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広島高等裁判所 昭和43年(ツ)5号 判決 1969年12月23日

上告人

島根和洋紙株式会社

代理人

片山義雄

被上告人

井上幸夫

代理人

原良男

主文

原判決を破棄する。

本件を松江地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人片山義雄の上告理由第一点及び第二点について。

まず、上告人主張の抗弁事由が、上告人から被上告人の直接の前者である橋広商事に対抗しうるものであるかどうかの点について考える。原判決の確定するところによると、橋広商事は昭和三九年二月一二日原田印刷に対し金一〇万円を弁済期同年三月一〇日、利息日歩二七銭の約で貸し付けたが、原田印刷は右貸付を受けるに当り、上告人に依頼して、原田印刷を受取人とする金額一〇万円、満期同年三月一〇日の約束手形(第一次旧手形)を融通手形として振り出して貰い、これを右借受金の担保として橋広商事に裏書譲渡したこと、その後原田印刷は十数回にわたり橋広商事に約定利息に相当する金員を支払つて右借受金の支払猶予を受けたが、その都度上告人に金額一〇万円の書換手形を振り出して貰つて、旧手形と引き換えに橋広商事に裏書譲渡したこと、本件手形はその最後の書換手形であることが、明らかである。そして、上告人の抗弁は、原田印刷の前記借受金は、利息制限法所定の制限を超えて支払われた利息及び損害金の元本充当により、本件手形の満期である昭和四〇年五月一七日現在で三、四〇二円を残すにすぎないから、上告人は右金額とこれに対するその翌日以降の遅延損害金の額との合計額の範囲を超えて本件手形の支払をなす義務はない、とするものである。

右抗弁は原田印刷から橋広商事への裏書の原因関係に属する事由を主張するものであつて、そのような事由が、原則として、当該裏書の裏書人においてのみ手形抗弁として主張しうるものであることは、手形関係の性質上肯認しなければならない。しかしながら、本件の場合、原田印刷から橋広商事への裏書は前記借受金の担保のためになされたものであるから、その借受金債務が弁済により本件手形金額より少額しか存在しないことになれば、橋広商事としては、右債務の存する限度においてのみ、本件手形の支払を受けるべき固有の経済的利益を有するものというべく、右限度を超えて支払を受けたときはその超過額を不当に利得することになり、これを原田印刷に返還すべきものである。そして、本件手形が融通手形である以上、原田印刷は上告人が橋広商事に支払つた金額を上告人に対し弁償しなければならない関係にある。すなわち、前記超過部分に関する限り、橋広商事は結局上告人の損害に、橋広商事が前記超過部分の支払を上告人に対し請求することは権利の濫用にあたり、上告人は右の部分の支払を拒むことができるものと解するのが相当である最高裁判所昭和三八年(オ)第三三〇号同四三年一二月二五日大法廷判決参照)。原判決が前記の原則論から直ちに、右抗弁事由は原田印刷のみが主張しうるところであつて、上告人がこれを主張する余地はないと判示したことは、法律の解釈適用を誤つたものというべきである。

次に、上告人が右の抗弁事由をもつて橋広商事の後者である被上告人に対しても対抗しうるかどうかについて考える。原判決は、当初橋広商事が原田印刷に一〇万円を貸し付けた当時、橋広商事には資金がなかつたので、被上告人から同商事に融資し、その融資金が右貸付金に充てられた関係にあり、第一次旧手形はその融資金の担保として同商事から被上告人に裏書されたこと、その後十数回にわたる手形書換の都度、新手形が旧手形と引き換えに第一次旧手形と同様の経路で被上告人に裏書されたこと、被上告人は橋広商事の代理人として、当初から原田印刷に対する右貸付の交渉及び利息金等の授受に当つており、第一次旧手形の取得当時において、右貸付金の利息及び還延損害金の約定が利息制限法の制限を超える日歩二七銭の割合であり、右貸付に当りほぼ日歩二七銭に相当する利息が天引されたことを充分知つていたこと、以上の事実を認定している。そして、原審における上告人の主張によると、橋広商事は被上告人と吉川俊光の両名が高利金融を目的として設立した会社であつて、その資本の大半は被上告人が出資し、会社の実権は被上告人の掌握するところであり、殊に原田印刷に対する前記貸付、担保の決定、利息損害金の収受等すべて被上告人が自らこれに携わつたというのであり、右の主張事実は原判決の採用した証拠に照らし容易に肯定しうるところである。

右の事実関係に徴すると、被上告人は第一次旧手形が前記貸付金の担保のため橋広商事に裏書されたものであり、その貸付の際利息制限法の制限を超える利息が天引されたことを知りながら右手形を取得し、更に十数回にわたる手形書換に際しても、その都度制限超過の損害金が支払われたことを知りながら各書換手形(最後の書換である本件手形を含む)を裏書により橋広商事から取得したものであることは明らかである。のみならず、橋広商事と被上告人との前記の関係、前記貸付及びその後の手形書換に際しては被上告人が橋広商事の代理人としてその衝に当つており、その貸付金も被上告人の融資した金員が充用されている点等を勘案すると、橋広商事に対する前記抗弁が被上告人への裏書により切断されるとすることは手形法一七条の法意に沿うものではない。従つて被上告人は同条但書にいう「債務者を害することを知りて」手形を取得した者に該当し、上告人は前記抗弁をもつて被上告人に対しても対抗しうるものと解するのが相当である。原判決が、被上告人は第一次旧手形を取得した当時において上告人主張の抗弁事由の発生を確実に予測しえたとは認められないとの理由から直ちに悪意の取得者に当らないものと判示して上告人の抗弁を排斥したことは、法律の解釈適用を誤り、その結果審理を尽さなかつたものというべきである。

原判決には前示のような違法があり、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、上告人の抗弁の採否及びその採用すべき範囲について更に審理を尽させるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条により、主文のとおり判決する。(松本冬樹 浜田治 村岡二郎)

別紙・上告理由《省略》

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