広島高等裁判所岡山支部 平成19年(う)26号 判決 2007年10月31日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
1 本件控訴の趣意は,辞任前の弁護人有元実作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴趣意中,事実誤認の主張について
(1) 論旨は,要するに,次のとおりである。原判決は,被告人は,暴力団幹部であるが,Aが株式会社d銀行から8500万円を借り受け,岡山県勝田郡<以下省略>所在の建物につき,同銀行に第1順位の抵当権を設定していたところ,平成15年3月ころ,その返済が滞るなどし,同銀行行員から競売を申し立てる旨告げられるや,上記建物の所有権を仮装譲渡することにより強制執行を免れようと企て,A及びBと共謀の上,被告人がAに3000万円を貸し付けたかのように装った虚偽の金銭借用証書及び同貸付けの担保として上記建物を譲渡担保に供する旨の譲渡担保契約書を作成するなどし,平成15年5月12日,岡山地方法務局美作支局登記官に対し,譲渡担保を原因としてAから被告人に上記建物の所有権が移転した旨の登記申請書を提出して虚偽の申立てをし,同登記官をして,同日,岡山地方法務局岡山西出張所内バックアップセンターに備え付けられた建物登記ファイルにその旨の不実の記録をさせた上,即時,同所にこれを備え付けさせて公正証書の原本としての用に供させるとともに,強制執行を免れる目的で本件建物を仮装譲渡したとの事実を認定した。しかし,被告人は,Aに対する債権を有しており,原判示の所有権移転登記は,これを被担保債権とする譲渡担保を原因とするものであって不実のものではないから,被告人にはいずれの罪も成立せず,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決挙示の関係証拠によれば,原判示事実を認定した原判決は正当として是認できるのであって,原判決に事実の誤認があるとは認められない。以下,若干補足して説明する。
(2) A(原審検第15号証及び第16号証)及びB(同第17号証)の各検察官調書を含む原判決挙示の関係各証拠によれば,被告人は,Aから,d銀行が原判示建物の競売を申し立てようとしている旨相談を受けた際,同人に対し,その所有名義を暴力団幹部である自分に移転すれば,同銀行は競売申立てができなくなる旨告げ,Aらと共に,殊更に,被告人がAに3000万円を貸し付けた旨の虚偽の金銭借用証書や同貸金債権を被担保債権とする虚偽の譲渡担保契約書等を作成した上,譲渡担保を原因とする原判示所有権移転登記申請を行い,建物登記ファイルにその旨の記録をさせた事実が明らかである。これら事実によると,上記登記申請は,原判示建物を暴力団幹部である被告人に仮装譲渡し,d銀行による競売申立てを回避する目的でなされた虚偽のものであって,上記記録も不実のものであるものと優に認めることができる。
(3) 所論は,被告人は,B工業から,Aに対する工事代金債権の譲渡を受けたほか,Eから,Aに対する貸金債権及び小切手金債権の譲渡を受けたのであるから,原判示の譲渡担保を原因とする所有権移転登記は被担保債権が実在するものであって,不実のものでなく,強制執行妨害罪も成立しない旨主張する。
しかしながら,仮に,所論指摘の被告人のAに対する債権が存在したとしても,被告人とAとの間において,これらの債権を被担保債権として,原判示建物に譲渡担保権を設定する旨の合意が成立していなければ,原判示の譲渡担保を原因とする所有権移転登記が不実のものであることに変わりがないことは論を待たない。しかるに,本件において,被告人とAがそのような合意をした形跡は全く窺われない。のみならず,被告人の供述(原審検第26号証)によっても,被告人は,B工業の経営者FからAに対する1000万円余りの工事代金の取立てを依頼され,取り立てた金員をFに交付していたというのであるから,そもそも,所論のように被告人がB工業から債権の譲渡を受けたものでないことは明らかである。所論は失当である。
(4) 以上のとおりであって,原判示事実は合理的な疑いを超えて優に認定でき,原判決に所論のいう事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
3 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,要するに,被告人を懲役1年6月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑の執行を猶予するのが相当であるというのである。
そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
本件は,前記のとおりの強制執行妨害,電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案である。被告人らは,本件にあたり,被告人が幹部の地位にある暴力団の勢威を利用しただけでなく,内容虚偽の借用証書や譲渡担保権設定契約書等を作成するなどして,あたかも,登記に見合った譲渡担保権が存在するかのような外形を作出しており,その犯行態様は誠に巧妙で計画性が窺われるものである。また,本件により,建物に譲渡担保権が設定されているかのような外観が作出され,第1順位の抵当権を有していた銀行が債権を他に譲渡することを余儀なくされたことやその建物につき,本件から3年余り後の平成18年7月まで競売開始決定すらなされなかったことにかんがみると,登記に対する信用や強制執行の適正及び債権者による債権の実行は,実際にも害されたものと認められるのであって,発生した結果にも軽視できないものがある。そして,被告人は,建物の所有者であった共犯者から相談を受けたことを発端として,同人に対し,本件を持ち掛け,自ら建物の所有名義人となっただけでなく,その一室に転居し,さらには,建物の賃料として約1935万円を取得し,被告人の供述によっても,約1000万円もの利得を得たというのであるから,本件が被告人による主導的犯行であったことは明らかである。加えて,被告人が原判示累犯前科1犯を含む懲役前科7犯を有するにもかかわらず,最終刑の執行終了後わずか1年半足らずのうちに本件犯行に及んだことに照らし,規範意識も鈍麻しているとみざるを得ない。本件の犯情はよくなく,被告人の刑事責任は軽視できない。
そうすると,被告人が原判示建物から退去するとともに,強制執行を妨害する目的でしたその敷地の賃貸借契約を解除したほか,原判決後,自ら得た賃料収入から諸経費を除いた1400万円をAに返還するなど一応の反省の姿勢を示していること,被告人の妻が原審公判廷に出廷し,今後の被告人に対する監督を約していること,その他所論指摘の被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても,本件が刑の執行を猶予するのが相当な事案とは認められず,被告人を懲役1年6月に処した原判決の量刑は,刑期の点でもやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
4 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。