大判例

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広島高等裁判所 昭和62年(特わ)110号 判決 1987年8月27日

国籍

韓国

住居

広島県福山市霞町一丁目八番二号

パチンコ店経営

山本祥桓こと裵祥桓

一九五一年一〇月一五日生

国籍

韓国

住居

広島県福山市霞町一丁目七番四号

会社役員

山本仙吉こと

裵海植

一九一六年九月二八日生

右の者らに対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年二月一七日広島地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から適法な控訴の申立てがあったので、当裁判所は検察官加藤圭一出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は被告人裵祥桓につき弁護人内林誠之作成の、被告人裵海植につき弁護人立石定夫作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官加藤圭一作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は、いずれも原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで所論に鑑み記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、本件は原判示のパチンコ店二軒を経営して業務全般を統括していた被告人裵祥桓と右二軒の売上金を管理していた被告人裵海植が共謀のうえ、被告人祥恒の所得税を免れようと企て、(一)原判示第一のとおり、昭和五七年分の実際の所得金額が一億九五八九万六九六〇円(所得税額一億三一二二万五八〇〇円)であるのに、所得金額は一五四五万七二七五円(所得税額四一一万五〇〇〇円)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって所得税一億二七一一万〇八〇〇円を免れ、(二)原判示第二のとおり、昭和五八年分の実際の所得金額が一億二九九九万六一七八円(所得税額八一六七万二四〇〇円)であるのに、所得金額は八七七万四八八五円(所得税額一四〇万七〇〇〇円)である旨の所得税確定申告書を提出し、もって所得税八〇二六万五四〇〇円を免れ、(三)原判示第三のとおり、昭和五九年分の実際の所得金額が一億三五四七万一二四七円(所得税額八一三三万七五〇〇円)であるのに、所得金額は一八八八万九三三六円(所得税額五五一万三五〇〇円)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって所得税七五八二万四〇〇〇円を免れたという事案である。被告人らはパチンコ店の売上げが急増し所得税が多額になることから売上げの一部除外等により脱税を企図し、除外した売上げ金を架空名義で貯蓄する等の方法でこれを実行したものであり、三年間で隠した所得金額は合計約四億一八四二万円(これは実際の所得金額の九〇パーセントを越える。)免れた所得税額は合計約二億八三二〇万円に達するのであって、その金額が極めて多額であるのみならず、逋脱率も三年平均で九六パーセントを越え極めて高率であり、このような本件各犯行の罪質、動機、態様、逋脱税額等に照らすと犯情悪質であって、一般納税者への影響も軽視できず、原判決が量刑の事情として説示するとおり懲役刑について実刑も十分に考えられる事案である。

他方、被告人両名が本件各犯行を素直に認めて十分反省し、かつ脱税分には重加算税を含めて完納しており、被告人祥桓が道路交通法違反、被告人海植が同法違反、風俗営業等取締法違反の罪による罰金刑の処罰歴しかないこと等、被告人らの利益に斟酌し得る事情も認められる。

ところで、被告人祥桓の弁護人は、本件各犯行の立案、実行は全て相被告人海植が行い、被告人祥桓は殆ど関与してなく幇助的立場であったというが、関係証拠によると、被告人祥桓の父である相被告人海植がパチンコ店を始め、被告人祥桓はその経営を譲り受けたものであり、単なる名義人でなく実際に経営に携っていたこと、もっとも、実質的には被告人海植が経営に相当の権限を持っていて売上げ金を管理しており、本件犯行を主体的に実行したことが認められ、主体的でないとはいえ本件を共謀した被告人祥桓の納税義務者としての責任が軽いとは言い難い。

以上の諸般の情状、特に本件各犯行の内容の悪質さに照らすと、納税義務者である被告人祥桓につき懲役一年(五年間執行猶予)および罰金一億円に処した原判決の量刑中、懲役の刑期および執行猶予期間が不当に重いとは認められず、罰金額についても、懲役刑の実刑が十分に考えられるのに執行を猶予されたこととの関係をも考慮すると、破棄しなければならない程に重きに過ぎるとは認められない。また被告人海植については、本件各犯行の内容、同被告人が主体的に関与したこと等を考慮すると、懲役一年六月、五年間執行猶予に処した原判決の量刑が重きに過ぎるとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 谷岡武教 裁判官 平弘行)

昭和六十二年(う)第一一〇号

○控訴趣意書

被告人 山本祥桓こと

裵祥桓

右の者に対する所得税法違反事件について、弁護人は次の通り控訴理由を述べる。

昭和六二年五月一八日

右弁護人 内林誠之

広島高等裁判所第一部 御中

原判決に刑の量定が極めて不当であるので破棄されてしかるべきである。

以下論述する。

一 原審は昭和六二年二月一七日、被告人に対し懲役一年、罰金一億円及び右懲役刑につき五年間その執行を猶予する旨の判決をした。

二 しかしながら、右判決はあまりにも被告人に過酷な判決というべきである。

1 まず、本件逋脱行為につき、被告人はその父、共同被告人裵海植(以下被告人海植という。)と共同正犯として起訴されているが、その実体は被告人海植の幇助犯に過ぎない。

このことは、以下の事実から極めて明白である。

本件逋脱方法は三つの方法に大別することができる。

すなわち、パチンコ店の売上金の一部除外、不動産収入の一部除外、架空給料債権の計上の三方法である。しかしながら、これらはいずれも被告人海植等が全て立案、実行したものであり、被告人はほとんどこれに関与していないものである。

(一) 第一に、パチンコ店の売上金の一部除外であるが、本件各パチンコ店は、元来、被告人海植がその営業を開始したものであるが、同人には風営法違反の罰金前科等があり、遊技場開設営業許可が取得できないところから、第三者の名義で営業許可を取得していた。

ところが、その第三者が問題を起こした為、昭和五二年から日栄会館福山店の営業許可を被告人名義で取得、その後昭和五六年には日栄会館三原店の営業許可も被告人名義で取得するに到った。

しかしながら、被告人は大学を卒業したばかりであり、又、パチンコ店経営の経験も全くなかったことから、その経営の実際は被告人海植のみが行っており、被告人は言わば店を手伝っていた状態であった。

そうして最近になり被告人も多少とも経験を積んだところから、パチンコ台の入れ替え、その他その経営の一部は被告人海植からまかされることとなったが、経営の根幹をなし、又、本件逋脱行為で最も問題となる資金繰りないし金銭の管理については全て被告人海植がこれを行っており、被告人はパチンコ店の日々の売上金を集金の上、そのまま被告人海植に手渡す行為を行っていたのみであった。

そうして本件における売上金の一部除外も全て被告人海植等が行い、被告人が直接これに関与したことはほとんどなく、又、除外金の管理、すなわち仮名預金等の管理、運用も全て被告人海植が行い、被告人が関与したことはなかったものである。

このことは被告人両名の原審公判廷における各供述及び朴二今、被告両名の司法警察員ないし警察官に対する各供述調書等より明白である。

もちろん被告人自身、実際の売上金と所得税に関する申告上の売上金とが相違することは認識していた。

ところで韓国の社会に於いては、現在に於いても儒教の影響等が極めて大きく、その家庭に於いては家父長制度が厳然として残っているのである。(韓国民法七七八条以下、九六〇条以下参照)

そうして家庭内では家長である父親の発言力は絶対的であり、子供はこれに逆らうことはできないものとされており、在日韓国人の家庭である被告人もそのような教育を受けて育ってきたものである。

従って、被告人としては家長たる被告人海植の所為については、その当否は別論として、いわば絶対的なものとしてこれに対し異議を述べることはできず、本件売上金の一部除外についても口出しをすることは全くできなかったものである。

(二) 次に不動産収入の一部計上漏れについては、日栄荘ないし三原ペアシティー関係の賃料収入の申告漏れがあるが、右不動産の管理等は全て被告人海植が行っており、その賃料額の決定、収受等については全て同人が行っていたもので、被告人はこれに全く関与しておらず、単に名義上被告人の所得ということになっていたものにすぎず、被告人としては適切な申告をしようにも実際上これができなかったというのが実情である。(特に、三原ペアシティー関係については、被告人の所得として認定することには、都市再開発法の権利変換手続に照らしても極めて強い疑問がある。)

(三) 又、仮空給与債権の問題についても、被告人が積極的にこれを行った物ではなく、義兄にあたる星野秀夫に対する給料の支払いが、被告人が日栄会館福山店の経営に関与する以前からなされていたのをそのまま黙認継続していたというものであり、又、右給与についても全て被告人は母親にこれを交付しており、被告人に於いてこれを取得したこと等は全くないものである。

さらに、右給与の支払いについて異議をのべることは、前記被告人の家庭環境からはできない相談であったものである。

(四) その他の逋脱金額としては、利子所得があるが、これらはいずれも被告人海植に於いて管理しており、被告人が適確な利子収入等を把握することは困難であり、又、昭和五九年度分の関係で不動産の譲渡原価につき過大申告がなされたものとされているが、被告人が全くこれに関与していなかったことは一件記録により明白である。

(五) (1) 以上の諸点を考え合わせれば、被告人が本件の幇助犯であることは明らかであるが、検察官は原審に於いて被告人両名に対し、懲役一年六月の各求刑をなし、さらに被告人に対しては罰金一億円を併科した求刑をした。

これに対し、原判決は被告人海植を懲役一年六月刑の執行猶予五年に、被告人を懲役一年、刑の執行猶予五年、及び罰金一億円を併科した。

(2) しかしながら、右主刑の懲役刑の減刑も被告人の幇助者的性格ないし形式上の所得名義人にすぎないことを考慮すれば、さらに大幅な減刑がなされてしかるべきのみならず、主犯格である被告人海植と同一の五年間という刑の執行猶予期間は刑の均衡を失するものというべきである。

特に本件事件後、被告人らはパチンコ店を法人組織として運営することとしており、被告人が再犯をおこす可能性は現在皆無の状態となっていることも考慮されたい。

(3) さらに、問題となるのは罰金額一億円であるが、被告人は現在迄に、本件に関連して以下のような税金等を追納する予定である。

<1> 重加算税 七四八二万九〇〇〇円

<2> 市県民税等 六三五九万九八六〇円

なお、右の他、本税として二億八三二〇万〇二〇〇円を納付している。

そうして本件に於いて被告人の逋脱金額は約四億一八〇〇円であるが、右追徴金等を差し引けば、被告人の手元に残る金額はほとんどない状態となることは明白である。

三 以上のような巨額の追徴金等を納付するの他、さらに一億円の罰金を併科されることは、右罰金の支払いにつき被告人自身の支払い能力を超えるおそれが充分存するのである。

又、別添資料記載の通り、近時の所得税法ないし法人税法違反被告事件で、体刑と罰金が併科された事案で、罰金刑の減額が全くなされなかった事案は皆無であり、原判決の罰金一億円の判決は誠に不当な判決といわざるを得ない。

四 又、被告人は三原ペアシティーの問題等につき言い分も存したが、国税局からそのように指摘されるのであれば素直に右に従うこととし、当初からその事実関係も認め、又、重加算税等の支払いも含めて、全て本件起訴前にその国税の支払いは完了している。(なお、右加算税には、本来延滞金は発生しないので、通常は本税のみ支払われる例が多いが、被告人は右を全て完済している。この点は情状として充分考慮されて然るべきである。)

五 被告人には本件以外特に問題となるべき前科はない。

本件は確かに多額の逋脱事案であるが、前記の通り、その逋脱に利得は全くなく、さらに、テレビ、ラジオ、日刊新聞にも大きく報道され、社会的制約は充分受けている。

六 以上のような諸事実、及び被告人が現に負担し、又、今後負担すべき税金等が前記の通り巨額になることも勘案すれば、原判決の刑はあまりに重きに失し、これを破棄しなければ正義に反するものというべきである。

昭和六二年(う)第一一〇号

○ 控訴趣意書

被告人 山本仙吉こと

裵海植

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴の趣意は左記のとおりである。

原審は被告人に対し懲役一年六月、五年間執行猶予の判決を言渡されたが、以下の事情を考慮に入れるならば右刑は重きに失するものと考える。

一 本件犯行について原判決は「反社会性の強い脱税事案で、その脱税額も合計約二億八三二〇万円と極めて多額であ」り、「犯情は全体として悪質というほかなく」と断じている。

しかしながら、本件判行の時期については昭和五六年所謂フィーバー機を導入したことで売上が急速に伸びたため企図した犯行であり、その期間も三年間という限定された時期であること、又被告人がその人柄と素行において反社会性は認められず、寧ろ暴力事案や財産犯或は風俗営業上の違反など社会の糾弾を受けたことがなく、韓国人社会にあって信頼度の厚い人であることなどを併せ考えれば、その犯情は決して重きとはしないものである。

被告人が改悛の情をみせ、且つ前科もなく、また本税等三億六〇〇〇万円を既に完納しておる情状などからその執行を猶予されたとはいえ一年六月の刑を以て臨まれたことは当を得たものではない。

二 更に最近の判決例にみられる刑期等を比較すると

(司法統計年報 刑事編)

<省略>

の通りあり、一年六月の刑は本件犯情の全体に照らして相当とは云えない。

以上の理由により原判決は量刑不当であって破棄を免れないと思料する。

昭和六二年五月一四日

右弁護人 立石定夫

広島高等裁判所第一部 御中

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