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広島高等裁判所 昭和50年(う)198号 判決 1976年3月22日

被告人 宮城英記

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年二月に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人平川実、同吉田豊各作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人平川実の控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は被告人が普通乗用自動車を運転し、時速約五〇キロメートルで第一八六号国道を進行中、約五メートル前方道路上左側を、自車と同一方向に中央区分線を越えたりして、ジグザグ運転をしながら進行している普通トラツクの右側を追い越そうとするにあたり、単に警音器を吹鳴したのみで前車の反応を待たず、いきなり制限速度を約一〇キロメートル越えた時速約六〇キロメートルに加速して前車の追越しを開始したうえ、追越し開始後も前車の動静注視を怠り、前車が右側に寄つて自己の進路に近接して来た際、急制動の措置をとることなく、あわててハンドルを右に切りすぎた過失により、自車を道路路肩に脱輪させてそのまま疾走させ、付近バス停留所でバス待ちをしながら立話をしていた被害者四名に自車前部を衝突させて路上に転倒させて二名を死亡させ、二名に傷害を負わせた旨認め、本件交通事故に関する被告人の運転上の過失を認定しているが、被告人は前車の追越しを始めようとした際、まず、三回位警音器を吹鳴して警告を与えたところ、これに応じて前車が左側に寄つたので、被告人としては、前車の運転者が被告人車の追越しに気付いたものと信じたのであり、続いて前方の交通並びに道路状況をよく見きわめた結果、道路は一直線で見とおしがよく対向車もなかつたから追越しを開始したのであり、その後も前車の動静を注視しながら前車の右側を進行し前車と併進する状態となつた際、前車が故意に右に寄つて来たので、被告人においてひつきりなしに警音器を吹鳴したのに、なおも前車が急に右に寄つて来たため、前車との接触を避けるべく、急制動したのでは自車が首をふつて前車と接触することになるので、やむなくハンドルを右に切つて避けようとしたが、狼狽の余り右に切りすぎて自車右側前・後輪が相次いで道路路肩に脱輪し、そのため、路肩で自車車体下部をすつて疾走したので、タイロツト及びサスペンシヨンなどが破損してハンドル・ブレーキの操作ができなくなり、そのまま疾走して本件事故惹起の結果を生じたものであるから、本件事故についての被告人の自動車運転上の過失としては、前記ハンドルの切りすぎの点のみであり、他には何ら運転上の注意義務違反の点はないところ、前記ハンドルを切りすぎた点についても、前記のとおり、前車が故意にいきなり右に寄り被告人車の進路妨害の暴挙に出て来たので、前車との接触を避けるため、狼狽の余り、右にハンドルを切りすぎたというものであり、その過失の程度は軽いというべきである。以上のとおり、被告人は本件追越しに当り、単に警音器の吹鳴をしたというほか前車の動静確認等も十分しており、また前車との併進状態では急制動もできない状況であって、これらの点原判決には右過失の内容について重大な事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の各証拠によると、本件事故につき被告人に原判示のごとき過失のあつたことはこれを認めるに十分で、他に右認定を左右するに足る証拠はない。所論は、本件交通事故につき被告人には先行車である普通トラツクが急に自己の進路に近接して来た際、ハンドルを右に切りすぎた運転上の過失があるほかには何ら過失はないと主張する。原判決挙示の各証拠、特に司法警察員作成の昭和四九年八月三一日付(二通)、同年九月三日付(二通)各実況見分調書、山崎節子、山川真一郎、岡崎富貴の司法巡査に対する各供述調書、皆川実の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人は普通乗用自動車を運転し第一八六号国道を進行して本件衝突地点手前約一キロメートルの地点で先行する普通トラツク後方に追いついたが、同所付近は制限時速四〇キロメートルで追越し禁止の規制があり前車と一〇メートル程度の車間距離を保つて時速約四〇キロメートルで追従進行するうち、本件衝突地点手前約二五〇メートル付近からは追越し禁止の規制が解除され制限時速五〇キロメートルとなり国道は左にゆるくカーブしているが、同カーブを通過する本件衝突地点手前約二一〇メートル付近からはその前方約一キロメートルの区間がほぼ直線であり、当時、対向車もなかつたことから、被告人は右直線コースを約一三四メートル進行した地点で、約五メートル前方道路上左側を時速約五〇キロメートルで先行する右普通トラツクの右側を追い越そうとしたが、その際には、右普通トラツクの前方約一〇メートルには同一方向に進行する普通貨物(冷蔵)自動車一台がいたほか、同直線コースの国道総幅員舗装部分は六・二メートルで片側三・一メートルずつの比較的狭い二車線となつており、同舗装部分の両外側には雑草の繁茂した幅約四〇センチメートルの路肩があるものの、さらにその両外側は落差約一、一メートルの水田があり、前方約七〇メートル付近国道両側には人家が隣接している状況であり、また、被告人運転自動車の車体幅は一・八六メートルで、被追越し車である普通トラツクの車体幅は二・一ないし二・三メートル程度であつたと推定されるところであるうえ、右普通トラツクは被告人がこれに追従を始めたころから中央区分線を越え、時にはその車体のほぼ半分が国道右側部分にはみだした状態などでジグザグ運転を続けていたものであり、同車は前記左カーブを通過し直線コースを約六〇メートル進行した地点付近でも中央区分線を越えて進行していたため、その際は被告人においても一旦は同車の追越しを中止したこともある状況であり、続いて被告人はなおも同車を追い越そうとして警音器を吹鳴したところ、同車が中央区分線を越えた状態で進行するのをやめ、その車体全部が一応国道左側部分におさまる状態となつたので、前記のように、同直線コースを約一三四メートル進行した地点で、時速約六〇キロメートルに加速して前車の追越しを開始し、自車の最前部が前車運転席後方辺りに達して両車がほぼ併進状態となつた際、前車が右側に寄つて自己の進路に近接して来たのに、急制動の措置をとることなく、あわててハンドルを右に切りすぎ、自車右側車輪を道路路肩に脱輪させてそのまま疾走させ、たまたま前記国道右側に隣接する人家の前に設置されているバス停留所でバスを待ちながら立話をしていた被害者四名に自車前部を衝突させるに至つたものであることが認められる。そこで、右のような諸状況の下での被告人の自動車運転者としての注意義務を検討してみるに、本件のごとき道路並びに車両通行状況のもとで、特に、追越し禁止の規制が解除されて間もなくにある約一キロメートルに及ぶ、その総幅員舗装部分六・二メートルにすぎない直線道路において、それまで中央区分線を越えたりしてジグザグ運転を繰返しながら、ほぼ制限時速五〇キロメートルで先行する車体幅二・一ないし二・三メートル程度を有する普通トラツクを、車体幅一・八六メートルの普通乗用自動車を運転し右前車の後方約五メートルからその右側を追い越そうとするに際しては、自動車運転者としては、前方の交通並びに道路状況をよく見きわめ、かつ、前車の運転者に対し、あらかじめ警音器を吹鳴して追越しの警告を与えるのはもちろんであるが、単に警音器を吹鳴し、その際、前車が一時中央区分線左側部分に移行したというのみでは十分でなく、右警告に対し、前車の運転者が手その他で右追越しを諒承した旨を明確に示すか、または、前車が中央区分線左側部分に十分避譲した進行を相当区間継続するなどの反応を示し、前車が被告人車の接近追越しを十分諒知して以後、ジグザグ運転若しくは、さらにその先行車を追い越そうとするなどして中央区分線右側部分に進出してくることのない状況となつたことを十分確認したうえ追越しを開始するようにすべく、さらに、追越し開始後も右状況下では一層前車の動静を注視し、同車が自己の進路に進出するようなことがあれば、いつでもこれを避けることができるような態勢で注意しながら進行すべきところ、前記のような国道右側部分の幅員、国道右側に隣接する水田、人家等の状況、自車並びに前車の各車体幅、進行速度等から考察すると、右追越し開始後前車が何らかの理由で自己の進路に進出した際には、ハンドルを右に転把し自車を道路の右側端に寄せうる余地は極めて少ない場合であるから、前車との衝突、自車の路肩等への脱輪、水田への転落、前方国道右側人家等への暴走等の危険を避けるためには、かりに所論のごとき若干の危険を伴うとしてもまず急制動の措置をとるべきものであつたと考えられ、かつこのことにより本件のごとき事故の発生は十分避けえたものとみられるところである。ところが、本件の場合、被告人は前車を追越すことのみに気をとられ、警音器を吹鳴したのみで、たまたま前車が中央区分線右側部分へのはみ出しをやめ同左側部分におさまる状態となつたというのみで、前記のような反応を十分確かめることなく、いきなり制限速度を約一〇キロメートル越えた時速約六〇キロメートルに加速して前車の追越しを開始したうえ、追越し開始後も前車の動静に対する十分な注視を怠り、前車が右側に寄つて自己の進路に近接して来た際にも急制動の措置をとることなく、あわててハンドルを右に切りすぎた過失により、自車を道路路肩に脱輪させてそのまま疾走させ本件事故惹起に至つたものであつて、その過失は明らかなものというべきである。以上、原判決が本件事故に関し被告人の過失として認定するところは正当であり、原判決には所論のごとき事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

弁護人吉田豊の控訴趣意並びに弁護人平川実の控訴趣意中、量刑不当の主張について

両弁護人の論旨は、原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件は、被告人が普通乗用自動車を運転し時速約五〇キロメートルで第一八六号国道を進行中、約五メートル前方道路上左側を、自車と同一方向に中央区分線を越えたりして、ジグザグ運転しながら進行している普通トラツクの右側を追い越そうとするに際し、前車を追越すことのみに気をとられ、警音器を吹鳴したのみでその反応を待たず、いきなり制限時速を約一〇キロメートル越えた時速約六〇キロメートルに加速して前車の追越しを開始したうえ、追越し開始後も前車の動静に対する十分な注視を怠り、前車が右側に寄つて自己の進路に近接して来た際、急制動の措置をとることなく、あわててハンドルを右に切りすぎた過失により、自車を道路路肩に脱輪させてそのまま疾走させ、たまたま前方のバス停留所で、バス待ちをしながら立話をしていた被害者四名に自車前部を衝突させて路上に転倒させ、よつてうち二名を死亡させ、他の二名に加療約七か月間ないし入院加療約一一か月間を要する閉鎖性脳外傷(II型)等の傷害を負わせたというもので、右は、被告人が浜田市で行われる勤務先会社の研修会に参加するため同僚二名を同乗させた本件自動車を運転して広島市内から出発し、本件衝突地点手前約一キロメートルの地点で先行する普通トラツクに追いつき制限時速四〇キロメートル位でこれに追従するうち、やがて追越し禁止の規制が解除され制限時速五〇キロメートルとなり約一キロメートルの直線道路となつているところから、同直線コースを約一三四メートル進行した地点で、その前方道路上左側を時速約五〇キロメートルで先行する、それまで中央区分線を越えたりしてジグザグ運転を続けていた同トラツクの右側を追い越そうとした際、本件事故惹起に至つたものであるが、たしかに本件事故はその追越し開始後の状況を見ると被追越し車である前車がその理由は詳らかでないが被告人車の追越し中にもかかわらず、被告人車の進路に近接して来たことが本件事故発生の直接の発端となつた状況もうかがわれるが、しかし元来は、被告人として本件のごとき状況下では追越しをなすべきではないとみられるところであり、被告人の過失の態様、程度も決して僅少ともいえないうえ、発生した結果は二名もの死亡という極めて重大なものであることなどにかんがみれば、原審が被告人を禁錮一年二月の実刑に処したのも、あながち不当ともいえないところである。しかしながら他方、本件事故に関する被告人の過失の態様、程度については、特に、前車が自車とほぼ併進状態に至つた際自車の進路に近接して来たという段階では、被告人において急停車の措置をとることなく、あわててハンドルを右に切りすぎたというのも、とつさの避譲措置としてはあながち余り強く被告人を責めがたいものともみられ、この点、むしろ被追越し車である前車の運転者の運転態度に責めらるべき点が少くなかつたようにもみられること、被告人は前非を悔い改俊の情も顕著にうかがわれ、本件被害賠償に努力し死亡した被害者二名の遺族らとの間には円満示談成立し、該示談金の支払を了し、また、負傷した被害者二名については、まだ加療中等のため示談成立に至つていないが、治療費、付添看護料等の支払が自賠責保険からなされているほか、被害者らを見舞う等に誠意を示し、各被害者、同遺族らからは寛刑の上申までえていること、被告人の前歴としては少年時代に酔払いとのけんかによる傷害保護事件についての審判開始があるほか、いずれも約七年前の反則金該当の速度違反二回、追越し禁止違反一回があるのみで、刑事上の処罰を受けたことのないこと、その他、被告人の年令、生活状態、家庭環境など諸般の事情をも合わせ考量するときは、被告人に対しては、今直ちに本件につき実刑を科すよりも、その刑の執行を猶予し自力更生を計ることとするのが相当であると認められるから、結局原判決の量刑もその刑の執行を猶予しなかつた点で重きにすぎ不当であるといわざるをえず、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

以上の次第で、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、さらに当裁判所において、次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示の被害者乙田美智子、同乙田須美、同迫フジ子、同山崎麻紀に対する各所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で四個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い被害者乙田美智子に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年二月に処し、前記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋文恵 渡辺伸平 原田三郎)

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