広島高等裁判所岡山支部 平成18年(行コ)5号 判決 2007年2月22日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 控訴人A
(1) 原判決主文1項を取り消す。
(2) 被控訴人ら(一審甲事件原告ら)の請求を棄却する。
2 控訴人事業管理者
(1) 原判決主文2項を取り消す。
(2) 被控訴人ら(一審乙事件原告ら)の請求を棄却する。
第2事案の概要
1のとおり付加,訂正,削除し,当審における控訴人Aの主張として2のとおり付加するほかは,原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるので,これを引用する。
1 原判決の付加,訂正,削除
(1) 原判決5頁15行目の「12月14日」を「12月20日」に改める。
(2) 同6頁7行目の「B病院から,」を削除する。
(3) 同7頁18行目,8頁11行目,13頁末行の各「地方自治法204条」の次に「,204条の2」を加える。
2 当審における控訴人Aの主張
(1) 仮に本件規定が違法であるとしても,平成13年度の本件加算金の支出は有効である。
すなわち,具体的な財務会計行為の基礎とされる条例が違法なものであったとしても,直ちに当該財務会計行為にその違法性が承継されると解するのは妥当ではなく,受給者が違法な条例の制定に関与したり,又は条例の違法性が明白であるなどといった特段の事情がない限り,当該財務会計行為は適法・有効である。本件において,控訴人Aは,条例制定に関与しておらず,改正条例の違法性が明白ともいえないので,平成13年度の本件加算金の支給は,条例の違法性を承継せず,適法有効なものとして,法律上の原因を欠くとはいえない。
(2) 権利の濫用又は信義則違反
原判決も認定するとおり,岡山市病院事業の経営は,毎年数億円の赤字を出し,平成11年度末の累積赤字額は85億円超に上るなど,その経営は危機に陥り,有識者から再三提言を受けても,好転しない状況にあった。そのような中,岡山市は,控訴人Aに対し,度重なる就任要請を行い,最終的に収支改善額の20パーセントを期末手当に加算する条件で事業管理者への就任を依頼して控訴人Aの承諾を得,その後改正条例を制定した。控訴人Aは,事業管理者に就任して,病院事業の医療体制や施設設備の改善を図り,収支も劇的に改善するという成果を上げた。かかる経緯に照らすと,事業管理者への就任依頼時に岡山市が提示した成功報酬の条件で条例が規定できない性質のものであり,かつ,そのために改正条例が無効になるとすれば,岡山市側に専ら原因があり,かかる岡山市側の言動を信頼して誠実に行動し,多大な成果を上げた控訴人Aには何らの非も認められないのであるから,被控訴人ら(一審甲事件原告ら)が岡山市を代位して,平成13年度の本件加算金を不当利得として返還請求することは,権利の濫用もしくは信義則違反に該当し許されない。
(3) 現存利益の一部不存在
仮に平成13年度の本件加算金の受給が不当利得に該当するとしても,控訴人Aは,善意の受益者であるところ,本件訴状の送達を受けた時点において,既に岡山市教育委員会に対して図書の寄贈を行い698万8403円を支出しているが,控訴人Aは,岡山市から平成13年度の本件加算金を受領したことで,その一部を岡山市側に還元しようと考えて図書の寄贈を行ったものであり,平成13年度の本件加算金を受領しない場合においても費消すべき控訴人Aの他の財産の代わりに支出を行ったものではないので,同額について利益が現存していない。
(4) 損害賠償請求権による相殺
控訴人Aは,(2)項のとおり岡山市が提示し,改正条例によって明文化された勤務条件が保障されることを信頼して,管理者の就任を承諾し,上記のとおり成果を上げた。かかる控訴人Aが抱いていた信頼は,両当事者を支配する法原理たる信義則によりその保護が図られるべきである。岡山市は,地方自治法等の法令に反しない報酬の支払方法をとるべき信義則上の義務があると考えられるところ,無効とされる条例を制定した場合には,債務不履行又は不法行為が成立し,これと相当因果関係のある損害について,賠償責任を負うものと解される。本件では,少なくとも,岡山市が適法な措置をとっていれば,収支改善額の20パーセント相当額の報酬が得られたはずであるから,平成13年度の本件加算金相当額が相当因果関係のある損害である。控訴人Aは,岡山市に対する本件加算金相当額の損害賠償請求権を自働債権とし,岡山市の控訴人Aに対する不当利得返還請求権を受働債権として対当額にて相殺する。
第3当裁判所の判断
1 争点1(一)ないし(四)について
原判決20頁19行目から同24頁16行目までに記載のとおりであるので,これを引用する。
2 争点1(五)(地方自治法204条,204条の2違反)について
地方自治法204条によれば,普通地方公共団体は,当該地方公共団体の長その他常勤の特別職の地方公務員を含む同条1項所定の職員に対し,給料及び旅費のほか,条例の定めるところにより同条2項の諸手当を支給するものとされているところ,常勤の特別職の地方公務員である岡山市病院事業管理者にも上記法条が適用される。そして,普通地方公共団体は,いかなる給料その他の手当の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずに支給することはできない(地方自治法204条の2)のであるから,本件規定により本件加算金を期末手当として支給することが上記各法条との関係で有効といえるかについて,以下検討する。
上記諸手当の一つである期末手当は,その沿革上生計費が一時的に増大する盆と年末の時期にその生計費を補充するために支給されるものであったが,現在では勤勉手当と併せて,民間における賞与に相当する性質の手当であると解される。そして,勤勉手当が職員の勤務成績を査定して増減させることが予定されているのに対し,期末手当は,国家公務員の場合,6月1日及び12月1日の基準日以前の6か月間における在職期間の長さ及び職務の性質や責任の度合により支給割合を増減することが予定されている(一般職の職員の給与に関する法律,特別職の職員の給与に関する法律)が,勤務成績や成果による増減は予定されておらず,地方公務員や地方公営企業職員の期末手当についても,これに準じた内容の条例が定められているところである。岡山市においても,職員給与条例(甲3)で,期末手当に関して上記の国家公務員の期末手当に準じた内容を定めている。そして,常勤の特別職の地方公務員についても,国家公務員に準じて期末手当を支給できるものとされている(昭和43年10月17日自治給第94号・各都道府県知事あて自治省行政局長通知参照)ところ,岡山市においても,「市長,助役,収入役等の給与に関する条例」(甲18)で,市長等の期末手当に関して,病院事業管理者の期末手当と同様に職員給与条例別表第1行政職俸給表の9級に属する職員の例によると定めている。
以上のような期末手当の性格に照らすと,本件加算金は,在職期間や職務の性質,責任の度合による支給割合の増減ではなく,決算における収支改善額に100分の20を乗じて算出されるもので,成果が出た場合にはその成果の金額に対する一定割合を加算額として期末手当に上乗せするというものであり,成功報酬の性質を有するものであって,地方自治法204条2項の定める期末手当の範疇の外にあるものと認められる。
控訴人らは,地方公務員の法定の給与の支給基準や額等については地方議会に一定の裁量権があり,特別職であり,企業の経済性を発揮することが掲げられている地方公営企業の管理者については,その裁量内において,民間企業の経営者と同じように成功報酬の支払いが許容されると主張するが,特別職公務員の職務の特殊性に対しては,それに対応して個別に給料を定めることが可能であり,期末手当本来の趣旨内容を拡張して解釈したり,新たな手当を創設することを正当化する根拠とはなり得ない。
また,控訴人Aは,地方自治法204条2項の解釈に当たって,漫然と国家公務員における諸手当の規律と解釈に準拠して,地方公共団体の条例により設定された諸手当の性格,支給基準,支給方法につき,その適合性を判断することは,地方自治法2条12項,13項に違反すると主張する。しかしながら,両条項の新設が,支給できる手当の種類を限定列挙する地方自治法の枠組みを超えて地方議会の裁量を認めるまでの根拠となるとは認められない。
更に,控訴人事業管理者は,事業管理者の給与等については公企法38条4項の準用が認められるべきであると主張するが,同条項は,企業職員(公企法15条)に関する規定であって,事業管理者に準用されるべき根拠はない。
以上によれば,本件加算金を期末手当として事業管理者に支給することを規定した本件規定は,地方自治法204条2項,204条の2に違反し,違法無効であると解するのが相当である。
また,控訴人らは,本件加算金は地方自治法204条1項所定の給料の一部と解することも可能である旨主張するが,本件において,本件加算金を事業管理者に対する給料として支給する根拠となる法律・条例は存在しない上,本件加算金の前記のような性格によれば,これが給料の一部であると認めることもできない。
控訴人らは,岡山市病院事業の置かれていた再建が困難な状況等を根拠に,本件規定によって本件加算金を支給することも地方議会の裁量の範囲内であると主張するが,採用できない。
3 当審における控訴人Aの主張について
(1) 条例が違法であっても本件加算金の支出は有効であるとの主張について
本件規定(改正条例)は,本件加算金支出の直接の根拠であり,両者は密接かつ一体の関係にあるといえること,また,証拠(甲11,控訴人A〔原審〕)によれば,控訴人Aは,本件加算金を受給できることを事業管理者に就任するための前提事項の1つと考えていたこと,事業管理者として職責上改正条例の制定や予算案の作成に関与していたこと,また本件加算金の直接の支出権者であることが認められ(公企法8条,9条11号),これらの事実からすれば,控訴人Aは本件規定の成立に深く関与していたと認めざるを得ない。
以上によれば,本件規定は,違法無効であり,平成13年度の本件加算金の支出についても法律上の原因がないと解するのが相当であって,控訴人Aの主張は採用することができない。
(2) 権利の濫用又は信義則違反について
証拠(乙1ないし7,15,16,21の(1),(2),22ないし29,証人C,控訴人A〔いずれも原審〕)によれば,①岡山市病院事業の経営は,毎年数億円の赤字を出し,平成10年度末の累積赤字額は75億円超に上るなど,その経営は深刻な危機に陥っていたところ,有識者から再三提言を受けても,その状況は一向に好転しなかったこと,②岡山市は,同事業の管理者に良き人材を迎えて事態の打開を図ろうと考えたところ,その経歴等から,控訴人Aが病院経営者として極めて優れた手腕を発揮すると見込まれたこと,③岡山市は,控訴人Aとの話合いを通じて,収支改善額の20パーセントが期末手当として加算されれば,同控訴人が事業管理者に就任してくれると考え,控訴人Aにその旨の提案をして事業管理者への就任の承諾を得たこと,④控訴人Aが岡山市病院事業管理者に就任した後,同事業の医療体制や施設設備の改善が図られた一方,その収支も劇的に改善し,控訴人Aが,事業管理者に在任中,同事業の改善に大きな功績を上げたことが認められる。
以上の事実によれば,控訴人Aと岡山市との間では,控訴人Aが管理者に就任し,事業収支を改善すれば改善額の20パーセントに相当する金員を支払う旨の了解があり,控訴人Aは,上記のとおりの功績を上げたことが認められる。しかしながら,控訴人Aは,岡山市の特別職公務員に就任し,地方公務員として地方自治法等法令を遵守すべき立場にあり,かつ,前記(1)で認定のとおり,改正条例の内容を知り得る地位にあったところ,本件加算金を支給することが,既述のとおり地方自治法に違反する違法無効なものであることからすれば,控訴人Aが主張する信頼については,法的な保護に値しないといわざるを得ない。
したがって,被控訴人ら(一審甲事件原告ら)の本件請求が権利濫用又は信義則違反として許されないとはいえない。
(3) 現存利益の一部不存在
証拠(乙35ないし37)によれば,控訴人Aは,平成14年4月17日,岡山市に対し698万8403円相当の小学校用図書を寄贈した事実が認められるが,当該贈与は,控訴人Aの自由意思で行われたものであり,その動機において,平成13年度の本件加算金を受領し,その一部を岡山市側に還元しようとする意図があったとしても,控訴人Aの現存利益に影響するとはいえない。
したがって,その余を判断するまでもなく,控訴人Aの当該主張は採用できない。
(4) 損害賠償請求権による相殺
上記(2)項のとおり,控訴人Aと岡山市との間において,控訴人Aが事業管理者に就任した場合に本件加算金を支給することが了解事項となっていたものではあるが,既述のとおり,控訴人Aが主張する岡山市に対する信頼については,法的な保護に値しないものであり,岡山市に債務不履行ないし不法行為が成立するとはいえない。したがって,その余を検討するまでもなく,控訴人Aの当該主張は採用できない。
第4結論
以上によれば,その余を検討するまでもなく,本件規定は,地方自治法204条2項,204条の2に反し違法無効であって,これに基づき支出された平成13年度の本件加算金の支出も無効となり,平成14年度の本件加算金を支払うことは違法であるから,被控訴人らの本件各請求は,いずれも理由がある。
したがって,被控訴人らの各請求を認容した原判決は相当であるので,本件控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺雅道 裁判官 横溝邦彦)
裁判長裁判官前坂光雄は,転補につき署名押印することができない。裁判官 渡辺雅道