広島高等裁判所岡山支部 平成11年(行コ)9号 判決 2000年9月28日
控訴人
甲
右訴訟代理人弁護士
水谷賢
被控訴人
岡山東税務署長 貞平稔
右指定代理人
大西達夫
加藤幸
近藤英幸
鳥井祐典
藤本憲三
小濱兼次
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成七年二月二三日付けでした控訴人の平成三年分、平成四年分及び平成五年分の各所得税の各更正のうち平成三年分については所得金額三一一万八〇〇〇円、平成四年分については所得金額四〇二万円及び平成五年分については所得金額三一六万円をそれぞれ超える部分並びに各過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
3 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二事案の概要
次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
原判決一六頁一行目の「普及していたもので」から六行目末尾までを次のとおり改める。
「普及していたもので特殊とはいえないこと、価格面においても、工作用機械の本体はその種類にかかわらず価格の幅があり、これにオプションを付加することによってさらに価格差が生じるものであって、単純に控訴人の所有する機械の種類が価格面で特殊性があるというわけではないこと、控訴人が主張する右事情が具体的に控訴人の収入金あるいは所得率にいかなる影響を与えるか不明であることなどからすると、控訴人の主張する事情が右推計を不合理ならしめる程度の顕著な事情とはなり得ない。」
二 当審における補充的主張
1 控訴人の主張
(一) 推計課税の必要性について
(1) 原判決は、被控訴人が控訴人との間で調査の日程を調整する努力をしていたにもかかわらず、控訴人は、これに協力せず、調査の日として自ら申し出た日に在宅しないなど被控訴人の調査を遅らせており、さらに、民商関係者に立会いを求めたり、反面調査に抗議をしたり、多忙を理由に調査への協力を拒否したりしたことなどの事実を認定し、右事実を根拠に推計課税の必要性を認めたが、右認定は、事実を誤認しているか、又はその趣旨を誤解したものである。
(2) 被控訴人の控訴人に対する税務調査が円滑に進まなかったのは、原判決が指摘した控訴人に係る右緒点に原因があったわけではなく、被控訴人の側の対応に原因があった。すなわち、控訴人は、岡山東税務署の小林総務課長に対し被控訴人の係官が早朝自宅に来て調査をしようとしたことについて抗議したところ、同課長が「うちの税務署にはそんな非常識な者はいない。いたら即刻謝罪する。そのため調査をするのでしばらく待ってほしい。九月三〇日に来てくれ。」と言ったので、被控訴人の調査を待つことにし、平成六年九月三〇日に同税務署を訪れたが、被控訴人から調査結果を教えられなかったのみならず、多数の税務署職員に取り囲まれ、「調査に協力しろ」などと威圧的な行動を取られた。被控訴人は、このように控訴人との信頼関係を損なう行動に出た上、一方的に反面調査などを強行したのであって、このことから被控訴人と控訴人との間にトラブルが発生したのである。原判決は、この経緯を無視して推計課税の必要性を認めており、不当である。
(二) 推計課税の合理性について
被控訴人が本件において類似業者の抽出に当たって設定した条件のうち「本件各係争年分を通じて、数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し」との条件について、原判決は、<1>「大多数の機械加工業者がNC旋盤を使用していた」こと、<2>自動材料供給装置を付加した工作機械を使用することにより、これを使用しない類似同業者と比べて具体的に所得率に著しい違いが生じることを認めるに足りる証拠はないこと、<3>主軸移動型と主軸固定型とを比較して、主軸移動型の方が高額であるとはいえないことを前提として、右条件について合理性を認めた。しかし、原判決の<1>ないし<3>の認定ないし判断は、CNC自動旋盤と主軸移動型CNC自動旋盤との違いを誤解し、あるいは理解できずになされており、そのため、原判決は右の条件の合理性について判断を誤ったものである。すなわち、
(1) <1>についてみると、NC旋盤には、CNC自動旋盤とCNC旋盤とがあり、前者の中に主軸移動型と主軸固定型とがあり、主軸移動型と主軸固定型との間には、普及率において一対一〇の差があるところ、控訴人が備え、使用していた工作機械は主軸移動型CNC自動旋盤であり、控訴人は、原審以来、控訴人のような零細企業の中で主軸移動型CNC自動旋盤を備えている企業はほとんどいない旨主張してきたのである。原判決は、主軸固定型CNC旋盤が相当普及していたことを根拠に右条件の合理性を判断しており、その判示は、CNC自動旋盤と主軸移動CNC自動旋盤との違いを理解しない誤ったものである。
(2) また、<2>は証拠に基づかない判断であり、<3>も誤認である。すなわち、控訴人は、スイス型NC旋盤などの主軸移動型自動旋盤を所有しているところ、これらの機械は、控訴人が合計約五四〇〇万円で購入したものであって、普通の町工場で使用されている機械類の約二ないし三倍の価格である。したがって、これらの機械の固定資産償却費は普通の町工場の機械類の二ないし三倍となり、このため所得率の点においても大きな誤差が生ずる可能性を否定できず、被控訴人の把握した控訴人の所得率は正確性に欠ける。
2 被控訴人の反論
(一) 推計課税の必要性について
(1) 控訴人は、推計課税の必要性を認めた原判決は事実を誤認しているかその趣旨を誤解している旨主張するが、推計課税は、納税者が税務調査に際して資料の保存をしていない又はその提出を拒むなど非協力なため、課税所得を実額によって計算し得ない場合に行うことができるところ、被控訴人の係官が控訴人に対し繰り返し税務調査への協力を求め続けたにもかかわらず、控訴人は一貫して税務調査に非協力の態度を取り続け、帳簿書類等を提示しなかったのであるから、本件が推計課税を行うことができる場合に該当することは明らかである。
(2) 控訴人は、被控訴人の控訴人に対する税務調査が円滑に進まなかったのは、被控訴人の側の対応に原因があったとして、平成六年九月三〇日に岡山東税務署を訪れた際、多数の税務署職員に取り囲まれ、「調査に協力しろ」などと威圧的な行動を取られたなどと主張する。しかし、同職員がそのような行動を取った事実はない。被控訴人が税務調査に対し非協力的な者に対してその協力を求め、説得することは職務上当然の行為であるが、所得税法は、税務調査に非協力な者に対し課税の公平を図るため権限ある税務職員の合理的な判断によって推計課税を行うことを認めているのであるから、その行為を行うに当たりその者に対し威圧的な行動に出る必要は全くないこと、控訴人は、原審においてそのような主張ないし供述を一切していなかったことに照らすと、右主張は理由がない。
(3) また、控訴人は、被控訴人が反面調査を強行した旨主張する。しかし、反面調査の範囲、程度、時期等は調査を行う税務職員の合理的裁量に委ねられているところ、本件においては、控訴人が被控訴人の係官に対し第三者の立会いのない状態で帳簿書類等を提示しなかったので、控訴人の収入金額等を明らかにするためには、反面調査が必要であったこと、反面調査を行うに当たり、その都度控訴人の許可又は承諾を要するものではないというべきであること等の事情からすると、控訴人に係る税務調査に当たり被控訴人の係官が行った反面調査は、合理的裁量の範囲を逸脱したものでない。
(二) 推計課税の合理性について
(1) 控訴人は、原判決がCNC自動旋盤と主軸移動型CNC自動旋盤との違いを理解しないため類似業者の抽出条件のうち「本件各係争年分を通じて、数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し」との条件の合理性の判断を誤った旨主張する。
しかし、納税者と類似業者との類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、相当ではないし、被控訴人は、右条件のほかにもできるだけ控訴人の事業形態と類似する業者を抽出すべく諸条件を設定しているのであって、右諸条件により控訴人との類似性は担保されているというべきであり、右諸条件のうちの数値制御装置を備え付けた加工用機械の機種の相違のみをもって控訴人と類似していないとすることは妥当でない。
(2) 控訴人は、その所有する機械類が普通の町工場で使用されている機械類の約二ないし三倍の価格であり、そのため所得率の点でも大きな誤差が生ずる旨主張するが、普通の町工場で使用されている機械の価格については客観的な資料による裏付けがないし、また、仮に控訴人の所有する機械類が普通の町工場で使用されている機械類の約二ないし三倍の価格であり、減価償却費が多くかかるとしても、そのような高性能の工作機械を導入することにより人件費等の経費を削減することができるのであるから、単に必要経費のうちの一つの経費項目のみを取り上げて、控訴人の特殊事情と主張することはできないというべきである。
第三争点に対する判断
一 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決の「争点に対する判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二三頁六行目の「三七、」の次に「四五、四六、」を加える。
2 同二六頁四行目の次に行を改めて次のとおり加え、これに伴い、同頁五行目から三七頁九行目にかけての(五)ないし(一六)の数字を一ずつ加えた数字にする。「(五)その後、控訴人は、岡山東税務署の小林総務課長に対し、早朝に事前の連絡もなく調査に来たことについて抗議をしたところ、同課長からその事情を調査する旨の回答を得たが、その後連絡がなかったので、民商事務局長に同課長への連絡を取ってもらい、九月三〇日までに調査する旨の回答を得た。」
3 同二七頁につき、五行目の「同日」を「右二二日の」と、一〇行目から末行にかけての「平成六年九月三〇日午後三時一〇分ころ、岡山東税務署一階事務室を訪れ」を「平成六年九月三〇日、岡山東税務署を訪れ、二階で小林総務課長と面談し、同課長から、八月三〇日に稲田らが控訴人方を訪問したのは調査のためではなく日程の打ち合わせのためであったなどとの説明を受け、その後、同税務署一階事務室に移動し」と各改める。
4 同二九頁一〇行目の「電話を気って」を「電話を切って」と改める。
5 同四三頁九行目の「しがたって」を「したがって」と改める
6 同四四頁八行目の「証人乙」の前に「三四ないし三九、」を加える。
7 同四八頁二行目の「経過している者又は」を「経過し、かつ、」と改める。
8 同五二頁につき、四行目の「低率法」を「定率法」と改め、末行の「各税務署長から」の次に「別表四の1ないし3のとおり」を加える。
9 同五三頁につき、四行目の「数値制御」から七行目の「という。」までを「数値制御のことをニューメリカル・コントロール〔NC〕といいい、そのうちマイクロプロセッサや半導体メモリなどで回路を構成するものをコンピューターライズド・ニューメリカル・コントロール〔CNC〕という。そして、数値制御装置を備えた旋盤のことをNC旋盤というが、そのほとんどはCNCを備えた旋盤である。」と改め、末行の末尾に「(リース)」を加える。
10 同五四頁につき、七行目の「八四・四パーセントであり、」の次に「その代表機種がNC旋盤である。」を加え、末行の「機械加工用工作機械には」を「NC旋盤には」と改める。
11 同五五頁につき、二行目の「短いもの」を「長いもの」と、末行の「生産性」を「採算制」と各改める。
12 同五八頁につき、五行目の「<2>、<4>及び<6>」を「<2>ないし<6>」と改め、六行目の「業種・業態」の次に「・事業規模」を加え、七行目の「<1>、<3>及び<7>」を「<1>及び<7>」と、九行目の「前記1三<2>」を「前記1(三)<2>」と各改める。
13 同五九頁五行目冒頭から六行目の「からすると」までを「税務署長において右条件の趣旨を理解することは可能であると認めることができ、そうすると」と改める。
14 同六〇頁八行目の「交錯機械」を「工作機械」と改める。
15 同六三頁八行目の「右2」を「右1(二)」と改める。
二 控訴人は、控訴人が、岡山東税務署の小林総務課長に対し被控訴人の係官が早朝自宅に来て調査をしようとしたことについて抗議したところ、同課長が「うちの税務署にはそんな非常識な者はいない。いたら即刻謝罪する。そのため調査をするのでしばらく待ってほしい。九月三〇日に来てくれ。」と言ったので、被控訴人の調査を待つことにし、平成六年九月三〇日に同税務署を訪れたが、被控訴人から調査結果を教えられなかったのみならず、多数の税務署職員に取り囲まれ、「調査に協力しろ」などと威圧的な行動を取られたのであり、被控訴人の控訴人に対する税務調査が円滑に進まなかったのは、被控訴人がこのように控訴人との信頼関係を損なう行動に出た上、一方的に反面調査などを強行したことにあって、推計課税の必要性は認められない旨主張する。
なるほど、控訴人は、岡山東税務署の小林総務課長に対し、早朝に事前の連絡もなく調査に来たことについて抗議をしたところ、同課長からその事情を九月三〇日までに調査する旨の回答を得たことは前示のとおりであるが、同年八月三〇日の被控訴人の係官の控訴人方への訪問が税務職員の合理的な裁量の範囲内にあることは右一で引用した原判決の説示するとおりであるし、小林総務課長も、同年九月三〇日、控訴人に対し、同年八月三〇日に稲田らが控訴人方を訪問したのは調査のためではなく日程の打ち合わせのためであったなどの説明をしているのであり、その際、税務署職員が控訴人に対し多数で取り囲んで威圧的な行動を取った事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、被控訴人の係官の行った反面調査も、控訴人が被控訴人の日程調整に協力せず、第三者の立会なしに帳簿書類を提示することを承諾しないなど、調査への協力が期待できない状況においてなされたものであり、その方法においても社会通念上相当な限度を超えたものがなされた形跡はないから、税務職員の合理的な裁量の範囲内にあると認められる。そして、本件記録を検討しても、被控訴人の控訴人に対する税務調査が円滑に進まなかった原因が、被控訴人の側の対応にあったと認めるに足りる証拠はない。ところが、控訴人は、被控訴人の反面調査に対する抗議を続けたり、多忙を理由とするなどして調査への協力を拒否したものである。結局、被控訴人が、経費等を具体的に把握して、控訴人の取得金額を実額で把握することを締めざるを得ず、推計の必要性が認められるべきことは、右に訂正の上引用した原判決の説示するとおりであって、控訴人のこの点に関する主張は採用できない。
三 また、控訴人は、推計課税の合理性に関し、被控訴人が本件において類似業者の抽出に当たって設定した条件のうち「本件各係争年分を通じて、数値制御装置を備え付けた加工用機械を所有し」との条件について、原判決は、CNC自動旋盤と主軸移動型CNC自動旋盤との違いを誤解し、あるいは理解できず、そのため右条件の合理性について判断を誤ったものであり、また、控訴人はスイス型NC旋盤などの主軸移動型自動旋盤を所有しているところ、これらの機械は、控訴人が合計五四〇〇万円で購入したものであって、普通の町工場で使用されている機械類の約二ないし三倍の価格であり、これらの機械の固定資産償却費は普通の町工場の機械類の二ないし三倍となり、このため所得率の点においても大きな誤差が生ずる可能性を否定できず、被控訴人の把握した控訴人の所得率は正確性に欠けるなどと主張する。
しかし、推計課税の目的は、推計によって得られた蓋然的近似値を真実の所得金額と認定することに存するのであって、各営業者の営業状況に差があるのはむしろ当然のことと予定されているから、類似業者の抽出に当たって設定する条件も実額に蓋然的近似値を算出するに必要な限度で類型化は免れないところ、本件においては、業種、事業規模等他の要素により抽出に絞りをかけているのであって、これに付加して、数値制御装置を備え付けた加工用機械の所有という類型化をした条件を設けることには、それなりの合理性があるというべきである。そして、自動材料供給装置を付加した工作機械を使用することにより、これを使用しない類似同業者と比べ具体的に所得率に著しい違いが生じることを認めるに足りる証拠はないこと、主軸移動型と主軸固定型とを比較して、主軸移動型の方が高額であるとはいえないことは、右一で引用した原判決の説示するとおりである。控訴人は、その所有するスイス型NC旋盤などの主軸移動型自動旋盤は普通の町工場で使用されている機械類の約二ないし三倍の価格であり、したがって、これらの機械の固定資産償却費は普通の町工場の機械類の二ないし三倍となるとの事実を指摘するが、普通の町工場で使用されている機械類の価格についての客観的な証拠は何ら提出されていないのみならず、仮に控訴人の所有する機械類が一般の町工場の所有する機械類に比べて高額であり、そのため固定資産償却費が高額であったとしても、無人で機械を長時間稼働させることができることなどの利点を考慮すると、高額の機械類を所有するからといって当然に同業者に比べて所得率が低下するとはいえないというべきである。そして、他に右機械類を所有することが同業者から求められる平均所得率による推計を不合理ならしめるような特殊事情であることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人の推計課税の合理性についての主張も採用できない。
四 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 辻川昭 裁判官 森一岳)