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広島高等裁判所 昭和57年(う)21号 判決 1983年2月01日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人秦清、同桂秀次郎(被告人今川、同菅原)、同本田兆司(被告人全員)連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官蓮井昭雄作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一控訴趣意中、本件緊急逮捕が違憲、違法であるとの主張について

論旨は要するに、「被告人三名に対する本件緊急逮捕は、いずれも、被告人らが罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由及び急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき、との要件を欠くうえ、逮捕後の逮捕状請求が直ちになされていないもので、憲法三三条、刑事訴訟法二一〇条に違反し、これに基づく本件各公訴提起も違法であるのに、被告人三名を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。」というのである。

そこで検討すると、記録及び原審で取調べた証拠によれば、(1)昭和五〇年八月二一日午前一〇時過ぎころ、本件傷害事件が発生し、目撃者により犯人は若い男性三名であること及び通報によつて犯行現場付近の警察官派出所にかけつけた下関警察署警備課長により、同派出所に運び込まれていた被害者が所謂革マル派に所属する下関市立大学学生小嶋恭子であることが判明し、それまでの革マル派と所謂中核派の対立の情況などから、両派の所謂内ゲバ事件と断定されたこと、(2)ところで、下関警察署は、内偵によつて、本件逮捕現場である下関市大字安岡一二九九番地所在の一戸建バンガロー風建物が中核派の利用している場所であることを探知し、かねてより右建物に向い合わせた前同様の建物一戸を借り受け、警察官を派遣してその動静を視察していたところ、前記傷害事件発生後の午前一〇時三五分ころに被告人今川と同菅原が、同一〇時三九分ころに同山内がいずれも人目をはばかるようにして右建物に入るのを視察中の警察官が目撃したので、その旨下関警察署に連絡し、被告人らが前記傷害事件に関与した疑いがあるとの判断のもとに、同日午前一二時ころには約三〇名の警察官が右建物付近に派遣されて、右建物を包囲監視したこと、(3)その後、同日午後三時ころまでの間、下関警察署警備課長らによつて、被告人らに対し繰り返し建物から出る様説得がなされたが、被告人らはこれを無視し、建物内部においてメモを焼却したり、小さく裂いて飲み込むなどの行動をしていたこと、(4)一方、本件傷害事件発生現場付近の捜査によつて、本件犯行を目撃した今崎加代子、逃走中の犯人を目撃して中途まで追尾した西岡浅朗及び竹本勇らの証人の存在が判明し、同日午後三時ころ、警察官の要請によつて、これらの証人が犯人確認のため右建物付近に到着し、建物の西側又は北側の窓から被告人らをみた結果、今崎及び竹本は被告人今川を、西岡は被告人今川及び同山内を、それぞれ犯人であると確認したので、同日午後四時二五分から二七分にかけて、被告人三名及び同室していた女性をいずれも共謀による傷害犯人として緊急逮捕し、同日午後五時一〇分ころ下関警察署に連行したうえ、所論のように同日午後一〇時二〇分ころ緊急逮捕状の請求をし、同日中に緊急逮捕状が発せられたこと、以上の事実が認められる。右事実関係、殊に、本件犯行当時の目撃者によつて被告人今川と同山内が犯人であることが確認され、被告人菅原も同建物に入るときから他の被告人と同様の行動にでていることなどに徴すれば、本件緊急逮捕時において被告人三名につき「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」があつたものと認められ、緊急逮捕前の建物内における被告人三名の行動、殊に、罪証隠滅行為に徴すれば、「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」に当るといわざるを得ない。そして、被告人三名を逮捕してから逮捕状請求に至るまでに、約六時間が経過していることは所論指摘のとおりであるが、記録及び原審で取調べた証拠によつて明らかな如く、本件においては、被告人三名はもとより、被害者も捜査に協力していないのであるから、被疑事実の内容、犯人特定のための前記目撃者らの供述証拠の作成など、裁判所が緊急逮捕の要件の存否を判断するのに必要な最少限度の疎明資料を収集し整理するために時間を要したとみられるのであつて、これを考慮するときは、前記六時間の経過も本件においては必要かつやむを得ないものというべく、本件の令状請求が「直ちに」なされなかつたとして違法とみることはできない。所論は、目撃者の確認が違法、不当な方法でなされているうえ、本件犯行の目撃状況自体極めて曖昧であり、かつ、被告人三名はタオルを顔にかぶつたり、膝を抱えて下を向くなどして顔を隠していたのであるから、窓からみただけで確認し得る筈がない旨主張し、被告人三名の原審公判廷における供述、被告人今川、同菅原の当審における供述中には右所論にそう部分もあるが、右確認に至るまで及び確認時における警察官の包囲監視、ひいては確認の方法が、当時の状況に照してやむを得ないもので違法不当でないことは原判決が「被告人及び弁護人らの主張について」の第二において説示するとおりであり、また、目撃者が確認し得る筈がない旨の被告人三名の前記各供述部分は、原審証人今崎加代子、同西岡浅朗、同竹本勇の各証言に照していずれも措信し難い。また、所論は、被告人三名は警察官に包囲されて逃走不可能な状態にあつたうえ、本件傷害事件発生現場における捜査によつて警察には目撃者の存在がいち早く判明していたのであるから、通常逮捕の令状を請求することが可能であつた旨主張する。しかし、前掲今崎、西岡、竹本の各証言によれば、証人今崎については当初被告人らの写真によつて犯人を特定しようとしたが、写真が不明瞭であつたことなどから逮捕現場で直接確認することとなつたもの、同西岡、同竹本はいずれも下関市役所環境部清掃業務課に所属する作業員で、本件犯人を目撃後も清掃作業に従事していて、同日午後、作業事務所に帰つたときに警察官から犯人確認の依頼を受けて逮捕現場に赴いたもので、右確認が午後三時ころになつたことについては首肯し得る事情があり、右確認ののち逮捕するまでの間に通常逮捕の令状を請求する余裕がなかつたことは前記認定の事実関係に徴してみても明らかである。次に、所論が、緊急逮捕令状の請求が「直ちに」なされなかつたために緊急逮捕が違法とされた事例として引用する判例(大阪高等裁判所昭和五〇年一一月一九日言渡)は、本件と事案を異にし、適切でない。所論はいずれも採用し難い。

してみれば、本件緊急逮捕は、いずれも適法な手続によつてなされたものというべく、これが違法であることを前提とする論旨は理由がない。

第二控訴趣意中、鑑定資料の収集手続の違法性の主張について

論旨は要するに、「被害者の衣類の収集に際し、警察官安田驍は、右衣類を押収する目的を有していたのにこれを秘し、看護婦を介して、右衣類を廃棄するからと偽つて衣類を提出させたもので、右押収手続は違法であり、右衣類に関する鑑定の結果は証拠能力がないのに、これによつて有罪を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるから破棄を免れない。」というのである。

そこで検討すると、原審証人伯野君子の証言及び同人作成の任意提出書、安田驍作成の領置調書によれば、伯野は被害者小嶋恭子が入院していた佐島外科の準看護婦であつたところ、警察官から、右衣類を処分してよいかどうか被害者に聞いて呉れと頼まれ、佐島医師とも相談したうえでその旨小嶋に尋ね、小嶋から廃棄してもよい旨の承諾を得たこと、その後、右衣類を自ら任意提出したことが認められる。右事実関係によれば、伯野は、衣類の所有者である小嶋から廃棄してもよいとの承諾を得たため、廃棄するまでの過程において、その保管者として任意提出したに過ぎず、令状主義によつて保護すべき所有、所持等の法益を何ら侵害するものでないから、右任意提出及び領置の手続には違法なところはない。そして、本件における警察官の伯野に対する依頼、伯野の小嶋に対する質問、小嶋の衣類の処分に関する応答などをあわせ考慮すれば、警察官が、殊更に伯野を介して小嶋を欺罔し、衣類を不当に領置したとまでは認められない。もつとも、本件衣類が小嶋に対する差押令状によつて押収し得る性質のものであることは原判決の説示するとおりであるが、右手続によらないで、廃棄過程において任意提出を受けたからといつて、それ故に違法となるものではない。したがつて、鑑定結果についてもその証拠能力を否定すべきいわれもない。論旨は理由がない。<以下、省略>

(干場義秋 荒木恒平 竹重誠夫)

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