大判例

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広島高等裁判所 昭和63年(行コ)10号 判決 1990年11月29日

控訴人

X

被控訴人

右代表者法務大臣

梶山静六

右指定代理人

橋本良成

石田藎一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、原判決請求の趣旨第三項を一部訂正したうえ「原判決を取消す。控訴人が日本国籍を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇〇万円を支払え。内閣総理大臣は、被控訴人国の名において、衆、参両議院の本会議において、被控訴人が控訴人を含むすべての朝鮮人に対し長年月にわたって加えた不義、非道を謝罪し、在日朝鮮人が生きていく上で不利益を被ることのないよう対処する旨の表明をせよ。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、控訴人において別紙のとおり主張を追加、補充するほかは、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は原審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人の追加、補充した主張のうち、控訴人が日本国籍を有することの確認を求める部分の要旨は次のとおりである。

1  平和条約二条(a)項は、領域に関する規定であって、文言上も国籍には何ら触れるところがない、のみならず、次に述べるような事情から、同項が朝鮮人の日本国籍喪失という黙示の合意を含むということはあり得ないのであって、同項を根拠に朝鮮人が日本国籍を喪失したということはできない。

すなわち、平和条約締結に際し、当時国であった連合国及び日本は同項によって朝鮮人の国籍変更を定める意思を有しておらず、当時国たる朝鮮と日本とで解決すべき問題であると考えていたことは次の事情より明らかである。

(一)  大沼保昭東大教授が当時連合国側一員として条約草案の起草にあたっていた五人についてしたアンケート調査の結果

(二)  日本政府と韓国との間の一九五一年一〇月の第一次日韓予備会談において、日本国の平賀代表は「領土変更時は住所者に対して国籍を定めるのが国際慣習であり、平和条約のみでは在日韓国人の日本国籍喪失にはならない故に、在日朝鮮人の日本国籍を決定する必要がある」と述べた。

(三)  一九五二年四月からの第二次日韓会談において、韓国政府代表は、在日朝鮮人の国籍は法的には未確定状態である旨主張しており、この両当事国は、その時点において、平和条約二条(a)項は国籍についての規定ではないことを明らかに表明している。

2  第二次大戦後においては、①国籍問題は条約によらず、当事国双方の国内法によって解決する②領域変更に伴う居住民国籍の自動変更という考えはとられない③個人の主体的決定による国籍変更を認めるという共通の考え方によって植民地独立に伴う国籍処理がなされているところ、右の三原則は「国際法上の原則」というべきものであり、かかる国際法の原則に反するような平和条約の解釈は誤りといわざるを得ない。

理由

一当裁判所も、控訴人の日本国籍を有することの確認請求及び慰藉料請求は共に理由がなく、また内閣総理大臣に対する謝罪等請求は不適法として却下すべきものと思料するが、その理由は、次のとおり改めるほかは、原判決説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目裏二行目の「原告」から同五行目の末尾までを削る。

2  原判決一五枚目表七行目の冒頭から同末行の「(1)については」までを次のように改める。

「 控訴人は、(1)平和条約二条(a)項は、国籍に関する条項ではないから、これによって在日朝鮮人が日本国籍を喪失することはない。(2)在日朝鮮人が、朝鮮が当事国となっていない平和条約の発効によって当然には日本国籍を喪失することはない。(3)国籍選択制度は国際法上の原則であるから、かかる原則を無視する結果となる平和条約二条(a)項によって在日朝鮮人のすべてが日本国籍を喪失したとする解釈を採ることはできない。(4)日本に定住するに至った経緯及びその定着度から在日朝鮮人の主体的選択を無視して一方的に国籍を喪失させることはできない旨主張する。

(<証拠略>)によれば、連合国と日本との講和条約の起草に当った連合国側の担当者らは、在日朝鮮人の国籍問題はその当事国たる朝鮮と日本とが解決すべき問題であり、国籍問題を講和条約中に規定することは考えていなかったこと、日本政府も、平和条約の締結の直前までは「領土変更時には住所者に対して国籍を定めるのが国際慣習であり、平和条約のみでは在日韓国人の日本国籍喪失とならない故にこれを決定する必要がある」と考えていたことが窺われるところである。

而して、前示のとおり、日本は平和条約により朝鮮の独立を承認し朝鮮に対する主権を放棄したのであるから、朝鮮の独立により日本の国籍を喪失すべき者の範囲を決定する必要があるところ、領土変更ないし植民地等の独立に伴う国籍問題については現在国際法上確立された普遍的な原則は存在せず、また、在日朝鮮人に関し、その国籍の得喪を定めた国内法或いは当事国間の条約は今日に至るまで存しないのであるから、日本国としては、朝鮮人の日本国籍の喪失根拠を別に求めなければならないところである。そうして、朝鮮の独立により日本の国籍を喪失すべき者の範囲の決定自体は、別段当事国間の条約でなくても、日本が朝鮮の独立を承認した条約の趣旨を尊重して独自になし得るところである。この場合、日本国籍を喪失する者の範囲を明確にするためには法律でこれを定めるのが望ましかったことは否定できないとしても、条約は法律に優先する効力を有するのであるから、平和条約の効力により在日朝鮮人が当然日本国籍を喪失するものとしても、憲法一〇条の規定には反しないのみならず、既に平和条約締結前及び平和条約締結に伴う措置として、国内法上、例えば外国人登録令(昭和二二年勅令二〇七号)では、朝鮮人はこの勅令の適用上外国人とみなして登録義務を課し、あるいは「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律一二六号)」では、日本在留の外国人であって在留資格を有することなく在留できる者として、平和条約の効力発生の日において日本国籍を離脱する者を挙げて対日平和条約発効の日に朝鮮人が日本国籍を当然に喪失すべきことを前提とした規定を設けていること、対日平和条約の締結に際し、日本政府は、前示のとおり韓国政府と交渉を進めそこで国籍問題を解決しようとする一方、他方では、前掲甲第二号証の四によれば、韓国政府との交渉で国籍問題が解決されない場合には平和条約に基き当然在日朝鮮人は日本国籍を喪失するとの解釈のもとに平和条約を締結したことが窺われること等の事情に照らせば、平和条約が国籍問題については明示的に規定していないとしても、これを根拠として平和条約の発効により朝鮮人が日本国籍を当然に喪失すると解することは十分可能であり、合理性のあるところである。

もとより右日本国籍の喪失措置により在日朝鮮人がいずれの国の国籍をも有しない無国籍者となるようなことがあるとすれば、それは国籍の専断的剥奪の禁止を規定する世界人権宣言その他国籍に関して一般的に認められた国際法の原則に照らして許されないところである。

しかし、南朝鮮においては、大韓民国成立前の一九四八年五月一一日、朝鮮過渡議院において国籍に関する臨時条例が制定、施行されたが、この条例は「国籍法が制定される時まで朝鮮人の国籍を確立して法律関係の帰属を明白にする」ことを目的とし、原則として父系血統主義に立ち「朝鮮人を父親として出生した者」を朝鮮国籍保持者とし、そのほかに父親不明ないし無国籍の場合の母系血統者等と並んで外国人で朝鮮人と婚姻して妻となった者も朝鮮国籍保持者とし、更に「外国の国籍又は日本の戸籍を取得した者でその国籍を放棄するか日本の国籍を離脱する者は檀紀四二七八年(昭和四五年)八月九日以前に朝鮮の国籍を回復したものと看做す」旨規定し、在日朝鮮人に関しても、父系血統上の朝鮮人でかつ内地戸籍に入っていない者は南朝鮮臨時条例上はすべて朝鮮国民とされることになっていた。南朝鮮では一九四八年八月一五日に大韓民国の成立が布告され、同年一二月二〇日右の臨時条例に代わるものとして国籍法が制定、施行されたが、その内容は前記の臨時条例とほとんど同一趣旨である。そして、その翌年これを在外居住者にも適用し、特に在日朝鮮人をも韓国国民として確定しようとして在外国民登録法(令)を制定、施行した。

他方北朝鮮では、一九四八年九月九日朝鮮民主主義人民共和国が成立したが、成文立法として国籍法が制定されたのは一九六三年一〇月九日になってからであり、法制的には不明な点があるが、(<証拠略>)によれば、国民確定が朝鮮民族に立脚し、その際血統が基準とされたことは韓国の場合と同様であることが窺われ、右血統的基準(但し、父系主義ではない)が、六三年国籍法でも基本的に採用されているが、韓国とは異り、第一に在日北朝鮮公民と外国人との間に出生した者の国籍は父母の合意によることとしており、第二に夫婦独立国籍が採用されているところである。

従って、韓国国籍法に関する限り、平和条約によって日本国籍を喪失することになっても、無国籍者が生ずることはないが、北朝鮮国籍法に関しては、右六三年国籍法の原則がその独立以来の原則であったとすれば、日本国籍喪失により北朝鮮国籍をも取得せず無国籍となる者が生ずる可能性がないではない。しかし、右の如く例外的に無国籍者が生ずる可能性があるからといって、それだけでは直ちに平和条約二条(a)項を朝鮮人の日本国籍喪失条項と解することの妨げにはなるものではないし、弁論の全趣旨によれば、控訴人は韓国国籍を有するものと認められるから、たとい平和条約二条(a)項により日本国籍を喪失し無国籍となる者があるとしても、控訴人がこの点を取り上げて平和条約二条(a)項の解釈の不合理を主張する利益を有しないものといわなければならない。また、(2)については、なるほど平和条約によって独立を承認された朝鮮においていかなる範囲の者が独立した国家の成員となるかは当該朝鮮において決定されるべき国内問題であって、日本が、朝鮮が当事国となっていない平和条約の解釈として決定すべき問題ではなく、事実、前示のとおり、韓国、北朝鮮とも国内立法において自国民の範囲を決定しているのである。日本が平和条約二条(a)項に基づいて定めているのは、国際法の自国民確定権に基づく朝鮮人の日本国籍喪失のみであって、しかも、右の措置は、国際法上国籍に関して一般的に定められた法の原則には反しないのみならず、(<証拠略>)によれば、平和条約締結当時、韓国政府は日本が在日韓国人に対して国籍選択権を与えることを望まず、むしろ在日朝鮮人は当然韓国国民であることを前提とした上で、その法的地位を一般外国人とは異るものとするよう主張していたことが窺われることや」

3  原判決一六枚目表三行目の「みれば」を「みれば、」に、同五行目の「考えられ」を「考えられるし」にそれぞれ改め、同五、六行目の「含め、」の次に「我が国との条約で」を加え、同末行の「在日朝鮮人の国籍を決めるほかはないというべきである」を「在日朝鮮人に対する統治権を放棄したものと解することは何ら差支えないというべきである」に、同裏一行目の「(2)」を「(3)及び(4)」にそれぞれ改め、同二行目の「者について」の次に「条約ないし旧主国の国内立法で」を加え、同一七枚目表一、二行目の「科している」を「有する」に改め、同二行目の「、又」を削り、同四行目の「いえないうえ」を「いえないし、また、平和条約の規定に基づく日本国籍の喪失が本人の意思に反するものであっても、それだからといって直ちに憲法二二条二項に違背するものとはいえない。そのうえ」に改め、同裏四行目の次に改行のうえ次のように加える。

「 控訴人は、右に説示したとおり平和条約二条(a)項の効力によって日本国籍を喪失するに至ったものであり、その国籍の喪失は民事局長の通達によるものではないから、右通達による国籍喪失手続が憲法三一条に反する旨の控訴人の主張は理由がない。」

4  原判決一八枚目表一行目の「理由がなく」の次に「(在日朝鮮人がその歴史的経緯により日本において置かれている特殊の地位にもかかわらず日本人が憲法ないし法律で与えられている多くの権利ないし法的地位を享受し得ず、法的、社会的、経済的に差別され、劣悪な地位に置かれていることは事実であるが、右は在日朝鮮人が日本国籍を有しないためではなく、主として日本の植民地支配の誤りにより在日朝鮮人が置かれた立場を顧慮せず、日本人が享受している権利ないし法的地位を在日朝鮮人に与えようとしなかった立法政策の誤りに由来するものと考えられるのであって、この点から言っても、控訴人の慰藉料請求は理由がない)」を加える。

5  原判決一九枚目表四行目の「ものである」を「ものであるところ、右請求は、控訴人が被った損害の回復措置としてではなく、内閣総理大臣の政治的行為としてすべての朝鮮人に対して謝罪等を求めるものであることが明らかである」に改め、同九、一〇行目の「対し、」の次に「その政治的行為として」を加える。

二以上の次第で、控訴人の請求を棄却し、あるいは不適法として却下した原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠清 裁判官宇佐見隆男 裁判官矢延正平は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官篠清)

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