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広島高等裁判所 昭和53年(ネ)113号 判決 1979年4月18日

一審原告 (第六六号事件控訴人・第五〇号事件被控訴人・第一一三号事件附帯被控訴人) 有限会社天谷産興

一審被告 (第六六号事件被控訴人・第一一三号事件附帯控訴人) 桑原可南 ほか一名

一審被告 (第五〇号事件控訴人・第六六号事件被控訴人) 国

代理人 中路義彦 粟屋茂信 ほか一名

主文

一  一審原告の控訴を棄却する。

二  一審被告国の控訴ならびに一審被告桑原可南、同沖永義幸の附帯控訴に基き原判決を次のとおり変更する。

(一)  一審被告らは、各自一審原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和五〇年七月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  一審原告のその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、二審を通じて、三分し、その一を一審原告の、その余を一審被告らの連帯負担とする。

三  この判決は、第二項(一)の部分に限り、仮に執行することができる。

ただし、一審被告らにおいて、各三〇万円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。

事実

一審原告は、第六六号事件につき「(一)原判決中一審原告勝訴部分を除き、これを取消す。(二)一審被告らは、一審原告に対し連帯して金一八三万四四三七円およびこれに対する昭和五〇年七月七日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする」との判決ならびに右第二項につき仮執行の宣言を求め、第五〇号事件につき「一審被告国の控訴を棄却する、控訴費用は同被告の負担とする」との判決を求め、一審被告桑原、同沖永の附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求めた。

一審被告国は、第五〇号事件につき「原判決中一審被告国敗訴部分を取消す。一審原告の右取消にかかる部分の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする、」との判決を求め、第六六号事件につき「一審原告の控訴を棄却する、控訴費用は一審原告の負担とする、」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求めた。

一審被告桑原、同沖永は、第六六号事件につき、「一審原告の控訴を棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする」との判決を求め、附帯控訴として、「原判決中一審被告桑原、同沖永敗訴部分を取消す。一審原告の右取消にかかる部分の請求を棄却する。附帯控訴費用は一審原告の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。(ただし、原判決二枚目裏六行目に印鑑証明書とある次に「(甲第四号証)」と付加する。)

(一審原告の主張)

一  本件抵当権設定登記申請手続の申請書に添付された登記義務者沢村愛の印鑑証明書は、その発行日付が改ざんされていたほか、同証明書に押捺されている宇部市長の職印も、その印影が薄く、しかも部分的に濃淡があり、各字の間隔、その配置、字体が不自然であつて、一見して、それが偽造されたものと判り得るものであつた。登記官には、登記申請を受理するにあたり、登記義務者の印鑑証明書の発行日付、作成者の印鑑の印影などにより作成の真正を調査すべき高度の注意義務があるにも拘らず、本件登記申請を審査した登記官はこれを怠り、前記印鑑証明書が偽造であることを看過したもので、同登記官に過失があつたことは明らかである。そして、このように印鑑証明書の偽造を看過した過失あることは、一審被告桑原、同沖永についても同様である。

二  一審被告国の過失相殺の主張は争う。一審原告は、本件登記申請の権利者として、一審被告桑原に登記申請手続を委任したのみであつて、義務者である自称沢村愛がした委任には何ら関与していない。また一審原告は、当然、登記済権利証を添付して登記申請がなされるものと思料しており、自称沢村愛が保証書による登記申請を依頼したことは、全く知らなかつたもので、それは専ら同人と同桑原との間の出来事であり、一審原告に関りあることではない。

一審被告桑原が自称沢村愛の依頼により保証書を作成し、これを添付して登記申請をしたには、同被告にも過失があつたが、これは同被告が、自称沢村愛の委任によりその代理人として、同人のためにした事務の処理に関するものであり、一審原告の受任者としての事務ではないから、一審被告国主張のような過失相殺が問題となる余地はない。

(一審被告らの主張)

一  一審原告は、自称沢村愛に対する貸金債権三五〇万円およびこれに対する年一割五分の割合による利息、遅延損害金の回収が不能となつたため、同額の損害を被つたと主張するが、自称沢村愛は、当初より金員を返済する意思はなく、貸金名下に金員を騙取する手段として、本人であるように装い、抵当権設定を申出、利息の約定をしたに過ぎない。一審原告に、自称沢村愛が本人でないことが判明しておれば、金員を交付する筈はなく、同人との間で金銭消費貸借契約が成立する余地はなかつたものである。一審原告は、自称沢村愛から、金員を詐取されたものであつて、一審原告と同人との間に成立した金銭消費貸借契約に基づく貸主としての権利が、一審原告の主張する一審被告らの不法行為により、事務的に侵害されたものではない。したがつて、一審原告が損害を被つたとすれば、自称沢村愛に現実に三二九万円を交付したこと自体によつて生じたものに過ぎず、また、仮に一審被告らに賠償義務の遅滞があれば、これを理由に年五分の割合によつて遅延損害金の請求をなし得るにとどまる。

二  仮に、一審被告らに、賠償義務あるとしても、一審原告には、次のような重大な過失があつた。

一審原告は、金融業を営む者であつて、金融業者が金員を貸付けるについては、借主が何人であるか、その返済意思、能力こそ関心事であり、最大の注意をもつて調査すべき事柄である。一審原告がこれらの点について、調査をしておれば、自称沢村愛が詐称していることに気づいた筈であり、更に不動産を担保に供する申出があつたのであるから、その所有関係、現況等の調査によつても、容易に自称沢村愛は沢村愛本人とは別人であることが判明し得たものとみられるのである。しかるに、一審原告は、自称沢村愛の言分をそのままに受けとり、みるべき調査をしなかつたため、詐称に気づかず、促証書の作成、登記申請手続に先立つて、貸付を決定していたものである。

一審被告桑原においては、一審原告がすでに本件登記申請手続に必要な契約書、委任状に署名押印していたうえ、電話で一審原告に貸付額の確認をとつた際にも、貸付を応諾している旨の回答を得たのであるから、一審原告が、すでに前記のような調査を尽しているものと信じるのが当然であつて、自称沢村愛が沢村愛本人ではないと疑う余地はなかつた。

このように、一審原告にこそ、自称沢村愛に金員を貸付けるにあたり同人を沢村愛本人と誤信したについて重大な過失があつたものであるから、一審被告らに賠償義務があるとすれば、その賠償すべき額を定めるについては、大巾な過失相殺をなすべきである。

(一審被告国の主張)

本件において、一審被告桑原は、民法七二二条二項の被害者たる一審原告側にあたるから、同被告の過失も一審原告の過失とすべきである。

本件抵当権設定登記申請は、一審原告と自称沢村愛が共同申請するに際し、同被告がその双方の代理人となつたものであるから、同被告の地位は、登記申請人である一審原告と一体的にみられるべき立場にある。したがつて、同被告の過失は被害者たる一審原告側の過失として、賠償額の算定につき斟酌さるべきである。

(証拠)<略>

理由

一  成立に争いがない甲第一(編注・登記申請書)、第二、第八号証、沢村愛作成部分は自称沢村愛が作成したことおよび、その余の部分の成立に争いがない甲第一二号証(編注・金銭消費貸借抵当権設定契約証書)、自称沢村愛がその名称で作成したことが原審における一審被告桑原可南本人尋問の結果により認められる甲第三号証(編注・沢村愛名の委任状)、原審における一審原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、一審原告は昭和五〇年七月初め頃、沢村愛と名乗る者から原判決添付目録記載の不動産(以下「本件不動産」という)を担保に融資の申入を受け、同人を沢村愛本人と信じて、一応これを内諾し、同月五日自称沢村愛との間で、同人に三五〇万円を請求原因二記載の弁済期、利息損害金の約定で貸渡す、本件不動産につき同記載の内容の抵当権を設定する、抵当権設定登記を了したとき貸付金を交付する旨を約諾したこと、同月七日同記載の抵当権設定登記がなされ(この登記がなされたことは争いがない)、同日一審原告は、自称沢村愛において登記済権利証を持参したため、日歩二〇銭の割合による一ヶ月分の利息二一万円を天引して現金三二九万円を交付したこと、ところが、自称沢村愛は沢村愛本人とは別人であり、同人の実兄沢村恭雄であろうと推測されること、本件不動産も沢村愛本人の所有で、沢村愛と自称した沢村恭雄の所有ではなく、同人は本件不動産に抵当権を設定し得る権限を有していなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

そして、前記抵当権設定登記手続の申請書には、一審被告桑原、同沖永の作成した登記義務者である沢村愛にかかる不動産登記法四四条所定の保証書、および同年七月七日付宇部市長作成の沢村愛の印鑑にかかる印鑑証明書(甲第四号証がこれにあたる。以下これを「本件印鑑証明書」という)が添付されたことは当事者間に争いがなく、本件印鑑証明書にかかる印鑑が登記義務者沢村愛の司法書士一審被告桑原に対する委任状に押捺された印影と符合することは前記甲第三、第四号証と原審における一審被告桑原可南本人尋問の結果により明らかである。

二  一審被告桑原、同沖永において前記保証書を作成した経緯および同被告らに保証書を作成するにつき善良な管理者の注意を怠つた過失があり、賠償責任を負うべきことに関する当裁判所の認定判断は、「当審における証拠調の結果によるも、右認定判断を左右するに足りない」と付加するほか、原判決理由二に説示するところと同一であるから、これをここに引用する。

三  つぎに一審被告国の責任について判断する。

(一)  原審における一審原告本人尋問の結果、宇部市役所西岐波支所に対する調査嘱託の結果と弁論の全趣旨によると、本件登記申請書に添付された本件印鑑証明書(甲第四号証)は、何人かが偽造したものであることが認められ、前記甲第一号証と原審における証人広中章人、同品川寿興の各証言によると、本件登記申請を受けた山口地方法務局宇部支局登記官は、昭和五〇年七月七日本件印鑑証明書が不真正なものであることに気づかず、本件登記申請を適法なものとして受理し、同日付で前記争いない本件抵当権設定登記がなされたことの事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  登記官は、登記申請の形式的適法性を審査する職務権限を有するのであるから、申請書に添付された書面の形式的真否を審査し、右審査によつて判明し得る不真正な書面に基づく登記申請はこれを却下すべき義務あるところ、登記申請に際し、登記義務者である所有権の登記名義人の印鑑証明書の添付が必要とされ、代理人により申請する場合には、代理人の権限を証する書面は居住地の市町村長の印鑑証明を得た本人の印章を押捺して作成すべきことを要するとされているのは、これにより、他の法定の添付書面と相まつて、申請者が登記義務者またはその真正な代理人であることを明らかにさせ、登記義務者の意思に基づかない虚偽の登記の発生を防止しようとするものであるから、登記官において、登記義務者の印鑑証明書の形式的な真正を当然審査すべく、右審査にあたつて、登記官として通常の注意をもつてすれば、偽造であることが容易に判明し得るものであるのに、これを看過すべきではない注意義務あるものというべく、登記官において通常の注意を払えば、容易に不真正なものと判断し得るのに、これを怠つたときは、過失あるものというべきである。

(三)  本件登記申請書に添付された印鑑証明書である前記甲第四号証によると、本件印鑑証明書は、標題、証明文、証明年月日、宇部市長の記名押印が証明事項である印鑑登録票複写部分の上部に記載された様式のもので、発行年月日の記載は手書されており、年月の数字にはなぞり書か、重複記入の痕跡がみられること、市長の職印は全般に朱肉が薄く、かつ随所に不自然な厚薄の差があり、部分的に印影が全く顕出されていない個所がみられ、公印の印影としては著しく不明瞭、粗略であること、また西岐渡支所備付の宇部市長の職印により顕出されたものであることを前提に、欠落個所を補えば、右印影は、てん書で、上部に左から右へ横書で「西岐波専用」と、下部に二字づつ三行に右から左へ「宇部、市長、之印」とあるものと判読し得られるものの、そのうち下部二行目下段の「長」を除く他の五字の印影は、外枠および相互の間にほゞ均一の間隔をおいているに対し、右「長」の印影は、上部の「市」の印影と一部重なり、左側三行目下段の「印」の印影と下方で接触し、逆に右側一行目下段の「部」の印影との間隔は下方に広く開いていること、これら印影の不明瞭、欠落、特に「長」の印影の前記配置は一瞥して直に看取し得るものと認められ、これら印影の不明瞭、字配りの異様さが押捺された印章自体の摩滅や、押捺時の手もとの狂い、押捺される用紙の不安定など押捺方法の不備不完全により生じたものとは到底推測し難いものであり、右印影は、これを公印により顕出された真正なものとすることについては、一見して直ちに不審を抱き得るものであつて、その真正について疑念を生ずることなく、看過し得ないものというほかない。

そして、当審における証人上垣溪三の証言と弁論の全趣旨によると、当時同支局には、西岐波支所発行の印鑑証明書が添付された書類は少なくなかつたことが認められるから、登記官においてそれらの印影と対照するなど本件印鑑証明書の印影の真正について調査することは容易であつたと解され、その措置にでていれば、前記調査嘱託の結果、これにより成立の認められる乙第三号証(編注・昭和五〇年六月二五日宇部市西岐波支所発行の印鑑証明書で宇部支局で受理した他の登記申請書に添付されていたもの)に前記甲第四号証とを対比して明らかなように、本件印鑑証明書の印影は、正規の印影とは、上部の「専用」および下部の「部」、「印」の字体が同一とは認め難いこと、下部の「之」が字体を異にすることが、格段に器具等を用いるまでもなく判明し得られるものと認められ、かくては、更に調査を経て、本件印鑑証明書の真正を確認することなくしては、本件印鑑証明書が真正に作成されたものと判断することを得ないものであつたというほかなく、右に反する前記<証拠略>は採用し得ない。

そうすると、本件印鑑証明書は、登記官において、通常の注意をもつて審査すれば、容易に不真正なものと判明し得るものであつたというべきであるところ、前記<証拠略>によると、登記官は、不審を抱くことも、格段に調査することもなく、卒然、本件印鑑証明書を真正なものと判断して、本件登記申請を受理したものであることが明らかであるから、登記官において、申請書に添付された登記義務者の印鑑証明書の真正の審査につき職務上尽すべき注意を怠り、本件申請の不適法を看過し、これを受理した過失あるものというべきである。

(四)  前記登記官が国の公務員であり、本件登記申請の受理がその職務の執行としてなされたことは明らかであるから、一審被告国は、登記官が前記過失により本件印鑑証明書の偽造を看過し本件登記申請を受理したことのため一審原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

四  そこで、一審原告が被つた損害について検討する。

一審原告は、一審被告らの不法行為により自称沢村愛に対する賃金三五〇万円とこれに対する利息、損害金債権を本件抵当権の実行によつて回収し得ないこととなつたため右債権額と同額の損害を被つたと主張する。

前記一認定の事実にこの認定に供した証拠、前記一審被告桑原可南本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、自称沢村愛は、金員を返済する意思はなく、一審原告から金員を騙取すべく借用方を申出たものであり、沢村愛本人と詐称したのも、担保を提供するのでなければ、融資を得るのは困難であろうと考えたことから、自己が本件不動産の所有者であり、したがつて自ら抵当権を設定し得る旨装つて一審原告を欺くためであつたこと、他方一審原告において、自称沢村愛が本人と別人であることを知り得たとすれば、同人に金員を貸渡すことはあり得なかつたものと推認され、一審被告桑原、同沖永および登記官の過失は、自称沢村愛が沢村愛本人と詐称した一連の欺瞞行為の過程で、その注意義務を怠り、同人の欺瞞を看取し得なかつたことにあるものというべきところ、一審原告は、当初から自称沢村愛を本人と誤信しており、保証書の作成ないし登記手続の完了を機に信じたのではないものの、仮に本件登記申請手続、その受理の間に自称沢村愛が沢村愛本人を詐称していることが判明しておれば、同人に金員を貸渡さなかつたであろうこと、すなわち、一審被告桑原らの前記過失がなければ、一審原告と自称沢村愛との間に金銭消費貸借契約が成立することはなかつたであろうと解される。そうすると、一審原告が自称沢村愛に本人であると欺瞞され、貸金として三二九万円を交付し、これを騙取された点は、一審被告らの不法行為と相当因果関係に立つものというべきである。しかし、前記のとおり一審被告桑原、同沖永ないし登記官らに注意を怠ることがなければ、自称沢村愛は沢村愛とは別人であることが判明し得た筈で、一審原告も金員を貸渡すことはあり得なかつたものと解されるから、自称沢村愛との間に金銭消費貸借契約が成立し得たことを前提として、一審被告らの過失によりそれが回収不能となつたとの一審原告の前記損害の算定に関する主張は採用し得ない。

そうすると、他に特段の主張立証はないから、一審原告は、自称沢村愛に三二九万円を騙取され、同額の損害を被つたものというべく、一審原告の本訴請求は、右認定の損害金およびその遅滞を理由とする遅延損害金の請求をも包含する趣旨と解されるところ、前記二、三の事実をあわせ考えると、一審被告らは、共同不法行為者として、各自、この損害を賠償すべき責任あるものというべきである。

五  そこで、過失相殺の主張について判断する。

(一)  前記一に認定の事実と前記一審原告本人尋問の結果によると、一審原告は、金員を交付する数日前自称沢村愛の来訪をうけて初めて同人を知つたもので、従前全く面識はなかつたのに、自称沢村愛の述べるままに、本人と信じ、また担保物件である本件不動産の現況を見分しながら、その際本件不動産が自称沢村愛当人の所有であるかについては、登記済証の所持をただし、その提示を求めるなど客観的資料にあたつて調査することもせず、更に本件不動産の所有者が自称沢村愛当人であることについて、他から確認をとることもなく、自称沢村愛が沢村愛本人であることを当然の前提として一審被告桑原に抵当権設定の登記手続を委任し、右手続が完了するや直ちに、自称沢村愛に金員を貸渡したものであることが認められるところ、金融業者として借主が何人であるか、その返済意思・能力、有効に担保提供をなし得る権限があるかの調査は、通常の業務内容をなすというべきであるから、一審原告において、それらについて確たる調査をせず、自称沢村愛を本人と信じて金員を交付したのは、一審原告にも相当程度の過失があつたものというべく、本件においては、一審被告桑原、同沖永および登記官の過失と対比して検討すると、一審被告らの賠償すべき額を定めるについては、一審原告の過失を斟酌し、約七割の過失相殺をして、これを一〇〇万円と定めるを相当とする。

(二)  つぎに、一審被告国の、一審被告桑原の過失は一審原告側の過失とみるべきである旨の主張について判断する。

前記一の認定に供した証拠と前記一審被告桑原本人尋問の結果によると、一審原告は自称沢村愛から本件登記申請手続は一審被告桑原に委任すべきことを求められてこれを承諾し、その委任手続を自称沢村愛に代行させたこと、同被告は一審原告、自称沢村愛双方の代理人として、本件登記申請をしたものであることが認められるところ、かかる場合においても一審原告と同被告との委任関係と自称沢村愛と同被告との委任関係とは各別に存在するものであつて、同被告が保証書を作成したのは、保証書は本来登記義務者が調えるべき登記済証の添付に代わるものであるから、登記義務者である自称沢村愛の利益のためになされたものというべく、同被告による保証書の作成が一審原告との被用ないし指揮監督関係に基づき、一審原告の利益のためになされたとは解されない。したがつて、同被告の過失を一審原告側の過失として斟酌し得るものではなく、同被告が本件登記申請にあたり登記権利者である一審原告の受任者としてした事務処理に過誤あるものと認め得る証拠はないから、前記一審被告国の過失相殺の主張は採用し得ない。

六  そうすると、一審被告らは、各自、一審原告に対し、前記損害一〇〇万円とこれに対する不法行為の日の昭和五〇年七月七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべく、一審原告の本訴請求は、右金員の支払を認める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべく、したがつて、原判決は右を超えて一審原告の請求を認容した点において失当である。よつて、一審原告の控訴はその理由がないからこれを棄却し、一審被告国の控訴および一審被告桑原、同沖永の附帯控訴は一部その理由があるから、原判決を右趣旨に従つて変更することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行およびその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 北村恬夫 高升五十雄)

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