大判例

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広島高等裁判所 昭和60年(う)119号 判決

所論にかんがみ記録を精査し,当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに,本件は,被告人が,A男(当時9年)を誘拐して,その安否を憂慮する両親の憂慮に乗じ,みのしろ金を交付させる目的で,同児を誘拐し,同児が車に酔い,泣き出すなどしたことから,みのしろ金取得のためには足手まといになる同児を殺さざるを得ないと決意し,同児の首にネクタイを巻きつけ,両手で力一杯絞めつけて殺害し,その後同児の死体を遺棄し,同児の安否を憂慮する両親に対し,7回にわたり電話をかけ,現金15万円及びキヤツシユカード1枚を取得したうえ,更に電話で,同児の父親に対し,「明日10時までにキヤツシユカードの口座に1,000万円を振り込め。」と申し向け,もつてみのしろ金1,000万円を要求したという事案である。

被告人は,東洋工業株式会社に10年以上も真面目に勤務していたが,昭和53年2月同社から他へ出向したころより,仕事上の客などを連れて飲み歩き,その飲食費を負担したり,賭け麻雀をするようになり,昭和54年9月ごろには約30万円の金員を使い込んで同社を依願退職し,以後保険代理店を営む等したものの遊興癖は治らず,昭和56年5月ごろから同58年6月ごろまでの間に,またしても3回にわたり合計約370万円の金員を使い込み,またその間いわゆるサラ金からも借金し,その支払に窮したにもかかわらず,昭和58年6月ごろよりスナツクホステスB女と懇ろになり,同女と共にホテル等を泊り歩いて一層浪費を重ね,同年9月からは全く稼働せず,無為徒食の日を送るようになり,同年12月遂に妻とも協議離婚するに至つたもので,被告人の借財は,実弟に対する約500万円を除いても,合計約864万円という多額に昇り,具体的なものではないけれども,金員捻出のため犯罪を犯すことさえ考えるようになつた。このような折り,下校途中のA男(以下被害児という)を見かけたことから,被告人は一攫千金を狙つて本件に及んだのであるが,右のように経済的に破綻したのは,すべて被告人の責に帰すべきものであることに徴すると,その犯行の動機において酌量の余地はないというべきである。

次に犯行態様をみるに,被告人は,被害児を誘拐して,その両親からみのしろ金を取ろうと決意するや,チヨコレートを買い与えるため自己の普通乗用車に乗せて連れて行つた天満屋福山店において,被害児に対し,「お母さんに,おじちやんと一緒にいることを電話しとこう。」と嘘をいい,その目前で,同所の公衆電話を使用し,さもA家に電話をかけたかのように装つたうえ,更に被害児に対し,「お父さんに用事を頼まれたので,その用事をすませて,帰りにチヨコレートを買おうね。」などと虚言を弄し,自車助手席に乗せて同所から誘拐したが,前記のとおり,被害児が車に酔い泣き出すなどしたことから,足手まといになるとして約1時間30分後に殺害したのである。そして記録によると,被害児は被告人からソフトボールのコーチを受けるなどしていたため,被告人に対し特別の親しみを抱いていたこと明白であるから,被告人の前記虚言を真実と信じ,まさか誘拐されたうえ殺害されるなどとは夢にも思わなかつたであろうことは容易に推認できるのであつて,被告人は,かような被害児の信頼につけこみ,卑劣にもこれを裏切つたというほかなく,しかも,泣いている被害児の背中をさすり,介抱するかの如く装いながら,その首に車内にあつたネクタイを巻き,両手で力一杯約5分間絞めつけ,なおも生き返らないように,ネクタイをもう一巻きして絞めなおし,その後死体を付近の山中に投棄したもので,執拗かつ残虐といわざるを得ない。そのうえ被告人は,被害児の死体を遺棄した際,その着衣等も同じく投げ捨てたが,みのしろ金の要求にあたり使用する必要があると思い,その帽子だけは捨てなかつたのであつて,この点に,被告人のみのしろ金取得等への執念が窺われるのである。そして,被告人は被害児殺害後一旦自宅に帰り,みのしろ金を入手したのちの逃走の準備をしてから,7回にわたりA家に電話をかけ,被害児の安否を憂慮している両親に対し,既に殺害しているのに,なお生存しているように偽つてみのしろ金を要求し,加えて,被告人は被害児の父と心易い間柄にあつたため,右電話をかけるときは,いずれも10円硬貨2枚を口に含んで声を変え,あるいは警察官の張り込みを予想して,みのしろ金取得場所を変更するなどした末,結局現金15万円及びキヤツシユカード1枚を取得し,更に前同様の方法で8回目の電話をかけ,みのしろ金1,000万円を要求したのであり,これまた執拗かつ冷酷な犯行というべく,記録によれば,右各所為は,事前に周到な計画を立てたうえ敢行したものとまでは認めがたいが,被害児の誘拐を決意したのちの被告人の前記行動に照らすと,まさに計画的犯行に比すべきものがあると思料される。

ところで,被害児は当時小学校三年生であつて成績も良く,性格は明朗で人に好かれ,両親からその将来を期待されていたのであるが,信頼していた被告人の凶行により無残にも幼い生命を奪われたのであり,その無念の情並びに両親や近親者の受けた深い悲しみは筆舌に尽くしがたいものがあると考えられ,その被害感情の強烈であることは,被害児の父親が原審において,その母親が当審において,それぞれ被告人に対し極刑を望む旨証言していることからも明らかである。

以上のような本件犯行の動機,態様,罪質,結果の重大性,遺族の被害感情,行為の社会的影響等を併わせ考えると,被告人の刑責は極めて重大といわなければならず,被告人は当初から被害児を殺害するまでのつもりはなかつたこと,前科もなく,現在は被害児の冥福を祈り写経の日々を送つている等,所論指摘の被告人にとつて有利な諸事情を十分斟酌しても,本件については,極刑をもつて臨むほかはないとした原判決の量刑はまことにやむを得ないところで,当裁判所としてもこれを是認せざるを得ない。

論旨は理由がない。

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