広島高等裁判所 昭和44年(う)258号 判決
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〔判決理由〕控訴趣意第一、事実誤認の主張について。
論旨は、原判示第二の(二)についての事実誤認を主張し、被告人が同判示手提袋入り風呂敷包を奪取する目的をもつて被害者小原敏子に加えた脅迫は、同女の反抗を抑圧するに足りる程度に達していたものであるから、被告人の右風呂敷包奪取行為は強盗罪を構成するというべきであるのに、原判決がこれを恐喝罪と認定したのは事実を誤認したものである、というのである。
よつて案ずるに、被害者小原敏子に関する公訴事実は、「被告人は、昭和四四年四月三日午前三時三〇分頃、軽自動車を運転し、呉市本通一四丁目道路を四ツ道路方面に向かつて進行中、左側歩道を同一方向に歩行していた小原敏子(当五九年)を認めるや、小遣銭に窮していたので同女を自車に乗せて金員を脅し取ろうと企て、(一)前記日時頃同女に接近し、同町一〇丁目まで送り届けてやると甘言をもつて同女を乗車させ、ドアを締めて内側からロックした後発進し、目的地附近に差し蒐つた際同女から降車の請求があつたのにこれに応ぜず、その後再三降車方哀願するのに拘らず、同日午前三時五〇分ごろまで時速四五乃至五〇粁位で呉市寺本町公園附近を疾走させ同女の脱出することを著しく困難にさせ、もつて約二〇分間位にわたり同女の身体の自由を拘束して不法に監禁し、(二)前同時頃同市寺本町附近を疾走中の前記自動車内において、同女が身体の自由を拘束され畏怖していることに乗じ、同女に対し『金を持つとらんか、有つたら出せ』と申し向け、同女をしてその要求に応ぜねばどのような危害を加えられるかも知れない旨感得畏怖させた上同女より現金千円を交付させてこれを喝取し、(三)前同時頃呉市内寺本町附近を疾走中の右自動車内において、同女に対し『金はまだあるだろう、出さぬと音戸大橋から投げ込んだるぞ』等と申し向け、更に同市溝路町長原平方附近の崖近くに自動車を停車した上『出さんのか、出さねば崖から突落したろうか』等と申し向けて脅迫し、同女を畏怖させその反抗を抑圧した上、同女の所持していた現金一万千円位中の手提袋を強取したものである。」というにあるところ、原判決が、右公訴事実の(三)につき同公訴事実に副う脅迫の事実を認定しながら、右脅迫が被害者の反抗を抑圧するに足る程度に達していたものと認めるに足らない旨判示し、右(二)および(三)の公訴事実を恐喝の単純一罪と認定していることは、所論のとおりである。
そこで、記録および証拠を調査し、当審事実取調の結果をも加えて、右認定の当否について考察するのに、<証拠略>によると、被告人は、前示公訴事実記載のように、軽自動車を運転して呉市内を進行中、たまたま左側歩道を同一方向に歩行していた本件の被害者小原敏子を認めるや、小遣銭に窮していたところから同女を自車に乗せて金銭を脅し取ろうと企て、右公訴事実記載のような手段方法で同女を自車に乗せて同車内に監禁したまま同市内を走行し、その間、同女に対し「金を持つとろうが、あつたら出せ」と要求し、右監禁によつて畏怖している同女をして現金一、〇〇〇円を交付させたが、これにあきたらず、なおも同女を脅して所持金を取ろうと考え、車内で同女に対し「まだ持つておろうが」と金銭を要求し、同女が容易に応じない態度を示すや「おれを誰じやと思うとるんなら、出さんと音戸大橋へ連れて行つて投げ込んだるぞ」と脅し、胸の入墨をちらつかせ、さらに、同市溝路町長平方附近の崖寄りの道路に停車して、車内で「出さんなら、この崖から突き落してやろうか」と脅し、同女から現金一万一、〇〇〇円在中の手提袋入り風呂敷包を取り上げたことが認められる。そして、右証拠によれば、被告人が前示のごとく被害者小原敏子を脅迫した場所は、内部から施錠された自動車の中であつて、同女がドアを開けようとしても開けることができず、かつ、右自動車は時速四五キロメートルないし五〇キロメートルで疾走し、あるいは、早朝、人影もない崖寄りの道路に停車した状態にあり、また、被告人は、当二〇年の健康な青年であるのに反し、被害者は、当五九年の老婆であり、その体格、腕力においてとうてい被告人の比でないことはまことに所論指摘のとおりであつて、このような状況のもとで被告人の加えた前示脅迫行為は、被害者の反抗を抑圧するに足る程度に達したものと主張する所論も理解できないわけではないが、他面、小原敏子の前示各供述調書によると、同女は、被告人から前示脅迫行為を受け、被告人の要求に応じないといかなる危害を加えられるかも知れないと畏怖しながらも、手提袋に在中の現金一万余円だけは奪われまいとして、右手提袋のはいつた風呂敷包を固く手に持つて放さず、被告人が「その包をかせ」と要求しても「これは書類だけですよ」などと言つてこれを被告人に渡そうとしなかつたことが認められ、また、同女の当審公判廷における供述によると、被告人が右風呂敷包を奪取した態様も、助手席にいた同女が最初は風呂敷包を被告人に渡すまいとして拒んでいたが、被告人から重ねて「見せてみい」と要求された末、「ほじや見なさい」と言つて仕方なく風呂敷包を手放したのを被告人が取り上げたというのであるし、もともと、被害者に対する脅迫自体、刃物を示すとか暴行を加えるとかの手段を伴つたものではないことに徴すると、原判決が前示脅迫行為をもつて被害者の反抗を抑圧するに足りる程度に達していたものと認めるに足りないと判断しているのも是認し得られないではなく、この点に関する原判決の認定はなおこれを維持するのが相当であると考える。論旨は理由がない。(高橋英明 浅野芳朗 一之瀬健)