広島高等裁判所岡山支部 平成10年(ネ)155号 判決 2001年12月14日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人に対し,
1 被控訴人Aは,別紙物件目録記載の建物のうち,三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分(別紙図面1ないし5記載の赤色部分)を撤去せよ。
2 被控訴人らは,平成7年12月26日から前項記載の各部分の撤去済みまで,1か月金3万円の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは,金60万円及びこれに対する平成7年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを5分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。
五 この判決は二2,3項に限り,仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Aは,控訴人に対し,別紙物件目録記載の建物のうち,三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分(別紙図面1ないし5記載の赤色部分),三階屋外階段の柱部分(同図面記載の青色部分),三階屋外廊下突き当たりの壁部分(同図面記載の緑色部分),三階屋外廊下踊り場の一部(同図面記載の茶色部分)を撤去せよ。
3 被控訴人らは控訴人に対し,平成7年12月26日から前項記載の各部分の撤去済みまで,1か月金15万円の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは控訴人に対し,金520万円及びこれに対する平成7年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は第一,二審とも被控訴人らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二本件請求
控訴人は,控訴人が持分6分の5,その母Cが持分6分の1にて共有する岡山市a町b丁目805-4所在の宅地上に,両名で共有(持分各2分の1)する木造1階建居宅に,昭和56年2月27日から居住し生活するところ,被控訴人中下が南側隣接地を買い受け,被控訴人会社に発注して,平成7年12月26日,同地上に,別紙物件目録記載の三階建賃貸マンションを建築(躯体部分の完成)したため,控訴人居住の居宅及び宅地の日照が受忍限度を超えて著しく阻害されることになったとして,人格権に基づく妨害排除請求権に基づき,被控訴人らに対し,上記マンションのうち,三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分,三階屋外階段の柱部分,三階屋外廊下突き当たりの壁部分,三階屋外廊下踊り場の一部の撤去を求めるとともに,人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,平成7年12月26日から前記撤去済みまでの日照阻害による慰謝料1か月金15万円,上記撤去によっても解消できない前記マンションによる日照阻害と圧迫感のために将来にわたって控訴人が受ける苦痛に対する慰謝料400万円並びに本件訴訟提起・追行に要した弁護士費用相当損害金120万円と上記合計520万円に対する平成7年12月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
原判決は,控訴人の請求をすべて棄却した。
控訴人は,当審において,被控訴人会社に対する前記撤去請求にかかる訴えを取り下げ,また撤去請求部分を減縮(庇部分及び壁部分の南側約20センチメートル幅部分を除外)した。
第三当事者の主張
次のとおり改めるほかは,原判決「第二 当事者の主張」の項に記載のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決4頁9行目以下の「原告所有地」をいずれも「控訴人共有地」と改める。
2 7頁3行目から4行目にかけての「第二種住居専用地域」の次に「(なお,本件マンション建築後の平成8年4月16日,第一種中高層住居専用地域に指定されているが,日照権侵害の有無・程度を判断するに当たっては,建築時の用途地域を基準とすべきである。)」と挿入し,21頁2行目から3行目にかけての「が第二種住居専用地域に指定された住宅街であることは認める。」を「の用途地域が控訴人主張のとおりであることは認めるが,その余は争う。本件マンション建築当時,既に,中高層住居が混在する地域であった。」と改める。
3 11頁4行目の次に行を改め,次のとおり付加する。
他方,本件マンションの建築について,建築主である被控訴人中下は,建築基準法7条所定の完了届義務を怠り完了検査を受けておらず,検査済証の交付を受けていないから,同条の2により,本件マンションは使用し得ないものであって,違法建築物である。
理由
一 請求原因1ないし6にかかる事実の認定については,次のとおり改めるほかは原判決の理由中,一及び二の1に説示するところと同一であるから,これを引用する。
1 原判決27頁11行目「原告居宅付近は,」の次に「本件マンション建築当時,」と挿入し,28頁1行目「であること」を「であったが,本件マンション建築後の平成8年4月16日,第一種中高層住居専用地域に指定されたこと」と改める。
2 31頁6行目「本件マンションはは」を,「本件マンションは」と訂正する。
3 35頁1行目の末尾に「そして,旧建物の平均地盤面から4メートルを基準とする日影は,冬至においても,当判決添付の別紙図面6のとおり,午前10時ころから午後3時ころまでの間は,原告居宅の東南部分に生じるのみであり,控訴人共有地の約4分の3に相当する部分の日照は確保でき,秋春分日においては,日影は当判決添付の別紙図面7のとおり,軽微なものにとどまることが認められる(甲61,63)。」と付加する。
4 41頁6行目「影響がないこと,」の次に「しかしながら,上記一部撤去後の本件マンションの平均地盤面から4メートルを基準とする日影は,冬至においても,当判決添付の別紙図面8のとおり,午前10時ころから午後3時ころまでの間は,控訴人共有地の南側部分約4メートルまでの日影が生じるにとどまり,控訴人共有地の相当部分の日照は確保でき,秋春分日においては,日影は当判決添付の別紙図面9のとおり,軽微なものにとどまること,また,撤去請求部分のうち,三階屋外廊下突き当たりの壁部分(別紙図面1ないし5記載の緑色部分)については,その撤去の効果は小さく,三階屋外階段の柱部分(同図面記載の青色部分)及び三階屋外廊下踊り場の一部(同図面記載の茶色部分)については,その撤去により,西日の日照は増加するが,本来日照を要する時間帯の日照の改善にはそれほどの効果が見られないこと,」と挿入し,同頁10行目「大きな」を「相当程度の」と改め,同頁11行目「甲四九,」の次に,「65,66,」を挿入する。
二 以上認定したところを前提として,本件各請求につき検討する。
1 控訴人は,既に,旧建物存在時においても,旧建物の日影により,相当程度,日照を阻害されており,控訴人が控訴人共有地において享受する日照権は,本件マンション建築前から,相当の制約を受けていたものであり,とりわけ,平家建ての原告居宅に居住する以上は,日照を十分には確保できない状況にあった。しかしながら,冬至においても,旧建物時代より本件マンション建築後の方が,上記居宅における日照の享受が得にくくなっている上,秋春分との間の期間の日照享受量の総量は相当減少する結果となるのみならず,平均地盤面から4メートルを基準とする日影は,旧建物時代においては,それほどのものでなく,そのレベルでの日照は確保できていたのに,本件マンション建築によってこれが著しく損なわれるものとなっていることが明らかである。そして,控訴人共有地の地盤が低いことや,近隣の建築物の状況からすると,平家建てのままで,日照を確保することは困難であるが,その地盤を高くし,あるいは二階建に改築するなどし,さらにはサンルーフの設置等によって,控訴人共有地において,地盤面から4メートル以上の高さでの日照を確保することを考えると,旧建物時代において,控訴人が有していた日照権は,本件マンション建築により著しく阻害されるに至っているものというべきであり,控訴人はこれにより日常生活に対する少なからぬ影響を受けていることは明らかである。
他方,本件マンションの高さは,建築基準法による日影規制の対象となる高さに極めて近く,控訴人共有地が地盤面より約0・3ないし0・4メートル低いことに照らせば,実質的には,上記規制の趣旨を及ぼしても不合理ではない。また,本件マンション建築後の平成8年4月16日,第一種中高層住居専用地域に指定されており,用途地域変更の過渡期にあったものとはいえ,本件マンション建築当時の原告居宅付近の用途地域は,第二種住居専用地域に指定されており,その近辺の状況も,前示のとおり閑静な住宅街として,三階建ての建物は比較的少なく,日照を享受しうる良好な住宅環境が保持されていたものである。
以上吟味したところによると,本件マンションによる控訴人の日照の阻害は,その受忍限度を超えているものといわざるを得ない。
2 控訴人請求のとおり本件マンションの一部撤去をすることにより,本件マンションの平均地盤面から4メートルを基準とする控訴人共有地の日照は,冬至においても,相当部分確保でき,秋春分日においては,日影は軽微なものにとどまり,概ね,上記レベルにおいては,旧建物時代と径庭のないものとなる。
その一方で,撤去請求部分のうち,三階屋外廊下突き当たりの壁部分(別紙図面1ないし5記載の緑色部分)については,その撤去の効果は小さく,三階屋外階段の柱部分(同図面記載の青色部分)及び三階屋外廊下踊り場の一部(同図面記載の茶色部分)については,その撤去により,西日の日照は増加するが,本来日照を要する時間の日照の改善にはそれほどの効果が見られないところ,被控訴人らが本件マンションを建築するに際し,それなりに日照に配慮していることなどを考慮すると,撤去の範囲は必要最小限に止めるべく,三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分(別紙図面1ないし5記載の赤色部分)につき撤去義務があるものと認めるのが相当である。
建築続行禁止仮処分の申立て自体に建築続行の一時停止効はないから,仮処分決定までに,建築工事を続行し完成させたことがただちに法的に違法とはいえないが,被控訴人らが,仮処分審理中に建築工事を続行し,仮処分決定前に完成してしまった以上,仮処分審理手続上の信義則に照らし,完成した建物の撤去の履行を求められてもやむを得ないところであり,撤去費用の負担やこれによる損失の発生をもって,たやすく,撤去義務の履行を拒む根拠とすることはできない。また,本件マンションの建築について,建築主である被控訴人中下は,建築基準法7条所定の完了届義務を怠り完了検査を受けておらず,検査済証の交付を受けていないことも無視できない。
そうすると,控訴人は,本件マンションの所有者である被控訴人中下に対し人格権に基づく妨害排除請求として,本件マンションの三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分(別紙図面1ないし5記載の赤色部分)の撤去を求めることができる。
3 被控訴人中下は,本件マンションの所有者として,本件マンションを建築し,被控訴人会社はその建築工事の依頼を受けて,本件マンションを建築するに際し,控訴人から,建築続行禁止の仮処分を申し立てられるなどして,日照権侵害の問題が生じていることを十分に承知しながら,敢えて,本件マンションを建築完成したものであり,共同して,控訴人の人格権としての日照権を侵害した不法行為責任があるものといわざるを得ない。
そして,建築時から撤去時までの控訴人の損害は,日照が不可欠である半年の期間を中心に考えるべきであり,本件における日照阻害や圧迫感の程度に鑑み,暖房費,光熱費等の経済的負担増や精神的苦痛に基づく損害を均霑化して考えると,1か月につき3万円をもって相当であるものと認める。
而して,本件マンションの前示一部撤去により,いまだ旧建物時代において控訴人が享受していた日照の阻害を解消しえない部分がいくらか残るとしても,これが,損害賠償を求めうるまでの受忍限度を超えたものとまでは認め難いから,控訴人の被控訴人らに対する別途の慰謝料請求は理由がない。
そして,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は本件訴訟の性質,内容,認容度等に鑑みると,60万円と認めるのが相当である。
三 以上の次第で,控訴人の本件請求は,被控訴人中下に対し,本件マンションのうち,三階屋外階段の庇部分及び三階廊下の庇部分(別紙図面1ないし5記載の赤色部分)の撤去を求め,被控訴人らに対し,平成7年12月26日から上記撤去済みまで,1か月金3万円の割合による損害金と弁護士費用相当損害金60万円及びこれに対する平成7年12月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,その限度で認容すべく,その余は失当として棄却すべきである。
四 よって,上記判断と異なる原判決は,これを上記のとおり変更すべく,控訴費用の負担につき民訴法67条2項前段,64条本文,65条1項本文を適用し,主文二2及び3掲記の金銭支払請求部分につき,同法310条を適用して,仮執行宣言を付し,その余の部分については相当でないから仮執行宣言を付さないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 片岡安夫 裁判官 金馬健二 裁判官 石原稚也)