、あるいはそれが微弱であるとすべき事由になりうるものとは到底考えることができない。
それゆえ、国労が本件の基本たる争議行為に突入するに至つた事情として、前記のように当局側に労使慣行無視などの背信行為の存在した事実を指摘した原判決の右認定は事実を誤認したものというべきである。
そしてその他本件各行為の基本たる争議行為について、とくにその違法性を否定し、あるいはそれが微弱であるとすべき特段の事由を見出だすことができない。
四そこで、さらにすすんで本件各行為の態様についてみると、この点について、原判決は、被告人三名の本件各行為にいずれも相手方の就業を終局的に阻止する目的があつたとは云えず、団結による示威行為として正当なピケツテイングの範囲に属する旨判示する。そこで本件各行為ごとに順次検討を加えることとする。
(一) 岡操駅事件
<証拠>によれば、次の事実が認められる。すなわち、操車掛横山市夫は同月二九日午前八時三〇分から就業し岡操駅下り前方において着発機の誘導作業に従事していたところ、同日午後一〇時五五分質、七三列車の発機を同列車に連結すべく誘導しようとした際、前記のように約二〇名の組合具が右発機の進行方向直前の線路上、あるいはその横に立塞がつたり、坐り込んだりしたこと、そのため右横山操車掛は右発機を誘導することができなくなり、一時これを断念して右の事情を報告すべく同駅下り前方運転掛室に赴き、同駅予備助役の宮崎義胤に対しこれを報告したこと、右の報告を受けた同助役は右横山操車掛を伴なつて直ちに現場へ赴き、同所において同人に対し七三列車に右発機を連結するよう作業指示をしたため、同人はこれに応じて直ちに第三信号所の信号掛と合図の交換を開始した。その頃から、右の組合員らは口々に「轢き殺すのか」、「人がいるのに発機が動かせるものか」といつて騒ぎ立て、その場を動こうとしなかつたこと、その後、同駅助役の三宅実、岡山鉄道管理局駐在運輸長の高浦誠爾らが右の現場に赴き、被告人山田、同畑中に対してピケツテイングを解くよう申し入れたところ、右被告人両名は交々「われわれが予定している時刻までは列車を止めるのだ」、「今日は誰がきても列車は通さない」などといつてピケツテイング解除の要求を拒否し、約一時間経過した同日午後一一時五五分頃に至つて、右ピケツテイングを解除したこと、この間横山操車掛はピケツテイングが解かれれば直ちに誘導を開始しるう状態にして右の現場でこれを待つていたが、右被告人両名のほか組合員らから国労の組合員である右横山操車掛に対してはそれ以上なんら説得、勧誘の働きかけもなされなかつたこと、以上の事実が認められる。
右事実に原判示事実中、当審においても肯認しうるとしてさきに掲げた事実をあわせ考えると、右のピケツテイングは、原判決のいうように単に、右横山操車掛を説得するための団結による示威行為にとどまるものではなく、右組合員らが組合の予定した一定の時間、右機関車の進路にあたる線路上に立塞がり、あるいは坐り込むという実力を行使することによつて、機関車の進行を直接物理的に不可能にしてこれを阻止し、しかもその状態を一時間にわたつて継続し、この間右横山操車掛をして機関車の誘導を一時断念することを余儀なくさせたものである。それはピケテツイングといつても、もはや同人に説得する余地を与えないかたちで決定的、終局的に同人の業務を妨害したものにほかならない。しかも、同人はすでに同日午前八時三〇分から操車掛の業務に就いていたのであつて、当局側の業務命令に従い、その指揮命令下に入つて就労していたのであるから、同人に就労の意思があつたことは明らかである。したがつて、右のピケツテイングは、同人がすでに就労の意思をもつて開始した正当な機関車の誘導作業を阻止することによつて、国鉄の列車運行業務を組合の予定した一定の時間、終局的に妨害する意図のもとになされたものであることは明白である。換言すれば、右のピケツテイングは、もはや横山操車掛に対する「説得」という観念を容れる余地のない行為であるといわざるを得ないのである。
してみれば、原判決が、右ピケツテイングは団結による示威行為の域を出でないもので、相手方である横山操車掛にも積極的な就労の意思があつたとはいえないから、同人の就業を終局的に阻止する目的があつたとはいえない旨を判示したのは事実を誤認したものというほかはない。なお、原判決は右ピケツテイングの正当性の一事由として原判示七三列車発機の連結作業は、同列車の前後に着発する他の列車についての作業との間に時間的余裕が少なく、混雑の中を短時間で作業を完了しなければならず、従業員に極度の緊張と酷使を要求するもので、組合としても要注意列車としていたため、組合が同列車をピケツテイングの対象としたとしても、相当の理由がある旨判示しているけれども、かかる事情はいまだ右ピケツテイングの違法性を否定し、あるいはそれが微弱であるとすべき事由になりうるものとは考えられない。
(二) 糸崎駅事件
(イ) 同駅三九三列車前のピケツテイングについて
<証拠>によれば、右三九三列車は同日午後一一時一三分の発車時刻を既に経過し、前記のように進路の信号は青信号を現示し、発車ブザーも鳴り終り、直ちに発車できる状態であつたにもかかわらず、組合員ら約三〇名が同列車の進路約二メートル前方の線路上あるいは機関車の横に立ち並びあるいは坐り込むなどしたため、同列車の機関士滝都正、機関助手松岡義治は同列車を発車させることができず、同機関車の運転室内で右ピケツテイングが解かれるのを待つことを余儀なくされたこと、この間、右滝都機関士は同駅の運転掛を呼んで右の組合員らを線路上から排除するよう要請したこと、一方組合員側からは右機関士ら乗務員両名に対して右のピケツテイング以上になんらの働きかけもなされなかつたことおよび被告人畑中は福山駐在運輸長古田英一、糸崎駅輸送総括担当助役和気庫雄から、右のピケツテイングを解除するよう要請されてこれを拒否し、翌三一日午前零時二八分頃に到つてこれを解除したことが認められる。右事実と原判示事実中、当審においても肯認しうるとしてさきに掲げた事実とをあわせ考えると、滝都機関士ら両名の乗務する右列車はすでに同駅を発進する直前の段階にあつたもので、もはや営業線に出て有機的な運転系列のもとにおかれていたものであり、同人らは当局側の業務命令に従い、その指揮命令下に入つて就労していたのであるから、その就労の意思はすでに明白であつたものといわなければならない。しかも右両名は国労の組合員ではなく、争議から脱落したものではないのであるから、本来組合の統制権にもとずいて翻意を促すことができるという筋合のものではなく、単に争議への協力方を説得しうるにすぎないものである、ところが被告人畑中らのなした右のピケツテイングは、原判決のいうように単に右乗務員らを説得するため団結による威力を示したというにとどまるものではなく、実力の行使によつて列車の発進それ自体を直接物理的に不可能にしたうえ約一時間一五分間にわたつてその状態を継続し、滝都機関士らをして右列車の運転業務を一時断念することを余儀なくさせたものである。したがつて、このピケツテイングもまた同機関士らに説得を拒否する余地を与えないかたちで、組合が予定した一定時間、終局的に国鉄の列車転行業務を妨害することを意図したものにほかならない。してみれば、原判決が、右のピケツテイングは右の機関士らの就業を終局的に阻止するものとはいえないとしたのは事実を誤認したものというべきである。
なお、原判決は、右のピケツテイングは、同駅予備助役の作田幸雄が、機関区から一旦停止線まで出区してきた右列車に連結すべき発機を誘導する操車掛がいなかつたことから、みずからこれを同列車に連結しようとして誘導を開始したところ、その誘導の方法が機関車の中に乗り、あるいは炭水車の前部や上部に乗つてする違法かつ危険なものであつたため、右の組合員らが同助役に対し、これを中止するよう抗議したが、聞き入れられなかつたことに端を発し、これに対する抗議の趣旨を含めて行なわれたものであるとみた。
しかし、<証拠>によると、一般に予備助役や輸送助役は、運転考査に合格した者の中から任命することを建前としているため、これらの助役は当然に操車掛の業務を遂行する能力を有すること、現に右作田助役も同駅の予備助役に任命されるに際し、あらかじめ運転考査を受け、これに合格していたため、同人は駅長から操車掛の職務を代務するよう命ぜられたときは、操車掛に代つてその職務を行ないうる資格を有するものであつたこと、および同人は当日同駅々長から、ストライキのため下り方面の着受操車掛がいなくなるような事態が生じた場合には、その職務を代務するようあらかじめ命ぜられていたため、本来右列車の発機を誘導する任務を帯びていた農間計利が組合側に連れ去られたことから、右業務命令にもとづき同人に代つて同駅機関区から出区し、一旦停止線に停止したままの状態になつていた右機関車を同列車に連結すべくこれを誘導したものであること、および当時岡山鉄道管理局は、同局管内の操車掛に対し、「運転取扱作業基準」として、操車掛が機関車に添乗してこれを誘導するに際しては、やむを得ない場合のほかは機関車の前頭部に乗つて誘導するよう指導していたため、同助役も右機関車の機関士に対し、自分が誘導する旨を告げた後、右作業基準に従つて同機関車の前頭部に添乗しようとして、前頭部に行こうとしたところ、右組合員らが同助役の前に立塞がつたため、前頭部まで行くことは困難であると考えて、やむなく機関室の附近に乗つて誘導を開始し、折返点に達した後、後退を開始した際も、その附近に数人の組合員がいたため、前頭部に行くのを阻まれることを懸念し、機関車の上から炭水車の上部に達し、同所に乗つて誘導したことが認められる。
したがつて、同助役が本来右機関車を誘導すべき任務を帯びていた操車掛の農間計利に代つて、その職務を行なつた点にはなんら違法の点は存しない。唯、同助役が右機関車の誘導に際し、前頭部に添乗しないで、進路に対する見とおし不十分な機関室附近に乗り、あるいは上方の架線に接触する危険がないとはいえない炭水車の上に乗つて誘導したことは、ピケツテイングに阻まれた結果とつたやむを得ない措置として違法ではないとしても、操車上危険な方法であつたことはいうまでもない。しかしながら、同助役が、かかる危険な誘導方法をとつたのも、もとはといえば、組合側の違法なピケツテイングに阻止された結果にほかならない。すなわち、同助役が操車掛の職務を代務すべく、機関車を誘導しようとした同助役の措置は、それ自体正当であつて、なんら非難されるべきいわれはない。むしろ国鉄のもつ公共的性格のゆえにこそ、当局側の代務措置の正当性は強く認められなければならない。これに対し、同助役の前に立塞がり、前頭部に添乗することを阻止した組合員らの右ピケツテイングこそ、右滝都機関士らに対するピケツテイングの場合と同様、同助役に説得を拒否する余地を与えないかたちで正当な代務を実力をもつて物理的に阻止した違法な行為であるといわざるを得ないのである。したがつて、たとえ同助役のなした誘導の方法が危険であつたとしても、それは、いわば組合側がみずからの違法なピケツテイングによつて生ぜしめた結果である以上、これに抗議する趣旨を含めた前記三九三列車前のピケツテイングが正当化される事由になるものとは考えらない。しかも、たとえ同助役が危険な方法で誘導していたとしても、それは同助役自身に対する危険を招来するにすぎないもので、被告人らの所属する国労の組合員に対する危険はないのであるから、このこと自体は争議の対象事項とはなり得ない筋合のものである。してみれば、原判決が、右三九三列車前のピケツテイングは同助役の違法かつ危険な代務行為に対する抗議の趣旨を含めて行なわれたものであるとして、これを正当性の一事由とみたのは事実を誤認し、争議行為の正当性に関する法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
(ロ) 同駅四八列車発機前のピケツテイングについて
<証拠>によれば、同駅の輸送助役であつた戸田親義は、当日同駅々長から、ストライキのため上り操車掛がいなくなるような事態が生じた場合には、その職務を代務するようあらかじめ命ぜられていたが、操車掛がいないため、機関区から一旦停止線に出たまま停止している四八列車の発機を認め、これを同駅二番線に入つている同列車に連結しようとして、停止している右機関車のところまで赴き、機関士千葉一郎らと誘導の打ち合わせをしているところへ被告人山田の指揮する組合員約二〇名が同機関車の進路前方線路外側附近、あるいは機関車の横に立つたこと、そのため同助役は、このまま右発機の誘導を開始すれば、右組合員らに危険を及ぼすものと判断して誘導を開始することができなくなり、約一〇分間にわたり、右組合員らに向かつて退去を要請したが、組合員らはついにこれに応じなかつたこと、この間、同助役はわずかでも機関車を動かせば、右組合員らも退避するのではなかろうかと考え、誘導を開始しようとしたが、組合員らが機関車の側部にすりつくようにして立つているため、結局誘導を開始することができず、機関士に発車の合図の警笛も鳴らさせることができないまま、ついにこれを断念し、組合員らに取り囲まれている機関車をそのままにして同駅上り運転室にひきあげたこと、一方、右組合員らは、右助役がひきあげた後も依然そのままピケツテイングを続け、翌三一日午前零時頃これを解いたこと、この間右機関車の乗務員である機関士千葉一郎、機関助手加藤恒幸の両名に対して、右のピケツテイング以上には、なんらの働きかけもなされず、同人らは機関車の内部で右ピケツテイングが解かれ、操車掛の誘導が開始されるのを待つていたことが認められる。原審第七回公判調書中の証人千葉一郎の供述部分のうち、操車掛は自分と誘導について打ち合わせをしないまま駅の方へ帰つていつた旨の供述は前掲各証拠と対比して措信しがたい。
右事実と原判示事実中、当審においても肯認しうるとしてさきに掲げた事実とをあわせ考えると、右千葉機関士ら乗務員両名は、当時すでに右発機に乗務し、当局側の業務命令に従つて就労していたものであるから、その就労の意思はもはや明白であつたものといわなければならない。しかも、右両名の場合も、国労の組合員ではなく、争議から脱落したものではないのであるから、(イ)の場合と同様、組合の統制権にもとづいて、その翻意を促すことができるという筋合のものではなく、単に争議への協力方を説得しうるにすぎないものである。ところが被告人山田らのなした右のピケツテイングは、原判決のいうように単に右乗務員らを説得するために団結による威力を示したというにとどまるものではなく、右機関車の前面に立塞がり、あるいはその側面に身体を接着させるという実力を行使することによつて、発機の進行を直接物理的に不可能にしてこれを阻止し、しかもその状態を約三五分間にわたつて継続し、右戸田助役をして機関車の誘導を一時断念することを余儀なくさせ、かくして右機関車の発進を阻止したものである。同助役が右機関車の機関士に発車の合図をして警笛を鳴らさせる措置を講じなかつたのは、前記のようなピケツテイングによつて機関車の発進自体を決定的、最終的に阻止されたからにほかならない。したがつて、右ピケツテイングは右千葉機関士ら乗務員に説得を拒否する余地を与えないかたちで組合が予定した一定の時間、終局的に国鉄の列車運行業務を妨害する意図のもとになされたものというべきである。してみれば、原判決が右千葉機関士ら乗務員が争議に協力しないで就業する意思を積極的明確に表現したものとはいいがたく、当局側も右ピケツテイングを解除させる最終的確固たる意思態度はうかがわれず、被告人山田ら組合員側も右千葉機関士の就業を終局的に阻止する目的であつたとはいえないとしたのは、事実を誤認したものといわなければならない。
なお、原判決は右のピケツテイングが戸田助役に対する説得の趣旨を含めて行なわれたものとみたうえ、「職務上非組合員とされている者が使用者側の指示により就業する場合、その固有の職務を遂行する限りはピケツテイングの範囲も平和的説得の範囲にとどるまべきであるが、争議参加者に代えて固有の職務外の乗務に代置するときは同一には考えられない。実質的にはスト破りの色彩を帯びるのであつてピケツテイングも単なる平和的説得にとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度内での団結による示威を用いることも許されると解すべきである。」という。
しかし、争議行為を禁止されている国鉄職員が争議を行なつた場合、経営主体である国鉄当局が、業務の正常な運営を維持するため、争議参加によつて放棄された職場に代務者をあてて業務の正常な運営を確保することは、当局側の当然の義務であつて、これをもつてスト破り行為として、その対抗手段としてのピケツテイングの違法性を低く評価することは許されない。とくにわが国における交通の基幹としてつねにその円滑な運営を公共的な責任として負つている国鉄当局においては、代務措置の一般的な正当性は一層強く認められなければならない。したがつて、右発機の運行上、重要不可欠な機能を果たす操車掛にあてるため前記戸田助役に代務を命じた当局側の措置は正当であり、またその措置になんら違法の点がないことは前記(イ)において判示したとおりである。また同助役にしても正当に操車掛の業務に従事するということ以外にスト破り、争議侵害等の不当な意図をもつていたとは、前掲の証拠上到底認めがたいところである。したがつて、同助役の代務措置が実質的にスト破りの色彩を帯びるとしてピケツテイングの違法性を低く評価した原判決は、事実を誤認し、争議の正当性に関する解釈適用を誤つたものというべきである。
(ハ) 同駅三一列車着機前のピケツテイングについて
<証拠>によれば、前記作田助役は同駅四番線に到着した右三一列車(東京駅発、鹿児島駅行急行旅客列車)の着機を同列車から切り離して機関区に入れるため、みずからこれを誘導しようとして四番線ホーム上を歩いて右機関車に近づこうとした際、原判示のとおり被告人小林ら約一〇名の組合員らに取り囲まれるに至つた。その際同助役は、右組合員らによつて他へ連れ去られるのではないかと考えて不安になり、大声で助けを求めた結果、分島稔夫ら二、三名の当局側の職員によつて、右の囲みの中からひき出されて助けられたが、同助役はそのまま右列車の誘導を断念して同駅運転掛室に帰り、一方右の組合員らは被告人小林の引率する他の組合員とともに同列車の進路前方を軌道上に立塞がり、あるいは坐込みに入り、被告人山田もその頃一時自ら右機関車の進路にあたる線路の横に立つなどして翌三一日午前零時五分頃まで約三〇分間にわたつて右の状態を継続したこと、一方右列車の機関士真野潔と機関助手高谷満の両名はいずれも姫路駅から乗務し、予定の乗務区間である糸崎駅に到着して、あとは唯右列車から切り離された着機を操車掛の誘導によつて同駅の機関区に入れようとした矢先、右組合員らに進路を阻まれて、右作田助役の誘導を受け得られなくなり、そのまま四番線上に停止している右機関車内で右のピケツテイングが解かれるのを待つていたこと、この間右組合員らから、右乗務員らに対し、右のピケツテイング以上には、なんらの働きかけもなされなかつたこと、が認められる。
右事実と原判示事実中、当審においても肯認しうるとしてさきに掲げた事実とをあわせ考えると、右三一列車は当時すでに営業線に出て有機的な運転系列のもとに入つていた列車であり、右真野潔ら乗務員も右列車に乗務して当局側の指揮命令下に入つて就労していたものであるから、その就労の意思は明白であつたものといわなければならない。また同人らはいずれも国労の組合員ではないのであるから、前記(イ)、(ロ)の場合と同様単に争議への協力方を説得しうるにすぎないものである。ところが、右のピケツテイングは原判決のいうように右乗務員らを説得するための団結による示威行為の程度にとどまるものではなく、実力の行使によつて列車の発進それ自体を直接物理的に不可能にしたうえ約三〇分間にわたつてその状態を継続し、右作田助役をして機関車の誘導を一時断念することを余儀なくさせ、かくして右機関車の発進を阻止したものである。したがつて、このピケツテイングもまた同機関士らに説得を拒否する余地を与えないかたちで組合が予定した一定時間、終局的に右列車の運行業務を妨害することを意図したものにほかならない。してみれば、原判決が、右ピケツテイングは操車掛の誘導や、右列車の発車自体を終局的に阻止する目的であつたとはいえないとしたのは事実を誤認したものというべきである。
なお、原判決は、右のピケツテイングは、作田助役が三九三列車の発機の誘導に対する組合側の抗議に耳をかさず違法危険な誘導をしたため、再び同助役が三一列車の着機についても違法危険な誘導をしないよう説得するためなされた必要やむを得ないものであるとみた。しかし、同助役が操車掛の職務を代務して下り線着発機の誘導作業に従事することになんら違法な点のないことはさきに(イ)において説示したとおりであり、また当局側が同助役に対して、操車掛の代務を命じた措置の正当なこともさきに(ロ)において戸田助役について判示したところである。また作田助役にしても、正当に操車掛の業務に従事するということ以外にスト破り、争議侵害等の不当な意図をもつていたとは前掲の証拠上到底認めがたいところである。したがつて右ピケツテイングが作田助役に対し同人がスト破りの色彩を有する違法かつ危険な誘導作業をしないよう説得する趣旨を含むものとしてその違法性を低く評価した原判決は事実を誤認し、争議の正当性に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきである。
(三) 以上にみたように、被告人三名の本件各行為はいずれも単に説得や勧誘によつて、操車掛や列車乗務員の就業を断念させようという程度にとどまるものではなく、実力をもつて組合の予定する一定時間、あくまでもその業務を阻止し、国鉄の列車運行業務を妨害しようとするものであつたと認めざるを得ない。そうであるとすれば、公共企業体等の争議である本件の場合においては、前に述べたところから明らかなように、とくにこれを相当とする特段の事情も認められない以上、本件各行為はピケツテイングとしての相当性すなわち労働組合法一条二項の正当性の範囲を逸脱するものといわなければならない。
五してみれば、被告人三名の本件各行為が正当な争議行為に該るとして無罪を云い渡した原判決は、結局争議行為の正当性に関する法令の解釈適用を誤りかつ事実を誤認したもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決はこの限度において破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決中被告人三名に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
本件犯行に至る経緯
被告人山田隆夫は国鉄労働組合(以下国労という)岡山地方本部執行委員長、被告人畑中実は同地方本部書記長、被告人小林延明は同地方本部執行委員をしていたものであるが、同地方本部は、国労中央本部から受けた昭和三六年度末手当要求斗争の実施に関する本部指令にもとずき昭和三七年三月二九日戦術委員会を開いた結果、(イ)、同月三〇日午後一一時から同月三一日午前一時までの二時間広島県三原市糸崎町所在国鉄糸崎駅構内運転関係職場において、ストライキを実施することとし、被告人山田は同地方本部の最高責任者として右斗争の全般を総括指揮し、被告人畑中は同駅西構内全般を、被告人小林は被告人畑中の指揮下にあつて動員者の指揮などを担当すること、(ロ)、当時既に遵法斗争に入つていた岡山市野田所在岡山操車場駅(以下岡操駅という)の斗争強化のため、動員者を増員派遺し激励することがそれぞれ決定されたが、右決定にもとずく争議に際し、被告人らはそれぞれ次のような犯行に及んだ。
本件各犯行
第一、被告人山田、同畑中両名は、同月二九日前記戦術委員会の決定にもとずき斗争の指導と激励のため、岡操駅に赴いたが、同日午後一〇時五五分頃、同駅構内機待二番線において、操車掛横山市夫が午後一一時一五分同駅発糸崎駅行下り七三貨物列車に連結する機関車(発機)を同列車に連結すべく誘導しようとしたところ、突然組合員約二〇名が右機関車の進路直前の線路上やその横に立塞がりあるいは坐り込むなどする事態が発生した。被告人山田、同畑中両名はその直後右現場に馳けつけて右組合員らの坐り込みを認め、ここに右組合員らと共謀の上、同日午後一一時五五分頃まで右の坐り込みを続け、右横山操車掛の意思を制圧して右機関車の誘導を不能ならしめ
第二、前記戦術委員会の決定にもとずき、被告人山田、同畑中は、同月三〇日午後一一時五分前頃、被告人小林は同日午後一〇時三〇分頃同地方本部新見支部組合員約六〇名を引率してそれぞれ国鉄糸崎駅に到つた。
(一) 被告人畑中は、同日午後一一時一三分発下り三九三貨物列車(機関士滝都正、機関助手松岡義治)が同駅六番線から発車しようとする直前の同一一時一〇分頃、組合員約三〇名が同列車の進路直前の線路上やその横に立ち塞がり、あるいは坐り込むなどした際、右現場を通りかかつて右の坐り込みを認めるや、ここに右組合員らと共謀の上、翌三一日午前零時二八分頃まで右坐り込みを続け右滝都機関士ら乗務員両名の意思を制圧して右列車の発進を不能ならしめ
(二) 被告人山田は組合員約二〇名と共謀の上、同日午後一一時二五分頃、同駅上り出区一旦停止線に停車中の機関車(発機、機関士千葉一郎、機関助手加藤恒幸)が、同一一時二六分同駅発上り四八貨物到車に連結すべく発進しようとするや、その進路前方線路外側附近、あるいは右機関車の側部に接して立つなどして、翌三一日午前零時頃まで右の状態を続け、右千葉機関士ら乗務員両名の意思を制圧して右機関車の発進を不能ならしめ
(三) 被告人山田、同小林両名は、同月三〇日午後一一時三二分頃、同駅四番線に下り三一急行列車(機関士真野潔、機関助手高谷満)が到着した直後、まず被告人小林において、組合員二、三〇名とともに同列車から切り離され、機関区に入区しようとしている機関車(着機)の進路前方の線路上に立塞がり、あるいは坐り込みを始め、さらにその頃、そこへ通りかかつえ被告人山田が右の状況を認めるや、ここに被告人山田、同小林両各は右組合員らと共謀の上、翌三一日午前零時五分頃まで右の坐り込みを続け、右真野機関士ら乗務員両名の意思を制圧して右機関車の発進を不能ならしめ
もつて威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害したものである。
(証拠の標目)<略>
(原審弁護人の主張に対する判断)
原審弁護人は、被告人三名の本件各行為は争議全体の経過や背景など諸般の事情を考慮し、かつその目的、手段も許容されるべき範囲内にあることに徴すると、労働組合法一条二項の適用があり、したがつて違法性が阻されるべきものである。また、かりに右条項が適用されないとしても、右の事実に加えて、当局が団体交渉のルールに違反し、団体交渉を否認し、かつ組合の前記斗争に対抗して違法作業を行なわせていた状況にかんがみると、これに対処するためには本件各行為に出る以外有効な方法はなく、緊急やむを得ない事情のあつたこと、および組合の守ろうとした団結権という法益に比して、本件各行為によつて侵害されたダイヤ遵守の法益は、主として貨物列車の発車作業を中心とするもので、その程度も短時間で一過的なものにとどまるから、両法益の比較衡量において問題にならないほど後者が軽いことをあわせ考えると、本件各行為は超法規的違法性阻却の要件をも具備するものであるという。
しかし、被告人三名の本件各行為が右条項に該当せず、したがつて、その違法性が阻却されないものであることは前段に説示したとおりであり、また前段認定の本件各行為の背景をなす基本たる争議行為の違法性、および本件各行為の目的、態様ならびにこれによつて生じた列車運行業務阻害の程度にかんがみると、本件各行為が超法規的違法性阻却事由を具備しないものであることは明らかである。それゆえ、右主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人三名の判示各所為はいずれも刑法二三四条、二三三条、六条、一〇条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に該当するので被告人三名につき、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人山田の判示第一、第二、(二)、(三)の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情最も重い判示第二、(三)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役八月に、被告人畑中の判示第一、第二、(一)の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情重い判示第二、(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役六月に、被告人小林については所定刑期の範囲内で懲役三月にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から、被告人山田、同畑中に対し三年間、被告人小林に対し二年間、それぞれ右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用中、主文掲記の分、並びに当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を各適用して主文第四項掲記のとおり被告人三名にそれぞれ負担させることとする。よつて主文のとおり判決する。
(栗田正 久安弘一 片岡聰)