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広島高等裁判所岡山支部 平成18年(う)172号 判決 2007年4月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役2年6月に処する。

原審における未決勾留日数中90日を上記刑に算入する。

理由

1  本件控訴の趣意は,弁護人賀川進太郎作成の控訴趣意書に記載されたとおりである(なお,弁護人は,原判示第2の1及び同第3について事実誤認を主張する部分は量刑不当の一事情であり,独立の控訴趣意ではないと釈明した。)から,これを引用する。

そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討し,次のとおり判断する。

2  控訴趣意中,法令適用の誤りについて

論旨は,要するに,原判示第3の2の事実につき,刑法207条(同時傷害)を適用すべきではないのに,これを適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。

この点につき,関係証拠によると,(1)被告人は,共犯者であるAの運転する車両(以下「A車」という。)に同乗していたところ,平成18年3月22日午前2時40分ころ,岡山市ab番地東側路上付近において,B運転の原動機付自転車(以下「B車」という。)がA車に衝突したのにBが謝りもせずに逃げたため,Aと共謀の上,Bを追い掛けて殴打足蹴にするなどの暴行を加え,引き続きB車に同乗していたCに対し,右手拳で左顔面を1回殴打し,更にその左顔面を1回足蹴にする暴行を加えたこと,(2)その後,Aは,同日午前2時45分ころ,被告人のほかB及びCをA車に乗せて上記場所を出発して約6.2キロメートル走行し,同市cd番地のコンビニエンスストア「D」駐車場にA車を駐車して,上記衝突によりA車が損傷したとして暗に修理代を要求し,その支払を約束させたが,そのころEと電話で話し,B及びCをE方まで連れて行くこととしたこと,(3)一方,被告人は,Aと共に上記のとおり暗に修理代を要求して支払約束をさせたが,AがB及びCを知り合いの女性方へ連れて行くと言い出したため,無関係の女性を引き入れることに反対し,Aと別れて帰ることとし,同日午前3時30分ころA車に同乗して上記駐車場を出発し,上記駐車場から約15.6キロメートル走行して,同日午前4時ころ当時の被告人方近くの同市ef番地先路上で降ろしてもらってAと別れたこと,(4)Aは,同所から更に約6.0キロメートル走行して,同市gh丁目i番j号のコンビニエンスストア「F」駐車場にA車を駐車し,B及びCを連れ,同所から約120メートル先の同市kl番m号のE方であるGn号室に赴いたこと,(5)Eは,被告人とは面識がなく,Aとも携帯電話のサイトで知り合っただけで会ったことがなかったが,上記のとおりAと電話で話した際,AがB及びCに修理代を請求していることを知り,B及びCを上記E方に連れて来させ,Cに修理代を要求したものの,同人の煮え切らない態度に立腹し,同日午前4時30分ころから同日午前5時30分ころまでの間,Cに対し,平手等でその顔面を多数回殴打するなどの暴行を加えたこと,(6)Cは,B車がA車と衝突して転倒したときに足に激痛があったほか,上記のとおり被告人及びEから暴行を受けて顔が痛かったため,同月26日,H病院で診察を受け,左膝・右下腿打撲のほか,加療約5日間を要する顔面打撲の傷害を負っていると診断されたことなどが認められる。

そこで,これらの事実に基づいて判断すると,Cは,被告人及びEの各暴行によって顔面打撲の傷害を負ったものであり,しかも,被告人及びEのいずれの暴行により上記傷害の結果が生じたかを知ることができないのであるが,被告人は,B車がA車に衝突したのにBが謝らないで逃げたことからBだけでなくB車に同乗していたCに対しても暴行に及んだこと,Cは,被告人から上記暴行を受けた後,A車で約27.8キロメートル走行してE方に連れて行かれ,時間的にも被告人による上記暴行から約1時間50分を経過してEの暴行を受けたこと,Eは,Aの意向を受けてCにA車の修理代を要求したところ,Cの態度が煮え切らなかったため暴行に及んだことなどを指摘でき,これらの諸点を勘案すると,被告人及びEの各暴行は,時間的に約1時間50分の隔たり,場所的に約27.8キロメートルの車による移動があり,時間的,場所的に近接しているとはいえない上,被告人及びEは,全く別個の動機や原因でCに対し暴行を加えており,互いに面識がなく,他方の暴行を現認してもいないのであるから,被告人及びEの各暴行が社会通念上同一の機会に行われた一連の行為と認めることはできない。そうすると,本件は刑法207条を適用すべき場合には当たらないというべきである。

したがって,原判決が原判示第3の2の事実について刑法207条を適用したのは,同条の解釈適用を誤ったものであり,しかも,その誤りは,暴行罪が成立するに過ぎない事案につき傷害罪の成立を認めるという結果をもたらすものであるから,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって,原判決は,その余の控訴趣意について判断するまでもなく,破棄を免れない。

論旨は理由がある。

3  そこで,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に判決することとする。

(罪となるべき事実)

原判示第3の2の事実を「上記日時場所において,前記原動機付自転車後部に乗車していたC(当時17歳)に対し,被告人が,右手拳で左顔面を1回殴打し,更にその左顔面を1回足蹴にする暴行を加えた」と改めるほかは,原判決の(罪となるべき事実)に記載のとおりである。

(証拠の標目)

原判示第3の2の事実についての証拠(原判決5頁15行目から同22行目まで)を「Aの検察官調書謄本(98〔不同意部分を除く〕)」と改めるほかは,原判決が(証拠の標目)において挙示する証拠と同一である。

(法令の適用)

原判示第3の2の所為につき「同法60条,204条,207条」とあるのを「同法60条,208条」と改めるほか,原判決の挙示する法令を適用し,その処断刑の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中90日を上記刑に算入し,原審及び当審における訴訟費用については,刑訴法181条ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,(1)共犯者7名と共謀し,平成17年10月9日午前零時30分ころ,岡山市内のI公園内の路上において,停車した自動車を蹴り付けて損壊し,その所有者であるJ(当時27歳)に対し殴打足蹴にするなどの暴行を加えたという,共同暴行・器物損壊1件,(2)共犯者11名と共謀し,同月10日午後11時30分ころから同日午後11時50分ころまでの間,上記公園内の路上において,停車中の自動車に乗っていたK(当時53歳)及びL(当時60歳)に対し殴打足蹴にするなどの暴行を加えてそれぞれ加療約170日間,約2週間を要する各傷害を負わせ,K所有の同自動車を蹴り付けるなどして損壊したという,傷害2件及び共同器物損壊1件,(3)Aと共謀し,①平成18年3月22日午前2時40分ころ,岡山市内の路上において,B(当時14歳)に対し殴打足蹴にするなどの暴行を加えて全治約2週間を要する傷害を負わせ,②上記日時場所において,C(当時17歳)に対し殴打足蹴にする暴行を加えたという,傷害及び暴行各1件の事案である。

上記(1)及び(2)の各犯行は,いずれも何ら落ち度のない無抵抗の被害者3名に対し,短絡的に執ようかつ強度の暴行を加えたほか,自動車2台を損壊したもので,その態様は粗暴であったこと,その結果も重大であり,特に,Kは,角材でその頭部等を殴打されるなどの激しい暴行を受け,多数の肋骨骨折のほか,両側慢性硬膜下血腫等の傷害をも負わされて長期にわたる入院を余儀なくされたこと,被告人自身も,上記(1)の犯行ではJの背部を約2回蹴り付け,同(2)の犯行ではLの足や肩を2,3回蹴り付けたこと,また,上記(3)の犯行は,被告人自らが,何ら落ち度のない無抵抗の被害者2名に対し,立腹した勢いで力任せに暴行を加えたもので,特にBには軽視できない程度の傷害を負わせたこと,被告人は,上記(1)及び(2)の犯行の公判係属中に保釈され,自重して生活すべき立場にあったにもかかわらず,その保釈中に上記(3)の犯行に及んだことなどに徴すると,犯情は芳しくなく,被告人の刑事責任は決して軽視することができない。

そうすると,他方において,被告人は,上記(1)及び(2)の各犯行のいずれに関しても自ら率先して暴行を加えたとはいえず,主導的立場にあったわけではないこと,上記(3)の犯行は,AがB車を追い回したことが発端となったもので,その経緯に関しては被告人に全ての責任があるとはいえないこと,被告人は,損害賠償として,J所有の自動車の損壊につき5万円,Kにつき60万円,Bに100万円,Cに20万円をそれぞれ支払っており,それぞれ示談が成立したほか,Lとも10万円を支払って示談が成立したこと,雇主は,引き続き被告人を雇用し,その更生に協力すると述べていること,母親は,被告人を監督すると述べていること,被告人は,保釈後,仕事は真面目にしていたこと,反省悔悟していること,現在21歳とまだ若いことなど,被告人のため斟酌すべき諸事情を十分考慮しても,何ら落ち度のない無抵抗の被害者5名に対して短絡的に執ようかつ強度の暴行を加えた上,内1名には長期の入院を余儀なくさせたもので,被告人も実行行為の一部を行ったことに徴すると,被告人について刑の執行を猶予するのが相当であるとはいえず,被告人は主文掲記のとおり懲役2年6月(求刑懲役3年6月)の実刑を免れないというべきである。

なお,弁護人は,原判示第2の1の事実(上記(2)のうちKに対する傷害の事実)につき,被告人はKに対し一切暴行を行っていない旨主張するが,被告人の原審公判供述,検察官調書及び警察官調書(原審検察官請求番号66,65)によると,被告人は,捜査及び公判の各段階を通じ一貫して,Kの臀部を角材で1回突いたことを認めている上,他の関係証拠によると,Kに対する暴行の現場に角材が存在したことが明らかに認められるので,被告人がKに対し上記のとおり暴行を加えたことを優に認定することができる。また,弁護人は,被告人が,共犯者らから暴行を受けてぐったりしていたKを見て,死んでいるかも知れないと怖くなり,角材を拾ってKの臀部を角材で突いたに過ぎず,Kを痛めつけようとする意図は持っておらず,Kに対する暴行とはいえない旨主張するが,被告人がKの臀部を角材で突くことを認識し認容していたことは明らかであるから,積極的な加害の意図や目的がなかったとしても,有形力の不法な行使であることに変わりはない上,共犯事件であることをも考慮すると,量刑には特に影響がないというべきである。

更に,弁護人は,原判示第3の事実(上記(3)の事実)につき,被告人はAとの間でB及びCに暴行を加えることについて明示又は黙示に共謀したことがない旨主張するが,被告人が,Bに対し,手拳でその顔面を数回殴打し,腹部を1回足蹴にし,更に物干し竿様の物で頭部を1回殴打するなどの暴行を加え,Cに対し,右手拳で左顔面を1回殴打し,更にその左顔面を1回足蹴にする暴行を加えたのであるから,その際に被告人がAとこれらの暴行について共謀していたか否かは,被告人の罪責に影響を及ぼすとは考え難い。また,仮に共謀の有無が罪責に影響を及ぼすとしても,関係証拠によると,被告人がAと共謀の上でB及びCに暴行を加えたことは明らかである。すなわち,弁護人は,被告人が,本件犯行前にも犯行現場においても,Aとの間で,B及びCに暴行を加えることにつき,目配せ等の合図をしたことはなく,何ら意思の連絡がなかったので,共謀の事実は存在しない旨主張するが,Aは,A車を運転し,Bが運転しCが同乗するB車を追い掛けたものの,いつまでも逃げ続けるので腹が立ち,B及びCに行儀してやろう,すなわち殴ったり蹴ったりしてやろうと思ってB車を停止させ,被告人がBを追い掛けるのを黙認した旨供述しており,一方,被告人は,A車に同乗していたところ,B車が逃げ続けることに腹を立て,B車がA車に衝突したのにBらが謝りもせずに逃げたため,怒りを抑えられず,行儀してやろう,すなわち殴ったり蹴ったりして痛い目に遭わせようと思い,すぐにA車から降りてBを追い掛けたが,その際Aも怒った様子で被告人とほぼ同時に車から降りたので,Aも同じ気持ちだったと思う旨供述しているので,これらを勘案すると,被告人は,B及びCに暴行を加えることにつき,遅くともA車から降りた時点において,Aとの間で暗黙のうちに意思を相通じたということができるので,弁護人の上記主張は採用できない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安原浩 裁判官 河田充規 裁判官 西川篤志)

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