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広島高等裁判所岡山支部 平成20年(ネ)222号 判決 2009年6月18日

主文

1  控訴人らの反訴請求に関する控訴を棄却する。

2  原判決主文2、3項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人会社、同Y1及び同Y2は、被控訴人に対し、各自196万円及びこれに対する平成19年5月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人の控訴人会社、同Y1及び同Y2に対するその余の本訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも、本訴反訴を通じ、これを2分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの連帯負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を棄却する。

3  被控訴人は、控訴人会社に対し、金480万円、控訴人Y1、同Y2に対し、各260万円及びこれらに対する平成19年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  3項について仮執行宣言

第2事案の概要

1  一審本訴請求事件は、被控訴人が、株式会社シュフレ(以下、その訴訟承継人である破産管財人を含め「シュフレ」という。)の所有していた原判決添付別紙物件目録記載3の建物に根抵当権を設定していたところ、当該建物の敷地所有者である控訴人Y1及び同Y2から当該土地を賃借してシュフレに転貸していた控訴人会社によってシュフレとの転貸借契約が解除され、同建物が収去されたため、上記根抵当権が消滅して損害を受けたとして、シュフレに対しては根抵当権設定契約に基づく担保価値維持義務又は民事再生規則1条2項に基づく重要事項周知義務若しくは民事再生法38条2項に基づく公平誠実義務の違反、信義則上の義務違反を責任原因として、債務不履行又は不法行為に基づき、また、控訴人会社並びに控訴人Y1及び同Y2(以下「控訴人会社ら」という。)に対しては、控訴人会社らが被控訴人に差し入れていた念書による合意に基づく通知義務等の違反又は信義則上の義務の違反を責任原因として、債務不履行又は不法行為に基づき、それぞれ1500万円及びこれに対する訴状が送達された日の翌日である平成19年5月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

また、一審反訴請求は、控訴人会社らが、被控訴人に対し、被控訴人の本件念書作成から本訴請求に至るまでの一連の行為が違法であるとして、不法行為に基づく損害賠償として、控訴人会社は480万円、同Y1及び同Y2は、各自260万円及びこれらに対する反訴状が被控訴人に送達された日の翌日である平成19年6月8日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であった。

原審裁判所は、一審本訴請求については、控訴人会社らに対して各自980万円、シュフレに対して490万円及びこれらに対する平成19年5月17日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を命ずる限度で認容し、控訴人会社らの一審反訴請求についてはこれを棄却した。これに対し、控訴人会社らが控訴した。したがって、本件審理の対象は、被控訴人の控訴人会社らに対する本訴請求のうち、認容された部分と控訴人会社らの反訴請求の当否である。

2  前提事実、当事者の主張は、次のとおり訂正、加除し、3、4で当事者双方の当審における主張を付加するほかは、原判決「第2 事案の概要」の「2 前提事実」及び「3 当事者の主張」(原判決4頁7行目から同12頁23行目まで)に記載のとおりであるので、これを引用する。

(1)  原判決4頁20行目の「有限会社」を「特例有限会社」に改める。

(2)  同5頁3行目の「借賃 1月3万418円」を「借賃 原判決添付の別紙物件目録記載1の土地については、月額3万0418円、同目録記載2の土地については、月額2万3209円」に改める。

(3)  同6頁13行目の「被告ら」を「シュフレ及び控訴人ら」に、同21行目の「再生手続」を「民事再生手続」に、同24行目の「本件借地権」を「本件建物」に各改める。

(4)  同7頁15行目の「シュフレは」から8頁6行目の「イ」までを削除する。

(5)  同8頁6行目の「被告会社らは、」を「控訴人会社らは、本件念書により、同念書記載の内容(前提事実(5)の法的合意である本件合意をした。そして、控訴人会社らは、」と改める。

(6)  同8頁15行目の「ウ」を「イ」に改める。

(7)  同8頁25行目の「エ よって、原告は、シュフレ及び」を「ウ よって、被控訴人は、」に改める。

(8)  同9頁3行目の「被告管財人」から同10頁18行目の「(3)」までを削除する。

(9)  同12頁12行目末尾に「⑤本件念書による本件合意が法的効力を有し得ないことなど、本件本訴における主張が事実的、法律的根拠に基づかないこと、被控訴人が不測の損害を被っていないことを容易に知り得たのに、本件念書のみを拠り所として、不当な利益を得ようとして本訴提起に至った。」を加える。

3  控訴人会社ら

(1)  本件念書の効力

本件念書の通知条項は、紳士協定にほかならない。また本件念書の文言は、要件及び効果において抽象的、曖昧であって、このような書面によって、賃貸人に対して、賃料不払いなどによる信頼関係破壊事由が生じた場合の法定解除権行使を制限する法的効力を認めることは、不合理な効果を解釈論として導き出すことになって、不当であり常識に反する。

(2)  本訴請求は、通知義務を根拠とするが、結論的には、控訴人会社のした解除の意思表示及びそれに基づく別件訴訟、執行が間違いであったという主張であるところ、それは別件訴訟の蒸し返しにほかならない。また、被控訴人は、借地権消滅の危険性を認識しながら、借地権を保全する具体的な行動を全く採らず、判決に基づく建物収去後になって本訴を提起した。したがって、本訴請求は、著しく信義則に反する。

(3)  因果関係の不存在

控訴人会社らから被控訴人に対し、賃料滞納等の通知をしなかったことと被控訴人が保有していた本件根抵当権を失ったこととの間に相当因果関係はない。

シュフレは、民事再生申立の事業計画において、本件店舗を「不採算店舗」として、「既に閉店している」ことを明示しており、無用な賃料を支払うことを明示的に拒否していた。被控訴人は、シュフレのメインバンクであったからシュフレが所有等する数多くの店舗のうちの1つの店舗転貸人等に過ぎない控訴人会社らよりも民事再生申立に至った経緯、現状、今後の方針などをより詳細に認識していたのである。被控訴人は、控訴人会社への賃料滞納の事実をいち早く認識していたもの、少なくとも十分予見していたものと推認できる。したがって、被控訴人としては、いち早く賃料の不払を確認すると同時に不払いがあった場合には代払等をするか、あるいは少なくとも控訴人会社らから別件訴訟において訴訟告知を受けた時点で当該訴訟に補助参加して滞納賃料を供託すべきであり、それを履行しておれば、本件根抵当権の消滅を回避できた。

また、被控訴人は、別件訴訟において訴訟告知を受けながら当該訴訟に参加しなかった、これは別件訴訟において、本件借地権の解除の原因は、賃料の不払だけでなく、無断譲渡、建物の荒廃、銀行取引の停止といった背信事由の積み重ねの結果であって、被控訴人は、本件借地権を維持することを断念していたからである。

(4)  本件根抵当権消滅の結果発生した損害について

シュフレが賃料の不払を始めた平成18年1月当時の本件建物の実情からすれば、本件建物に経済的な価値はない。仮に経済的価値があるとすれば、建物収去を免れるためには、抵当権者は賃料を代払しなければならず、担保価値を維持するための費用を負担しなければならないから、シュフレが滞納した平成18年1月から平成19年6月までの18か月分(月額85万円)の賃料である合計1530万円を被控訴人が上記担保価値を維持するための経費として控除すべきである。上記月額賃料には、本件建物の底地以外に隣接地(岡山県浅口市鴨方町<以下省略>及び<省略>の各土地)が含まれているが、これらの隣接地は、本件建物を店舗として営業するために必要な駐車場部分にあたるので、この部分の賃料も含めるべきである。

(5)  過失相殺(予備的主張)

被控訴人は、上記(3)のとおり控訴人会社らよりもシュフレの財務状態を知り又は知りうる状態にあった。したがって、被控訴人が、シュフレの賃料不払の事実を現実に知ったのが、滞納開始の時期でないとしても民事再生の申立の準備、即ち別件訴訟提起前に知り又は知ることができたはずである。ところが、被控訴人は、滞納賃料を代払することなど全くせず、放置していたものであって、被控訴人の損害が仮にあるとしても、これは被控訴人の自業自得である。仮に控訴人会社らが被控訴人に対して何らかの損害賠償義務を負担するとしても、被控訴人の過失割合は圧倒的である。

4  被控訴人

(1)  控訴人会社らの信義則違反の主張、本件念書の効力と因果関係の不存在の主張については争う。

(2)  被控訴人の損害から控除すべき経費について、控訴人会社らは、月額85万円とすべきであると主張する。しかし、本件で問題とすべき資料は、本件建物の敷地である本件各土地、すなわち原判決添付別紙物件目録記載1、2の土地に係る賃料合計額であるところ、控訴人会社らが主張している月額85万円は、上記各土地のほか岡山県浅口市鴨方町<以下省略>及び<省略>に関する賃料額も含めた額であり、これら隣接地の借地権の評価額を含めない本件建物の担保価値から控除されるべき経費ではない。また、控訴人会社らは、控除されるべき経費の支出期間について、本件建物の執行による収去の月までと主張するが、これは抵当権者が抵当不動産の取得者等から担保価値分を回収するのに通常要すると考えられる期間相当額であるから、1年間と判断することは合理的である。

第3当裁判所の判断

1  本件念書が作成された経緯、本件建物が収去された経緯等

次のとおり付加訂正をするほかは、原判決12頁25行目から16頁25行目までに記載のとおりであるので、これを引用する。

(1)  原判決12頁末行の「7、8」の次に「14、15、」を「8の1ないし3」の次に「、9の1、2、証人Aの証言」を各加える。

(2)  同13頁5行目の「本件念書は、」を次のとおり改める。

「被控訴人は、シュフレとの間で、昭和57年5月以降銀行取引を有し、平成14年6月当時には、少なくとも、2億円を超える貸金残高を有しており、シュフレのメインバンクであったものである。そして、被控訴人は、シュフレに対し、物的担保の差し入れを求めており、これに対し、シュフレが本件建物を担保に差し入れると申し出たが、これが借地上の建物であったことから、被控訴人は地主及びシュフレから本件念書を取り付けることとした。そこで、」

(3)  同13行目の「交付されることはなかった。」の次に、以下のとおり加える。

「また、被控訴人が、本件念書の作成について、控訴人会社らと接触したのは、控訴人Y1がA支店長代理から電話で、本件念書の作成日付を訂正する旨話されたのみであり、控訴人会社らが被控訴人から直接本件念書の内容及び効力等について説明や意思確認をされたことはなかった。なお、本件念書による通知義務等に関して、被控訴人から控訴人会社らに対価が支払われたり支払約束がなされたことはない。」

(4)  同13頁末行の「伝えた。」の次に「シュフレが、上記債権者説明会のために作成した「株式会社シュフレ 民事再生手続申立事件 概要報告書」と題する書面第5には、本件建物においてシュフレが経営していた○○店が不採算店舗であること、同月18日に閉店したことが記載されている。」を加える。

(5)  同頁末行の「乙1、7、」の次に「丙9の1、2、」を加える。

(6)  同14頁7行目の「マックスバリュ」を「マックスバリュ西日本株式会社(以下「マックスバリュ」という。)」に、同頁14、15行目の「エブリイ」を「株式会社エブリイ(以下「エブリイ」という。)」に、同15頁末行の「(6丁)」を「(7丁)」に改める。

2  控訴人会社らの責任について

(1)  当裁判所も控訴人会社らは、遅くともシュフレに対して本件借地権の解除の意思表示をするまでの間に、本件念書に基づき、シュフレが賃料を滞納していること等本件借地権の消滅を来すおそれのある事実が発生していた旨を被控訴人に通知すべき法的義務があり、それを懈怠したと判断する。その理由は、(2)以下を付加するほかは、原判決17頁末行から18頁1行目までに記載のとおりであるのでこれを引用する。

(2)  控訴人会社らは、本件念書に法的効力を認めることが不当である旨様々に主張するが、原判決を引用して認定説示したとおり、本件念書の文言から控訴人会社らに上記通知義務があること、それを懈怠した場合に損害賠償義務を負担するおそれのあることは十分認識することができ、また金融機関が根抵当権の目的物である事業用の建物の敷地利用権である借地権の存続を確保するために、予め土地所有者や転貸人との間の合意によって、借地権の消滅もしくは変更を来すようなおそれのある事実が生じた場合に当該土地所有者に対して、通知義務を課し、これに違反した場合に損害賠償責任を認めることは、特段不当であるとはいえない。

そして、前記1認定によると、シュフレについて、平成18年1月以降、賃料不払い等本件借地権消滅のおそれとなる事情が生じていたところ、控訴人会社らが本件解除前に本件合意に基づく通知をしたものとは認められない。

なお、控訴人会社らは、被控訴人の本件本訴請求が、訴権の濫用あるいは信義則違反であると主張する。

そして、被控訴人が別件訴訟に訴訟告知を受けながら、同訴訟に補助参加せず、また、前記認定に照らし、被控訴人がそのほかに、本件借地権の保全を図る努力をした様子は窺えない。しかし、前記のとおり、被控訴人が本件転貸借契約の賃料不払いを知ったのは、既に本件解除がされ、別件訴訟が提起された後のことであり、この時期に同事件にシュフレのために補助参加しても、別件訴訟の控訴人会社勝訴を阻止することが可能であったとは認められないし、そのほかに、既に別件訴訟を提起している控訴人会社を相手に、本件借地権の保全のために有効な手段があったとは認められない。なお、別件訴訟は、本件本訴とは当事者が異なる上、その建物収去土地明渡の請求が認容され、その結果本件建物が収去され、本件根抵当権が消滅したことは、本件本訴請求の前提をなす事実であり、そうすると、本件本訴請求は、何ら別件訴訟の既判力に触れるとか、蒸し返しであるなどということはできない。したがって、上記控訴人会社らの主張は失当である。

よって、被控訴人会社らには、本件合意による通知義務を怠った債務不履行があるから、各自、これにより被控訴人が被った損害を賠償する責任がある。

その他、当審における主張、立証を検討しても、上記結論を覆すことはできない。

3  損害額について

(1)  当裁判所も控訴人会社らが通知義務を懈怠したことによって被控訴人が被った相当因果関係の範囲内の損害は980万円であると判断する。その理由は、(2)を付加するほかは、原判決19頁9行目から21頁4行目までに記載のとおりであるので、これを引用する。

(2)  控訴人会社らは、仮に被控訴人が本件建物の根抵当権によって1500万円の価値を保有していたとすれば、シュフレが、控訴人会社に対して滞納した平成18年1月から平成19年6月までの月額85万円の割合による賃料合計1530万円を当該価値を確保するための経費として差し引くべきである旨主張するので検討する。原判決を付加訂正したうえで認定したところによれば、シュフレは、本件建物を建築して○○店としてスーパーマーケット事業を行っていたが、別件再生事件を申し立てる前日に当該店舗は不採算店舗として閉鎖しており、第三者へ売却することが予定されていたのであるから、仮に被控訴人が、控訴人会社らから賃料不払の通知を受けたとすれば、その段階で、早期に本件建物を第三者等に譲渡することを前提に相当期間賃料を代払して本件借地権が解除されることを防ぎながら、本件建物等の購入先の斡旋等をし、更に必要に応じ控訴人会社の承諾ないしこれに代わる裁判所の許可を得て、第三者からシュフレに支払われる譲渡代金を以てシュフレに対する負債の回収資金とすることになると推認される。したがって、譲渡代金から控除されるべき金員は、上記の手順により譲渡されるまでの必要経費であって、その試算方法として本件転貸借契約の賃料の1年分としたことは合理的であって、何ら不当な点は認められない。控訴人会社らが差し引くべきであるとする月額85万円の割合の賃料額というのは、証拠(甲3、11)及び弁論の全趣旨によると、本件各土地のみならず、その近隣にある浅口市鴨方町<以下省略>及び<省略>の各土地の賃料額も含めた額であって、上記近隣各土地の賃料額は、本件転貸借契約の賃料を構成するものではないから、これらを本件転貸借契約ひいては本件根抵当権を維持するために必要な経費に加えるのは相当ではない。これら近隣土地が、スーパーマーケットを営業するに際し必要な駐車場用地であるとしても、本件転貸借契約により本件建物を維持できれば、同建物での営業用の駐車場用地は、既存の賃貸借の維持の方法に限らず、別途確保することも可能であると考えられるからである。そして、これらを控除した本件各土地の賃料額すなわち本件転貸借契約の賃料額は、原判決説示のとおり月額43万3294円である。よって、控訴人会社らの上記主張は失当である。

なお、上記説示によれば、控訴人会社らの本件合意に基づく通知義務の懈怠と被控訴人の損害との間に相当因果関係のあることは明らかである。

4  過失相殺について

控訴人会社らは、本件合意により、本件借地権の消滅のおそれがある場合、被控訴人への通知義務を負っていたものであるが、被控訴人の本件根抵当権の被担保債権である貸金債権の債務者及び根抵当権設定者、本件建物所有者はシュフレであり、控訴人会社らは、本来、被控訴人に対して保証債務を含め何らの債務を負う者ではなく、かえって対立当事者ともいうべき者である。したがって、被控訴人としては、本件借地権ひいては本件根抵当権の維持のために本件借地権消滅のおそれを把握するについては、基本的にシュフレからの報告や自らのシュフレないし控訴人会社への問い合わせにより行うべきであり、控訴人会社らからの報告に主として依拠するべきものではない。そして、本件合意においては、被控訴人から控訴人会社らへの対価の支払いのない片務的なものである上、被控訴人は、本件合意をした際、控訴人会社らへは本件合意の内容について何ら説明せず、本件念書の控えすら交付していないのであるから、控訴人会社らの通知義務に関する認識が明確でないものと考えられ、控訴人会社らに多くを期待すべきではなかった。

さらに、本件合意に関する前記事情に加え、シュフレの賃料不払いが、民事再生申立及び銀行取引停止に伴うものであり、しかも平成18年2月ころには控訴人会社の意向に反して私的入札を実施し、本件建物等を譲渡しようとしていたことから、単に賃料不払いが生じたのみならず、控訴人会社とシュフレとの信頼関係に異常が生じており、控訴人会社らから見ると、賃料不払いを被控訴人に通知して、賃料代払等を求めてまで本件転貸借契約を維持させるべきかどうか逡巡される事案であった。

他方、被控訴人は、従来シュフレのメインバンクであり、その経営状態については相当の知識があったと考えられるところ、シュフレについては、平成17年12月19日に別件再生事件の申立があり、その前日には本件建物にあった○○店が閉鎖され、これらの事実は、同月22日に行われた債権者集会において説明されたから、その時点で、被控訴人も知ったものと認められる。そうであれば、岡山県近辺における有数の金融機関である被控訴人としては、本件建物の賃料が不払いとなるおそれが現実的にあるものと考えることが可能であり、直ちに及びその後随時、シュフレないし控訴人会社らに本件建物賃料の支払状況及び今後の支払の見通しを問い合わせるなどして、自ら本件借地権ひいては本件根抵当権を維持するために必要な情報を取得するべきであったが、弁論の全趣旨によると、これを行わなかったと認められ、これを行っておれば、平成18年1月以降、本件建物賃料が不払いとなる蓋然性が高く、あるいは現に不払いであることそのほか必要な情報を容易に得ることができたといえる。

これらの諸事情に照らすと、控訴人会社らに本件合意における通知義務の懈怠があるとはいえ、本件借地権ひいては本件根抵当権の喪失については、その大半が被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであり、被控訴人の過失割合は、本件根抵当権設定者かつ被担保債権の債務者であるシュフレとの間の過失割合よりも著しく高く、8割の過失相殺をするのを相当と認める。

以上によれば、被控訴人が被った損害額(元金)のうち、控訴人会社らが被控訴人に支払うべき額は、総額196万円であると認められ、控訴人会社ら各人が個別に上記損害額全額を負担する責任があるといえる(不真正連帯関係)。

9,800,000×(1-0.8)=1,960,000

5  反訴請求について

(1)  控訴人会社らが、被控訴人の不法行為を構成すると指摘する一連の行為について検討する。

① 本件合意が不動産取引を阻害するというのは、本件で取り上げられている通知義務に関しては、事実を通知すれば足りるのであり、取引を阻害するとはいえないし、賃貸借契約の解約等に被控訴人の承認を要するというのは、合意による解約等の場合を意味しているものと限定的に解すれば、一概に不当とはいえない。

② 本件念書の作成に当たっての被控訴人の不作為は、前記のとおり、過失相殺につながる面はあるが、それ自体違法性ある行為とまでいえない。

③ 被控訴人が有するシュフレのメインバンクとしての立場にあるにもかかわらず、本件合意における通知義務を強調することに関して、通知義務を負う控訴人会社らとしては、事実を通知すれば足りるから、法定解除への制約が著しいとはいえず、違法行為があるとはいえない。

④ 被控訴人が別件訴訟に訴訟告知を受けながら参加せず、その後も本件借地権の保全を図る努力をしなかった点は、すでに本件解除を受けた後であれば、その実効性に疑問があり、いずれにしても、それ自体、被控訴人自身の権利の維持、処分に関することであり、なお、被控訴人が和解の申し入れを拒否した点も、任意の判断に任されるべきことであって、いずれも違法行為とはいえない。

⑤ 本件本訴の提起については、前述のとおり、本件念書による本件合意は法的効力を有するものであり、しかも、被控訴人は不測の損害を被っていると認められるから、本件本訴における主張が事実的、法律的根拠に基づかないとはいえず、不当な利益を得ようとして行ったものとはいえない。

(2)  よって、反訴請求原因について、被控訴人の違法行為を認めることはできず、控訴人会社らの反訴請求は理由がない。

第4結論

以上によれば、被控訴人の控訴人会社らに対する本訴請求は、196万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成19年5月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。また控訴人会社の反訴請求はいずれも理由がない。

したがって、反訴請求を棄却した原判決は相当であるので、控訴人会社らの控訴のうち、反訴請求に関する控訴を棄却し、被控訴人の控訴人会社らに対する本訴請求については、原判決と結論を異にするので変更することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田泰治 裁判官 渡邊雅道 金光秀明)

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