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広島高等裁判所 昭和61年(ネ)71号 判決 1988年2月25日

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

主文と同じ。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

原判決二枚目裏一行目の「交差点」の次に「手前の道路」と加え、三枚目裏九行目の「第一胸椎」を「第一一胸椎」と、七枚目表七行目の「とは認められず」から同行目の末尾までを「「でない。仮にそうでなく、被控訴人主張の傷害のうち、左上肢のしびれ及び左肩甲部から左上肢にかけての疼痛が本件事故に基因することの可能性があつても、被控訴人は、本件事故前にあつた交通事故で頚部捻挫の負傷をし、その後遺症が残つていたうえ、加齢現象としてその頚椎に比較的高度な変形が生じ、その頚椎変形による症状が徐々に進行して右しびれや疼痛を生じたのであり、これらの傷病は被控訴人の素因が主要な原因となつていて、本件事故との間に相当因果関係はない。」」とそれぞれ改めるほか、原判決の事実摘示と同じであるからそれを引用する。

第三証拠

原審・当審記録中の書証目録及び証人等目録に各記載のとおりであるから、それを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、成立に争いがない甲一ないし三、一六号証、乙三号証、六号証の一、原審証人吉川浩の証言、原審・当審における被控訴人の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  訴外吉川浩は、加害車両を運転して、時速約四〇キロメートルで事故現場の手前に差しかかり、訴外畑本真美三運転の普通乗用自動車が交差点手前で信号待ちのため停止している(畑本車がブレーキをかけていた否かは不明)のを、同車の手前一三・一メートルまで接近して初めて発見し、直ちに急ブレーキを踏み、ハンドルを左に切つたが間に合わず、加害車両の右前部を畑本車の左後部に追突させ、その衝撃により畑本車をほぼ真直ぐに前方へ一メートル逸走させ、同車の前部が、同じくその交差点の手前で信号待ちのため停止中の被控訴人車両(普通乗用車。そのとき被控訴人車両にブレーキががけられていたか否かは不明)の後尾ナンバープレートの一部に追突し、畑本車は、この追突地点で停止し、被控訴人車両は、右の本件衝突の前後を通じて停止位置に移動はなかつた。

2  本件衝突で、被控訴人車両は、その右追突された部分が少しく曲つただけで損傷は軽微であり、畑本車はその前部衝突部には損傷を生じなかつた。

3  被控訴人は、本件事故の直前、運転席に腰を下し、シートベルトを外し、上体を左横の助手席の方へ左斜に傾け、助手席の前の車体にとりつけられた賃金メーター表に出ている数値を読み取ろうとしていた(その左手で手板を、右手でボールペンを持つていた)ときに、本件衝突の衝撃を受け、その上体が左側肩を下にして、助手席上に横に倒れた。

4  被控訴人は、本件衝突後、助手席の上に倒れた上体を直ぐに起こし、加害車両が前方の交差点の信号を無視して、逃走を開始したのをみて、加害車両の後尾ナンバープレート上のナンバーを読みとり、これを被控訴人車両の無線で、勤務先の新広島タクシーへ通報した。

5  被控訴人は、本件事故で衝突を受けた時から約四時間が経過するころまでは、身体に異常を感じなかつた。そして、事故後の同日午前七時三〇分から三〇分間、現場で実施された実況見分に立会い、警察官に指示説明したが、その際、事故の衝突を受けたときに、被控訴人の頚部に異常な伸展屈曲があつたことないし、身体のその他の部位に傷害を生ずるような異常な打撃を受けたことは言及しなかつた。

6  被控訴人は、事故当日の右現場での実況見分の立会を終えた後に、岡本病院(医療法人社団おかもと会)で、頚部に痛みが生じたことを訴えて頚部捻挫と診断され、同日から同月一二日まで連日、右病院に通つて治療を受けた。

被控訴人は、さらに同月一三日から翌五五年三月二四日まで、三上整形外科医院で、外傷性頚椎症及び左上肢知覚障害の診断を受けて、前後三二回通院して治療を受け、昭和五五年三月二四日、右傷病が治癒したとの診察を受けた。

7  被控訴人は昭和五五年四月上旬ころ事故前の業務(タクシーの運転)に復帰した。

以上のとおり認められる。当審における被控訴人の本人尋問の結果中、本件事故の際、被控訴人車両が畑本車から追突されて、従前停止していた位置から前方へ一メートル位移動して停止した旨供述しているところは、前掲甲一六号証と比較して措信できず、他に、本件事故時の衝撃により、被控訴人の頚部が異常に伸長又は屈曲したことないしその身体の他の部位に傷害を生ずるような異常な打撃が加えられたことを認めるに足る証拠はない。

二  請求原因3の(二)ないし(四)の傷害(以下、被控訴人主張の傷害という)が本件事故に基因すると認められるか否かを検討する。

1  前掲乙六号証の一、成立に争いがない甲五ないし八、乙六号証の二、乙七号証の一、二、乙八号証の一、八、原本の存在及びその成立につき争いがない乙六号証の五ないし一二、乙七号証の一七、乙九ないし一一号証、当審における鑑定人吉岡薫の鑑定結果及び証人吉岡薫の証言、原審・当審における被控訴人の各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を動かすべき証拠はない。

(一)  被控訴人は、本件事故後、前記のとおり事故前の業務に復帰してから五か月近くが経過した昭和五五年八月二七日に、前記三上整形外科医院で、左上肢等にしびれや疼痛が生じたと訴えて、変形性頚椎症と診察され、同日から同年九月二七日まで前後一五回余り、同医院へ通院して治療を受けた。

(二)  次に、被控訴人は、昭和五五年九月二九日、土肥病院で、前同様な症状のほか、背中等の局部に痛がある旨を訴えて、頚椎捻挫、左上腕神経痛、第一二胸椎圧迫骨折と診察され、同日から同年一〇月八日まで右病院に入院し、また翌五六年一月二四日に同病院へ通院して治療を受けた。

被控訴人は、昭和五五年一〇月一〇日(同日初診)から翌五六年一月二〇日まで、土肥三瓶温泉医院(前記土肥病院と同系列の医療機関)で頚椎捻挫及び第一二胸椎圧迫骨折と診察されて、入院し治療を受けた。

(三)  被控訴人は、その後の昭和五六年一月二六日に、前記土肥病院の医師の紹介により広島共立病院で外傷性頚椎症、第一二胸椎圧迫骨折と診察されて、通院して治療を受けるようになり、同病院で、同年七月一五日までに、右第一二胸椎圧迫骨折の診察が第一一胸椎圧迫骨折と改められ、さらに昭和五八年四月二七日までに、右外傷性頚椎症が脊髄症型であるとの診察を受け、これらの傷病はその症状が昭和五八年四月二七日に固定したとの診断を受けた。

被控訴人は、その後の昭和五八年七月八日から同月一二日まで同病院に入院して外傷性頚椎症及び頚性脊髄症の治療を受け、退院後も、同病院へ通院して、治療を受けている。

2  ところで、前記三上整形外科医院で昭和五五年八月二七日から同年九月二七日までの間に診察された被控訴人の変形性頚椎症が本件事故に基因するものであることないし右傷病と本件事故との間に相当因果関係があることを認めるに足る証拠はない。

3  次に、土肥病院(昭和五五年九月二九日から翌五六年一月二四日まで)、土肥三瓶温泉医院(昭和五五年一〇月一〇日から翌五六年一月二〇日まで)及び広島共立病院(昭和五六年一月二六日から同年七月一四日ころまで)の各医師が診察した被控訴人の第一二胸椎圧迫骨折、広島共立病院で昭和五六年七月一五日から五八年四月二六日までの間に診察されていた第一一胸椎圧迫骨折(五八年四月二七日に同病院で診断された第一一胸椎圧迫骨折の後遺症を含む)については、当審における鑑定人吉岡薫の鑑定結果及び証人吉岡薫の証言に照らして、右期間中に、被控訴人の第一一ないし第一二胸椎に圧迫骨折の傷病があつたこと自体が疑わしいし、仮に右期間に、その傷病があつたとしても、それが本件事故に基因することないし本件事故との間に相当因果関係があると推断することは、前記一の認定説示及び当審証人吉岡薫の証言に照らして到底困難であるといわなければならない。

4  さらに、土肥病院で昭和五五年九月二九日から翌五六年一月二四日までに診察した被控訴人の頚椎捻挫・左上腕神経痛、土肥三瓶温泉医院が昭和五五年一〇月一〇日から翌五六年一月二〇日までの間にわたり診察した頚椎捻挫、広島共立病院が昭和五六年一月二六日以降診察している外傷性頚椎症(同年七月一五日までにこれが脊髄症型であると診察。昭和五八年四月二七日に診断したその後遺症も含む)については、当審における鑑定人吉岡薫の鑑定結果及び証人吉岡薫の証言中に、被控訴人が本件事故時の衝撃でその頚部に頚部神経根症の傷害を受けたことを前提として、その傷害が保存的治療により昭和五五年三月二四日に寛解したものの、同年八月ころになつて、再び発症して、左上肢のしびれや左肩甲部から左上肢にかけての頑固な疼痛が生じ、またそのころから加齢現象として第五・第六頚椎間の変形及び第一一・第一二胸椎の各変形が徐々に生じたこととが重畳複合して、前記症状のほか右上肢及び両下肢のしびれが生じている可能性がある旨の記述及び証言がある。

しかし、頚部神経根症としての前記症状は、頚部が外力によつて損傷されない場合でも、その患者の加齢現象として生じた頚椎間の変形によつて発症するものである(この事実は当審における鑑定人吉岡薫の鑑定結果及び証人吉岡薫の証言によつて認められる)ところ、本件事故時に、被控訴人の身体に、その頚部が異常伸展ないし異常屈曲するような外力が加わつたとは認め難いことは、前記一で認定説示したとおりであるし、また昭和五五年八月ころまでに被控訴人の第五・第六頚椎間に加齢現象としての変形が生じていたことも窺知されること、(二)仮に本件事故時、その衝撃で、被控訴人の頚部が異常に伸展ないし屈曲したとしても、その程度は微弱であることが推認されるところ、被控訴人は本件事故後の昭和五四年一二月一二日ころから前記三上整形外科医院で初診を受けた同月一三日までに腰部挫傷の負傷をしたことが前掲甲二、三号証により窺われるし、また、昭和五五年九月二七日ころから同月二九日に前記土肥病院で初診を受けるまでに、第一二胸椎圧迫骨折の負傷をするような外力が被控訴人の身体に加わつたことが前掲甲五、六号証により窺われるのであり、本件事故後に被控訴人の身体に加えられた右二回の外力の程度が本件事故の衝突の衝撃により被控訴人の身体に加わつた外力と比較して、より微弱であることを窺わせる証拠がないことに照らして、前記鑑定結果及び証言があつても、被控訴人主張の両上肢及び両下肢のしびれ、左肩甲部から左上肢にかけての著しい疼痛等が本件事故に基因することないし、それらの傷病と本件事故との間に相当因果関係があると推断することは困難であるというべきである。

5  なお、被控訴人が本件事故により外傷性頚椎症及び第一二胸椎圧迫骨折の負傷をしたとして労災保険金を給付されたこと(この事実は前掲乙六号証の七ないし一二、成立に争いがない甲一〇号証及び原審における被控訴人の本人尋問の結果により認められる)をもつて、被控訴人主張の傷害が本件事故によるものであることないし、その傷害と本件事故との間に相当因果関係があることを推認することはできない。

6  そして、他に、被控訴人が本件事故によりその主張の傷害を負つたことないしその傷害と本件事故との間に相当因果関係があることを肯認するに足る証拠はない。

三  以上の説示によると、被控訴人が本件事故により、その主張の傷害ないし後遺障害をうけたこと及びその傷害ないし後遺障害と本件事故との間に相当因果関係があることを前提とする本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がない。

よつて、原判決中、控訴人敗訴部分は失当であるからこれを取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳 滝口功 池田克俊)

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