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広島高等裁判所岡山支部 平成16年(行コ)10号 判決 2005年4月21日

主文

1  原判決主文1,3項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,倉敷市に対し,892万5000円及びこれに対する平成14年3月29日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,控訴人と被控訴人間においては,第1,2審を通じて,これを4分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とし,控訴人補助参加人と被控訴人間においては,当審における費用はすべて被控訴人の負担とする。

3  この判決は,1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  次のとおり訂正し,当審における控訴人の主張及び控訴人補助参加人の主張として,2,3のとおり付加するほかは,原判決の「第2事案の概要」のうち,控訴人関係部分に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁10行目の「平成14年法4号」を「平成14年法律第4号」に,23行目の「落札者」を「落札業者」に,各改める。

(2)  同4頁14行目の「1億7500万円」を「1億7300万円」に改める。

(3)  同7頁14行目の「『入札』に関わる公開質問状」を「『入札』に係わる公開質問状」に改める。

(4)  同8頁7行目の「1巡」を「一巡」に改める。

(5)  同10頁1行目の「前記a(b)」を「前記(ア)a(b)」に改める。

(6)  同添付別表4頁2行目の「入札日時」を「入札日」に改める。

2  当審における控訴人の主張

(1)  原判決は,指名競争入札に参加する業者間の話し合いがされた事実があれば,それはすべて談合行為であると決めつけている。しかし,本件においては,入札当日の平成13年3月1日に,世話人から丸庄土木を落札予定者とする裁定がされたが,控訴人はそれに応じずに抗議し,自分の判断で入札し,落札したのである。丸庄土木は,その脅しに屈した世話人の協力により,控訴人を押さえつけようとしたが,控訴人はそれを承諾せずに抗議したのであって,談合は成立しなかったのであり,それ以後は,丸庄土木と控訴人との自由競争になり,暴力団の力などを過信した丸庄土木が控訴人に負かされたのである。このように,一般的に言われている「談合」とは異なり,談合しなかったいわゆる「談合破り」が,談合の範疇に該当するとして,控訴人に損害賠償義務が課されることは,誠に不合理である。

(2)  被控訴人は,指名競争入札において,談合行為がなければ形成されたであろう契約金額を想定落札価格と定義し,本件工事の場合は,談合行為がなく公正な競争に基づいて契約が締結されれば,本件工事の契約金額は,少なくとも20パーセントは低下していたものといえると主張する。しかし,それはいわゆる「叩き合い」を前提とするものであって,入札業者が適正な利潤を得ることを基本とした営業活動の自由の保障を前提とするものとはいい難く,談合防止対策の一環としてのペナルティー要素を含んでの擬制化といわなければならない。また,原判決は,本件の談合行為により倉敷市が被った損害額は,契約金額の15パーセント(2677万5000円)であると認めるのが相当であるとするが,正当な自由競争とは,予定価格が標準的な業者が標準的な工法で施工した場合の原価に基づいて算出されるものであるから,個々の業者の創意工夫,技術革新,経営の合理化などの努力による利益の捻出から想定されるべき利益であって,それは決してダンピングや労賃や下請け業者に対するしわ寄せ,不良工事,手抜き工事などを想定しての利益であってはならないものであるところ,原判決が,この点を配慮した上で想定落札価格を算出しているとは見受けられず,この点に関する原判決の判断は相当でない。

3  控訴人補助参加人の主張

原判決は,本件談合の経過について,本件工事の入札日の前日である平成13年2月28日午後1時ころ,αセンターでの集まりにおいて,「本件工事の入札に関して,A,オリエント開発株式会社のB・C,丸庄土木のD,東洋建設工業株式会社のE,株式会社ハラダのF・Gが落札予定者となることに立候補した。そこで,立候補したこれら5業者の間で話し合いが行われ,前記ア(ア)のルールに従って,オリエント開発株式会社,東洋建設工業株式会社が立候補をとり辞め,株式会社ハラダも世話人の裁定に任すとして立候補をとり辞めたため,立候補者は,被告吉田組と丸庄土木だけとなった。」と認定している。しかし,補助参加人(東洋建設工業株式会社)のHは,同日のαセンターでの集まりに出席していない。同日は,補助参加人の代表者であるIが,本件工事ではなく別の工事についての説明を受けるために同センターを訪れていただけである。既に請け負っている工事の近くで別の工事を請け負う場合,経費を調整する「合算経費」という扱いが行われており,本件工事は,補助参加人が既に請け負っていた別の工事と「合算経費」の扱いを受け,両工事の請負代金の合計額の7パーセント程度が減額されることになっていたので,補助参加人としては,大幅な減額となる本件工事を当初から本気で落札する予定はなく,本件工事について落札予定者に立候補したり,立候補をとり辞めたりするといった行動をとることはあり得ないのであって,原判決の上記認定は誤っている。

第3当裁判所の判断

1  主たる争点(1)について

原判決11頁25行目から14頁18行目までの記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決12頁24行目の「決議」を「議決」に改める。

2  主たる争点(2)について

以下のとおり訂正するほかは,原判決14頁20行目から17頁4行目までの記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決14頁20行目から21行目にかけての「乙ア12ないし15」を削る。

(2)  同15頁6行目の「『入札』に関わる公開質問状」を「『入札』に係わる公開質問状」に改める。

(3)  同16頁につき,

ア 13行目の「本件刑事事件」の次に,「(甲16によれば,平成13年3月1日から同月13日にかけて発生し,同年4月16日にJ及びDが起訴されたことが認められる。)」を加える。

イ 15行目の「指定業者ら」を「指名業者ら」に改める。

ウ 18行目の「倉敷市監査委員会」を「倉敷市監査委員」に改める。

3  主たる争点(3)について

(1)  認定事実

次のとおり訂正するほかは,原判決17頁6行目から19頁9行目までの記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決17頁7行目の「被告吉田組代表者〔A〕」を「丙1の(1),(2),5ないし7,控訴人代表者〔原審〕,証人H〔当審〕」に,10行目の「○○町」を「○○町」に,各改める。

イ 同18頁7行目の「2月」を「同年2月」に,「○○町」を「○○町」に,各改め,15行目「東洋建設工業株式会社のE,」,17行目の「5」,18行目の「,東洋建設工業株式会社」をいずれも削除する。

ウ 同19頁2行目の「前記5名の」から4行目末尾までを,以下のとおり改める。

「前記5名の世話人は,丸庄土木を落札予定者とし,最低入札予定価格を1億7500万円以下とし,丸庄土木が入札価格の12パーセントである約2000万円を名義料として取得するが,実際の工事施工には控訴人も参加するという裁定を下した。」

エ 同頁5行目の「Aは憤慨し」を「Aは憤慨して,『憲法を変えるというバカなことはないじゃろう』と言って抗議し」に改める。

(2)  そこで,前記認定事実に基づき,本件入札において談合がされたか否かにつき判断する。

ア 指名業者の全部又は一部が一堂に会した場において,公共工事の落札希望者が,その落札の意思を表明して,会合参加者の間で予め落札予定者を決定した上,最低入札予定価格を取り決めておくことは,まさに受注価格の低落防止を目的とし,かつ,そのような結果をもたらすものであって,入札談合(カルテル)の典型的行為であるといえ,独占禁止法3条の不当な取引制限に該当すると同時に,民事上も明らかに自由競争の枠を逸脱した違法な行為であるというべきである。

Aは,本件工事の入札をめぐり,丸庄土木関係者らによって引き起こされた本件刑事事件の被害者として,当該事件の捜査担当検察官に対し,倉敷市の土木建設業者らが,平成11年9月ころから,一定のルールをもって,公共工事の落札予定者及び最低入札予定価格を入札前に取り決め,その取り決めに従って入札を行っていたことを具体的かつ詳細,明確に供述(甲16)し,かかる供述の内容は,本件刑事事件の他の被害者や被告人らの供述(甲16)とも一致しており,その内容には高い信用性が認められるところ,Aは,本件入札についても,本件入札前日である平成13年2月28日及び本件入札当日である同年3月1日に,関係業者間で談合し,落札予定者を丸庄土木,最低入札予定価格を1億7500万円とすることを決めた旨の供述をしており,かかる手法は,前述の談合の典型的方法であること,逆に本件工事の入札が,αセンターで行われた研究会を通じた落札予定者の決定や最低入札予定価格の対象から外れたことをうかがわせる証拠は見当たらないことからすれば,本件工事についても不正な談合行為が行われたことを認めることができる。

イ この点につき,控訴人は,少なくとも平成9年5月15日から平成13年2月22日までの間,控訴人は一度も落札業者になったことはなく,談合に応じたことはないと主張する。しかし,平成9年5月15日から平成13年2月22日までの間,控訴人が一度も落札業者になっていなかったという事実は,控訴人が本件工事の入札に関して談合を行わなかったということを示すものとはいえない。

ウ また,控訴人は,丸庄土木の脅しに屈した世話人から丸庄土木を落札予定者とする裁定がされたが,控訴人がそれを承諾せずに抗議したため,談合は成立しなかったのであり,それ以後は,丸庄土木と控訴人との自由競争になり,控訴人は自分の判断で入札し,落札したのであって,このように,談合しなかったいわゆる「談合破り」が,談合の範疇に該当するとして,控訴人に損害賠償義務が課されることは不合理であると主張する。

たしかに,前記認定のとおり,本件は,談合が完全に成立して控訴人が落札予定者となり,談合によって定められた価格で落札したというような事案ではない。しかし,前記認定のとおり,控訴人は,丸庄土木は,本件工事の入札より以前の平成12年8月21日に,倉敷市発注のβ地区γ線埋設工事(δ)を既に落札していたので,従前のルールに従えば,本件工事の落札予定者となる資格がないから,立候補を辞退すべきであり,控訴人が落札予定者になるべきだと考えていたのであり,控訴人としては,丸庄土木さえ立候補をとり辞めれば,自分が落札予定者として,談合どおり落札する意思であったのであって,どうしても丸庄土木が立候補を辞退しなかったため,世話人の裁定に従わなかったというにすぎない。そして,控訴人が世話人の裁定を拒否したのは,談合が指名業者間で公正な競争をすることによる落札価格の低落を妨害し,もって落札した業者の利益を図るものであるから許されないというような正義感に基づくものではなく,単に自分が世話人の裁定によって落札予定者にしてもらえず,従前のルールによれば立候補を辞退すべきであるはずの丸庄土木が落札予定者とされたことに納得がいかなかったからにすぎないと認められる。さらに,控訴人は,談合における交渉の経過を踏まえて,最低入札価額として落札できる可能性が高いと判断した金額(1億7000万円)で入札したものと認められる。そうすると,前記のとおり,談合が完全に成立して控訴人が落札予定者となって談合によって定められた価格で落札したわけではなく,控訴人がいわば「談合破り」をする形になったにせよ,控訴人はとりもなおさず,談合における交渉の経過を踏まえて,いわばその果実を食したものと評価せざるを得ない。したがって,この点に関する控訴人の主張は採用できない。

エ なお,控訴人は,Aが,検察官に対し,上記供述をしながらも談合罪で起訴されていないから,控訴人は談合に関与していないと主張するが,同人が談合罪で起訴されていないことをもって,直ちに当該行為が談合行為に当たらないということにはならない。

(3)  倉敷市の損害について

そこで,本件談合行為によって,倉敷市に損害が発生したといえるか否かについて検討する。

ア 控訴人ほか本件入札参加者による前記認定のような談合行為は,指名競争入札前に落札予定者を決め,その者が落札できるように互いに入札予定価格を調整して,落札予定者に当初の取り決めどおり落札させようとするものであって,これは結局,指名業者間で公正な競争をすることによる落札価格の低落を妨害し,もって落札した業者の利益を図るものであるから,個別の工事について入札談合が行われた場合には,当該工事の発注者である地方公共団体は,談合が行われなかった場合に形成されたであろう公正な競争を前提とする価格よりも高額な金額で請負契約を締結することを余儀なくされる蓋然性が高いといわざるを得ない。そうすると,その高額の契約金額の支払をすることによって,公正な競争を前提とする価格との差額相当分の損害を被ったと認められる。

したがって,談合行為によって発注者が被った損害とは,談合行為がなければ指名業者間の公正な競争を経て入札された場合に形成されたであろう契約金額(又は想定落札金額)と現実の契約金額(又は落札価格)との差額相当分であると解すべきである。

そこで,本件において,倉敷市が被った損害を確定するためには,本件工事の指名競争入札において談合行為がなければ形成されたであろう契約金額(想定落札価格)について検討することが必要となる。

イ この点につき,被控訴人は,平成11年度及び平成12年度の倉敷市における公共工事の入札における設計金額に対する落札価格の占める割合を分析検討して,談合行為がなく公正な競争に基づいて契約が締結されれば,本件工事の契約金額は,少なくとも20パーセントは低下していたものといえるから,倉敷市が控訴人に支払うべき契約金額もそれと同額低下するといえ,倉敷市は,本件工事の契約金額の20パーセントに当たる3570万円の損害を被ったといえると主張し,これに沿う証拠(甲13の(1)ないし(4),14の(1)ないし(4))を提出する。

しかしながら,指名競争入札においては,入札に係る工事の規模,種類やその特殊性のほか,入札指名業者の数や各業者の事業規模,さらに,入札当時の社会経済情勢など様々な要因が複雑に影響し合って落札価格が形成されるものであることから,このような要因の近似性を検討することなく,単純に平成11年度及び平成12年度の倉敷市の入札結果を例に取って調査した場合の想定落札価格と対比するのみでは,損害額の認定として不正確な部分があるといわざるを得ない。本件において,被控訴人が提出する前記各証拠は,いずれも本件工事と近似した条件下における調査結果であるのか不明であるから,これらを基に本件における損害額を認定することは困難である。

また,最低制限価格とは,これ以下の価格では適正な内容の工事がされるとは考え難いとされる限度額であり,過当競争の結果,手抜き工事となることを防ぐため,たとえ入札価格が低くてもこれ以下の価格では受注させないとして設定された額にすぎないところ,種々の要因の異同にかかわらず,平成11年度及び平成12年度の入札結果を分析したというのみでは,これをもって未だ一般的に談合がされなかった場合の落札価額が最低制限価格に近づくとの客観的経験則を認めるに十分であるとまではいえない。確かに,上記事情は,損害額を考える上でひとつの考慮し得る事情には当たるとしても,この価格自体をもってこれが談合がなされず公正に行われた入札において想定される落札価格であると認めることはできないから,被控訴人の前記主張は採用できない。

ウ 本件工事における前記世話人の裁定内容からすると,本件工事で2000万円以上の利潤が見込まれていたことが窺えるが,利潤を0としてまで本件工事に入札する業者が存在したとまでは証拠上認められないから,2000万円以上の損害が倉敷市に発生したと認めることもできない。

エ もっとも,前記のとおり,本件において倉敷市に損害が発生していること自体は認められるところ,指名競争入札における落札価格を形成する要因は多種多様であって,影響力についても公式化することができないことに鑑みると,入札談合の事例における損害は,その性質上,金額算定が極めて困難というべきであるから,本件では,民事訴訟法248条を適用して,倉敷市が被った損害額を認定するのが相当である。

オ そこで,この点について検討するに,前記で認定した本件工事に関する控訴人ほか本件入札参加者による一連の談合行為の態様及び入札経過,本件契約金額(1億7000万円)及び同金額が世話人が裁定した価格よりも500万円低額であったこと等,本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると,本件の談合行為により倉敷市が被った損害額は,少なくとも契約金額の5パーセントに当たる892万5000円であると認めるのが相当である。

(4)  当審における控訴人のその余の主張,立証に鑑み検討してみても,以上の認定,判断は覆らない。

第4結論

以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人に対し,不法行為による損害賠償金892万5000円及びこれに対する不法行為後である平成14年3月29日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を倉敷市に支払うことを求める限度で理由があり,その余は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 横溝邦彦)

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