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広島高等裁判所岡山支部 平成13年(う)59号 判決 2002年2月27日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

第一検察官からの各控訴の趣意は,検察官井越正人名義の控訴趣意書に,これに対する被告人Aの答弁は,弁護人河原昭文名義の意見書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。

被告人Aからの控訴の趣意は,弁護人河原昭文名義の控訴趣意書に記載のとおりであり,被告人Bからの控訴の趣意は,弁護人山本勝敏名義の控訴趣意書に,これに対する検察官の答弁は,検察官松田成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。

一  検察官の控訴の趣意は,要するに,本件強盗殺人は,犯行態様,結果等まれにみる悪質重大な事犯であり,被告人Aについては永山判決以降の累次の最高裁の判例の判断基準に照らし優に死刑を選択すべきであり,被告人Bについては,有利な事情を最大限斟酌しても,法定刑中選択した無期懲役刑を酌量減軽すべき事由は全く認められないのに,原判決は,本件強盗殺人の極悪非道性,重大性を看過し,死刑適用の判断においては考慮するに値しない主観的個別的事情をことさら取り上げて過大に評価し,被告人Aに対しては死刑適用を回避して無期懲役刑に,被告人Bに対しては酌量減軽した上,懲役8年に処したものであり,著しく軽過ぎて不当であるから,破棄されるべきであるというのである。

二  被告人Aの控訴の趣意は要するに,被告人Aには被害者を殺害するという固い意志はなかったが,a港で被害者から顔を見られたことで,最終的に殺害することを決断してしまったものであること,被告人AはF店の景品交換所に設置されている監視カメラが営業時間外でも作動することを知らないという杜撰な行動をとっており,用意周到な犯行とはいえないこと,本件犯行を深く反省し,一日たりとも被害者のことを忘れず,命日,月命日,お彼岸には個人教誨師に来てもらって供養し,被害者の冥福を祈り,毎日,朝昼晩とお経を唱え,昼の午睡時間は写経に費やしていること,夫を殺されるという事件に遭ったCという女性からはがきをもらって文通をする中で命の尊さを改めて感じ,真摯に被害者の冥福を祈り遺族への謝罪を心の中で繰り返していることなどを考慮して,酌量減軽すべきであるというのである。

三  被告人Bの控訴の趣意は要するに,被告人Bには,自己の犯罪を実現するとの意思はなく,その果たした役割は従属的,消極的であり,同被告人は強盗殺人の幇助犯であるから,必要的減軽がなされるべきであり,共謀共同正犯であると認定した原判決には判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるというのである。

第二そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

一  原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,有限会社D経営のパチンコ店F店の店長に就任していた妻帯者である被告人Aと同店従業員であった被告人Bが親密な交際をするようになったところ,被告人Bの母親の愛人で,中学二年生のころから同被告人を強姦し性関係を強要してきたHが,被告人両名の関係を知って,同店責任者の前記会社常務取締役Gに対し,経営者の監督責任を追及して脅す一方,被告人Bに暴行を加えたため,被告人Bは家を出て,上記パチンコ店を辞め,被告人Aも降格され,やる気をなくして退職する羽目になり,妻とも離婚し,被告人両名は平成11年7月から同棲生活を始めたが,生活に窮して借金が嵩み,被告人Bは昼はトラック運転手,夜はパチンコ店でアルバイトをして働く一方で,被告人Aは,パチンコ等に興じて不就労生活を送るうち,同被告人は一攫千金を狙ってF店の売上金を奪おうと考えるようになり,被告人両名は共謀の上,上記パチンコ店の売上金を保管する同店責任者G(当時41歳)を殺害して売上金を強取しようと企て,平成11年9月6日午前2時18分ころ,同店従業員駐車場において,被告人Aが,同人に対し,所携の包丁様の刃物を突きつけるなどした上,「騒ぐな。殺すぞ。トランクに入れ。」などと言って脅迫し,同人が使用している普通乗用自動車の後部トランク内に同人を押し込み,その両手足を所携のガムテープで縛って同トランク内に閉じこめるなどの暴行を加えてその犯行を抑圧し,同車を運転してa港b岸壁に至り,同日午前3時5分ころ,同所においてGから同人管理にかかる同店の機械警備セット解除カード並びに同店通用口及び事務室金庫の各鍵等12点を強取した上,同車後部トランク内に同人を閉じこめたまま同車を発進させて,岸壁から海中に同人を車ごと投棄して水没させ,同人を溺死させて殺害し,その後,同店に戻り,同日午前3時42分ころ,前記通用口の鍵を使用して現金を強取する目的で同店内に侵入し,前記金庫の鍵を使用して同店内の金庫を開けるなどして,前記会社所有又は管理にかかる現金約1064万4000円を持ち去って強取し(原判示第1),被告人Aは,平成11年9月7日午後6時58分ころ,岡山県c市内の道路において,無免許で,車検を受けておらず,自賠責保険にも加入していない普通乗用自動車を運転した(原判示第2)というものである。

二  被告人Bの幇助犯である旨の論旨について

原判決が適法に認定した事実のもとにおいて,被告人Bの行為が本件犯行の共謀共同正犯に該当する旨原判決が(事実認定の補足説明)の項で説示するところは,所論指摘の諸点を考慮に入れても,優に首肯しうるものとして是認できる。

論旨は理由がない。

三  被告人両名の量刑について

1  被告人Aについて

被告人Aは,遊興費捻出のために重ねた借入金の返済資金に窮するや,一攫千金を狙い,身勝手かつ短絡的に,被害者を殺害して売上金を奪うことを計画して,これを遂行し,尊い生命を奪った上,現金約1064万円余を強奪したものであり,しかも,殺害の態様は,被害者の命乞いを無視して,両手足を縛った被害者を自動車のトランク内に入れたままその蓋を閉め,車を発進させて車ごと海に沈め,まさに生きながらにして殺害した冷酷非情なものであり,自己を信頼し,Hから逃れてきた被告人Bを本件強盗殺人に巻き込んで,これを主導したものであって,罪質,動機,態様,結果の重大性のいずれにおいても,その非難性は極めて高いところである。

被害者は,41歳の働き盛りで,良き父良き夫として妻子に愛情を注いでいたものであり,何らの落ち度もないのに,突如として,死への恐怖と絶望の中で,非業の死を遂げさせられたのであって,被害者の無念さ,残された遺族の悲しみ,憤りの気持ちは筆舌に尽くしがたく,当然のことながら,被害者の遺族のみならず,被害者の職場関係者の処罰感情は峻烈であり,さらには本件犯行が社会に与えた影響や衝撃も大きい。

したがって,被告人Aの刑事責任は極めて重く,検察官が主張するとおり,極刑をもって臨むことを考慮しなければならないところである。

他方,被告人Aは,逮捕当初から本件犯行を深く反省し,被害者の冥福を祈って悔悟の日々を送っていること,被告人両名が本件犯行を敢行するまでに堕してゆく経緯の中に,心ない嫌がらせ行為をしたHが影を落としていること,強取された現金のほとんどが還付されていることや,被告人Aにさしたる前科がなく,特段の問題行動もなく社会生活を送ってきたものであることなどの同被告人のために斟酌すべき事情がある。

而して,被告人Aに対しては特段に厳しい刑で臨むべきところ,死刑に次ぐ峻厳な処罰として,無期懲役が法定されているが,無期懲役刑の行刑上の実情として,平均約21年程度で仮出獄が認められており,中には服役期間が20年以下となる場合もあることが窺われ,無期懲役と死刑との刑の実質上の開差が大きいために,無期懲役刑では贖えない程の刑事責任を問うためには死刑を適用せざるを得ないと考えられがちな面がある。しかしながら,本来,上記の間隙を埋めるためには,懲役30年以上の長期刑あるいは終身刑を法定するなどの法的整備を行うべきものであり,その刑事責任の重大性が現状での無期懲役刑では相応しない感が拭えないからといって,直ちに死刑を適用するのは論理の飛躍であるものといわざるをえない。そして,死刑求刑にかかる無期懲役刑の執行においては,その運用上,40年以上の長期間の服役がなされている場合も報告されつつある現状からすると,従来の無期懲役刑の行刑を前提にして論ずるのは相当でない面がある。一方,死刑は,生きている人間の生命を強いて奪い去るものであって,弁護人主張のように残虐な刑罰として憲法に違反するとはいえないけれども,死刑制度を存置する現行法制の下において,究極の峻厳な刑罰として,その適用は極めて謙抑的であるべく,犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性,遺族の被害感情,社会的影響に加え,被告人の年齢,前科やこれまでの生活状況,犯行後の情状等各般の事情を十分に考慮し,死刑の選択がやむを得ないものと認められるかどうかを慎重に吟味しなければならないところ,本件においては,前示情状に照らし,罪刑の均衡や一般予防の見地からみても,死刑を適用することにはなお,躊躇せざるをえないところである。

そうすると,被告人Aについては無期懲役刑を選択すべく,弁護人指摘の情状を考慮しても酌量減軽すべきまでの情状がないことは明らかであるから,同被告人を懲役刑の最高刑である無期懲役(未決勾留日数400日算入)に処した原判決の量刑は重過ぎあるいは軽過ぎて不当であるとはいえないし,原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するものとも認められない。

2  被告人Bについて

被告人Bも本件犯行の共同正犯であって,その刑責が重大であることはいうまでもない。

しかしながら他方,被告人Bは,本件犯行において終始従たる立場にあって,実行行為はなしておらず,犯行に至るまで,被告人Aに対して犯行を思い止まるよう働きかけたものの,翻意させることができず,やむなく加担することになったこと,被告人Bは,母親の愛人であるHから不当な仕打ちを受け続け,その境遇から逃れようとして職場の上司である被告人Aに頼ったところ,さらにHから職場に因縁をつけられて退職せざるをえなくなり,被告人Aも退職したことで責任を感じ,同被告人との生活を懸命に支えようとする中で,本件犯行に加担していったものであること,本件犯行について深く真摯に反省悔悟していること,前科前歴がなくこれまで真面目に生活していたこと,その生育環境はまことに不遇であることなどの情状により,酌量減軽した原判決の判断に不合理,あるいは不相当な点は認められず,諸情状を勘案して,被告人Bを懲役8年(未決勾留日数400日算入)に処した原判決の量刑は重過ぎあるいは軽過ぎて不当であるとはいえないし,原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するものとも認められない。

したがって,論旨はいずれも理由がない。

第三結論

よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却し,当審における訴訟費用は,同法181条1項ただし書を適用してこれを各被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片岡安夫 裁判官 金馬健二 裁判官 石原稚也)

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