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広島高等裁判所岡山支部 平成18年(ネ)206号 判決 2008年3月13日

岡山県<以下省略>

控訴人

X1

岡山県<以下省略>

X2

静岡県<以下省略>

X3

兵庫県<以下省略>

X4

岡山市<以下省略>

X5

上記5名訴訟代理人弁護士

河田英正

大本崇

東京都渋谷区<以下省略>

被控訴人

エース交易株式会社

同代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

村上正巳

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人X1に対し,1億3122万9657円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人は,控訴人X2に対し,3280万7414円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人は,控訴人X3に対し,3280万7414円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人は,控訴人X4に対し,3280万7414円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人は,控訴人X5に対し,3280万7414円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,1,2審を通じ,これを4分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

3  この判決は,1項(1)ないし(5)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人X1に対し,1億8833万9578円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人X2に対し,4708万4894円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は,控訴人X3に対し,4708万4894円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人は,控訴人X4に対し,4708万4894円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人は,控訴人X5に対し,4708万4894円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,平成17年○月○日に死亡したB(以下「亡B」という。)が,被控訴人に委託して行った商品先物取引に関して,被控訴人に違法行為があり損害を被ったとして,亡Bの地位を承継した控訴人らが,被控訴人に対し,不法行為による損害賠償金として,①先物取引による取引損合計2億0315万9663円(個人名義の取引損失1億0652万6613円,後記株式会社a本店名義の取引損失9663万3050円),②被控訴人から返金されたことになっている金員のうち,確認できない返金311万6950円,③先物取引によって帳簿上利益があがったこと等に基づく所得税9133万6200円,過少申告加算税1367万4500円,住民税3268万5800円,④弁護士費用3469万3713円の合計3億7866万6826円のうち,合計3億7667万9154円及びこれに対する取引終了日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

なお,控訴人らは,遅延損害金の起算日を原審では平成11年4月23日からとしていたのを平成15年3月5日に変更した。

2  前提となる事実(争いのない事実,括弧内掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によって明らかに認められる事実)

(1)  亡Bは,平成17年9月23日まで酒類の製造及び販売を目的とする株式会社a本店(以下「a本店」という。)の代表取締役であった(甲54(1)(2))。

(2)  被控訴人は,商品取引所法に基づく商品市場(海外商品市場を含む。)における上場商品及び上場商品指数の先物取引等を目的とした株式会社である。

(3)  亡Bは,平成5年1月26日,a本店の名義で,被控訴人との間で,商品取引所の商品市場における取引の委託をする旨の商品先物取引委託契約を締結した(亡Bが被控訴人の社員から勧誘を受け始めた時期,内容については争いがある。)(乙10(1)ないし(3))。

(4)  亡Bは,平成8年1月31日,自己の名義で,被控訴人との間で,前同様の商品先物取引委託契約を締結した(乙13)。

(5)  亡Bは,個人名義で金を取引商品とする先物取引を平成8年2月1日から平成11年9月30日まで,白金を取引商品とする先物取引を平成8年10月31日から平成15年3月5日まで,東京ガソリンを取引商品とする先物取引を平成12年10月30日から同年11月10日まで行い,最終の収益は,1億0652万6613円の損失であった。その具体的な取引経過は,別紙1「建玉分析表」記載のとおりである。また,亡Bは,a本店名義で白金を取引商品とする先物取引を平成12年2月10日から平成13年1月17日まで行い,最終の収益は,9663万3050円の損失であり,その具体的な取引経過は,別紙2「建玉分析表」記載のとおりである。

(6)  ●●●税務署長は,亡Bに平成12年度の商品先物取引で2億6468万3364円の所得があったにも拘わらず所得申告しなかったとして,所得税額等の更正及び加算税の賦課決定をしたが,その後変更決定がなされ,所得額は2億5264万0564円となり,所得税9133万6200円が課税され,同時に過少申告加算税1367万4500円が課税された。また,住民税3268万5800円も課税され,亡Bは,その納税義務を負った(甲5,96,101ないし106,117)。

(7)  亡Bは,平成17年○月○日死亡し,その地位は,配偶者である控訴人X1(以下「控訴人X1」という。),子供である同X2(以下「控訴人X2」という。),同X3,同X4,同X5が,控訴人X1が2分の1,その余が8分の1の割合で承継した。

3  当事者の主張

当事者の主張は,別紙3記載のとおりである。なお,原告とあるのは,亡Bと読替え,同別紙中,控訴人の主張欄の22丁末行の「である。」の次に「亡Bが原物の引き取りを考慮していたとの主張を否認する。」を加え,同62丁13行目の「1億0949万6833円」とあるのを「1億0652万6613円」に,15行目の「2億0612万9883円」とあるのを「2億0315万9663円」に,30,31行目の「住民税3267万9600円」を「住民税3268万5800円」に,31行目の「1億3769万0300円」を「1億3769万6500円」に,37行目の「3億8163万0846円」を「3億7866万6826円」に,同68丁39行目の「3274万7600円」とあるのを「3275万3800円」に,39,40行目の「3267万9600円」とあるのを「3268万5800円」に,40行目の「3267万9600円」とあるのを「3268万5800円」に,各改め,被控訴人の主張欄の5丁42行目の「7回目」を「6回目」に,41丁5行目の「期間等しか」を「機関投資家」に,各改め,43丁19行目の「乙第号証」を削除する。

4  争点

本件の争点は,

(1)  被控訴人が亡Bを商品先物取引に勧誘し,その取引を継続した行為に違法性が認められるのか,

(2)  仮に違法性が認められるとした場合,違法行為と相当因果関係の範囲にある損害の内容及び額

である。

第3争点に対する判断

1  上記前提となる事実,括弧内掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  亡Bは,昭和8年生まれの男性であり,先祖から承継した酒造業を長年営み,a本店の代表者であった。a本店は,酒類の製造及び販売を目的とする昭和27年10月1日に設立した会社であり,その株式は,亡Bが過半数を保有し,その他の株主は控訴人X1と控訴人X2であり,従業員は多いときでも10名程度の同族零細企業であった。亡Bは,上記のとおり,酒類の製造販売を毎年繰り返し,古くからの取引先と取引することを続けて家業を堅実に経営してきており,今回被控訴人と契約を締結するまで,先物取引の経験はない(甲54(1)(2),73,74,77)。

(2)  亡Bは,C型肝炎に罹患し,昭和62年8月18日にb病院に入院して検査を受けたが,肝炎は肝硬変に移行し,インターフェロン治療の効果が期待できない程度であると診断され,同年9月3日退院後は,●●●市内の医院で治療を受けながら,定期的にb病院に通院する生活を続けていた。その後,病状は徐々に進行し,肝細胞癌が発見され,平成4年には,b病院で部分的脾動脈塞栓術(血小板数を増加させる目的)を受けた後,同年10月16日肝臓ガンの患部にエタノール注入手術を受け,退院後も同様の通院治療を受けていた。その後,肝臓癌の再発の兆候は発見されなかったが,肝硬変の症状は徐々に進行し,b病院の担当医師は,亡Bから,平成7年3月6日の診察では,夕方少し下肢が浮腫状になること,平成9年3月26日の診察では,c病院で静脈瘤を指摘されたが,治療の緊急性はないと言われたことが申告されたことを診療録に記録しており,平成13年7月27日の検査では,膵臓の膵頭部に占拠性病変が発見され,平成13年11月9日の診察では不眠を訴え,利尿剤の使用を開始した旨記録している(甲30)。

亡Bは,肝臓癌の手術を終えた後は,食後2時間程度は横になり,多くの時間を自宅で過ごす生活を続けていた。そして,平成8年ころには地域や同業者の役員を退き,平成9年ころから,亡Bの様子が時々変であることに周囲の家族も気づくようになり(その原因は,亡Bの上記病状から肝性脳症によるものと推認される。),平成10年ころには,記憶力,判断力,理解力等も明らかに低下し,これまで長年行っていた酒税の計算も事務職員に任せるようになった。もっとも,岡山県北部(岡山県●●●)にある自宅からb病院への通院には,自分で自動車を運転し,趣味のゴルフも続けていた(甲73,74,控訴人X1,同X2原審供述)。

(3)  亡Bの被控訴人との個人名義の取引は,平成8年2月1日から平成15年3月5日まで断続的に続いているが,途中5回に渡り,建玉が総て仕切られた期間があるので,その仕切られた期間毎に具体的な取引内容を検討する。なお,被控訴人の担当者は,当初は,その岡山支店のCであり,その後,D,E,Fを経て,平成12年5月からは,支店長のG(以下「G」という。)になった。

ア まず,第1回目の取引は,平成8年2月1日に始まり平成9年2月14日に一度すべての建玉が仕切られ,清算されており,この間に711万円を入金し,801万1849円の出金をして約90万円の利益を得ている(乙25)。

その具体的取引経過は次のとおりである(甲129)。まず,平成8年2月1日に金3枚の買玉が建てられた後,同年10月31日まで取引がない。そして,同日金50枚の売玉,白金100枚の買玉が建てられている。この点について,被控訴人は,ストラドル(鞘取り)取引である旨主張するが,金の売玉は,同年12月3日に一旦仕切られたうえ,同日に同枚数の売玉を建て,平成9年1月8日に仕切られ,他方白金は,同年2月14日まで仕切られていない。白金については,その間の同年1月8日に建てられた買玉16枚について,6枚はその日のうちに損失を出して仕切られ,残り10枚は同年2月14日に仕切られている。被控訴人が主張するようにストラドル取引であれば,本来同時に仕切らなければ,全体としての損益勘定が判明しないのに,玉を建てた段階では金1,白金2の割合となっているものの,その後は別々に仕切られている。また,当初建てた金3枚は,その後,限月である同年12月16日に損失を出して仕切られている。被控訴人は,これについても現物による取得を考えていたと主張するが,亡Bは,本件取引の中で,一度もそのような態度を示した形跡はなく,俄に採用することはできない。また,亡Bは,上記のとおり90万円余りの利益を得ているが,被控訴人が取得した取引手数料は,260万円を超えていることが認められる。

以上の事実によれば,亡Bが上記取引期間に支出した金額は711万円であって,その金額自体は,弁論の全趣旨によって認められる亡Bの保有資産からすれば,過大取引とはいえず,また利益もだしているものの,当初金3枚を建てた後,8か月以上取引がなく,平成8年10月にはいきなりストラドル取引を開始し,しかも同時処理をしていないなど,被控訴人が主張するように亡Bが商品先物の相場観をもっているとすれば,極めて不可解な取引であり,むしろ,被控訴人の担当者が,取引量を拡大するためにリスクが少ない取引であると称して,ストラドル取引を勧め,取引量を拡大させて,手数料を取得したと評価すべき内容である。

イ 第2回目の取引は,平成9年4月22日に開始され,同年10月27日に一旦仕切られている(甲129,乙25)。この間には,9360万円と株式会社中国銀行の株式1万株が入金され,4525万2571円と上記中国銀行株1万株を出金しており,4834万7429円の損失となっている。亡Bは,取引を開始した同年4月22日から同年6月13日までのわずか2か月足らずの間に合計7400万円を亡Bの証拠金口座に入金し(乙15,23),同年4月22日に金100枚の買玉,白金200枚の売玉を建て,いわゆるストラドル取引の体裁をとっているが,その仕切時期は前回と同様に個別である。また,6月6日に白金200枚を1510円で建てた売玉は,7月8日に仕切られ利益を出しているように見えるが,6月6日の売玉は,4月22日に1494円ないし1495円で建てた白金合計200枚の売玉のいわゆる難平をしているのであり,そうであれば,4月22日の売玉との平均価格に至らない前に,後に建てた売玉だけを仕切ることは合理性があるとはいえない。

ウ 第3回目の取引は,平成9年12月11日から平成10年1月14日までの期間で,1012万5000円を入金し,1621万2078円を出金し,608万7078円の利益を出している(乙23,25)。この間の取引は,平成9年12月11日1450円,12日1406円,16日1349円と価格が下がっても買玉を建てる難平をし,平成10年1月14日すべてを仕切っている。利益は得ているものの,難平という危険な取引を行っている。

エ 第4回目の取引は,平成10年3月17日に始まり,平成11年2月10日に一旦仕切られている。この間,3150万円を入金し,5765万8994円出金して,3515万8994円の利益を得ている。この期間の取引では,建玉はすべて仕切られたが,900万円を被控訴人の口座に残している(乙23,25)。

この間の取引では,第1,2回目と同様に白金の価格が上昇しても売玉を建てる難平をしていながら,その後の値動きを見て個別に利食いをしているように外形上見え,平均価格を意識した取引とはいえない。

オ 第5回目は,平成11年2月18日から同年4月7日までの間で,450万円入金し,1189万3957円出金して289万3957円の利益となったものである(乙23,25)。同年4月7日に建玉はすべて仕切られたが,450万円は口座に残された。

この間の取引は,同年2月18日から3月8日まで,売玉の難平を行い,4月7日にいずれの売玉よりも値段が下がったところで仕切ったものである。

カ 第6回目は,平成11年4月23日から平成15年3月5日までであり,2億7583万3810円を入金し,1億7711万2750円を出金し,1億0322万1060円の損失となっている(乙25)。

この期間も難平をよく用いているが,亡Bの建玉の平均価格まで待って仕切ることはしていない。例えば,白金について,平成11年4月23日77枚を1314円,同日23枚を1315円,同月30日100枚を1290円,8月19日1204円で100枚,同月23日1181円で100枚買玉を建玉している(甲129)。そして,一番安く買玉した100枚については,1206円で仕切り,利益を出したように見せている。同様に9月10日1179円で40枚,1180円で60枚買玉を建玉し,同月14日1205円で仕切っているが,上記高額で建てた買玉は,放置されたままである(甲129)。4月23日,同月30日の買玉についても,結果的には利益を出しているが,これは買玉を建てた価格よりも更に上昇したからであって,難平によるものではない。また金についても,平成11年7月7日994円で100枚買玉し,更に同月13日980円で50枚,同月23日948円で50枚買玉し(甲129),被控訴人の主張によれば,1000円を回復する予想で難平をしたとしている。確かに同月13日と同月23日分は,9月30日に1030円で仕切られているが,7月7日の買玉については,9月22日に861円で仕切っており,被控訴人が主張するような予想の下に行われた取引であれば一貫性を欠いているといえる。

これらの状況に加えて,平成12年6月8日から以降,ごくわずかな期間を除いて白金を取引対象とする両建の状態が継続している(甲2)。亡Bは,これまで,ごく短期間両建状態があったことを除き,両建をしたことがないこと,被控訴人の担当者が平成12年5月1日にGに変わって間もなくから始まっていること,白金の相場は平成12年3月,4月と値下がりしたものの,5月から値上がりを続け(甲38),亡Bは,同年6月7日時点で2523万9500円の値洗益があった(甲20)のであり,敢えて危険を冒して両建をする状況になかったとみられることからすれば,両建は,被控訴人の担当者であったGが勧めたものと推認される。亡Bの取引量は拡大し,平成12年1月19日変更の貴金属市場管理基本要綱では,白金の建玉は1200枚までに制限されていたところ(甲83),亡Bの取引量は,平成12年2月10日時点で1200枚となり,その制限に抵触していた。更に,同年12月5日には売玉1600枚,買玉820枚を保有する状態となり,平成12年末時点においては,亡B名義の建玉数2200枚,証拠金2億4800万円であったことが認められる。

更に,控訴人らが甲3に基づき試算したところによれば,平成11年4月23日から平成13年10月2日までの取引のうち,直し,途転,両建,日計,手数料不抜の特定売買比率は96.9パーセント,白金に限れば,101.1パーセントと高率を示し,上記期間に受取った手数料1億1874万6420円,亡Bの損失は3026万0365円であるから損金に対する手数料の割合は392.4パーセントとの結果となったことが認められる。

更に加えて,亡Bは,商品先物取引によって,平成12年度高額な利益を出していたが,反面で平成12年12月20日時点で値洗損は1億円を超えていた(甲20,101)。亡Bは,上記損失の生じている建玉を平成12年内に仕切れば,所得税を低く抑えることができたが,課税の仕組みを理解しておらず,また,それについての説明も受けなかったため,翌平成13年1月に持ち越されてから仕切られた。

以上によれば,亡Bが,これら大量の取引を把握していたとは到底言える状況にはなく,平成12年以降も同様の状況であったといえる。

キ 亡Bは,平成12年度には2億6000万円を超える取引利益を得ていたことになるが,返還を受けた大部分の金員は,先物取引の証拠金に充てる一方で,●●●信用金庫から平成12年12月28日5000万円,平成13年1月18日2000万円,同年8月20日3000万円を借り入れ,取引資金に充てたほか,同年1月9日亡Bの定額貯金合計805万9062円,同月12日亡Bの子ら名義の貯金合計1280万3616円を解約して同様に取引資金に充てていた(甲16,17(1)ないし(7),乙23)。

(4)  ところで,被控訴人は,亡Bとの間における個々の取引は,担当者が亡Bから注文を受けて行ったと主張しているが,それらの日のうち,平成10年3月17日,同年7月2日,平成11年9月14日,平成13年4月16日,同年7月25日は,亡Bのb病院への通院日にあたり(甲61(1)ないし(6)),亡Bは,通常通院日には,午前8時ころ自宅を出て,午後5時ころ帰宅しており,亡Bは携帯電話を所持していない(甲73,74,77,控訴人X2原審供述)。被控訴人は,平成10年3月17日分については,同日午前8時2分に被控訴人の担当者が先方すなわち亡Bに電話して指値1550円(有効期限3月17日)で白金50枚の注文を受け,同日午前9時12分1560円で成立した旨記載のある売注文伝票(乙28(1))を提出するが,上記時間帯は通常であれば通院時間帯にあたるうえ,1550円の指値注文でありながら,1560円で取引を成立させた経過も上記伝票からは不明である。次に同年7月2日は午後2時53分に亡Bから電話があり(乙28(2)),平成11年9月14日は午後2時3分に亡Bに電話し(乙28(3)),平成13年4月16日は午前11時8分亡Bから電話があり(乙28(4)),同年7月25日は午前9時43分に亡Bから電話で(乙28(5))それぞれ注文を受けたことになっているが,被控訴人が主張する時間帯はいずれも亡Bが通院するために通常在宅していない時間帯にあたる。

以上の事実によれば,上記取引日の取引について,真実亡Bから注文がなされたか否かについても疑問があるが,仮に亡Bと被控訴人の担当者との間に何らかのやりとりがあったとしても,通院途中での公衆電話等によることとなるから,少なくとも詳細な打ち合わせができる状況になかったことは明らかである。

(5)  亡Bは,a本店名義でも商品先物取引を行っているが,その取引は,亡Bが単独で行っており,またその期間は,個人で取引を始めた平成8年2月1日以降の期間では,平成12年2月10日から同年7月21日まで,同年12月5日から平成13年1月17日までに限られる。

そして,a本店名義の証拠金は,亡Bが出捐している。すなわち,まず,a本店名義の委託証拠金勘定に入金された,平成12年2月10日2200万円,同月14日850万円,同月15日2070万円,同年12月5日4500万円,同月14日1687万5000円(乙27)は,それぞれ同年2月10日2200万円は帳尻益金から,同月14日850万円のうち570万は帳尻益金から,残り280万円は証拠金から,同月15日2070万円のうち40万円は帳尻益金から,残り2030万円は証拠金から,同年12月5日4500万円は帳尻益金から,同月14日1687万5000円は帳尻益金から出金されている(乙14(2),15)。次に,同月13日付入金1290万円は,亡B名義の中国銀行貯蓄預金通帳(甲64)から出金された1290万0420円の内金である。平成13年1月9日付入金1800万円は,同日亡B名義の中国銀行普通預金口座から同日出金されており(甲62),これが振り込まれたものである。また,a本店の証拠金勘定に,証拠金として現金の代わりに差し入れられている大日本インキ化学工業の株式4万株についても,亡Bの所有するものであり,同年1月22日に出庫され(乙27),同日,亡Bの証拠金に入庫されている(乙15)。

そして,平成12年12月1日当時,東京工業品取引所において,12月限,2月限の白金について建玉数合計1200枚まで,4月限以降2000枚までの建玉制限がなされていたところ(乙29),亡Bがa本店名義で取引を開始する平成12年2月10日は,亡B個人名義の白金の建玉が1200枚に上っていた。そして亡Bが,次にa本店名義で取引を開始する同年12月5日当時も個人名義で白金売玉1600枚,買玉820枚,合計2420枚の建玉があったことから上記建玉制限に抵触している危険があった。

これらに加えて,a本店の証拠金から亡B個人名義の証拠金として入金された扱いとなっているものもある。すなわち,平成12年2月22日,602万5000円が出金され,同日,同額が亡B個人名義の証拠金として入金されている(乙15)。同月24日付出金120万円は,亡B名義の貯蓄預金通帳(甲64)からの同日付730万0420円の出金(通帳の当該箇所には「エース」と手書きされている。)と併せて,850万円が亡B名義の証拠金勘定に入金されている(乙15)。また,同年8月2日,a本店名義の帳尻益金,証拠金合計3193万2200円が出金されたこととなっている(乙26(2),27)が,そのうち3000万円が翌日亡B名義の貯蓄預金通帳(甲64)に入金されている。平成13年1月22日,a本店の証拠金818万4750円が出金されたこととなっているが(乙27),うち700万円は,同日,亡B名義の証拠金に入金されている。

以上の事実が認められ,これらの事実に加え,下記(6)の事実によれば,亡Bの上記a本店名義の取引は,亡B名義で行っていた商品先物取引量が当時の建玉制限を超過したため,これを回避するため,被控訴人の担当者に誘導され,a本店の名義を借用したものであって,実質的には亡B個人の取引と認めることができる。

(6)  ところで,被控訴人は,平成12年2月10日亡B名義の取引による帳尻金2200万円,同月14日委託証拠金280万円,帳尻金570万円の合計850万円,同月15日委託証拠金2030万円,帳尻金40万円の合計2070万円,同年12月5日帳尻金4500万円,同月14日帳尻金1687万5000円は,いずれも被控訴人の担当者が亡Bの自宅に現金を持参し,それぞれa本店の委託証拠金として持ち帰った旨主張し,その証拠(乙20(1)ないし(5))を提出し,原審証人Gも同様の証言をする。

しかしながら,被控訴人から亡Bへの返金は,口座振り込みの方法が,取られていると認められるのに(乙20(6),21(1)ないし(7),(9)ないし(27)),上記のような高額な金員をわざわざ県北にある亡Bの自宅まで持参するとは到底考えがたい。むしろ,帳簿上亡B名義の口座からa本店名義の口座に振り替え,その後に領収証を作成したと推認すべきところであり,これらの事実は,平成15年4月から5月ころ被控訴人の担当者が数名亡Bの下を訪れて,その求めに応じて亡Bが領収書に署名押印した旨の控訴人らの主張及びそれに符合する証拠(甲59,73,控訴人X1の原審供述)の内容に合致するところであって,被控訴人が提出した領収証(乙20(1)ないし(5))は,被控訴人の担当者が亡Bの個人名義の帳尻金及び証拠金をa本店名義の預かり金として帳簿上付け替えていたものを事後において,一旦亡Bが受領した形式を整えるために作成したものであると認められる。

(7)  また被控訴人は,亡Bが,商品取引の長い経験があり,資金的な余裕があるとする証拠として,当時の電話でのやりとり(乙22(1)(2))を提出するが,その内容は,被控訴人の担当者であったGが次々と話すのを,亡Bが,ただ適当な相づちを打ちながら聞いているだけである。特に相場情報については,何の区別もなく「はい」,「はあ」としか応答していない。これらから見て,商品取引の知識と経験のある者の対話とは到底認めることはできない。

2  争点(1)について

商品先物取引は,少額の証拠金による差金決済という取引方法により多額の取引ができる一方で,商品市場が短期間に激しい値動きをするために取引参加者が予期せぬ巨額の損失を被る危険が大きく,投機的性格の強い取引である。ところが,当該商品の市場価格の変動を的確に予測することは一般私人にとっては容易ではない上に,商品先物取引には様々な専門的特殊用語が使用され,実際に取得しない商品を売建するなど,その仕組みを十分理解することも困難が伴うものである。したがって,商品取引員は,顧客の知識,経験,能力及び財産の状況に照らして不適当な勧誘を行うべきではなく,社会的相当性を逸脱する態様での勧誘行為が行われた場合には違法と評価すべきである。

ところで,本件において,被控訴人の担当者が亡Bを最初に勧誘した時期,方法については当事者間に争いがあり,これを確定するに足りる証拠はない。この点,控訴人らは,平成4年に亡Bがb病院に入院した際に被控訴人の担当者であるCが入院中の亡Bを見舞い,品物を送ったから,亡Bが先物取引の適格性がないことを認識していた旨主張する。この点,それに沿う証拠(甲15,48,60(1)(2) 控訴人X1原審供述)もあるが,届出印鑑控(甲15)については,作成された経緯が不明であり,また,仮に被控訴人の担当者が入院中の亡Bを見舞ったとしてもそれだけで,亡Bの病状を認識していたとまで認めることはできないし,また入院期間中は別として,平成4年ころの亡Bが,明らかに先物取引の不適格者であったとまでいうことはできない。

しかしながら,これまで認定してきた亡Bの商品先物取引経過によれば,亡Bは,自己名義の第1回目の取引の2度目の建玉からストラドル取引の体裁の建玉を建てたことになっており,既に認定したとおり,これは被控訴人の担当者に不当に勧誘された結果開始したものと推認されること,その後も建玉の際には難平を重ねながら,不合理とみられる仕切方を行い,また第2回目の取引では平成9年4月22日から同年6月13日のわずか3か月足らずの間に合計7400万円を入金しており(乙23),その後も高額な資金を投入して多数の建玉を建てた取引を繰り返している。また,平成11年4月23日から平成13年10月2日までの取引について,控訴人らが試算したところ,直し,途転,両建,日計,手数料不抜の特定売買比率が96.9パーセント,白金に限れば,101.1パーセントと高率を示す結果となっていることからすれば,既に認定した亡Bの取引歴や商品先物取引に関する知識に加え,病状の進行状況をも併せて考慮すると,亡Bがこのような高額かつ複雑な取引について把握する能力を保有していたとは到底いえないところである。また,既に認定した第1回目の取引内容,亡Bの通院日にも注文があったこと,個人の証拠金帳尻金からの振り替え操作の経緯等から見て,被控訴人の担当者は,第1回目から,亡Bに商品先物取引に関する知識等に乏しいことを認識して,亡Bに対し一方的に提案あるいは同人を誘導し,亡Bがそれに話を合わせ,結果的に同意したような形式で取引を進める一任的な売買であったと推認される。これに反し,原審証人Gは,亡Bが独自の相場観を持ち,みずから積極的に注文を繰り返していたかのように証言するけれども,同証言は,上記のところに照らし,これを採用し難い。

以上によれば,被控訴人の勧誘行為は,商品先物取引に関する十分な判断能力を有しない者に対する勧誘行為として,当初から明らかに適合性原則に反しているし,その後の取引も実質的一任売買であったと認められるから,その余を検討するまでもなく,被控訴人の行為は違法であって,被控訴人の行為と相当因果関係の範囲内の損害を賠償すべき責任があると認められる。

なお,被控訴人は,亡Bが個人で取引を開始する以前にa本店名義で取引をしていた経験があると主張するが,被控訴人は,その具体的な取引内容や経過を明らかにしていないうえ,既に認定説示した亡Bの個人名義での第1回目の取引経過に照らして,亡Bに先物取引に関する知識や独自の相場観があったとは認められない。また,被控訴人は,亡Bの先物取引には,合計5回にわたりすべての建玉を一旦仕切り,当初の3回については,証拠金についても一旦すべて返還しており,これらは亡Bの指示に基づいている旨主張し,本件各取引の正当性を主張するが,確かに,被控訴人が主張するそれぞれの時点において,亡Bが何らかの原因で建玉を一旦仕切る旨の意思表示をし,被控訴人の担当者がそれに応じたことは推認される。しかしながら,亡Bが何らかの原因によって取引を終了させる旨の意思が表明できて,被控訴人の担当者がこれに応じたからといって,個々の相場の状況を見た取引が可能であった証明にはならないと言えるうえ,担当者が亡Bのこの意思表示に応じなければ明らかに仕切拒否という新たな違法行為となるに過ぎない。以上によれば,この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

3  争点(2)について

(1)  取引による損失

既に認定したところによれば,亡Bは,個人名義の商品先物取引によって,1億0652万6613円の損失を被っているが,これが被控訴人の違法行為と相当因果関係にある損害であることは明らかである。また,既に認定説示したとおり,亡Bが行ったa本店名義の商品先物取引は,亡Bの取引と同視すべきであるから,当該取引によって被った9663万3050円の損失についても,相当因果関係の範囲内の損害と認められる。

(2)  本件商品先物取引における帳簿上の利益に対する所得税等について

亡Bは,平成12年度の商品先物取引によって,帳簿上2億5264万0564円の所得が発生したことに基づき,所得税9133万6200円,過少申告加算税1367万4500円の課税処分と住民税3268万5800円の課税を受け,納税の義務を負ったが,被控訴人の適合性原則に反する違法行為がなければ,上記のような帳簿上の所得が発生し課税処分を受けることはなかったこと,亡Bが被控訴人から返還を受けたとされる金員の大部分は,被控訴人の担当者の誘導により,亡B名義ないしa本店名義の商品先物取引の資金として使用され,結果的には亡B個人名義とa本店名義の商品先物取引によって合計2億0315万9663円の損害を被っており,上記課税処分に見合う利益額を確保できなかったことからすれば,上記課税処分に基づく納税は,被控訴人の違法行為と相当因果関係の範囲内にある損害であると認められる。

以上に加えて,被控訴人の担当者は,亡B個人名義の取引に関して,平成12年12月14日時点において,6914万1000円,同年12月20日から同月28日までの間,継続して1億1000万円を超える値洗損がありながら(甲20),亡Bに対して本件に即した課税に関する説明をすることなく,同月14日には亡B名義の先物取引における取引利益をa本店名義の証拠金に振り替える手続きをとっていることが認められる。

すなわち,これまで認定説示したところによれば,亡Bは,上記損失の生じている建玉を平成12年内に仕切れば,所得税を低く抑えることができたが,課税の仕組みを理解しておらず,また,それについての説明も受けなかったため,被控訴人の担当者による実質的一任売買により,上記損失を翌平成13年1月に持ち越されてから仕切られ,上記のような高額の課税処分を受けたものであることが認められる。しかも,帳簿上利益が生じているだけで,委託者の手に利益が渡されていない場合であっても課税されるのであるから,帳簿上多額な利益が生じた場合には,課税のための資金を確保しておく必要があり,上記資金を確保することなく生じた利益をそのまま証拠金に振り替え,取引を拡大させ,仮にその後損失が生じた場合,今までの利益を一度に失うばかりか利益に対して課せられた税金を支払うことができなくなることになるから,先物取引を委託した契約者にとって,極めて危険な取引となることはいうまでもない。したがって,商品先物取引業者としては,契約者に対して多額の利益が発生した場合には,契約者が課税に備えるよう配慮する義務があるというべきであるところ,被控訴人の担当者は,上記義務に違反しているばかりか,当該利益をもって亡Bの取引を拡大させ,上記のような危険性を高めたのであるから,単なる義務違反に止まらず違法な行為というべきであり,この面からしても,上記課税処分に基づく納税義務は,被控訴人の違法行為と相当因果関係の範囲内にある損害であると認められる。

(3)  確認できない返金

控訴人らは,a本店名義の委託証拠金現在高帳(乙27)の平成12年8月2日の欄によれば,1597万6370円,a本店名義の委託者別先物取引勘定元帳(乙26(2))の同日の欄によれば帳尻益金1595万5830円の合計3193万2200円が出金されたこととなっているが,亡Bが管理していた通帳には,平成12年8月2日以降には,同月3日の3000万円の入金の記録しかなく(甲64),差額の193万2200円が不明である。また,a本店名義の委託証拠金現在高帳(乙27)の平成13年1月22日の欄によれば,818万4750円が返金された旨記載されているが,そのうち700万円は,亡B名義の委託証拠金現在高帳に移されていることが確認できるが,残り118万4750円は不明であり,これら差額の合計311万6950円は,実際には被控訴人から返金されていない旨主張する。しかしながら,上記不明であると主張する金額からすれば,社会通念上亡Bが取得し他の用途に使用したとしても不自然とはいえない額であることからすれば,上記証拠だけでは,亡Bが返還を受けていないと認めることはできず,他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。

(4)  過失相殺

以上によれば,合計3億4085万6163円が被控訴人の不法行為と相当因果関係の範囲内の損害であると認められる。

106,526,613+96,633,050+91,336,200+13,674,500+32,685,800=340,856,163

亡Bは,本件の先物取引を何度か自己の意思で仕切り,証拠金等の返還も受けていたのであるから,その後の勧誘があってもそれに応じなければ,上記のような損害の少なくとも一部は免れた可能性が高いし,また,妻や長男に相談すれば,容易に損害の拡大を防止できたと認められる。これらを行わなかった亡Bには,損害の拡大について責任があるというべきであり,上記損害額の3割を減額することが相当である。

以上によれば,2億3859万9314円が弁護士費用を除く被控訴人が負担すべき損害額である。

340,856,163×(1-0.3)=238,599,314

(5)  弁護士費用

本件事案の内容等によれば,弁護士費用として2386万円が相当因果関係の範囲内にある損害と認める。

(6)  相続による承継

以上によれば,亡Bの被った損害は,合計2億6245万9314円であり,これを控訴人X1が2分の1,その余の控訴人らが8分の1の割合で承継することとなるので,控訴人X1について1億3122万9657円,その余の控訴人らについて,1人あたり3280万7414円となる。

238,599,314+23,860,000=262,459,314

262,459,314×1/2=131,229,657

262,459,314×1/8=32,807,414(円未満切り捨て)

第4結論

以上によれば,控訴人らの本件請求は,控訴人X1が1億3122万9657円及びこれに対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員,控訴人X2,同X3,同X4,同X5が,各々1人につき3280万7414円及びこれら対する平成15年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないので,これと結論を異にする原判決を一部変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 及川憲夫 裁判官 渡邊雅道 裁判官 横溝邦彦)

<以下省略>

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