大判例

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広島高等裁判所 昭和63年(う)104号 判決

論旨は,要するに,原判決は被告人を無期懲役に処したが,右量刑は,本件各犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性,社会的影響,被告人の犯行後の事情等諸般の情状に照らし著しく軽きに失し不当であり,被告人を死刑に処すべきであるというのである。

…中略…

しかしながら,死刑は人間の生命そのものを奪う極刑であり,その適用は特に慎重になされなければならないことはいうまでもなく,この見地からすると,本件においても,死刑適用につき消極に作用する情状がないわけではない。

1 それはまず,原判決も指摘するとおり,本件各犯行のうち,Yに対する殺人は偶発的犯行であり,Iに対する殺人にもある程度偶発的要因があったもので,いずれも計画的な殺人ではなかった点である。

所論は,原判決の同様の説示に対し,(1)そもそも,被告人の目的は金員強取にあり,被告人は右目的のために,現金を持参した銀行員を殺害し,同時に口封じのためにIを殺害することを予定していたもので,ただIが銀行に電話することを拒否したことから当初の計画に狂いが生じ,同人を殺害する時期が早まったにすぎないから,同人に対する殺人に偶発的要因があったとはいえないし,(2)仮にそうでないとしても,最高裁判所は「犯行の罪質,動機,態様殊に殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択も許される」(最判昭和58年7月8日)としているだけで,犯行の計画性とか偶発的要因の有無については言及していないから,これらの事情を重視して被告人を無期懲役にした原判決は不当である旨主張する。

しかしながら,まず(1)については,I殺害の直接の契機は,同人が銀行に電話してほしい旨の被告人の要求を拒否した上反抗的態度をとったことにあり,この点は被告人の予定していなかったところである上,仮にIが被告人の指示どおりに銀行に電話したとしても,これに応じて銀行員が来なければ,被告人にIを殺す必要と意思のなかったことは原判示のとおりであり,原判決は,これらの点から,Iに対する殺人は,通常の意味における偶発的犯行と同視することはできないとしても,ある程度の偶発的要因のあったことは否定できないとし,当初からIに対する確定的殺意を有し計画的にこれを殺害した場合と情状において差異があると説示しているのであり,右説示の内容はむしろ当然で不当なところはなく,当裁判所としてもこれを肯認するものである。所論は採用できない。

次に(2)については,確かに,所論の判決は,量刑要素として「計画性」ないし「偶発性」を明示していないけれども,殺人罪において計画的犯行か偶発的犯行あるいは偶発的要因を有する犯行かがその量刑に重大な影響を及ぼすことは明らかであり,所論の判例においても,犯行の「動機」あるいは「態様」にこれが含まれているとみるべきである(右判例はその事件の特殊性から「計画性」ないし「偶発性」を格別明示しなかったものと思われる。)。所論は前提を欠き採用できない。

2 次に問題となるのは,被告人の改悛の情及び矯正可能性の有無の点であり,所論はこれらを否定して被告人に対し極刑を科すべきである旨主張する。

確かに,所論指摘のとおり,残念ながら,当審においても,被告人が改悛の情を十分示したとはいえないのみならず,極刑を求める検察官に対する反発もあったためとは思えるものの,被告人質問において,その存在を疑わせるような供述も全く見られなかったわけではない。

しかしながら,被告人は,原審公判廷において,自己を正当化するため不自然極まりない弁解を繰り返していたのに,当審においては,いったんなした控訴を取り下げた上,右のような弁解もせず,原判決後も写経を続けてこれを裁判所に提出するとともに,その理由を問われて,「亡くなった人にね,とにかく安らかに眠ってもらいたいけえ,ぼくはそういうふうにしてます。」(第4回公判における被告人の供述)あるいは「自分の心の底から亡くなった二人に安らかに眠って下さい,と写経を書いたのです。」(第5回公判における被告人の供述)と答え,また,これからも命がある限り写経を続けて二人の冥福を祈ろうと思っている旨供述している(第5回公判における被告人の供述)のであって,これらの点に被告人の当公判廷における態度等を併せ考えると,本件のように重大な犯罪を犯した者としての改悛の情としてはもとより十分ではないとはいえ,被告人としては精一杯これを示しているとみられないではなく,少なくとも原審段階においてよりは比較にならないほどこの点の情状は好転しているというべきであり,このような点に徴すると,被告人に対しても矯正教育により自己の犯した罪の大きさを悟らせてその実を挙げることも可能であると考えられるところである。所論は採用できない。

所論は,原判決の量刑は,前記最高裁判所の判決後,同種の事件について上告審あるいは控訴審において死刑の選択が維持された事例に比し著しく刑の均衡を失しているとして,12件の事例を挙げるのであるが,これらはいずれも,殺人の被害者が3人であったり,そうでなくても,無期懲役の仮出獄中の殺人,計画的殺人,両親を殺害したものあるいは身の代金目的の殺人などであって,本件とは事案を異にし,原判決がこれらの事例に比し著しく刑の均衡を失しているとは認められない。所論は採用できない。

以上のとおりであり,被告人の本件各犯行は検察官の主張するように犯情極めて悪質な点も多々存在するけれども,他方被告人のために酌むべき情状もないわけではなく,しかも被告人の改悛の情の点については原審段階より著しく好転しているのであって,これらの点を総合考慮し,検察官の主張するこの種事案についての量刑の実状をも併せ検討すると,被告人を無期懲役に処し,終生被害者両名の冥福を祈らせて贖罪に当たらせるのが相当であるとした原判決の量刑が軽きに失して不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

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