大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和61年(行コ)1号 判決 1988年8月10日

広島県賀茂郡黒瀬町宗近柳国124番地の1

控訴人

脇本哲司

右訴訟代理人弁護士

恵木尚

島崎正幸

広島県東広島市西条昭和町1427番地の1

被控訴人

西条税務署長 山本嘉啓

右指定代理人

宮越健次

外4名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和56年1月26日付でなした控訴人の昭和55年5月12日付昭和54年分所得税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という)を取り消す。

訴訟費用は,原審及び当審とも,被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  確定申告

控訴人は,被控訴人に対し,昭和55年3月15日付で昭和54年分の所得に関して別紙所得税一覧表A欄のとおり確定申告をした。

2  更正請求,通知

控訴人は,被控訴人に対し,昭和55年5月12日付で昭和54年分の所得に関して別紙所得税一覧表B欄のとおり更正をすべき旨の請求をしたところ,被控訴人は,控訴人に対し,昭和56年1月26日付で本件通知処分をした。

3  異議,審査

控訴人は,被控訴人に対し,昭和56年1月29日付で本件通知処分について異議の申立をしたところ,被控訴人は,控訴人に対し,同年4月24日これを棄却する旨の決定をした。

ついで,控訴人は,広島国税不服審判所長に対し,昭和56年5月6日で本件通知処分について審査請求をしたところ,同所長は,控訴人に対し,同年10月14日これを棄却する旨の裁決をした。

4  違法事由

(一) 立証責任

税務訴訟においては,必要経費や損金等の所得算定上の減算要素についても,その不存在を課税庁が立証すべきであり,納税者が右減算要素について主張した場合,課税庁は,その不存在を立証すべきである。従って,控訴人が,後記(二),(三)のとおり横領被害の損失確定による必要経費または雑損の控除事由がある旨主張している以上,被控訴人において,右事由の不存在を立証すべきである。

(二) 横領

控訴人は,製鉛業を営んでいるが,もと従業員で経理を担当していた脇本祐之介によって,昭和54年中に事業資金合計金22,917,341円を横領された。その内訳は,実在しなくなった当座預金残高を帳簿上架空過大のまま放置していた金11,522,379円及び帳簿上貸付金として仮装記帳していた金11,394,962円である。

(三) 損失の確定

脇本祐之介は,昭和54年末の段階において,次のとおり支払能力をはるかに越える債務過多の状態にあり,控訴人の脇本祐之介に対する損害賠償請求権の実現が不能であることは明かであった。

すなわち,脇本祐之介は,昭和54年当時,別紙不動産目録一ないし四の各不動産(評価額合計金2,000万円程度)を所有し,控訴人に対し立替払求償債権約900万円を有していたほかは,めぼしい資産を有していなかった。他方,脇本祐之介は,昭和54年中に支払うべき物品税を納入できなかった(このため,広島西税務署から,昭和55年5月12日同目録の一の不動産について,同年6月27日同目録二の不動産についてそれぞれ差押えを受けた)ばかりでなく,国民健康保険税や住民税等の支払も,燃料代や電気製品の購入代金等の支払もできず,他に負担していた連帯保証債務の履行もできなかったため,同年1月30日には脇本常登が担保提供していた株券も売却される状態であったうえに,昭和54年末当時には,別紙債務一覧表のとおり残額合計1億6,140万円の債務を負担していた(なお,右一覧表のうち番号2ないし8の各債務の借入名義人は控訴人とされているが,これは脇本祐之介が控訴人に無断でしたものであり,控訴人のいっさい関知しないところである。また,同番号4,5の借入金合計金8,000万円のうち,金3,334万円は脇本祐之介の呉信用金庫等に対する借金返済にあてられており,金3,000万円ないし金4,000万円については藤井重子に対する貸付金にあてられ,同年中に返済されるめどはなかった)。

(四) 理由の過誤

前記(二),(三)の各事実からすれば,脇本祐之介の横領金額は,控訴人の昭和54年分の事業所得金額の計算上必要経費に算入すべきものであり,仮にそうでないとしても,雑損控除の対象として総所得金額から控除すべきものであるところ,被控訴人は,右横領金額が事業所得金額の計算上必要経費に該当せず,また雑損控除の対象にもならないことを理由として,違法に本件通知処分をした。

5  結論

よつて,控訴人は,被訴控人に対し,本件通知処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3はいずれも認める。

請求原因4(一)は争う。税務訴訟において,必要経費や損金等の所得算定上の減算要素については,納税者側がその存在を立証すべきであり,また,納税者が一旦確定申告をした後,その申告書記載の所得金額が真実の所得金額と異なる旨主張するような場合には,納税者において,右主張事実を立証すべきである。従って,控訴人が,横領被害による損失確定を理由に,確定申告にかかる所得金額等の減額を主張する以上,控訴人において,右横領被害の損失確定を立証すべきである。

請求原因4(二)は争う。脇本祐之介が横領をしたとは認められない。

請求原因4(三)のうち,脇本祐之介が,昭和54年末当時,別紙不動産目録一ないし四の各不動産を所有し,別紙債務一覧表の番号1の債務を負担していたことは認めるが,その余は争う。

仮に,控訴人が脇本祐之介による横領の被害にあったとしても,控訴人の脇本祐之介に対する右被害額相当の損害賠償請求権が発生し,同人は次のとおり昭和54年中に債務過多による支払不能の状態にあったとは認められないから,右損害賠償請求権の実現が不能であったとはいえない。

すなわち,別紙不動産目録一ないし四の各不動産の昭和54年末当時の時価は金3,000万円ないし金4,000万円であるが,脇本祐之介は,このほか広島県賀茂郡豊栄町所在の土地(時価約105万円)の持分2分の1を所有し,さらに株式会社中国サビリアに対する貸付債権金4,000万円を有していた。他方,別紙債務一覧表の番号2ないし8の各債務は,いずれも控訴人の債務であり,脇本祐之介の債務ではないから,同人の負債額は約金1,500万円にすぎない。

請求原因4(四)は争う。

第三証拠

原審及び当審記録中の証拠に関する目録のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  確定申告

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  更正請求,通知

請求原因2は当事者間に争いがない。

三  異議,審査

請求原因3は当事者間に争いがない。

四  違法事由

1  立証責任

更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては,申告により確定した税額等を納税者に有利に変更することを求めるのであるから,納税者において,確定申告書の記載が真実と異なる旨の立証責任を負うものと解するのが相当である。従って,控訴人は,真実の所得が先の確定申告額を下回ることの立証責任を負い,その主張にかかる所得算定上の減算要素である横領被害による損失確定の事実を立証しなければならない。

2  横領

控訴人は,請求原因4(二)のとおり主張し,原審証人脇本常登の証言及び原審控訴人尋問の各結果中には,これに沿う部分がある。

このほか,成立に争いのない乙第1号証の3,第3号証によれば,控訴人の昭和54年分所得税青色申告決算書中の資産負債調(貸借対照表)の期末当座預金欄の記載は金13,186,160円であり,控訴人の呉信用金庫黒瀬支店における同年12月末日現在の預金残高は金1,663,781円であることが認められ,両者の差額は,控訴人が帳簿上架空過大のまま放置していたと主帳する横領金11,522,379円と符合する。

次に,前掲乙第3号証,成立に争いのない乙第2号証の2,原審控訴人本人尋問の結果によれば,控訴人の昭和54年分所得税青色申告決算書中の資産負債調(貸借対照表)の期末貸付金欄の記載は金1,278万円,同期首貸付欄の記載は金48万円であり,控訴人が本件通知処分当時脇本祐之介からの返済受領金として自認していた金額は,金905,038円であることが認められ,右貸付欄の期末期首の差額金1,230万円から右自認額を差し引くと,控訴人主張の仮装記帳の横領金11,394,962円と符合する。

さらに,甲第13号証,第15号証の3,45,51,第20号証の1ないし5,乙第9号証の1ないし9の各存在によれば,控証人の出納帳簿に,控訴人振出名義の決済小切手のうち,昭和54年4月16日振出の金300万円(番号05933),同年6月1日振出の金200万円(同08403),同年7月7日振出の金50万円(同08445),同年11月14日振出の金550万円(同04280)の各小切手に関する記載がなく,同年3月6日振出の金500万円(同04576)の小切手については支払先として「中国サビリア」の記載があり,同月12日振出の金280万円(同04583)の小切手については支払先として「藤田耕三郎」の記載があり,同年4月11日振出の金150万円(同05927),同年9月1日振出の金200万円(同01332),同月5日振出の金100万円(同01331)の各小切手についてはいずれも支払先として「KK中国サビリア」の記載があるところ,小切手帳控えには,右番号05933の小切手については,金額,渡先欄のいずれにも記載がなく,同08403の小切手については金額欄に「20,000」の抹消記載,渡先欄に「店」の記載があり,同08445の小切手については金額欄に「500,000」の記載があるも,渡先欄には記載がなく,同04576の小切手については金額欄に「5,000,000」,渡先欄に「中国サビリア」の記載があり,同04583の小切手については金額欄に「2,800,000」,渡先欄に「藤田」の記載があり,同01332の小切手については金額欄に「2,000,000」,渡先欄に「KK中国サビリア」の記載があり,同05927の小切手については金額欄に「1,500,000」,渡先欄に「KK中国サビリア」の記載があり,右番号01331の小切手については何等の記載もないことが認められる。

また,原審証人脇本常登の証言,原審当審控訴人本人尋問の名結果,成立に争いのない甲第4,第5号証,乙第1号証の2によれば,控訴人は,脇本祐之介が昭和55年5月10日以後所在不明となったとして,同年7月16日同人を横領罪等で告訴する旨の告訴状を西条警察署宛に提出し,右告訴の件は,昭和57年11月30日広島地方検察庁呉支部において中止処分となったことが認められる。

以上に認定した所得税青色申告決算書等から導かれる金額と控訴人主張の横領被害金額との符合,出納帳簿の記載と小切手の決済状況との齟齬,小切手帳控えの記載の不備,告訴等の事実をもってしても,未だ請求原因4(二)の横領の事実を推認するには足りず,また,原審証人脇本常登の証言及び原審当審控訴人本人尋問の各結果中,右主張事実に沿う部分は直ちに採用し難く,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

3  損失の確定

請求原因4(三)のうち,脇本祐之介が,昭和54年末当時,別紙不動産目録一ないし四の各不動産を所有し,別紙債務一覧表の番号1の債務を負担していたことは,当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第2,第3号証,第9号証の1,2,乙第31,第32号証,第34号証の1,2,原審証人脇本常登の証言,原審当座控訴人本人尋問の各結果,弁論の全趣旨によれば,脇本祐之介は,昭和54年末当時,別紙不動産目録一ないし四の各不動産のほか同目録五,六の各不動産を所有し,右所有不動産の評価額合計は金3,000万円は下らなかったものと認められる。

控訴人は,脇本祐之介が昭和54年末当時別紙債務一覧表の番号ないし8の各債務を負担していた旨主張し,原審証人脇本常登の証言及び原審当審控訴人本人尋問の各結果中には,これに沿う部分がある。

しかし,別紙債務一覧表の番号2ないし5,7,8の各債務については,右主張に沿う右証言及び右本人尋問の結果中の各供述部分はいずれも直ちに採用し難く,他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえって,次のとおり,右各債務の債務者は控訴人であることが認められる。

乙第4号証の2,第9号証の1ないし9,第16号証の2,第17号証の4,6,第18号証の3の各控訴人名下の印影が控訴人の印章によって顕出されたものであることは控訴人の認めるところであるから,反証のない限り,右各印影は控訴人の意思によって顕出されたものと推定されるところ,控訴人は右各印影は盗捺されたものである旨主張するが,原審証人脇本常登の証言,原審当控訴人本人尋問の各結果中,これに沿い,または沿うかのような部分は容易に採用できず,他に的確な反証もないから,右各印影は控訴人の意思により顕出され,ひいては,右各号証の控訴人作成名義部分は真正に成立したものと推定でき,さらに,右各号証のその余の作成名義部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる。

右各号証,前掲乙第3号証,成立に争いのない乙第6ないし第8号証,第12,第13号証,第14号証の6,7,第26号証,弁論の全趣旨により成立の認められる乙第4号証の1,第10号証の1,2,第11号証の1ないし4,第14号証の1ないし5,第16号証の1,3,第17号証の2,3,5,7,第18号証の1,2,4,第20ないし第23号証,第24号証の1,2,第35号証の1ないし6,その方式趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第5,第15号証,第17号証の1,第19,第25号証,弁論の全趣旨によれば,別紙債務一覧表の番号2ないし5,7,8の債務は,控訴人が負担したものであることが認められ,原審証人脇本常登の証言,原審当審控訴人本人尋問の各結果中,右認定に反する部分は採用できず,他に右認定を左右する証拠はない。

別紙債務一覧表の番号6の債務については,前掲甲第3号証,第9号証の1,2,乙第34号証の1,2によれば,脇本祐之介所有の別紙不動産目録二ないし四の各不動産について昭和55年5月10日同人を債務者とし,山木盛親を根抵当権者とする極度額金1,000万円の根抵当権設定登記が経由され,同人は右各不動産の競売の際脇本祐之介に対して金4,000万円の債権を有するものとして配当加入したことが認められるが,他方,前掲甲第2号証,成立に争いのない乙第27ないし第30号証,原審控訴人本人尋問の結果,弁論の全趣旨によれば,別紙債務一覧表の番号6の債務は控訴人を債務名義人として成立し,その際,控訴人振出名義の額面合計約金4,000万円の手形が債権者の山木盛親に交付され,昭和55年7月19日には同人の申請により控訴人所有不動産の一部に仮差押がなされたことが認められ,原審証人脇本常登の証言及び原審当審控訴人本人尋問の各結果中,右債務成立及び手形交付は脇本祐之介が控訴人に無断でしたとの供述部分は容易に信用できず,また,前記根抵当権の設定時期が右債務の成立時期とは離れて脇本祐之介が所在不明となったとされる時期とほぼ一致し,根抵当権の極度額が債務の額と大幅に相違していることなどからすると,前記根抵当権設定及び配当加入をもって,直ちに右債務を脇本祐之介の債務と認定するには足りないところであり,原審証人脇本常登の証言及び原審当審控訴人本人尋問の各結果中,これに沿う供述部分は直ちに信用できず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もっとも,前掲甲第2,第3号証,第9号証の1,2,乙第31,第32号証,弁論の全趣旨により成立の認められる甲第10ないし第12号証,弁論の全趣旨によれば,脇本祐之介は,昭和54年末の段階で,賀茂郡黒瀬町に対し,国民健康保険税及び町県民税の合計1,157,250円を滞納し,そのほかにも,湯浅石油店に対して燃料代金71,236円,山電株式会社に対して冷蔵庫等代金4万円の各支払を遅滞していたこと,また,グランド興業株式会社の株式会社広島相互銀行に対する債務の連帯保証人になっていて,その履行を求められたが,支払をしなかったこと,さらに,昭和55年5月ころ,広島西税務署から,別紙不動産目録1,2,5,6の各不動産の差押を受けたことが認められる。しかし,右認定の滞納,不払,差押の各事実をもってしても,前記認定の所有不動産の評価額や負担額に照らすと,未だ脇本祐之介が昭和54年末の段階において支払能力をはるかに越える債務過多の状態にあったとまではいい難く,当時控訴人の脇本祐之介に対する損害賠償請求権の実現が不能であったともいい難いところ,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

五  結論

以上によれば,控訴人の請求は理由がないから,これを棄却した原判決は正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中原恒雄 裁判官 矢延正平 裁判官弘重一明は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 中原恒雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例