大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

広島高等裁判所岡山支部 平成11年(行コ)3号 判決 2000年4月27日

控訴人

岡山県知事(Y) 石井正弘

右訴訟代理人弁護士

塚本義政

甲元恒也

佐藤洋子

右指定代理人

小倉誠二

中桐幸一

大森悦二

渋江忠裕

小笠原保夫

岸本芳明

稲家誠

赤木一成

杉本盛正

被控訴人

株式会社総合企業(X)

(旧商号、株式会社岡山農業公園ドイツの森)

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  事案の概要で認定・説示した事実、〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人は、岡山県赤磐郡吉井町平山字小深田一六六二番一ほか一四筆の土地に産業廃棄物最終処分場(管理型)を内容とする産業廃棄物処理施設の設置を計画し、平成八年二月一九日、東備振興局を通じて控訴人に対し右の許可申請をした。被控訴人代表者は、右申請に係る書面を東備振興局に提出した際、『被控訴人は、平成八年一月一二日に株式会社岡山クリーンサービスから産業廃棄物設置許可申請等についての一切の権利の譲渡を受けた。控訴人と吉井町とが右許可申請を受理しないとの協定をしていることに照らし、事前協議をしても時間の無駄であるので、事前計画書の提出要求に基づく行政指導には従う意思がない。行政手続法七条の規定に基づき遅滞なく審査を開始することをお願いする。』などと記載した文書を朗読するとともに東備振興局にこれを提出したが、同年二月二八日には一転して事前指導を受けるとして右申請を取り下げ、同年三月一八日に指導要綱に従い、東備振興局に事前計画書を提出した。それ以後、被控訴人は、東備振興局からの再三にわたる補正の求めを受けて、事前計画書の取下げ、提出を繰り返した結果、東備振興局は、同年一二月一二日、形式的要件が具備されたとして、東備振興局による事前計画書の実質的審査を開始した。右の実質的審査を始めるまでの間、東備振興局が指摘した問題点は、<1>提出した書類には、その間で整合性がなかったり、正本と副本とで内容が異なっていたり、計算書等の記載漏れがあったりといった明確な誤りがあること、<2>添付書類の根拠になるデータが不十分であること、<3>地元住民等の同意書が十分に添付されていないこと、<4>右の廃棄物処理施設の実際のオーナーが被控訴人以外の者であるため書類上無理な点が生じていること(被控訴人の代理人の立場で東備振興局と接触していた者は、平成八年三月一八日に東備振興局を訪れた際、事前協議は被控訴人が行うが、実際のオーナーは近畿総合センター株式会社の霜田利雄である旨述べていた)などの諸点であった。

東備振興局は、右の実質的審査を始めた後、被控訴人に対し、形式的不備を重ねて指摘するとともに、排水処理施設が台風等のときにも対応できる根拠等技術的な補正も求めたところ、被控訴人代表者は、東備振興局の補正の求めに対し次第に反発するようになっていった。さらに、東備振興局は、同年一二月二五日ころ、警察署から被控訴人の提出した事前協議書に添付されている地元住民等の同意書の中に偽造された疑いのあるものがあるとして捜査関係事項の照会を受けたことから、平成九年三月一八日ころ、地元住民等に対し、東備振興局長名で同意書が真正に作成されたものか否かについての通知を発したところ、三名の者からその同意書は真正に作成されたものではないとの回答を得た。これに対し、被控訴人代表者は、同月二四日、右の通知のために被控訴人と地元との信頼関係が壊れてしまったなどとして、協議中の事前協議書を取り下げるに至った。なお、東備振興局は、以前から被控訴人の産業廃棄物処理施設の設置が許可されたのかなどという問い合わせを受けていたが、右取下げがなされたころになると、右許可がなされたことを前提にした計画地の売買の話があるなどという電話を第三者から受けるようになった。

2  そして、被控訴人代表者は、前記のとおり、平成九年三月二六日、控訴人あての許可申請書(以下「本件申請書」という)を東備振興局に提出し、東備振興局から同日付けの受付印を受けたが、右提出の際、控訴人に対し、「事前計画書提出後一年以上にわたり事前指導を受け、その間十数回に及んで指示に従い補正を繰り返してきたものであるから、事前指導をうち切らせてもらった上、行政手続法三二条及び三三条に定める救済を受けたい。もっとも、今後一切行政指導に従わないというものではなく、本件許可申請に対する審査の段階での行政指導には従う意思がある。」旨表明し、また、事前協議を終了していない申請書は受理しないこととしているのでこれを返却することになるとの東備振興局の説明に対し、「返却するに当たっては受理しない理由を記載した書面を交付してほしい。裁判で決着を付ける。」などと述べた。東備振興局長は、同年三月三一日になって事前協議のための事前計画書が取り下げられたのに誤って受け付けたとして本件申請書を返却した。なお、計画地内には被控訴人の計画に同意しない末石正志が共有持分を有する土地が存在するが、本件申請書に添附された切図の写しは右土地が計画地外に存在するように改ざんされていた。

ところで、指導要綱は平成八年七月一日から改正後のものが施行されるに至っていた(以下「新指導要綱」という)ところ、被控訴人の代理人長船日出夫らは、同年四月二日、東備振興局において、「再度事前協議をしてもらいたい。補正指示事項については明確に指示してもらえれば、それに従う。」旨述べ、東備振興局の担当者から「事前協議が取り下げられ、事前協議を中止し、許可申請書が提出され、その返却がなされたものを再度継続協議することはできない。新規に事前協議を行うということならやむを得ない。」などと説明を受けると、被控訴人は、同月九日、弁護士である代理人を介して、東備振興局に対し、「先日事前計画書を取り下げ、許可申請を受理されなかった本件について、再度事前計画書を提出したい。今回は、新規の扱いであるが、内容的には前回のものと同様であるので、審査については継続的にお願いしたい。指摘事項については指導どおり訂正したいので、協議をさせてほしい。同意書が偽造されたと指摘されていた三名のうち二名については二・五メートルの道路を隔てている土地の所有者なので同意書は不要であると考えているが、必要なら言ってほしい。」旨申し述べた。そこで、東備振興局は、同月一七日、右の二名について同意書が必要か等を確認するために現地調査をし、右二名については新指導要綱では同意書が必要でないことを確認したが、同年五月八日、事前計画書を提出するか許可申請をするか迷っている右長船らに対し、「申請書を提出しても事前協議を終了していないものは返却する。当該事前計画書は一度取り下げられており、再度継続して事前指導することはできず、新規扱いとして新指導要綱を適用することになる。そして、新指導要綱によれば、放流地点から直線で下流おおむね五〇〇メートル以内のすべての水利権者の同意が必要である」旨説明した。

3  被控訴人は、同年六月四日、東備振興局に対し、新指導要綱に基づき作成した事前計画書を提出したが、その一方で、その前日には、本件申請書の返却行為が受理拒否処分であるとして、その取消し及び損害賠償の支払を求める訴え(岡山地方裁判所平成九年(行ウ)第一一号)を提起した(ただし、同年八月六日に右訴えを取り下げた)。

4  その後、被控訴人と東備振興局との間で、事前計画書の提出、返却が繰り返されたが、その際、東備振興局から指摘された問題点は、<1>同意書が偽造された点についてそのまま放置することは問題であること、<2>計画地内の土地の共有持分者であり隣地所有者でもある末石正志の同意書が必要であること。<3>計画地内の土地の一部を分筆してその部分事業計画の規模を縮小させ、右末石の所有する土地が計画地の隣地にならないようにした事前計画書が提出されたが、これは脱法的であって認められないこと、<4>放流先の水利関係者の同意書に不備があること、<5>排水処理施設の対応能力に関する問題等の技術的な問題点などの諸点であった。

5  被控訴人は、平成一〇年一月二一日付けで、控訴人に対し、平成九年一二月二六日に提出した事前計画書が直ちに返却された理由を書面により交付するように求める請求をし、平成一〇年二月一三日ころ、東備振興局長名義で、右4の<2>、<4>の同意書が添附されていない以上具体的審査を開始することができないので右事前計画書を返却した旨の回答書を受領すると、同月二五日、新たに産業廃棄物処理施設設置の許可申請書を提出した。これに対し、東備振興局は、同年三月一〇日、本件許可申請の場合と同様に、指導要綱に定める事前指導が終了していないことを理由に、右許可申請を返却した。

6  本件許可申請と平成一〇年二月二五日の許可申請との内容面における比較は、原判決一三頁五行目の「本件許可申請が」から一四頁一一行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。なお、平成一〇年二月二五日の許可申請における対象区域、埋立地面積、埋立容量が本件許可申請におけるそれらと異なることになった主たる理由は、右4<3>のとおり事業規模が縮小したことによるものであり、また、工事金額が増大した主たる理由は、東備振興局からの指摘に基づき、排水施設計画の不備を訂正したことにある。

7  被控訴人は、平成一〇年四月二二日、控訴人を相手方として、同年二月二五日の許可申請についての不作為の違法確認の訴えを提起し、次いで、同年六月二日、本訴を提起した。控訴人は、前者の訴訟においては、受理拒否が被控訴人に対する応答行為に該当する旨主張していたが、さらに、平成一一年一一月一五日付けで、廃棄物処理施設設置の意思のない被控訴人が別の目的で申請を行っていると認められることを理由に、平成一〇年二月二五日の許可申請を却下する旨の通知をし、被控訴人は、平成一二年一月五日、右訴えを取り下げた。

8  廃棄物処理施設の設置許可をめぐる事前協議の期間は、事例により様々であるが、岡山県が近年取り扱った事例によると、最長のものが約二年二か月間、最短のものが約五か月間、平均約一年二か月間であり、事前協議を終了した後なされた許可申請に対しては、原則として直ちに許可がなされている。

二  右事実を前提にして、争点について検討する。

1  本件許可申請は、行政手続上の「申請」に該当するか

(一)  控訴人は、本件許可申請が、事前協議の途中で控訴人から地元同意書の真偽について調査されたことの腹いせで未完成な申請書を形だけ提出したものであって、右の約二年間にわたる一連の流れの中において過渡的、一時的な意味を有するにすぎず、固有の申請意思が形成されてなされたものではないから、行政手続上の「申請」には当たらない旨主張する。

なるほど、被控訴人は、産業廃棄物処理施設の設置計画について、平成八年二月一九日から平成一〇年二月二五日の許可申請に至るまでの間、控訴人との間で事前計画書等の提出、返却等を繰り返してきており、本件許可申請はその一連の流れの中においてなされたものであり、また、本件許可申請は、控訴人が地元住民等の同意書の真偽について調査したことがきっかけでなれさたものである。しかしながら、被控訴人が控訴人に対し、本件申請書を提出して本件許可申請を求める旨明確に表示した以上、申請意思があるものと認定するのが相当であり、右事情は右認定を左右するものではなく、右主張は採用できない。

(二)  また、控訴人は、種々の問題点に照らすと、本件許可申請とされる行為は、公序に反し、文化にもとる性質を帯びているといわざるを得ず、いまだ行政手続にいうところの「申請」には当たらない旨主張する。

なるほど、<1>被控訴人が本件許可申請及びその前後における事前協議の際提出した同意書や切図の写し等には偽造ないし変造の疑いが生じており、また、被控訴人の周辺の者が本件で求められている処分に関する公文書を偽造した疑いも否定できない(〔証拠略〕)というべきであること、<2>被控訴人の代理人は、事前協議は被控訴人が行うがオーナーは別である旨述べたことがあり、また、右許可がなされたことを前提にした計画地の売買の話があるなどという電話が東備振興局にかかってきているのであって、以上によれば、被控訴人が自ら廃棄物処理施設を建設したり運営したりするつもりはないのではないかという疑いが持たれる事情があること、<3>被控訴人が控訴人に事前協議の際提出した書類の間で整合性がなかったり、正本と副本とで内容が異なっていたり、計算書等の記載漏れがあったりといった明確な誤りがあったことなどの事実が認められることは、前記一で認定したとおりであり、そのうち右<2>の点は、本件許可申請を不適法とする根拠になり得ないではない。

しかしながら、行政庁は、法令に基づく申請がなされた以上、その申請が手続上不適法であっても、却下という応答をすべきであるから、不作為の違法確認の訴えの訴訟要件である「法令に基づく申請」(行政事件訴訟法三条五項)は、法令により認められる制度を利用したものであれば足り、手続上不適法であるものも含まれるというべきである。したがって、法一五条一項に基づく許可を求める本件許可申請が右の「法令に基づく申請」に該当することは明らかであって、右事実や控訴人の指摘するその他の事実を前提にしても、これが「申請」に当たらないということはできず、右主張は採用できない。

2  本件について訴えの利益があるか否か

(一)  控訴人は、本件許可申請と平成一〇年二月二五日の許可申請とが実質的同一性を有していることを前提として、被控訴人が、平成九年四月九日に新たに事前指導のための事前計画書の提出を申し出たことにより、又はその後平成一〇年二月二五日の許可申請をしたことにより、本件許可申請を黙示的に取り下げた旨主張する。

なるほど、右一で認定した事実によれば、右の両許可申請は、いずれも被控訴人が岡山県赤磐郡吉井町平山字小深田所在の土地に産業廃棄物処理施設を設置することについてのものであり、平成一〇年二月二五日の許可申請は、控訴人からの行政指導に配慮して、本件許可申請の内容を一部手直しして行ったものであって、内容的には両立し得ないものということができる。

しかし、右のような実質的同一性が認められるものであっても、法一五条一項に基づき時期を異にしてそれぞれ許可申請がなされた以上、都道府県知事は原則としてそのいずれに対しても応答をすべきであり、実質的同一性を有する許可申請をしたこと又はそのための事前計画書を提出したことをもって既になされていた許可申請が当然に取り下げられたと解することはできない。

そして、本件において、被控訴人が本件許可申請を撤回したものと推認すべき事情は認められず、むしろ、被控訴人が、平成九年六月四日に東備振興局に対し作成した事前計画書を提出する一方で、その前日には、本件申請書の返却行為が受理拒否処分であるとして、その取消し及び損害賠償の支払を求める訴えを提起していることを考慮すると、被控訴人は本件許可申請を撤回する意思はなかったものと認めるのが相当である。

(二)  または、控訴人は、平成一〇年二月二五日の許可申請について、被控訴人に対し、右申請書の受理を拒否するという方法で処分を行い、このことを確認するために、平成一一年一一月一五日付けで却下処分通知を行ったのであり、右却下処分をしたことにより、右申請における問題点をすべて含む本件許可申請についても処分をしたことになる旨主張する。なるほど、控訴人は、平成一〇年二月二五日の許可申請書の受理の拒否をし、平成一一年一一月一五日付けで、廃棄物処理施設設置の意思のない被控訴人が別の目的で申請を行っていると認められることを理由に、平成一〇年二月二五日の許可申請を却下する旨の通知をしたのであるが、前記(一)で説示したとおり、実質的同一性が認められるものであっても、法一五条一項に基づき時期を異にしてそれぞれ許可申請がなされた以上、都道府県知事は原則としてそのいずれに対しても応答をすべきであって、平成一〇年二月二五日の許可申請に対し却下処分をしたからといって本件許可申請に対する応答が不要になるわけではない。

(三)  したがって、控訴人の右主張は採用できない。

3  不作為の違法性

(一)  行政手続法七条によれば、行政庁は、申請が事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならないにもかかわらず、控訴人は、本件許可申請を受けた後、本件申請書を被控訴人に返却し、何らの審査及び処分をしていないのであるから、本件許可申請に対する控訴人の不作為が存在することは明らかである。もっとも、控訴人は、本件許可申請がなされると、間もなく被控訴人に本件申請書を返戻したものであるけれども、その経緯に鑑みると、右行為が本件許可申請に対する応答であるところの行政処分に当たらないことは明白である。

(二)  そこで、右不作為が違法か否かを検討するに、不作為の違法とは、行政庁が申請に対し相当の期間内に何らかの応答をすべきであるのに、これをしないことを意味する(行政事件訴訟法三条五項)。そして、右の相当の期間の経過は、行政庁が当該申請に対する応答行為をするのに通常必要とする期間を経過しているか否かを基準として判断すべきであり、ただし、右基準によって相当の期間が経過したと認められる場合であっても、それを正当とする特段の事情があるときは違法であることを免れるというべきである。

これを本件についてみると、岡山県が近年取り扱った廃棄物処理施設の設置許可をめぐる事例において、事前協議の期間は、最長のものが約二年二か月間、最短のものが約五か月間、平均約一年二か月間であり、事前協議を終了した後なされた許可申請に対しては、原則として直ちに許可がなされているところ、本件許可申請のあった平成九年三月二六日から本件訴訟の口頭弁論終結の日である平成一二年二月一五日まで二年一〇か月以上経過しているのであって、相当期間を経過しているというべきである。

そこで、次に相当の期間が経過したことを正当とする特段の事情が存在するか否か検討するに、本件においては、前記1(二)で説示したように、公文書の偽造の疑いを始めとして種々の問題点があることは否定できないところであり、そのために、通常の事案よりも審査の期間が長くなることもやむを得ないところである。しかしながら、右不作為が長期間に及んでいるのは、そのような事情によるのではなく、控訴人が、事前協議が終了していないことを理由に許可申請書を返却し、以後その審査をしようとしないためであって、控訴人が近い将来その判断をしようという意思がうかがえないこと、本件許可申請と同様の問題を抱えている平成一〇年二月二五日の許可申請に対しては既に却下処分をしていることを考慮すると、右事情は不作為が相当期間経過したことを正当とする特段の事情とは認められないというべきである。

そして、他に右特段の事情に該当する事実が存在するとは認められない。

(三)  したがって、本件許可申請に係る控訴人の不作為は違法というべきである。

第四 結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 辻川昭 森一岳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例