広島高等裁判所 昭和43年(う)53号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕よつて本件記録及び証拠を調査するに、原判決挙示の各証拠及び原審において取り調べたすべての証拠によると、被告人は、原判示日時ごろ同判示の自動三輪貨物自動車(以下加害車と略称する)を運転し、時速約三五キロメートルで同判示附近国道(幅員一二メートル)を東進中、自車前方約9.7メートルの同道路センターライン附近を自転車(以下被害自転車と略称する)に搭乗して右から左斜前方に向け(北東方向)横断中の和久井正之(以下被害者と略称する)の姿を認めたが、同地点より約13.2メートル前進した地点で、自車右側ドア附近を被害自転車に衝突させてこれを転倒せしめ、被害者に対し同判示のような傷害を負わせたこと、被害者は、本件事故前国道南側部分を西進して本件事故現場附近に来たり、同国道南側にある多田野長楽園栽培場の立看板前附近路上で下車し(以下被害者佇立地点という)、右国道北側より分岐して北方に通じる道路(幅員4.2メートル)に向い横断すべく、国道を西進する大型貨物自動車(以下西進大型車と略称する)の通過を待ち、その通過後間もなく(同車通過後どの位の時間を経過してから横断を始めたかにつき、被害者は、原審第二回公判において大型自動車通過後余り間がなかつたように思う旨証言したが、同第一〇回公判において、大型自動車の通過後一呼吸或いは二呼吸して出たとか、三秒位して横断を始めた旨証言しているが、一方昭和四一年二月一七日の原審検証結果及び同検証現場で行われた同人の証人尋問調書によると、右大型自動車の左後部が被害者佇立地点の北西4.4メートルの地点に達したころ、被害者が、本件国道の横断を開始したことが認められるのであつて、被害者の供述は一定していないけれども、右の公判廷での各証言が、西進大型車通過後の横断開始時期を感覚に基づき時間で表現した極めて曖昧な内容のものであるのに対し、右検証現場での供述は、被害者が国道の横断を開始しようとした際に知覚した西進大型車の位置についての記憶に基づく指示説明で、直接且つ具体的であるうえ、後記のような後続タクシーとの距離関係を併せ考えると、右検証現場での証言に信用性があると認める)、自転車に乗り小走り程度で右の横断を始めたもので、当時右西進大型車の後方四五メートル位にはタクシーが後続して来ていたこと、しかし本件衝突地点は右被害者佇立地点の北方約8.3メートルの距離にあることがそれぞれ認められる。
してみると、被害自転車が本件国道を横断しようとして、右被害者佇立地点を発進したのちの若干の時間帯において、加害車は西進大型車の斜西方に、被害自転車は西進大型車の後方すなわち東方に位置する関係にあつたことを認めるに十分であり、しかも右各証拠によると西進大型車の速度につき、普通の速度で特に早いという印象はなかつたという程度のことしか判らないばかりか、右各証拠によつて窺われる道路中央線南北部分の各幅員、西進大型車の車幅、進行経路(同車左後部が国道南側端より3.1メートル)、加害車の進行経路(同車右端が国道センターラインより2.5ないし三メートル)、被害自転車の速度(右認定のように小走り程度というのであり、原審検証(昭和四二年一一月二五日施行)結果によると、被害者佇立地点より本件衝突地点までの8.3メートルを三秒要しているが、その発進時の速度が衝突地点附近の速度とどの程度差があるかは証拠上明らかでない)等からみて、右時間帯の当初の段階すなわち被害自転車が西進大型車の蔭にあつて、被告人からは容易に発見しえない位置にあつたのではないかという疑いが強いのであつて、これに被告人が捜査機関による取調以来一貫して、被害自転車を最初発見した際の同車の位置に関し、自車の前方約九メートル余のセンターライン左側(北側)辺り(司法警察員作成の実況見分調書によると、センターラインより約八〇センチメートル北方)である旨供述し、本件事故当時加害車助手席に同乗していた柏啓三も司法巡査の取調に対し「反対方向に西進するタクシーの直ぐ後からいきなり飛び出て、左に斜横断しかけている自転車に乗つている男の人を右前方約六〜七メートル位の道路中央センターライン点附近で発見した」旨供述し(同人の検察官に対する供述調書の記載も同旨)、原審第五回公判において「対向車の通過した直後出て来た」「最初見たとき被害自転車はセンターラインを越えていた」旨証言している点を併せ考えると、被害自転車が国道横断のため右佇立地点を発進した後、被告人が被害自転車を発見する前の段階では、被害自転車は、西進大型車にさえぎられて被告人の視覚外にあつたのではないかという疑いが残るのであり、しかも本件事故当時の道路状況下における加害車の制動距離は、昭和四一年八月五日施行の原審検証結果及び原審鑑定証人福田忠一の供述に徴し少くとも22.1メートルを要することが認められ、本件記録を精査してみても、被告人が急制動若しくはハンドル操作等の措置により事故回避可能の段階で、被害自転車を発見しえたとする証拠は見当らない。
そうすると、被告人に対し、被告人は衝突地点より二〇メートル手前において、既に横断を開始進行中の被害自転車を発見すべきであつたとして、注意義務違反を認め、本件事故につき過失責任を負わせた原判決は、事実を誤認したもので、右の誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。結局論旨は理由がある。(幸田輝治 浅野芳朗 畠山勝美)