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広島高等裁判所 昭和44年(ネ)279号 判決 1973年9月25日

控訴人

渡辺敏之

右訴訟代理人

井貫武亮

外一九〇名

被控訴人

東洋鋼板株式会社

右代表者

横山金三郎

右訴訟代理人

広沢道彦

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し、昭和四二年一〇月四日付でなした減給を内容とする懲戒処分は、無効であることを確認する。

被控訴人は控訴人に対し、金三二七円を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において請求を一部減縮し、主文同旨の判決ならびに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。<後略>

理由

一被控訴人がブリキ鋼板類その他の製造販売を業とする会社であり、控訴人が昭和三七年四月一〇日被控訴人会社に入社し、以来被控訴人会社下松工場第一製造課焼鈍係に勤務していたこと、本件就業規則第七五条は、その第三号において、従業員の懲戒解雇事由として、「職務上上長の指示、命令に従わず越権専断の行為をなし職場の秩序を紊したとき」と定め、かつ、その本文において、「情状により減給又は出勤停止或いは諭旨解雇に止めることがある」と定めるところ、被控訴人会社は、昭和四二年一〇月四日、右就業規則の規定に基づき、控訴人に対し一日の給料の三分の一を減じるとの本件懲戒処分をし、控訴人の給料から右相当額である金三二七円を控除したことは、当事者間に争いがない。

二控訴代理人は、本件懲戒処分は労働協約によらないで就業規則に基づいてなされたから無効であると主張するが、<証拠>によれば、本件就業規則および本件労働協約は、懲戒事由と懲戒処分について同一の内容の規定を置いていることが認められるから、労働基準法第九二条の適用の余地はなく、本件懲戒処分が、労働協約によらないで就業規則に基づいてなされたからと言つて、無効と解すべき合理的理由はない。

三被控訴代理人は、本件懲戒処分は、控訴人が昭和四二年九月一五日の敬老の日の振替休日である翌一六日の出勤命令を拒否したことおよびこれに関連する一連の行動が、右の懲戒事由に該当するとしてなされたと主張する。

そこで、先ず、控訴人において「上司の命令指示に従わず、越権専断の行為があつた」か否かについて判断する。

(1)  <証拠>によれば、本件就業規則第一八条および本件労働協約第三一条は、週休日および国民の祝日その他を休日と定めていること、右の週休日とは、日曜日を指すものであることが認められる。そして、控訴人にとつて、昭和四二年九月一六日の土曜日が前日の敬老の日の振替休日であつたことは、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被控訴人会社は、従業員との労働協約締結に際し、本件就業規則を交付し、これによつて休日その他労働基準法第一五条第一項に定める労働条件を明示していることが認められる。そうすると、特段の事情がない限り、控訴人と被控訴人会社との間には、当初から、本件就業規則中の休日、労働時間の定めと同一内容の労働契約が締結されたものと推認すべきであり、右推認を破る特段の事情を認めるに足る証拠はない。そして、<証拠>によれば、本件就業規則第一九条第二四条は、業務の都合上己むを得ない場合には、従業員を前記の休日に出勤させ又は休日を他の日と振替えることができる旨定めている事実が認められる。一方、<証拠>によれば、本件労働協約第三二条第一項は、業務の都合上巳むを得ない場合に、予め組合と協議して合意が成立したときは、組合員を前記休日に出勤させ又は休日を他の日と振替えることがある旨定めている事実が認められるところ、右のとおりの休日出勤・休日振替には組合との合意を要する旨の労働協約の定めは、労働組合法第一六条に言う労働条件その他の労働者の待遇に関する基準にあたるから、労働協約の基準的効力により、労働契約の内容となる。もつとも、労働基準法第三五条に定める休日を、労働協約・労働契約において週休日と合意することは、労使間の私的自治として許されるのであり、本件労働協約においても、右休日を週休日即ち日曜日と合意していると解するのを相当とする。そして、本件就業規則および本件労働協約の前記規定のうち、法定外休日に関する部分は有効と解されるから、結局、前記労働契約の内容は、「被控訴人会社は、業務の都合上已むを得ない場合、労働組合と協議して合意が成立したときには、右合意に従い、控訴人を、少なくとも国民の祝日については、休日出勤させ又は休日を他の日と振替えることができる」旨のものに変更されていると解するのを相当とする。したがつて、被控訴人会社は、控訴人に対し、右労働契約の要件を具備した場合には、本件敬老の日又はその振替休日に労働を命じることができるものと解さねばならない。

(2)  右の判断に対する控訴代理人の反論について検討する。

(イ)  控訴代理人は、本件振替休日の労働義務は、三六協定成立後における労働者との個別的具体的合意によつてのみ成立する旨、種々の理由を挙げて主張する。しかし、本件振替休日は、労働基準法第三五条の要求する休日、即ち、前述の週休日以外に与えられた休日である。のみならず、<証拠>によれば、本件就業規則、本件労働協約中には、休日出勤者が請求した場合、作業に特に支障がない限り、四週間以内に代休を与えられる旨の規定があることが認められ、また、<証拠>によれば、昭和四二年三月二一日から同年九月二〇日までの一八三日間の控訴人の公休、有休、代休日数が合計四六日(毎月四日ないし一五日で)あることが認められるから、本件休日出勤命令が労働者にとつて通常の受忍限度を越えて不利益なものと解することはできない。したがつて、控訴代理人主張の右のような解釈をとらなければならないとはいえない。また、労働基準法第三五条の定める休日である週休日に休めない実状にあるならば、その実状が問題とされるべきであつて、そのような実状にあるからといつて控訴代理人主張のように特定休日に労働させれば同条の規定に違反すると解すべきものではない。

(ロ)  控訴代理人は、休日労働は例外的事情のある場合にのみ許されるものであることを前提として、本件三六協定の無効を主張する。しかしながら、労働基準法第三六条は、控訴代理人主張のような協定に際しての例外的事情の存在を明文上要求していないから、労働基準法第一条の労働条件の原則の実現ならびに長時間労働の防止の役割は、団結権を背後にした労働組合又は過半数の労働者の代表者との書面による協定等と、使用者にとつて経済的に不利益と考えられる割増賃金の強制とに期待されているものと解するほかはない。そして、<証拠>によれば、本件三六協定には労働基準法施行規則第一六条の定める要件に欠けるところはないから、例外的事情なしに締結された本件三六協定は無効であるという控訴人の主張は理由がない。

また、控訴代理人は、被控訴人会社においては法定外休日についても労働基準法第三五条第三六条を準用する取扱がされていたと主張する。なるほど、<証拠>によれば、昭和四〇年九月に届出られた毎日曜日の三六協定には、休日労働をさせる必要のある事由として、「労働日における業務以外に突発的並びに派生的業務が発生し、業務の正常な運営に支障を来たすにつき休日労働を必要とする。」旨定められ、これがその後半年毎に締結された三六協定に引用されていること、右各協定の届出には、特定休日の労働協定書が添付されていることが認められる。しかし、他方、前記各証拠によれば、右特定休日の労働協定書には、本件三六協定のような休日労働を必要とする事由の記載がないし、右特定休日の労働協定は、毎日曜日の労働協定(三六協定)とは別個に協議成立したものであり、その協定書が届出られているのは、所轄労働基準監督官庁の指導によるにすぎないことが認められる。また、前記証人の三六協定を準用する取扱である旨の証言も、仔細に検討すれば、特定休日でも、週休日と同じく広く業務上の必要に応じ就業させる取扱であるとの趣旨に理解される。更に、<証拠>によれば、従来、本件三六協定が定めるような特別の事情の有無にかかわらず業務の都合上止むを得ない場合には、法定外休日労働が行なわれていたことが認められる。そうだとすれば、先に認定した事実があるからといつて、前記の三六協定のような突発的派生的業務の発生など特別の事情が存在する場合にのみ特定休日労働を命じうるとの取扱ないしは労使間の合意が存在したとは、たやすく推認し難く、他にこの点を認めるに足る証拠はない。

(ハ)  当裁判所の先に説示した見解にそぐわない控訴代理人のその余の主張は、すべて、以上に説示したところに照らし、理由がない。

(3)  ところで、法定外休日労働について、就業規則、労働協約および労働契約において、日時、労働内容、労働すべき者が具体的に特定されている場合には、会社からの休日出勤命令をまつまでもなく、そのとおりの休日労働義務が生じ、その後において労働者が一方的にこれを消滅させることはできない。

しかし、このように具体的に特定しないで、例えば先に説示したとおり、「業務の都合上已むを得ない場合に、労働組合との合意があるときには、休日労働を命じうる」との概括的一般的な労働義務が定められているにすぎず、右の労働組合との合意の内容も、半年前の全法定外休日に全労働組合員に休日労働を命じうると言うにすぎないときは、会社の出勤命令によつてはじめて休日労働義務が具体的に生じるものと解すべきである。ところで、<証拠>によれば、被控訴人会社の経営上、受注量と納期に即応して生産計画を流動的に変化させこれに応じて操業率を同様に変化させる必要があるため、労働組合との休日・時間外労働協定も或る程度抽象的にするほかはないことが認められ、この事実からすれば、先に認定した本件敬老の日を含む半年間の休日労働協定も、その間の法定外休日に組合員に出勤を命じうるとの趣旨にすぎないものと解される。

このような場合、業務命令により法定外休日労働を命じられた労働者は、休日を突然奪われる結果になるが、労働者にとつては、法定外休日であつても、休日について重要な社会的個人的生活利益を有し、例えば、休日の有効利用のため事前に計画をたてて準備をし、一週間の生活設計をたてることもあるのであるから、休日を突然奪われることにより、多大の損失を受け、それが労働者にとり無視し得ない程度に至ることもありうることは、充分考慮されなければならない。そうだとすれば、<証拠>によつて認められる本件就業規則第二四条第三項(それが控訴人と被控訴人会社との間の労働協約の内容となつていることは、先に説示したとおりである。)の、「休日出勤を指定された者が出勤しない場合は欠勤として取扱う。但し、右の者が出勤しないことについて已むを得ない事情があると所属係長において、原則として事前に、認めた場合にはこの限りではない。」旨の規定は、単に字義どおりに解する訳にはいかない。即ち、右に説示したところと、更に、出勤しないことについての已むを得ない事情があるか否かの判断は、右の規定によつても所属係長の専恣に委ねられているとは解されないところからすれば、右但書の規定は、特定休日の出勤命令を受けた労働者は、その休日に出勤しないことについて已むを得ない客観的事情があるときには、右休日労働義務を免れることができる旨定めたものと解すべきである。なお、その場合であつても、休日労働義務を免れることは労働者にとり利益であるから、これを受けるか否かはその自由意思にかからめるべきであつて、その旨の意思表示によりはじめて休日労働義務が消滅すると解すべきである。次に右意思表示の方法であるが、使用者は、休日労働義務の存否を早期に確定し労働義務あるものにその履行をさせなければ、休日労働義務をわざわざ就業規則、労働契約で定めた意味がなくなる。その早期確定のためには、その労働者が自ら已むを得ない事情を告知することが公平の観念に合致するし、労働者からの右告知を要しないとすれば、使用者は勢い労働者に右告知を求め無用の摩擦を招く結果となる。してみれば、当該労働者は、休日労働拒否の意思表示に際し、右の已むを得ない事情を告知しなければならないものと解すべきである。

前記就業規則の規定のこのような解釈は、その文言とは必らずしも一致しないが、右規定は、被控訴人会社側の便宣を考慮して、右の已むを得ない事情の存否の認定権限を第一次的に係長に与える形をとつたにすぎず、右の事情の存否の認定および休日労働義務を消滅させる権限を使用者側のみに与える趣旨のものではないと解すべきである。

(4)  先に(1)で述べた見解に基づいて、本件休日出勤命令について実体上の要件が具備していたか否かについて判断する。

(イ)  業務の都合上已むを得ない場合にあたるかの点について。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

控訴人の属する焼鈍係の作業の中心である焼鈍工程は、被控訴人会社の主製品である冷間圧延鋼板の品質を決定する重要なもので、その工程の全時間にわたつて、厳密な温度およびガスの連続的管理調整を必要とし、作業そのものは集約的性格があり、作業員のチームワークがとれないと作業の円滑な運営ができない。右工程の前後の工程はいずれも所要時間が短かく、工程を終えた半製品が連続的に後の工程に送られるのに、ただ焼鈍工程だけが約八〇ないし九五時間かかるため、焼鈍作業が一日休止されると、工程中の仕掛品が全く無価値となるばかりか工場全体の作業能率に大きな影響を与える。被控訴人会社は、昭和四二年九月期は当初の生産計画を上廻る生産実績を挙げたにもかかわらず、右九月期中の販売実績は予想を上廻り同年三月期中のそれより延び、昭和四二年三月期の生産トン数と販売トン数の差(ただし、販売トン数の方が少ない)は八、九五一トンであるのに同年九月期の右差(右に同じ)は六八九トンにすぎず、なお一ケ月分の生産量以上の受注残高をかかえ、企業の維持発展のため鉄鋼各社の増産体勢に対抗し、適正在庫量の維持を計る意味もあつて、増産に追われていた。特に、八月に盆休みなどのため生産実績が低下した反動と期末のため、昭和四二年九月は繁忙となり、下松工場の製造部門は一貫して操業度を挙げていた関係上、控訴人の属する焼鈍係山本班も、九月一六、一七日はフル操業で最低一二名の出勤体制を必要としたが、全員一四名中一名は病欠、一名は本件振替休日に父の法事があるため出勤できない旨九月一三日に申出ていた。

そうすると、被控訴人会社が控訴人に対し本件振替休日に労働を命じるについては、業務の都合上止むを得ないものがあつたと言わねばならない。

(ロ)  労働組合との合意に基づくかの点について。

<証拠>によれば、被控訴人会社の代理人矢野巌は、東洋鋼板労働組合に対し、昭和四二年二月一〇日、同年の敬老の日の休日を翌九月一六日に振替えることを申込み、同年二月一八日右組合からの承諾を受け、その後の三月三日、同組合との間で、「同年九月一五日(敬老の日)の休日を含む同年三月から九月までの全特定休日に労働する」ことを協定したことが認められる。そうすると、右休日振替協定によつて休日でなくなつた九月一五日について、更に休日労働協定を締結する意味はないから、当事者の合理的意思を追及すると、右休日労働協定は、当然、振替休日の九月一六日に休日労働をするとの内容を含むものであつたと解釈するに妨げはない。従つて、被控訴人会社が控訴人に対し右同日の休日労働を命じるにつき、労働組合との協議と合意を経ていると言わなければならない。

(ハ)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

被控訴人会社下松工場第一製造課焼鈍係の三浦係長は、昭和四二年九月一六、一七日の連休にしなければならない作業内容を検討し、これを円滑に遂行するため、右両日とも一二名の出勤体制をとる必要があると判断して、同月一四日に、右体制を整えることを部下の山本裕職長に指示した。右職場においては、休日労働を必要とするとき、先ず職制が従業員の休日出勤の都合を問い合せ、必要人員数に過不足のない従業員の承諾があればこれらの者に休日労働を命じ、不足がある場合には、休日出勤を断る者に対し、その理由を述べるよう指示し、相当な理由がないと思われる場合には、必要な人員数をそろえなければ円滑な作業が遂行できないなどの業務の都合上已むを得ない事情を告げて休日出勤を要請し、他の休日労働を断つた者と話し合つて休日労働に就くように協議することを指示する慣行があつた。従来、このような慣行にしたがつて職長が調整したときには、殆んどの場合、休日労働の必要人員数に一致する従業員がこれを承諾し、この承諾者のみが休日労働を命じられていたし、休日労働を断る者の理由がいずれも相当と思われるときには、他の職場や焼鈍係の他の班からの応援を得ていた。山本職長は、右一六日の休日出勤の可否を調査したところ、班員一四名中、病欠者が一名あり、その他控訴人ら四名が出勤を断つたが、同職長の要請により、二名が出勤を承認し、結局控訴人と当日父親の法事がある澄川某のみが残つた。同月一五日、控訴人は同職長に、出勤できない理由として都合が悪いからとだけ伝えたところ、同職長は、控訴人に、澄川某と話し合つてみるようにと指示したが、控訴人がこれに応じなかつたので、同係のメーター室で、控訴人に対し、円滑な作業遂行のため一二名の就業が必要である旨を説明し、単に都合が悪いとの理由では納得できないと重ねて出勤を求め、更には業務命令を出すと告げた。控訴人は、これに対し、休日出勤の業務命令は労働者の同意の後でなければ出せず、会社としては、単に出勤の要請しかできないが、いずれにせよ休日出勤に同意せず、右の要請は断る、なお、休日出勤できない理由を述べる義務はないと主張した。翌九月一六日午前一〇時ごろ、控訴人は、所属組合執行委員吉岡喜美男、同石迫利男と同道して、三浦係長に会い、午後三時五〇分に始業する同日の勤務を休みたいと述べ、その理由を明らかにせよとの係長の指示に対しては拒絶し、意見の一致を見ないまま別れた。更に、控訴人は、同日三時ごろ以降、職場の事務所で、係長からの出勤できない用事は何か言えとの指示に対して拒絶し、個人の用事の重要さは他人に判断がつかないなどと意見を述べ、出勤せよと再三説得しかつ命令する係長に対しては、前日の職長に対してしたと同様、労働者の同意があるときだけ休日出勤の業務命令が出せると主張し、係長の説得を断り続けるうち、同五時ごろ、出勤できない事由を告げないまま、席を立つて帰つた。

<証拠判断省略>

(ニ)  先に認定したところによれば、控訴人に対し、三浦係長が事前に休日出勤を命じたのであり、<証拠>によつて認められる就業規則第二五条の定める手続は、効力要件ではないと解されるから、本件出勤命令は右就業規則の規定に照らしても効力に欠けるところはない。

(ホ)  結局、本件出勤命令は、適法かつ有効であり、控訴人に対し休日労働義務を負担させるに足るものであるところ、控訴人は、右休日労働拒否にあたり出勤できない事由を告げなかつたから、右休日労働義務を消滅させることはできないと言わねばならない。

四(一) 先に述べた休日の作業員編成の慣行にしたがつた、職制の控訴人に対する休日労働拒否の理由の明示、同僚との協議等の指示は、職務上の指示である。控訴人は、右の理由として都合が悪いとのみ述べた訳であるが、それでは理由を述べたことにはならない。従つて、控訴人は就業規則第七四条第三号に定めるとおり、職務上上長の指示にしたがわなかつたものと言わねばならない。

(二) 控訴代理人は、前記就業規則の規定の定める懲戒事由は、その主張するような例示の場合に限られると主張するが、そのように解すべき合理的根拠はない。

五次に、「職場の秩序を紊した」と言えるか否かの点であるが、以上の説示からすれば、控訴人は、上長の職務上の指示、命令に従わず、よつて被控訴人会社が休日勤務編成および休日操業を容易ならしめるため定めた職場規律に違反したのであるから、一応は、職場秩序を紊したということができる。控訴人が欠勤前に上司に予告し、同僚の了解を得、また不平不満を述べられなかつたとしても、休日勤務編成に不都合な状態をもたらした点にはかわりはない。

控訴代理人は、本件就業規則の定める他の懲戒事由と対比して、懲戒解雇をもつて処断すべき程度にまで秩序を紊したとは言えないと主張するが、本件は懲戒解雇をもつて処断するのではないから、右主張は採用できない。

六控訴代理人は、本件懲戒処分が裁量の範囲を誤り懲戒権を濫用したものであると主張するので、この点につき判断する。

(一)  先に認定したとおり、控訴人は、予め欠勤を告げたのであるから、突然無断欠勤の挙に出た場合に比べ、はるかに企業側の利益を考慮したものと言え、その意味では、無断欠勤より情状が軽いと言える訳である。ところで、<証拠>によれば、本件就業規則においては、無断欠勤が引き続き七日を超えるとき(第七二条第一号)を譴責事由と定めていることが認められるから、欠勤一日にとどまり、しかも無断欠勤より情状の軽い控訴人を減給処分に付することは著しく公平を失すると言える。これに対し、被控訴代理人は、控訴人の行為は職場の慣行・協調性を破り企業秩序に違反すると主張するが、無断欠勤であつても、職場の協調性を破ることに変りはない。また、休日出勤拒否の理由告知や同僚との協議の慣行が生じた実質的理由は、職制が当該労働者の休日労働義務の存否を確認し、不存在の場合にはその対策を立て、その労働者又は他の労働者に休日労働の同意を得るよう説得するに当つての根拠を得、もつて休日操業の円滑な遂行を確保することにあると解される。ところが、先に認定したところからすれば、山本祐職長は、その説得の過程において控訴人が欠勤することを充分予見できたと推認できるのに、控訴人の欠勤をおもんばかつて更に他の労働者に出勤を求め或いは他の班からの応援を求めるなどの措置をとつた事情を認めるに足る証拠はない。してみると、控訴人の欠勤による実害の発生防止に、被控訴人会社側にも手抜かりがあると言える。

(二)  <証拠>によれば、鉄鋼労連、東洋鋼鈑労働組合においては、かねてから、法定内休日労働義務は三六協定成立後に労働者が個別的具体的になした休日労働の同意によつてのみ生じるとの一部学者の見解にもとづき、組合員を指導していたことが認められるところ、<証拠>によれば、控訴人は、右の組合の指導する見解が法定外休日である本件振替休日にも妥当するものと単純に誤解したためと、後記認定のとおり右休日に出勤できない事情を被控訴人会社側に知られると不利益な取扱を受ける虞れがあると考えたために、休日出勤できない理由を告知しなかつたにすぎず、職場の協調性を破り企業を混乱させ破壊することを企図したものではなかつたことが認められる。

(三)  <証拠>によれば、控訴人は、山口県周南地区の歌声運動のリーダーの一員であつたが、本件敬老の日の振替休日の当日午後六時から約二〇の合唱グループ約百五、六十名が参加して開かれた同地区の第一回歌声祭典の主催者である実行委員会の委員五名の内の一人で、かつ下松地区の担当者として、その準備や開催に直接当つており、そのために右振替休日に出勤できなかつたこと、右祭典の日取りは同年七月ごろから決つていたことが認められる。そうすると、先に認定したとおりの被控訴人側の一切の事情、原審証人山本祐は控訴人が右歌声祭典に参加するとの理由であれば出勤を求めなかつたであろうと供述するところなど諸般の事情からすれば、控訴人は本件振替休日の出勤を拒絶するについて相当な理由があつたと解されなくはない。

(四)  以上述べたところをはじめ本件審理に現れた諸般の事情を総合し、更に、<証拠>によつて認められる本件就業規則第七二条(譴責事由)、第七三条(減給、出勤停止事由)ならびに本件懲戒の適用規定である第七四条(懲戒解雇事由)に定める各事由などを、各懲戒処分の段階に応じた職場規律の違反性の程度の客観的尺度として参酌して判断すれば、本件について減給処分にしたのは、控訴人の前示行動の有する反規律性の程度に比べ、著しく重きに失し、企業主に許された裁量の範囲を超え懲戒権を濫用したものであつて、無効であると言わなければならない。

七<証拠>によれば、控訴人は、本件懲戒処分には不満を持ち続けていたが、就業規則の定める始末書の提出を拒否すると更に懲戒を受けるおそれがあるとの組合執行委員の助言に従つて、不本意ながら、一応これを提出したことが認められる。そうすると、<証拠>から明らかな、控訴人が本件懲戒辞令を受領し陳謝の意を表したとの事実も、右の趣旨からであつたものと推認されるから、控訴人が本件懲戒処分を承認したものとは簡単に言い切ることはできない。従つて、控訴人は本件懲戒処分を争う実益を失つたとの被控訴人の主張は理由がない。

八以上説示したとおりであるから、被控訴人に対し、本件懲戒処分の無効確認と、本件懲戒処分により控訴人が支給を受けられなかつた一日分の給料の三分の一に当る金三二七円の支払いを求める控訴人の本件請求は、全部正当であつて、これと結論を異にする原判決は取消を免れず、本件控訴は理由がある。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条・第八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(宮田信夫 弓削孟 野田殷稔)

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