広島高等裁判所 昭和56年(行コ)12号 判決 1988年4月18日
控訴人(原告) 藤崎龍男 外四名
被控訴人(被告) 国
訴訟代理人 渡邉温 八木良一 藤井孝 外一一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は、山口県下松市に対し、金一四四八万八二二八円及びこれに対する昭和五一年一一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被控訴人
主文同旨。
第二当事者の主張
次のとおり訂正、補足するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決六枚目表五行目、同裏一〇行目、同七枚目裏七行目に各「補助金」とあるのをそれぞれ「国庫負担金」と訂正する。
2 原判決一〇枚目表三行目から四行目の「九万七九九三円」の次に「(競争入札による実契約額を基礎とする金額)」を加え、同裏九行目から一〇行目の「仮にそうでないとしても、」を「仮にそうではなく同条二、三項を含むものであるとしても、」と改める。
3 原判決一一枚目裏八行目の次に「いわゆる交付決定論は、国が不当に低額な単価決定とこれに基づく事業認定をし、認定額を超えて交付申請をさせないという制度を作り上げ、自治体が適正な交付申請をなすのを妨害しながら、他方では交付決定がないから国庫負担金請求権は発生しないと主張することを許容するものであり不当といわなければならない。」を加える。
4 原判決一二枚目表二行目の「運用にあたらせ、」の次に「時価を参酌しない違法な単価決定をなし、」を、同一一行目から末行の「損害賠償請求権」の次に「(いわゆる交付決定論を前提としても、地方自治体は義務教育諸学校の施設を新、増築するために文部大臣の事業認定を受け、新、増築をした場合、義務法等の規定により、適正な国庫負担金を請求し得るという法律関係に立つものであり、このような地方自治体の国に対する関係は、法的保護に価する利益を有する関係と言える。そして、このような地方自治体の利益を違法に侵害した場合、不法行為が成立する。)」をそれぞれ加える。
5 原判決一六枚目表二行目の「なお、文部大臣の個別裁量」を「なお、面積、単価をはじめ文部大臣の個別的、専門的、技術的な判断、合目的的裁量」と改め、同裏二行目の次に「控訴人らの予備的請求は、右のとおり、下松市の被控訴人に対する国庫負担金請求権は適正化法の手続を経ていないため未だ発生していないので、不当利得返還請求権の要件事実である「利得」及び「損失」の発生、並びに不法行為に因る損害賠償請求権の要件事実である「損害の発生」が否定されることになるので、必然的に失当なものとなる。」を加える。
6 原判決一六枚目裏六行目の次に左のとおり加える。
「3 控訴人らは、義務法施行令一条二項の文部大臣の事業認定制度は違法であると主張するが、、そもそも事業認定制度の違法性は控訴人らの本訴請求を根拠付けるものではない。
すなわち、主位的請求である国庫負担金請求権は、何れにせよ適正化法六条による交付決定なくしては法律上発生し得ないことが明らかであるところ、本件においては控訴人らの請求金額について交付決定はなされていないのであるから、右金額に相当する国庫負担金請求権なるものは法律上存在し得ないものである。したがつて、事業認定制度が違法であるからといつて、右金額相当の国庫負担金請求権が発生する余地はない。また、予備的請求である不当利得返還請求や不法行為による損害賠償請求も、その前提となる国庫負担金請求権の発生が否定される以上、いずれも理由がないものとなる。このように、控訴人ら主張の事業認定の違法性は、控訴人らの本訴請求を何ら根拠付るものではない。」
第三証拠関係<省略>
理由
一 被控訴人の本案前の主張について判断する。
まず、控訴人らの監査請求は適法に却下されており、したがつて監査請求を経たことにならないので、本訴は不適法であるとの主張について検討する。控訴人らが昭和五一年八月二日下松市監査委員に対し監査請求をなし、下松市監査委員が同年九月三〇日右監査請求を却下したことは当事者間に争いがない。また、成立に争いのない甲第二〇号証、第二一号証の一ないし五によれば、控訴人らのなした監査請求の内容は、下松市が被控訴人に対し本件新増築事業について地方財政法、義務法により七八六五万六〇〇〇円の国庫負担金請求権を有するに拘わらず、下松市長が六一四五万七〇〇〇円の交付申請権をなし、同金額の交付を受けたのみで、これを越える一七一九万九〇〇〇円については適正化法によるに交付申請ないし不服申立をしなかつたため、同市は右同額の損害を蒙つたが、右は下松市長が同市の財産の管理を違法、不当に怠つているものであるとして、下松市の損害回復のため必要な措置を講ずることを求めるというものであつたこと、これに対する下松市監査委員の監査請求却下決定は、控訴人ら主張の国庫負担金請求権はいまだ下松市に帰属しておらず、地方自治法二四二条の監査請求の対象となる財産に該当しないこと、控訴人ら主張の一七一九万九〇〇〇円に関し適正化法所定の交付申請や不服申立をしなかつた事実は同条の財産の管理を怠る事実に該当しないことを理由とするものであつたことが認められる。そして、右事実によれば、下松市監査委員のなした監査請求却下決定は、控訴人らの監査請求を不適法として却下したものではなく、その内容に立入つて、対象となる権利が監査請求の対象となる財産に該当せず、財産の管理を怠る事実も存在しないなど実体的な判断をなしたうえ却下決定をしたものであることが明らかであるから、下松市監査委員は実質的には監査請求を棄却する決定をなしたものとみるのが相当である。したがつて、控訴人らは適法に監査請求を経たものとみるべきであるから、被控訴人の前記主張は失当である。
次に、控訴人らは予備的請求のうち不法行為に基づく請求については、監査請求を経ておらず、訴は不適法であるとの主張について検討する。控訴人らがなした監査請求は、前記認定のとおり、下松市長が地方財政法及び義務法に基づく国庫負担金請求権を行使しないことを違法として、その損害回復のための必要な措置を求めるものであつたのであるから、その前提である基礎たる事実関係及び求めた措置は、主位的請求である国庫負担金請求権、予備的請求である不当利得返還請求権、損害賠償請求権のいずれの請求にも共通するものであつたとみることができる。そうだとすれば、各請求は、その法律構成に差異があるだけで、実質的には同一の請求とみることができ、控訴人らが不法行為の請求を予備的に追加したのも、控訴人らが監査請求に際して主張した違法事由を不法行為の請求原因として主張したものにすぎず、監査請求で主張しなかつた違法事由を主張するに至つたものではないとみるのが相当である。したがつて、被控訴人の前記主張は失当である。
以上のとおりであるから、被控訴人の本案前の主張はいずれも排斥を免れない。
二 そこで、本案について判断する。
控訴人らが山口県下松市の住民であること、下松市が、昭和五〇年八月二〇日、児童急増による教室不足解消のため本件新増築事業を競争入札により株式会社中山組ほか二社に請負わせて施行し、昭和五一年三月一九日、完成した新増築校舎の引渡を右請負業者から受けて、翌三月二〇日から使用を開始したこと、下松市が本件新増築事業に要した経費が合計一億一七九八万八五四四円であり、被控訴人から既に交付を受けた国庫負担金の額が六一四五万七〇〇〇円であること、本件新増築事業の事業認定、国庫負担金の交付申請、交付決定の経緯が控訴人らが請求原因3(一)ないし(一四)で主張するとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。また右国庫負担金額を越える金額について、下松市からの国庫負担金交付申請も文部大臣による交付決定もなされていないことは弁論の全趣旨により明らかである。
三 本件住民訴訟は、主位的請求として、下松市が被控訴人に対し前記交付決定にかかる金額を越える一四四八万八二二八円の国庫負担金支払請求権を有するとして、その代位行使を主張するものであるから、右国庫負担金請求権の存否について判断する(なお、住民訴訟において、怠る事実の相手方に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号の代位請求により、本来の債務そのものの履行請求をなすことが許されるかについては見解の分かれるところであるが、この点の判断は留保する。)。
ところで、控訴人らは、本件新増築事業について被控訴人が負担すべき国庫負担金は、格別の手続を経ることなく、義務法及び義務法施行令に基づいて当然に発生し、下松市は被控訴人に対し具体的な国庫負担金請求権を取得するものであると主張する。
そこで、まず、地方公共団体が、本件新増築事業のごとき、義務教育諸学校の校舎の新増築を行う場合における経費の負担に関する法制度について検討することとする。
地方自治法二条三項五号は、学校等教育施設の設置、管理を地方公共団体の処理すべき行政事務として掲げているところ、地方公共団体がその事務を行うために要する経費については、地方財政法九条において当該地方公共団体がこれを負担する旨を規定している。しかし、同条はその但書において、「次条から第一〇条の四までに規定する事務を行うために要する経費については、この限りでない。」旨その例外の存することを規定しており、これを受けて同法一〇条は「地方公共団体が法令に基づいて実施しなければならない事務であつて、国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち、その円滑な運営を期するためには、なお、国が進んで経費を負担する必要がある左の各号の一に掲げるものについては、国がその経費の全部又は一部を負担する。」と規定し、その一号の三に「義務教育諸学校の建物の建築に要する経費」を掲げている。また、地方財政法一一条は「第一〇条から第一〇条の三までに規定する経費の種目、算定基準及び国と地方公共団体とが負担すべき割合は、法律又は政令で定めなければならない。」旨規定している。これらの規定に照らしてみると、地方公共団体が行う義務教育諸学校の校舎の建築についての経費は、原則的にはその設置者である地方公共団体が負担すべきものであるが、公教育特に義務教育が国家社会の形成に極めて重要な役割を果たすものであることに鑑み、法令の定めるところにより、国もその経費の全部又は一部を義務的に負担することとしたものであることが明らかである。
右地方財政法の諸規定を受けて、義務法(昭和三三年法八一号)が制定されているが、同法三条一項は「国は、政令で定める限度において、次の各号に掲げる経費について、その一部を負担する。」旨を、同条同項一号は「公立の小学校及び中学校における教室の不足を解消するための校舎の新築又は増築に要する経費」についての国の負担割合を二分の一とすることなどを定め、同法附則3号によれば「児童又は生徒が急増している地域として政令で定めるところにより文部大臣が指定する地域にある公立の小学校又は中学校の校舎の新築又は増築に要する経費についての負担割合は第三条第一項第一号の規定にかかわらず、三分の二とする。」ものとされている。その他同法は、小学校及び中学校の建物の工事費の算定方法(五条)、学級数に応ずるに必要面積及び児童又は生徒一人当たりの基準面積(六条)、一平方メートル当りの建築単価(七条)、工事費の算定方法の特例(八条)、事務費の算定方法(九条)などについて規定しているが、これらの規定に基づいて国が地方公共団体に対し義務的に負担する国庫負担金支払債務(これに対応する地方公共団体の国に対する国庫負担金請求権)を確定するための手続については何らの規定も設けていない。また、義務法施行令は、法第三条第一項の政令で定める限度(一条)、教室の不足の範囲(二条)、学級数に応ずる必要面積(七条)、事務費の工事費に対する割合(一〇条)など国庫負担金算定の基礎となる事項について詳細に規定しているが、国庫負担金請求権の確定及び履行の手続については全く規定していない。
右のとおり、義務教育諸学校施設費の国庫負担に関しては、その根拠法として義務法及び義務法施行令があるが、これらの法令中には国庫負担金請求権の確定手続について何らの規定も設けられていないことからすれば、右手続については、補助金、国庫負担金等(補助金等)の申請、交付の手続を規制するための通則法ともいうべき適正化法(昭和三〇年法第一七九号)が適用されることになるものとみるべきである。そこで、以下適正化法の内容について検討してみるに、同法の規定の要点は次のとおりである。
1 適正化法は、補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることを目的とする(一条)。補助金等の交付の申請をしようとする者は、補助事業等の目的、内容など必要事項を記載した申請書を各省各庁の長に対しその定める時期までに提出して申請するものとされ(五条)、申請があつたときは、各省各庁の長は、申請書類等を審査し、また必要に応じて行う現地調査等により、当該申請にかかる補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、交付決定をしなければならない(六条一項)、適正な交付を行うため必要があるときは、申請事項に修正を加えて交付決定をすることができ(同条二項)、交付の目的を達成するため必要があるときは、一定の条件を附することもできる(七条)。
2 補助事業者等は、法令の定め並びに交付決定の内容及びこれに附した条件等に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行うべきものとされ(一一条)、また補助事業等の遂行状況を各省各庁の長に報告しなければならない(一二条)。各省各庁の長は、補助事業等が交付決定の内容、これに附した条件に従つて遂行されていないと認めるときは、補助事業者等に対しこれらに従つて遂行すべきことを命ずることができ(一三条一項)、補助事業者等がこの命令に違反したときは、当該補助事業等の遂行の一時停止を命ずることができる(同条二項)。
3 各省各庁の長は、交付決定をした場合において、その後の事情の変更により特別の必要が生じたときは、交付決定の全部若しくは一部の取消、決定内容、条件の変更ができる(一〇条一項)、また、補助事業者等が、補助金等を他の用途に使用し、交付決定の内容、条件等に違反したときは、交付決定の全部又は一部を取消すことができる(一七条一項)。交付決定を取消した場合には、既に交付されている補助金等の返還を命じなければならない(一八条)。各省各庁の長が返還を命じた補助金等は、国税滞納処分の例により、徴収することができる(二一条一項)。
4 補助金等の交付決定等各省各庁の長の処分に対して不服のある地方公共団体は、政令で定めるところにより、各省各庁の長に対して不服の申出ができ、この場合各省各庁の長は、不服を申し出た者に意見を述べる機会を与えた上、必要な措置をとり、その旨を不服を申し出た者に対し通知しなければならない(二五条一、二項)。右措置に不服のある者は、内閣に対して意見を申し出ることができる(同条三項)。
これら適正化法の各規定を総合すれば、同法は同法一条所定の目的を達成するため、補助金等の交付に際しては、法所定の交付の要件の有無、交付金額等を所管行政事務の最終責任者である各省各庁の長に第一次的に判断させ、その判断に基づいて交付決定をなさしめ、これを前提として補助金等の交付手続を進める制度を採用しているものとみるべきである。
そして、前記適正化法の各規定に照らしてみると、補助事業者等は、交付決定があつてはじめて交付決定の内容及びこれに附された条件に従うべき義務を負担するものであることが明らかであり、また右義務に違反した場合に交付決定を取消したうえ補助金等の返還、補助事業等の一時停止等の命令を発することができるのも、すべて交付決定の効果であるとみるべきである。すなわち、交付決定がなされていない限り、補助事業者等が補助金等の交付の目的に従つて補助事業等を行うべき義務の履行を法的に担保するための適正化法の諸規定が適用される余地は存しないものである。このような交付決定の性質に、前記のとおり交付決定に対しては同法上の不服申立が許されていることを併せ考えると、交付決定は、補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務付ける性格を有する行政処分であるとみるのが相当である。
以上述べた適正化法の諸規定の内容、交付決定の法的な性質に鑑みると、補助事業者等が国に対して有する補助金等についての具体的な請求権は、適正化法上の交付決定によるその効果としてはじめて発生するものとみるのが相当であり、換言すれば、補助事業者等は、適正化法による交付申請、交付決定の手続を経由しないで、国に対して直接補助金等の支払を請求することは許されないものといわなければならない。補助事業者等と国との間の補助金等の債権債務関係は毎年大量に発生するわけであるから、これを通常の私法上の債権債務と同様の方法により個別に確定することを許容することは、補助金等の交付手続において、その生命とも言うべき迅速、公平、統一的な処理をなし得ないこととなり、予算の編成、執行などにも支障を来す虞がある。この点も右結論の裏付となるものである。また、国庫負担金については、発生原因などについて根拠法令に具体的な規定があり、これによつて一応の交付額を推計し得る場合が多いが、適正化法は、同法の適用上任意的な性格を有する補助金と義務的な性格を有する国庫負担金を区別していないから、その交付手続について適正化法の適用がある以上、補助金であるか国庫負担金であるかによりその取扱を異にすることは相当でない。
なお、控訴人ら主張のごとく、国庫負担金請求権は義務法等実体法に基づいて発生し、交付決定はそれを確認するものに過ぎないものとすれば、義務法五条、七条、八条、義務法施行令二条、五条、九条など文部大臣の行政裁量がなされることを前提とした規定が設けられていることとの整合性をどのように考えるべきかの疑問も生じる。この点については、国庫負担金請求権は義務法等に基づく文部大臣の行政裁量をまつてはじめてその内容が明確にされ、行政処分としての交付決定を経て確定するものと解することにより矛盾のない説明が可能となるのである。一平方メートル当たりの建築単価の決定について定める義務法七条の規定に即して検討してみるに、同条は「工事費を算定する場合の一平方メートル当りの建築の単価は、建物の構造の種類別に、当該新築、増築又は改築を行なおうとする時における建築費を参酌して、文部大臣が大蔵大臣と協議して定める。」と規定している。右規定が、国庫負担金算定の基礎となる一平方メートル当りの建築単価の決定を文部大臣の専門的、技術的な判断に委ねたものであることは規定内容自体から明らかである。これによれば、義務法は、国庫負担金算定の最も重要な要素ともいうべき建築単価について、文部大臣の行政裁量によりこれを定める制度を採用しているのであるから、義務法等の実体規定だけにより国庫負担金請求権が具体化されるものとする控訴人らの主張は肯認し難いところである。すなわち、国庫負担金請求権の内容は、文部大臣の行政裁量をまつてはじめて明確になるものといわなければならない。なお、控訴人らは、義務法七条の単価決定に当たり参酌すべき時価は、競争入札による実契約額をいうものとして、これを基礎とした建築単価を国庫負担金算定の基礎とすべきであると主張する。しかし、競争入札において決定される契約額は、入札参加業者、契約内容等により相当程度の差異を生じるものであることは公知の事実であるから、これを義務法七条の単価決定の前提とすることは相当でなく、同条における単価決定に当たり参酌すべき建築の時価は、当該地方における同程度の建物の建築費を基準として客観的に決定される時価をいうものと解すべきである。したがつて、控訴人らの主張は失当といわなければならない。
右のとおりであるから、下松市が本件新増築事業の国庫負担金について、他に何らの手続を経由することなく義務法に基づき当然に被控訴人に対する具体的な国庫負担金の支払請求権を取得したものとみることはできない。
ところで、控訴人らは、前記主張に関連して、義務法施行令一条二項所定の文部大臣による事業認定制度は国庫負担金請求権の存否及び額の決定を文部大臣に白紙委任するものであり、義務法三条一項の委任の範囲を逸脱しているもので、地方財政法一一条、憲法九二条、九四条などに違反するものであり、右規定を含む義務法施行令一条の各規定はいずれも無効であると主張する。そこで、この点について検討する。義務法施行令一条は、義務教育諸学校の施設費の国庫負担の根拠規定である義務法三条一項を受けて、国庫負担の限度について定めたものであるが、その一項は、「義務法三条一項の政令で定める限度は、毎会計年度同項各号ごとに、法七条に規定する一平方メートル当たりの建築単価に建物の構造の種類別に文部大臣が大蔵大臣と協議して定める面積を乗じて得た金額の合計額に、一〇〇分の一〇一及び法三条一項各号に掲げる割合を乗じて得た金額とする。」旨規定し、二項において「地方公共団体の長は、当該国庫負担金の交付を受けて行なおうとする新築、増築又は改築について、文部大臣の認定を受けなければならない。」旨、また三項において、「文部大臣は、二項の認定をする場合には、当該認定に係る国庫負担金の額の合計額が一項に規定する金額をこえない範囲内でしなければならない。」旨それぞれ定めている(控訴人らは義務法三条一項の「政令で定める限度」とは義務法施行令一条一項のみを指すと解すべきであるとも主張するが、そのように解すべき根拠はない)。右規定によれば、義務教育諸学校施設費の国庫負担金については、毎年その限度総額が決定され、国庫負担制度もその限度内で運営せざるを得ないことから、国がいかなる補助事業についていかなる負担をなすべきかの判定を行う必要があり、また事業内容の適格性についての審査も不可欠であることから、各事業について文部大臣の事業認定を受けさせることとしたものであることが明らかである。したがつて、文部大臣の事業認定は義務法施行令一条一項により決定された金額の範囲内でなさるべきことも当然の要請であるといわなければならない。そして、このような事業認定制度は、国庫負担の対象となる事業の内容を的確に把握し、各事業に対する国庫負担金の配分を統一的、効率的に行ううえで必要かつ極めて有用なものというべきであり、義務法三条一項の規定を十分に機能させるため不可欠な制度であるというべきであるから、それが義務法三条一項の委任の範囲をこえて国庫負担金請求権の存否及び額の決定を文部大臣に白紙委任するものであるとは到底なし難いところである。したがつて、文部大臣の事業認定制度について定める義務法施行令一条が前記地方財政法、憲法の規定に違反し無効であるとする控訴人らの主張は採用できない。
なお、前記のとおり、地方公共団体の国に対する国庫負担金請求権の行使が各省各庁の長の行政裁量に基づく交付決定を経由しない限りこれをなし得ないものとすれば、国の機関の行政裁量により、もともと義務的な国庫負担金請求権の内容が実体法の所期する水準以下に定められ、国が法的に義務付けられた負担を不当に免れる場合を生じるとの批判も予測されるが、このように各省各庁の長が判断を誤つて義務法の水準以下の交付決定をなした場合、例えば法七条の建築単価の決定に際して時価を参酌せず、低額な単価が定められ、これを基礎として交付決定がなされた場合には、当該交付決定は違法といわざるを得ないから、これによつて不利益を蒙る地方公共団体は、適正化法の定める行政上の不服申立をなすことができ、さらには抗告訴訟を提起して救済を求める手段が与えられているのであるから、右の批判は失当といわなければならない。
以上のとおりであるから、本件新、増築事業の国庫負担金については、文部大臣による交付決定を経由することにより、下松市の被控訴人に対する具体的な国庫負担金請求権が発生し、確定するものとみるのが相当である。そうだとすれば、本件において控訴人らが代位行使を主張する国庫負担金請求権については、下松市からの交付申請も文部大臣による交付決定もなされていないことは前記のとおりであるから、まだ具体的な請求権として成立していないこととなる。したがつて、控訴人らの本訴主位的請求である国庫負担金支払請求は、この点において既に理由がないものといわなければならない。
四 次に、予備的請求である不当利得返還請求及び不法行為による損害賠償請求について判断する。
まず、不当利得返還請求について検討するに、前記の如く、本件国庫負担金請求権については、適正化法による交付申請も交付決定もなされておらず、具体的な請求権としての成立がなく、被控訴人の国庫負担金支払義務も存在しないのであるから、不当利得の要件である下松市の損失の発生がなく、被控訴人が右義務を履行しないことによつて法律上の原因なき利得を得たものということはできない。したがつて、控訴人らの請求は理由がないものといわなければならない。
次に不法行為による損害賠償請求についてみるに、控訴人らは、被控訴人が実体法上本件国庫負担金の支払義務があるのに、違法な文部大臣の認定制度を有効なものとして、その機関である文部大臣や山口県教育委員会をしてその運用に当たらせ、認定額を越える下松市の交付申請を妨害し、認定額の範囲内においてしか交付申請をさせず、その行使を不能ならしめ、本件国庫負担金額相当の損害を与えたものであり、仮に被控訴人主張の如く交付決定がなければ国庫負担金請求権が発生しないとの見解を前提としても、義務教育諸学校の施設を新増築したことにより、地方自治体が義務法等により国に対して文部大臣の事業認定を受け、適正な国庫負担金請求をなし得るという法律関係は法的保護に価する関係であると言うべきところ、本件において被控訴人は下松市が本件新増築事業について有する右の如き利益を違法に侵害したものであつて、右被控訴人の行為は不法行為を構成し、被控訴人は下松市に対しこれによつて下松市が蒙つた損害を賠償する責任があると主張する。
前記の如く、下松市の国に対する国庫負担金請求権が、文部大臣の交付決定がなされていないため発生していないとすれば、その侵害による損害の発生は否定されることとなるが、以下右控訴人ら主張の不法行為の成否について検討することとする。
下松市が被控訴人から国庫負担金六一四五万七〇〇〇円の交付を受けるに至つた経緯が請求原因3(一)ないし(一四)のとおりであつたことはすでに二において説示したとおりであり、右事実に原本の存在及び成立に争いのない甲第一ないし第五号証、第七ないし第九号証、第一一ないし第一五号証、第一七、第一八号証、成立に争いのない乙第一ないし第七号証、弁論の全趣旨を総合すれば、本件新増築事業の事業認定の申請、国庫負担金の交付申請は下松市の自発的な意思に基づくもので、これに対して適正化法による文部大臣の調査、判断を経て交付決定がなされたものであり、その間被控訴人の機関である文部大臣や山口県教育委員会から下松市に対する行政指導が行われた経過は窺われるものの、被控訴人において下松市の正当な国庫負担金の請求を妨害し、その権利行使を不能ならしめた事実はないこと、被控訴人から下松市に対する国庫負担金交付額は、当初下松市からの事業認定申請における国庫負担申請額より減額されたが、その後負担率や建築単価の改定によりかなり大幅に引き上げられていること、本件新増築事業が行われた昭和五〇年度においては、山口県下だけでも小学校合計八校の新増築事業が実施されているところ、本件新増築事業の対象とされた下松市立花岡小学校についての事業認定や交付決定に他校のそれと比較して公平を欠く点はなく、むしろ建築単価は同じ鉄筋構造の他校のそれに比較してかなり有利に決定されていることなどが認められ、これらの諸事情を総合すれば、本件新増築事業の事業認定や交付決定に際し、被控訴人に控訴人ら主張の如き不当な意図や違法な行為があつたとは到底認め難いところであるから、控訴人らの前記主張は採用できない。したがつて、本訴不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
五 以上のとおりであるから、控訴人らの代位請求はいずれも理由がなく、排斥を免れない。
よつて、原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中原恒雄 弘重一明 矢延正平)