広島高等裁判所岡山支部 平成11年(行コ)5号 判決 2001年3月29日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、岡山県和気郡吉永町に対し、一九二万一五〇〇円及びこれに対する平成八年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
次の一のとおり訂正し、当審における補充的主張として次の二、三のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
1 原判決六頁五行目の「右3の事実」を「右2の事実」と改める。
2 同一二頁につき、六行目の「南方地区全体」を「地区全体」と改め、一〇行目の末尾に次のとおり加える。
「なお、控訴人らは、区長が町長から報酬を支給されて町長に協力する非常勤特別職の公務員であると主張する。しかし、公務員であるか否かの判断基準として、①国又は地方公共団体から報酬を受給すること、②国又は地方公共団体が任命権者であること、③その従事する事務が国又は地方公共団体の事務であることが挙げられるが、区長は、地域住民が選任することになっており、町には任免権がないから、②の要件に欠けている。」
3 同一三頁二行目の「町行政の影響力を懸念している旨主張する」を「、同協議会による町行政への影響力を懸念する」と改める。
4 同二八頁四行目の「前記一のとおり」を削除する。
二 当審における控訴人らの補充的主張
1 地方自治法二五二条の二〇違反の点について
原判決は、区長が非常勤特別職公務員であり、区長の職務が末端行政の補完作用を有することを認めながら、区長設置条例上の区(以下「本件区」という)が地方自治法二五二条の二〇所定の区(以下「地方自治法上の区」という)に該当しないとしたが、不当である。
(一) 区長の職務が行政作用の一端を担う以上、本件区の諸々の事務のうち少なくともかなりの量の事務は公的性格を有することを否定できず、そのような公的事務が予定されている区が直ちに区民の権利義務を権力的に創設するものではないとしても、区内において自主的な団体意思形成のもとに多数が少数を支配することが可能であり、その点で地方自治法上の区と実態がさほど変わらない。なお、原判決は、区長が非常勤特別職公務員と認めながら、区長を選出する本件区が任意団体にすぎないとしているが、これは矛盾である。
(二) 原判決は、「区は、自らが事業主体となって、区の総会で策定された事業計画に基づいて、区の住民から徴収した区費を用いて、地域住民のための事業を独自に行うものであり、当該事業の中には、町行政と関連するものもあり、町の見解を求めることとなるものもあれば、町から補助金の交付を受けるものもあるが、町ないし町長の権限を分掌して行うものではなく、あくまでも区独自の事業である」とする。しかし、町民から出される多様な担当区域内住民の利害の交錯した複雑な要望の取りまとめなどについては本来町長が住民の利害を調整しながら政治的決定をすべきであるところ、区長設置条例五条は担当区域内の町民の要望の取りまとめについて区長にその権限を委ねているから、町長は、担当区域内からの要望に対しては同条を根拠に区長による取りまとめを求めることができ、さらに、区長による取りまとめができるまで担当区域内の要望に応えることを拒絶することも可能である。したがって、町長の権限について、町長の協力者として規定された区長がその職務を遂行しているのであるから、区長はまさに町長の権限を「分掌」して行っているのである。そして、町行政の一部を担当することとなった区長がその代表を務める本件区は、完全な任意の住民団体という性格を有する地縁団体ではなく、条例上の根拠をもって存在する公的団体、非任意団体に転化したというべきである。
(三) 原判決は、本件区の事業が独自性、自主性を有していることから、地方自治法上の区とは性格を異にするとしている。しかし、本件区の事業が独自性、自主性を有していたからといって、そのことから直ちに本件区が地方自治法上の区と性格を異にすることになるわけではない。
2 憲法九二条違反の点について
(一) 憲法九二条は地方公共団体の組織運営に関する事項は法律でこれを定めるとしているのに、本件区は、法律で定められたものではなく条例でその設置を定めているから、同条違反である。
(二) 原判決は、本件区が憲法九二条にいう地方公共団体にあたるとは認められないとする。しかし、本件区は、自ら区民に適用する規則を策定しているという点で自主立法権を、諸事業を遂行する主体となるほか末端行政を担うという点で自主行政権を、自ら区費を定めてこれを徴収し、その意思で区財政から末端行政のために支出するという点で自主財政権を有するのであって、憲法九二条にいう地方公共団体に当たる。
3 任意団体の長である区長に公金を支出することの違法性について
(一) 原判決の認定するように本件区が任意団体であり、区長がその代表者にすぎないとすると、任意団体の代表者の区長を特別職非常勤公務員として位置付け、しかもこれら区長を町長の協力者として規定し、そのような区長に対して、区長の選任に反対の意思表示をした町民を含む全町民の税金をもって報酬まで支払う合理性がない。むしろ、任意団体であるはずの区や区長を条例をもって規定することにより弊害が生じることは容易に想像できる。すなわち、区長となった者は、町長から委嘱を受けた特別の立場に立つものとして受け止められ、区の住民に対して上位に立って、意見調整と称して権力的に意見要望のとりまとめをすることも可能であり、その他非民主的な町政運営の弊害をもたらすものとなっている。
(二) 任意団体に対する公金支出が許される場合は、単年度ごとに任意団体からの申請等の手続とその審査を経て、助成金、補助金が交付されるのであり、その交付については、補助金等に係る予算の適正化に関する法律により厳しく規制されている。ところが、区長設置条例に基づく区長への報酬は、団体ではなく一個人にその労働、仕事の対価として給付され、これに対する監査等の公益性を確保するための規定がないから、濫用の危険性が大きい。
三 当審における被控訴人の反論
1 地方自治法二五二条の二〇違反の点について
(一) 本件区が地方自治法上の区と異なるものであることは、原判決説示のとおりである。控訴人らは、区内において自主的な団体意思形成のもとに多数が少数を支配することが可能であると主張するが、そのような事実はない。また、控訴人らは、原判決が、区長を非常勤特別職公務員と認めながら、区長を選出する区が任意団体にすぎないとしているのは矛盾であると主張するが、原判決は、区長設置条例五条の職務の限度において区長を公務員と認めているにすぎず、それ以上に積極的に非常勤特別職公務員と認定しているわけではない。区長は、町に選任権がない以上、本来の公務員ではないのであって、区長が公務員であることを前提にしてその報酬の支払が違法、違憲であるとする控訴人らの主張は失当である。
(二) 控
訴人らの1(二)の主張は、区長の職務が区長設置条例五条に限定されているという前提のもとになされている。しかし、区や区長の活動は、地域住民の自主的な事業活動にこそその本質があるのであり、右規定は、区長の多様な自主活動のうち、町行政と関連する面のみをとらえてこれを制度化したものにすぎない。
(三) 区長設置条例は、昭和二九年、旧神根村、旧三国村、旧吉永町の一町二村が合併して最初に開催された吉永町議会において可決成立したものであるが、右の町村合併の中において、効率のよい行政の執行の方策を建てる必要性に迫られて同条例が制定されたものである。その目的は、合併町村全域に平等な利益をもたらすためであり、具体的には、道路等の修理をはじめとして最近の概念でいうコミュニティ活動を効率よく実現することにあった。しかも、その活動基盤は、各部落が独自に有していた財産が中心であり、その自治的、効率的な運用が基礎であると考えられており、実際上も、同条例は区の自主性、独自性を旨として運用されている。右のような事実を前提にすると、本件区長制度は、地方自治法上の区を創設したものではなく、同規定に違反するものとは解されない。
2 憲法九二条違反の点について
本件区は、立法権(区長設置条例は、区の立法には触れていない)、行政権(区の事業内容をみれば凡そ行政権とはかけ離れた活動である)、財政権(財政権という概念は統治団体を前提にしており、本件区には当てはまらない)とも有していないから、いずれからみても、区長設置条例が憲法九二条に違反するということはできない。
3 任意団体の長である区長に公金を支出することの違法性について
(一) 区長設置条例の合理性に問題があれば、これを改廃すればよいのであって、違憲、違法の問題は生じない。
(二) 区長設置条例は、報酬の支払について補助金の交付という位置づけを採用していないから、監査等の規定がないのはやむを得ないところであるし、報酬の支払について濫用の危険性が大きいことの立証はなされていない。
理由
一 請求原因1(当事者)、2(公金支出)、4(監査請求)の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因3(公金支出の違法性)について
1 本件区長制度の実体について
次のとおり訂正するほか、原判決三三頁七行目から四二頁七行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決三三頁につき、八行目の「第一七号証ないし第二四号証、」の次に「第三〇号証、第三一号証、」を加え、八行目から九行目にかけての「第一一号証ないし第一五号証」を「第一一号証、第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五号証、第一九号証」と改める。
(二) 同三五頁七行目の「町内の部落と同一の大字」を「村内(現在の吉永町は戦前は三村からなっていた)の部落である大字」と改める。
(三) 同三七頁七行目の「立場にあり、」の次に「同八条には、区長及び区長代理者には報酬及び費用弁償を支給する、その額は、特別職の職員で非常勤の者の報酬及び費用弁償に関する条例の規定によるとの定めがあり、区長らは、」を加える。
(四) 同四〇頁七行目の「区長会の」を「区長及び区長代理者の」と改める。
(五) 同四一頁につき、七行目の「平成八年三月一一日」を「平成八年三月一三日」と改め、一〇行目の「二条」の次に「一項」を加える。
(六) 同四二頁につき、五行目の「区長」を「地区長」と、六行目の「区長代理者」を「地区長代理者」と各改める。
2 行政区ないし地縁団体についての法制度の推移について
証拠(甲三、一二ないし一四、二五、二七、三三、三四、乙一六、二〇、二一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事業を認めることができる。
(一) 市制・町村制は、明治二一年に制定されたものであるが、各市町村は、処務便宜のためこれを数区(その性質はいわゆる行政区である)に分かち、各区に名誉職である区長及びその代理者を置くことができることとされた。なお、市町村は、従来の区域をそのままその区域とするものとされたが、実際には、その施行前に市町村の合併が行われており、行政区の区域の方が、江戸時代以来の町村のそれとほぼ一致していた。
(二) その後、昭和一〇年代に戦時体制が強化されるのに伴い、内務省は、昭和一五年、各地方長官に対する訓令によって、市町村の下部組織として町内会及び部落会(以下「町内会等」という)を整備することを定め、町内会等は、防空などの活動を行うほか、市町村の補助的な業務を行うこととなった。さらに、昭和一八年の市制・町村制の改正によって、市町村長が町内会等を監督することが法律上明記されるに至り、その後、戦争が激化するにつれ、町内会等は、市町村の下部組織としての性格を強めていった。
(三) 戦後、昭和二一年九月の市制・町村
制の改正では、名誉職区長及び行政区の制度が廃止され、その代わりに、名誉区長の処理すべき事務は、今後、町内会長、部落会長又はその連合会長に処理させることとし、市町村は、これらの長に報酬を与えることができるようにした。すなわち、戦後の混乱期における生活必需品の配給や食糧の増産、供出などのためにこれらの組織を利用しようとする方針が立てられた。しかし、占領軍は、町内会等が大政翼賛体制の末端を担ったこと、その民主化も容易でないことから、昭和二二年一月、町内会等の廃止を指令するに至り、これに伴い、内務省は、同月、右(二)の昭和一五年の訓令を廃止し、町内会等のしていた事務を市町村に移管することにした。
(四) このような経緯を経て、地方自治法は、昭和二二年三月二八日に制定され、同年四月一七日に公布となり、同年五月三日に憲法とともに施行されるに至った。
地方自治法では、町内会等は、その法的地位を奪われ、行政区の制度も復活されないままになり、市町村長は包括的に事務を分掌させるために支所又は出張所を設けることができるだけになった(一五五条一項)。
(五) しかし、町内会等に相当する住民組織は占領軍の廃止指令後も社会的には存続しており、昭和二七年に講和条約が発効して右指令が失効すると、自治庁は、昭和二九年、広域化した市町村において困難となる地域掌握のための対応として、町内会等の長を行政末端の特別職の地方公務員として委嘱することによって、間接的に町内会を利用することが便宜であるとしてこれを指導した。このような状況において、吉永町においても区長設置条例が制定されたものである。
(六) その後、昭和三一年六月の地方自治法の改正により、政令指定都市の制度が設けられるとともに、二五二条の二〇の規定が設けられ、同都市については末端行政を円滑に処理する配慮から区を設置することとされた。
(七) 昭和四〇年代になると、コミュニティ活動に対する関心が社会的に高まり、行政においても、昭和四四年九月には国民生活審議会調査部会のコミュニティ問題小委員会の報告書で国民生活優先の原則の下に市民社会の自由と解放性を前提としたコミュニティを形成することが提唱されたのを嚆矢として、コミュニティ活動を積極的に取り上げるようになり、住民組織はこの活動との関係で注目されるようになった。
(八) そして、平成三年四月の地方自治法改正により
、「地縁による団体」に対する市町村長の認可及び認可を受けた「地縁による団体」の権利義務についての二六〇条の二の規定が設けられた。しかし、戦前に町内会等が行政組織の一部に組み込まれて大政翼賛体制の一翼を担った経緯を踏まえて、その第六項で「第一項の認可は、当該認可を受けた地縁による団体を、公共団体その他の行政組織の一部とすることを意味するものと解釈してはならない。」と明示された。
3 区長設置条例制定の経緯等
証拠(乙一、二、一七)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 昭和二九年三月三一日、区長設置条例が吉永町議会で可決されて制定された。右議会における審議の際、同条例の提案理由について、産業委員会委員長は「旧吉永町には区長制があったが、他地域にはなかったので、連絡上又は道路等の修理で、部落負担もあることなので、何かと不便が多いのでこの案を作った」との説明をし、また、町長職務執行者も「他の合併町村も設けているし、また、部落有財産もあり、道路修理にしても区の負担もあることであるから、この制度を設けたい」との説明をした。
(二) そして、他の議員から「区長制は神根(昭和二九年三月に合併により吉永町となった一町二村の中の一村)にもあったのであるが、法の改正により廃止された。これは法律によりできるようになったのか。」などと質問がなされたところ、産業課主任は「法律では決まっていないが、講和条約の発効によりポツダム宣言がその効力を失ったので区長制の禁止条項がなくなり、区長制を設けてもかまわないと解釈している。」との旨の説明をし、それ以上は適法性についての議論がなされないまま区長設置条例が可決された。
(三) 以後、吉永町においては、右条例に基づき区長が置かれ、遅くとも昭和三一年以降は区長に対し非常勤特別職公務員としての報酬及び費用弁償が支給されてきた。
4 以上の事実関係を前提にして、本件区ないし区長制度の設置の適法性について検討する。
(一) 控訴人らは、まず、「地方自治法二五二条の二〇第一項は、その反対解釈から指定都市以外の市町村には区の設置を禁止しているものと解釈すべきものであるが、区長設置条例二条は右規定に反し、町に一四の区を設置し、また、同法二五二条の二〇第三項に反して、各区に区長らを置くことを規定している。」と主張する。
しかし、政令指定都市以外の市町村も、その長は、地方自治法一五五条一項により、その権限に属する事務を分掌させるため、条例で、必要な地に、支所又は出張所を設けることができるのであるから(なお、区長設置条例が制定された当時、地方自治法二五二条の二〇の規定は存在していなかった)、右条例が「区」という名称を用いているからといってこれが地方自治法二五二条の二〇に違反している旨の控訴人らの主張は、右条例の名称にとらわれすぎたもので相当ではない。
もっとも、市町村における支所の長は、事務吏員をもってこれに充てることとされており(地方自治法一七五条一項)、また、市町村の出張所は、住民の便宜のために市役所又は町村の役場に出向かなくてもすむ程度の簡素な事務を処理するために設置するいわば窓口の延長であることが予定されていると解されるから、この点の控訴人らの主張は、本件区ないし区長制度が地方自治法一五五条などの趣旨に照らして違法である旨の主張と解することができる。
(二) そこでこの点について検討するに、戦前から存続する部落を基盤として地域割りした本件区の代理者の区長について、その職務を「町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力し、地域社会の発展に努めるものとする。」と規定し、そのような区長に対して特別職の非常勤公務員として報酬を支払うことを内容とする区長設置条例は、地方自治法一五五条一項、二六〇条の二第六項の立法趣旨に反し、ひいては地方自治の本旨にももとる違法なものというべきである。その理由は次のとおりである。
(1) 前記2で認定したとおり、町内会等は、戦前に市町村の下部組織として組み込まれ、大政翼賛体制の末端を担ったため、戦後は占領軍から廃止の指令を受け、そのような状況の中で制定された地方自治法においても、その法的地位が奪われ、一五五条一項で、市町村長は包括的に事務を分掌させるために支所又は出張所を設けることができるにすぎないようになったものである。右経緯に照らすと、地方自治法一五五条一項等は、町内会等が市町村長の下部組織として組み込まれることを禁止していると解することができる。なお、地方自治法制定後の昭和二七年に講和条約が発効して占領軍による右指令は失効したが、その後も町内会等が市町村長の下部組織として組み込まれることを禁止する地方自治法の態度に変化はなく、平成三年四月の地方自治法の改正の際にも、「地縁による団体」に対する市町村長の「認可は、当該認可を受けた地縁による団体を、公共団体その他の行政組織の一部とすることを意味するものと解釈してはならない。」と明示されている。したがって、町内会等は住民の自主的な意思に基づき、自主的な活動を行う住民組織として位置づけられるべきであり、これを行政組織の一部として組み込むことは許されないというべきである。
(2) 本件区は、戦前から存続する部落を基盤とする部落住民の地域団体的な住民組織であるから、強制的に加入させられるものではないとはいえ、地方自治法が市町村長の下部組織に組み込まれることを禁止している部落会そのものというべきである。
(3) ところで、区長設置条例は、本件区の代理者である区長について、その職務を「町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力し、地域社会の発展に努めるものとする。」と規定し、区長に対し特別職の非常勤公務員として報酬を支払うこととしている。右の職務内容は正に町長の権限に属する行政事務であるから、区長設置条例は、本件区の代理者を町長の下で末端行政を担うものと位置づけ、ひいては本件区を行政組織の一部として組み込んでいるとみるべきである。
(4) 被控訴人は、「廃止された従来の区長制は、大政翼賛会とも密接な関係を持った戦時機関であったことに大きな難点があったが、本件区長制度は、政治的にも、社会的にも全くその背景事情を異にするものである。また、従来の住民組織が戦時中個人生活に様々な干渉をしていたのは事実であり、これが個人の人権を脅かしていたことも事実であるが、本件区長制度にはそのような不都合が生じる余地は制度的になく、そのような不都合が生じた実績もない。」と主張する。
しかし、本件区は、戦前から存続する部落を基盤とする部落住民の地域団体的な住民組織であるから、地方自治法が行政組織の一部とすることを禁止している部落会であることは否定できない。そして、地方自治法が町内会等を行政組織の一部とすることを禁止している趣旨は、戦前に町内会等が大政翼賛体制の一翼を担ったという歴史的事実に対する反省から、市町村長が町内会等における共同体意識を行政に利用することを禁止しようとすることにあると解されるところ、本件区においても、その共同体意識を行政に利用する危険性が存在することは否定できないから、本件区が戦前の町内会等と背景事情を異にすると断じることはできない。
(5) また、被控訴人は、「区長設置条例は、地域コミュニティ活動を可及的に円滑に進めていく趣旨で法技術的な配慮をしながら制定されたものであり、違法性の問題は生じない。」と主張する。
もとより、地域コミュニティ活動がそれなりに評価されるべきことは当然であるけれども、当該活動を行う団体の代表者に対して町長や町への協力義務を課し、その一方で報酬を支払うことは、地域コミュニティ活動への支援の趣旨にそぐわないものというべきである。
本件区長設置条例においては、区長の職務は、「町政の伝達、調査及び町民の意見、要望等の取りまとめその他町政運営上必要な事項について町長に協力し、地域社会の発展に努めるものとする。」とされ、区長は特別職の非常勤公務員として報酬を支払われるところ、「町政の伝達、調査、町民の意見、要望等の取りまとめ」は正に町長の権限に属する行政事務であり、区長はこのような行政事務について「町長に協力し」、非常勤特別職公務員として報酬を得るのであるから、本件区長制度は、単に地域コミュニティ活動を可及的に円滑に進めていくものに止まらず、部落会の長を町長の下部組織に組み込んだものと評価するほかない。
もっとも、町長が町政の住民に対する伝達等の事務を区長に委嘱し、その委嘱した事務に対する相当の対価を支払うこと自体は、地方自治法上許されないものではない。しかし、区長設置条例は、区長に具体的な事務を委嘱するというものではなく、より一般的に行政事務を委託する内容になっている。また、住民の意見、要望の取りまとめは、本来町長が住民の利害を調整しながら政治的決定をすべきであるのに、証拠(証人A、同B、控訴人C本人)によれば、住民の町に対する要望は住民が直接町に対してすることもないではないが、一般的には町長は住民の諸要求の調整を本件区にさせていることを認めることができるのであって、本件区が町長の権限に属することをある程度包括的に代替して行っていることは明らかであり、この点は、平成五年四月一日以降の区長の報酬額が年額一八万三〇〇〇円(区長代理者は年額一二万八〇〇〇円)及びそれぞれの担当地区内の世帯数に応じて加算した金額であることにも表れている。
したがって、この点についての被控訴人の主張は採用できない。
(三) なお、控訴人らは、「憲法九二条は、地方自治の本旨に基づいて、原則として市町村より小さな行政単位の地方公共団体を設けることは予定していないのに、区長設置条例二条が町内に最小の行政単位として区を設けているのは憲法九二条に違反している。」と主張する。
しかし、右主張は採用できない。その理由は、原判決四九頁六行目から五〇頁八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五〇頁四行目の「右2」から六行目の「明らかであり、」までを次のとおり改める。
「本判決の右1、2の各事実に照らすと、本件区の範囲は戦前から存続する村内の部落を基礎とする区域であるから、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤が存在しているとはいえる。しかし、沿革的にみると、右部落は戦前は部落会等として村の下部組織に組み込まれていたのであって、市町村のような完全な自治体としての地位を有していたことはなく、現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権等地方自治の基本的権能を付与された地域団体であるといえないことは明らかである。」
5 以上のとおり、区長設置条例は、地方自治法一五五条一項等の立法趣旨に反する違法なものといわなければならず、したがって、区長設置条例に基づく本件公金支出は違法である。
ところで、控訴人らの本訴請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、町に代位して行うものであるところ、右代位される債権として、控訴人らは不法行為による損害賠償請求権と不当利得返還請求権を選択的に主張する。
そこで、本件公金支出が違法であることを前提として、右各請求権が認められるか否かについて検討する。
(一) 不法行為による損害賠償請求権の成否について
被控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権が成立するためには、被控訴人に故意又は過失が認められる必要がある。
そこで、検討するに、区長設置条例は、自治庁が、昭和二九年、広域化した市町村において困難となる地域掌握のための対応として、町内会等の長を行政末端の特別職の地方公務員として委嘱することによって、間接的に町内会を利用することが便宜であるとしてこれを指導したことに対応して制定されたものであり、吉永町においては、遅くとも昭和三一年以降、区長に対し非常勤特別職公務員としての報酬及び費用弁償が支給されてきているのであって、被控訴人が町長に就任してから右支給を開始したものではない。また、証拠(乙五ないし一〇)によれば、岡山県内の他の複数の町においても、町政運営に協力するものとして区長を置き、区長に対して報酬を支払うという制度が採用されている。
右の事実関係を前提にすると、被控訴人には、地方自治法一四条により吉永町が制定した区長設置条例に基づく本件公金支出が違法であるということについて、右支出当時において、故意があったとは認定できず、本件公金を支出したことに過失があったと断じることもできないのであって、他に右の故意、過失を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人に対する不法行為による損害賠償請求は認められない。
(二) 不当利得返還請求権の成否について
被控訴人に本件公金支出により利得が生じたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被控訴人に対する本件不当利得返還請求は認められない。
三 結論
以上のとおりであるから、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、原判決は、その結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 辻川昭 裁判官 森一岳)