広島高等裁判所岡山支部 平成20年(ラ)17号 決定 2008年10月08日
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は,抗告人の負担とする。
理由
第1申立の趣旨及び理由
別紙「保全抗告申立書」,「保全抗告申立補充書」記載のとおりである。
第2事案の概要
本件事案の概要は,以下のとおり付加するほかは,原決定「第2 事案の概要」に記載のとおりであるので,これを引用する。
原決定2頁22行目の末尾に改行のうえ,以下のとおり付加する。
「 抗告人は,平成19年10月ころ,知人の紹介により,原債権者が相手方から1年以上にわたり相手方が支払うべき研修生の渡航費,管理費の支払を受けていないので,その回収事務を受任し,相手方と交渉した結果,平成18年5月17日付研修事業協定書に基づく研修生の渡航費115万5840円及び平成19年7月分までの管理費99万円について,相手方が支払義務を認め,このうち100万円を平成19年11月7日支払った。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も本件債権譲渡は無効であり,本件仮差押命令の申立ては被保全権利の疎明がなく理由がないと判断する。その理由は原決定「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるので,これを引用する。すなわち,弁護士法28条は,弁護士の品位の保持や職務の公正な執行を担保するために弁護士が係争権利を譲り受けることを禁止しており,その趣旨に照らせば,本件のように,未だ訴訟,調停その他の紛争処理機関に係属中の権利とはいえないものの,本案訴訟の提起や保全申立てをすることを目的とする債権の譲り受けについてもその私法上の効力を否定すべきである。
2 抗告人は,本件は,原債権者が日本に登記した支店または営業所を持たない外国法人であり,相手方から債務の履行を拒絶されたことから,訴訟による取立てのため弁護士である抗告人に債権譲渡したのであって,弁護士が行う一般の法律事務と何ら異なることはないばかりか,日本に登記した支店または営業所を持たない外国法人が,日本において少額の請求の行使を容易にするという合理的な理由があると主張する。しかし,原決定に付加して引用した事実によれば,抗告人は,原債権者から本件債権譲渡を受けるまで原債権者から委任を受けて相手方と交渉を行ってきたものであり,その間,当該権利の実行にあたり支障があったとは認められない。また,抗告人が,本件債権を原債権者から譲り受けたとしても,相手方が原債権者に対して主張できたことは引き続き主張できるのであるから,抗告人が本件債権を譲り受けた後においても,相手方から抗弁等が主張された場合には,その当否について引き続き原債権者と連絡を取る等の必要があるのであって,このような関係を見れば,原債権者にとって,本件債権譲渡が認められることにより,紛争の解決や正当な権利の実行が容易になるということもできない。
第4結論
以上によれば,本件抗告申立は,理由がないので,主文のとおり決定する。
(別紙)
平成20年3月27日
広島高等裁判所岡山支部 御中
申立人(債権者) X
保全抗告申立書
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
上記当事者間の平成20年(モ)第10号債権仮差押命令保全異議申立事件について,岡山地方裁判所が平成20年3月24日にした決定に対し,不服があるので,保全抗告の申立をする。
【抗告の趣旨】
1 原決定を取り消す。
2 岡山地方裁判所平成年(ヨ)第24号債権仮差押命令申立事件について,同裁判所が平成20年2月14日にした仮差押決定を認可する。
3 申立費用は,原審,抗告審ともに相手方の負担とする。
【抗告の理由】
第1 原決定の内容
1 原決定は,「本件債権譲渡が弁護士法28条違反に該当する行為であるものということはできない。」(第3の1(1))としながら,他方で,「弁護士である債権者は,本件債権の支払を求める本案訴訟提起や本件保全申立てをすることを目的とし,その手段として本件債権を譲り受けたものと認めることができる」から,「弁護士法28条の立法趣旨に照らし,・・・その私法上の効力を否定すべき行為であるものといえる。」という。
2 弁護士法28条が,取締規定であり,かつ,これに違反する債権譲渡の私法的効力を否定する強行規定(効力規定)であるとの解釈に誤りはない。
しかしながら,原決定は,本件債権が「係争中の権利」ではないことを前提としながら,申立人(債権者)が,「本件債権の支払を求める本案訴訟提起や本件保全申立てをすることを目的とし,その手段として本件債権を譲り受けた」ことを理由とし,弁護士法28条の立法趣旨(弁護士の職務の公正,品位が害せられまたは濫訴の弊に陥るのを未然に防止する)に照らし,本件債権譲渡の私法上の効力を否定しているが,その論法は,弁護士法28条の「係争中の権利」の意義につき,広く紛争一般と解するのと同じであって到底承伏できない。
第2 弁護士法の解釈に関する原決定の誤り
1 弁護士法28条は,「弁護士が事件に介入して利益をあげることにより,その職務の公正,品位が害せられまたは濫訴の弊に陥るのを防止するために設けられた規定」である(最高裁昭和35年3月22日民集14巻4号525頁)。ここにいう「事件に介入して利益をあげること」とは,「私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入すること」である(最高裁大法廷昭和46年7月14日〔判決タイムズ265号92頁〕)。
そのような立法趣旨であることを共通の認識としたうえで,大審院判例及びその後の下級審裁判例は,同条の「係争中の権利」の意義を,広く紛争一般とはせず,「現に訴訟その他の紛争処理手段に継続中のもの」をいうと限定してきたのである。弁護士が「現に訴訟その他の紛争処理手段に継続中の権利」を譲り受けることは,合理的理由がなく,むしろ該事件に介入して私利をはかるおそれがあるばかりか,債務者から見れば,民事訴訟等の公の手続において解決を求めている紛争の当事者たる債権者が非弁護士から弁護士に変更することは,そのような公の手続において公正であるべき弁護士の職務に対する信頼を損なうが,紛争が公の手続に継続していない限り,そのような弊害は生じないものとしているのである。
原決定は,同条の立法趣旨を広く,「弁護士の職務の公正,品位が害せられまたは濫訴の弊に陥るのを未然に防止する」ことにあると考えている。本件において,申立人(債権者)が債権譲渡を受けることによって,何故,「弁護士の職務の公正,品位が害せられまたは濫訴の弊に陥る」のか,本案訴訟提起を目的とすると,何故,「係争中の権利」と同視することができるのか等,その論理は全く不明であるが,それは格別,原決定は,弁護士法の明文,弁護士法の解釈に関する最高裁判例,下級審裁判例に対する基本的な理解が欠如している。
2 弁護士法28条は,同法72条,73条の例外規定であって,弁護士は,依頼者のために,その権利を譲り受けて,訴訟によってその権利を実行することができるのが原則である。債権管理回収業に関する特別措置法(サービサー法)は,これまで弁護士法が,弁護士以外の者が,①債権者から委託を受けて,取立てのための請求,弁済の受領等の行為を営業として行うことを禁じ(72条),さらに②他人の権利を譲り受けて訴訟その他の手段によってその権利を実行することを業とすることを禁じていた(73条)ところを,許可制度をとることにより民間業者に解禁し,債権回収会社が特定金銭債権の管理及び回収ができるようにしたのである。
申立人(債権者)は,「本件債権の支払を求める本案訴訟提起や本件保全申立てをすることを目的とし,その手段として本件債権を譲り受けた」のであるが,それは,「一般の法律事件に関して・・・法律事務を取り扱」ったにすぎない。そのことによって,申立人(債権者)が原債権者と債務者との間の本件紛争に介入して不当な利益をあげることになる余地はないし,したがって弁護士の職務の公正,品位が害せられる余地もない。
原決定は,「訴訟提起等を目的とした本件債権譲渡は,その当時に未だ訴訟事件等が裁判所に係属していなかったとしても,裁判所に既に係属している権利を譲渡する行為と同等のものと認めるのが相当である。」などと述べるが,債権者からの委託(訴訟による取立て)により,「一般の法律事件」に係る債権を訴訟上行使するという弁護士としての正当な法律事務(業務行為)を否定するものであり,弁護士法72条,73条の明文に反するとともに,同法28条の「係争中の権利」の意義に関する大審院判例に反する違法がある。「訴訟行為」をすることが許されない非弁護士に対する債権譲渡が許されないのは当然であるが,これをすることが当然に許される弁護士に対する債権譲渡が許されない(これを目的とすることを不当視する)という考えはどこから生じるのであろうか。
3 弁護士の職業は,それが訴訟行為だけでなく,弁護士法3条が定めるように「その他一般の法律事務を行う」ものであり,弁護士法72条がその独占を認めている以上,他の類似職業よりも遙かに広くかつ深刻に,その独占の影響は大きいのである。
弁護士の職業については,対照的な二つの考え方が存在しており,一つは,弁護士に対する理想主義的職業観であり(上記大法廷判決もこの立場である),一つは,弁護士に対する現実主義的職業観(弁護士が非弁護士活動禁止法規に頼って法律事務を独占し,社会構造の変化に対応することなく,その職務の独占に安住している)であるが(判夕269号6頁,大野正男「弁護士の職業的苦悩」),いずれも非弁護士活動をどの程度許容するかに関してのものであって,弁護士の活動を制限する文脈で語られるものではない。非弁護士活動を禁止する弁護士法72条,73条の例外をどのような場合に認めるか,非弁護士による任意的訴訟担当は原則として禁止されているが,これが許容されるのはどのような場合か等に関しては,最高裁判例及び少なくない下級審裁判例があるが,いずれの事案においても,現実社会の要請に従い,非弁護士による法律事務の取扱いが認められる例外的事例を探求しようとするものであって,弁護士による一般の(訴訟代理以外の)法律事務の取扱いを制限しようとする発想など微塵も存在しないのである。原決定は,弁護士による法律事務の範囲を制限しようとするものであって,申立人(債権者)の調査した限り,弁護士法28条の「係争中の権利」の意義に関する大審院判例以後におけるわが国の民事裁判の歴史において唯一,特異な裁判例である。
第3 原決定の誤りの原因
1 原決定は弁護士法73条の例外が認められる場合に関する最高裁判例,任意的訴訟担当の許容性に関する最高裁判例,及び各最高裁判例を具体化しようとする下級審裁判例(いずれも非弁護士による法律事務が許容される例外的事情を探求しようとしている)に関する誤った理解の結果,本件債権譲渡を無効としたものと考えられる。
2 弁護士法73条は,次のとおり規定している。
「何人も,他人の権利を譲り受けて,訴訟・・・によって,その権利の実行をすることを業とすることができない。」
同条の立法趣旨は,非弁護士が権利の譲渡を受けることにより,事実上他人に代わって訴訟活動を行うことによって生じる弊害を防止し,国民の法律生活に関する利益を保護するところにあると解されており,上記の立法趣旨から弁護士以外の者の活動を禁止することに主眼がある。ここにいう弊害とは,ことさら不当な訴訟を引き起こしたり(濫訴),交渉に藉口して不当な権利の行使を行うことを意味すると解されており,また,非弁護士の法律事務取扱いの禁止に関する中心的規定である弁護士法72条本文の潜脱防止の目的がある(東京高判平成3年6月27日〔判例時報1396号60頁〕)。
最高裁が,弁護士法73条の趣旨につき,次のとおり述べているのも,従前の解釈の流れに沿った解釈を示している。
「弁護士法73条の趣旨は,主として弁護士でない者が,権利の譲渡を受けることによって,みだりに訴訟を誘発したり,紛議を助長したりするほか,同法72条本文の禁止を潜脱する行為をして,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するところにあるものと解される。このような立法趣旨に照らすと,形式的には,他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても,上記の弊害が生ずるおそれがなく,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,同法73条に違反するものではないと解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに,・・・上告人の行為が濫訴を招いたり紛議を助長したりするおそれがないかどうかや同法72条本文が禁止する預託金の取立て代行業務等の潜脱行為に当たらないかどうかなどを含め,社会的経済的に正当な業務の範囲内の行為であるかどうかを判断する必要があるというべきである。」
3 最高裁大法廷判決昭和45年11月11日(民集24巻12号1854頁)は,任意的訴訟担当を許容し得る要件について,「民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り,また,信託法11条(改正後10条)が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし,一般に無制限にこれを許容することはできないが,当該訴訟信託がこのような制限を回避,潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げないと解すべきである。」と判示している。
上記判決後の判例の動向を見ると,非弁護士による任意的訴訟担当を許容したもの,これを否定したもの,それぞれの事例が存在するが,いずれの事案においても,現実社会のニーズを考慮し,弁護士代理の原則,訴訟信託の禁止といった脱法のおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要がある例外的場合に該当するかどうかが問題となっている。例えば,原債権者が外国法人である場合につき,次のような裁判例がある。
「弁護士法七三条が「何人も、他人の権利を譲り受けて、訴訟、調停、和解その他の手段によって、その権利の実行をすることを業とすることができない。」と規定した趣旨は、他人の権利を譲り受けてこれを実行することを経済的な目的とすることを一般的に許せば、債権譲渡及びその実行を無制約な利潤追求の対象とすることになりかねず、その実行のために譲受人が濫訴を提起したり、交渉に名を借りた不当な要求を行う事態が生ずるおそれがあるので、他人の権利を譲り受けこれを実行することを業とすること全般を禁止することにより、このような弊害の発生を未然に防止し、国民の法律生活の安定を図る目的にあるとされる。
しかし、他方で、債権の譲渡は、債権者にとってその有する財産を換価処分するための最も重要な手段の一つである。それにもかかわらず、債務者が債務の履行を怠るなど債務の履行の確実性に疑いが生じ、訴訟等の紛争解決手段が債権回収のために必要な状態において、訴訟等の紛争解決干段をとる必要性を予期しながら債権を譲り受けることを業とすることを弁護士法七三条が幅広く一般的に禁止していると解するとすれば、債権処分の道筋を実質的に塞ぐことによって債権者の債権の価値を一方的に損ない、債務を履行しない債務者が不当に有利な地位に立つ事態を招きかねないおそれがある。
このような債権者・債務者間の権利関係の公平の維持の要請と弁護士法七三条の規定の究極の目的である国民の法律生活の安定の要請との調和の観点から弁護士法七三条の規定を合理的に解釈するとすれば、同条の適用範囲は限定的に解されるべきである。すなわち、他人の債権を譲り受けることを業とする者が、その譲り受けに際して訴訟等の紛争解決手段を通じて債権を実行する必要性を予期しながら譲り受けることをもその者の業の一環としている場合でも、そのことが直ちに弁護士法七三条に違反する行為に当たると解すべきではなく、取引の対象となった債権の種類、事件性や紛争性の有無・程度、債務者の性質、債権の譲り受けの対価の決定方法その他の譲渡の目的・態様、債務者に対する請求方法等の譲受後の権利行使の態様など、他人の債権の譲り受けを業とする行為を総合的に考え察し、その行為が他人の紛争に介入することによって利益を得ることを目的とし、弁護士法七三条の趣旨に反して国民の法律生活の安定を害する弊害を生ずるおそれがある行為であると評価することができる場合に限って、弁護士法七三条に違反する違法な行為に当たると解することが相当である。」(東京地判平成12年11月30日〔判時1740号54頁〕)※上記裁判例は,「他人の債権の譲り受けを業とする行為を総合的に考え察し、その行為が他人の紛争に介入することによって利益を得ることを目的とし、弁護士法七三条の趣旨に反して国民の法律生活の安定を害する弊害を生ずるおそれがある行為であると評価することができる場合に限って、弁護士法七三条に違反する違法な行為に当たる」としており,弁護士法73条の成立要件を追加する立場である。しかし,同条は,他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段で権利の実行をすることを業とすることを許すと,不当な利益を得る目的でこれを業とする者が現れ,かつ,暴力行為等非合法的手段で債権回収を図ろうとする者が生じやすいので,一般予防的にその種の行為をすることを業とすることを禁じたものと解すべきであるから,あくまでも禁止を原則とすべきである(最高裁判例解説平成14年度(上)99頁)。
英国のロイズ・シンジケートの構成員である筆頭保険者が他の保険者全員から授権されて当該保険に関する訴訟を追行するための任意的訴訟担当が許容された東京地判平成3年8月27日(判夕781号225頁)は,次のとおり判示している。
「以上のとおり、原告は、エスケナジイ社が付した保険に関する訴訟について、原告以外の保険者全員から訴訟追行権を授権されているのであるから、原告以外の保険者を権利義務の主体とする訴えについては、いわゆる任意的訴訟担当に当たる。ところで、任意的訴訟担当は、民事訴訟法における弁護士代理の原則や、信託法一一条が訴訟行為を目的とした信託を禁止している趣旨に照らして、一般に許容することはできないが、当該訴訟担当がこのような制限を潜脱するおそれがなく、かつ、これを認めるべき合理的な必要性かある場合には、これを許容することがてきるものと解される。
そして、本件の場合、前記一のとおり、英国の慣習においては、筆頭保険者による訴訟担当が認められているのであり、実体面においても、原告は、本件保険者の一員であって、本件訴訟において他の保険者と実体法上利害関係が一致しているのであるから、前記のような法律上の制限を潜脱するおそれは認められない。また、このような訴訟担当が英国の慣習として存在し、保険者全員が右慣習に従う旨意思を表明しており、かつ、このことにより特段の弊害が認められない以上、右慣習は十分尊重されるべきてあって、本件保険者が多数にのほり、しかも、外国の個人及び法人であり、日本での訴訟追行が困難であることをも考慮すれば、本件においては、任意的訴訟担当を許容する合理的必要性が認められる。
よって、原告には、他の本件保険者の任意的訴訟担当として、当事者適格を認めることができる。」
4 原決定は,次のとおり述べる。
「債権者は,原債権者が日本国に登記した支店,営業所をもたない外国法人であるため,その訴訟追行手続上の困難を回避する方法として本件債権を譲り受けたことが認められるから,債権者における訴訟追行手続上の困難な事情の内容いかんによっては,本件債権譲渡には正当性があり,弁護士法28条の想定する弊害が生ずるおそれが存在しないものとして,本件債権譲渡の私法上の効力を否定すべきではないものといえる。しかし,本件においては,原債権者が日本国で訴訟手続等をすることが著しく困難であるとか,事実上不可能である等の特段の事情が存在するとまではいえないから,このような場合においては,本件債権譲渡に正当性があるとはいえない・・・」
原決定は,「原債権者が日本国で訴訟手続等をすることが著しく困難であるとか,事実上不可能である等の特段の事情が存在する」場合に限り,弁護士に対する債権譲渡を有効とする合理的必要があると考えているものと推測する(上記東京地判に比しても著しく制限的である)。
しかし,原決定のような考え方は,原則と例外を逆転させた本末転倒の論法である。一般に,任意的訴訟担当については,弁護士以外の者による訴訟代理禁止の原則を脱法的に潜脱するおそれがあること,及び(改正前)信託法11条(改正後10条)の趣旨に照らして無効であるとされているが,これは,任意的訴訟担当者が非弁護士であることを前提とした議論であり,該担当者が弁護士である場合にはあてはまらないこと,すなわち,弁護士が任意的訴訟担当者となることは有効であることが当然の前提となっているのである。
もっとも,弁護士であっても,信託法10条(改正前11条)が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし,当該訴訟信託がこのような制限を回避,潜脱するおそれがある場合に限り例外的に無効である。
判例上,任意的訴訟担当が例外的に許容される場合の一般的要件として,弁護士代理の原則,訴訟信託の禁止といった脱法のおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要がある場合であることが求められているのは,非弁護士が任意的訴訟担当をするのは,弁護士代理の原則,訴訟信託の禁止といった脱法のおそれが定型的に大きいため,そのような弊害がなく,かつ,これを認める合理的理由がある場合でなければ許容する余地がないからである。弁護士にこれを認めることはそのおそれが定型的に小さいばかりか,これを認める合理的理由がある以上(訴訟代理は弁護士の本来的業務である),上記判例上の一般的要件が適用される余地がないことは自明の理である。
第4 信託法10条(改正前11条)について
1 信託法10条は,次のとおり規定している。
「信託は,訴訟行為をさせることを主たる目的としてすることができない。」
信託行為も一般の法律行為と同様に,強行規定(民法91条)や公序良俗(民法90条)に反しないことを要する。その一つとして,信託法10条は,信託が「訴訟行為をさせることを主たる目的としてなされることを禁止する。
同条の立法趣旨については,種々説明がなされている。まず,同法制定時の立法者の答弁によると,旧民訴法79条その他非弁護士の訴訟活動禁止の規定の潜脱を防止し,かつ濫訴健訟の風が助長されるのを防止しようとする点に求めている。その後の学説においては,前者に根拠を求めるもの,あるいは後者を強調するもの,さらには信託形式をかりて他人の紛争に介入し,しかも裁判所等を通じて社会観念上不当な利益を貪る反公序良俗性に求めるものや,脱法・不法な訴訟行為の排除に求めるものなどがあるが,判例(最三小判36.3.14民集15巻3号444頁,最三小判42.5.23民集21巻4号928頁等)は,大体において濫訴健訟の防止に力点を置いて立法趣旨を理解している。
信託法が大正11年に信託業法と同時に制定されたのは,信託業法による業者の取締のためには,信託関係がいかなるものかを信託法でまず明らかにする必要があったためである。このため,同法でも受託者に対する行為規制の色彩が少なくなく,強行規定が多い。
2 弁護士法73条及び信託法10条はいずれも,(主として)非弁護士に対する債権譲渡及び訴訟信託を禁止することによって,濫訴健訟を防止し,弁護士法72条本文の潜脱防止を目的とするという意味において共通の目的をもつ。そうである以上,信託法10条は,弁護士法73条と同様,非弁護士についてのみ適用されるのであって,弁護士について直接適用されるものではない。そもそも,信託であろうと代理であろうと,実質的権利は,委託者(信託)及び本人(代理)が有する。特に,権利行使の場面における信託制度と代理制度は,実質的権利者(信託の委託者,代理の本人)の権利行使を受託者名義でするか(信託),本人名義でするか(代理)の違いがあるにすぎず,両制度の差異は極めて相対的である。弁護士法上代理人として訴訟行為することが許される弁護士が,原債権者の委託を受け,訴訟による取立を目的として,信託的に債権譲渡を受ける場合において,委託者たる原債権者にとっては,該弁護士を,その代理人とするか,該権利の名義人とするかという形式上の違いはあっても,その有する実質的権利を行使することに変わりはなく,他方,債務者にとっても,原債権者名義でされるか,譲受人たる弁護士名義でされるかという形式上の違いはあっても,原債権者の有する権利を訴訟上行使されることに変わりはなく,弁護士が代理人としてする訴訟行為は許されるが,弁護士名義でする訴訟行為は許されないというのは,その結論自体不合理である。
もっとも,自ら請求すれば抗弁をもって対抗されることを回避するために,訴訟させることを主目的として,弁護士に権利を信託的に譲渡することは,譲渡人が普通では得られないであろう利益を脱法的に信託の形式を借りて獲得しようとするものであるから,信託法10条の趣旨に背馳しいては濫訴の弊を伴うから,信託法10条の類推適用ないし民法90条違反として,該債権譲渡は無効であるというべきである(最高裁第一小法廷判決昭和44年3月27日〔民集23巻3号601頁〕の事案,非弁護士である手形の被裏書人による手形金請求に関する事案)。
3 弁護士は,そもそも信託法10条の適用を受けない(訴訟信託は原則として有効である)が,同条の趣旨に背馳し弁護士としての正当な業務とは評価されない場合には違法となる(訴訟信託は例外的に無効となる)という論法(申立人の解釈)と,非弁護士は,信託法10条の適用を受ける(訴訟信託は原則として無効である)が,同条の趣旨に反せず,かつこれを認める合理的理由がある場合には適法となる(訴訟信託は例外的に有効となる)という論法(東京地判昭和49年12月25日〔判夕322号198頁〕)との間には,手続法上,違法性判断の立証責任が相手方(債務者)に分配されるか,適法性判断(違法性阻却事由)の立証責任が受託者(譲受債権を主張する者)に分配されるかの違いがあるにすぎない(判夕327号103頁)。
したがって,弁護士が受託者となる場合でも信託法10条は適用される(訴訟信託は原則として無効である)との学説に立つ場合には,違法性阻却事由を主張し裁判所に納得させる責任が受託者に分配されることになる。これを本件についてみると,日本国に登記した支店または営業所をもたない外国法人である原債権者は,債務者から債務の履行を拒絶されたことから,訴訟による取立のため弁護士である申立人に対し債権譲渡をしたのであって,これによって濫訴の弊害が生じたり(本件における本案訴訟の提起は「濫訴」か),弁護士法72条を潜脱することはありえない(原告は依頼者の委託を受けて訴訟行為をすることを行とする弁護士である)。
4 なお,改正前信託法11条については,「正当理由ある訴訟信託」が同条による禁止の例外である旨のただし書きを設けるかどうかが議論されたが(法務省作成「信託法の見直しに関する検討課題」),日本弁護士連合会は,非弁護士に対する訴訟信託については,脱法性ないし潜脱性あるいは反公序良俗性に鑑みた個別的判断により禁止規定の適用を排除すれば足りるとの反対意見を表明した(2005年1月21日,日本弁護士連合会「現行信託法11条(訴訟信託の禁止)の改正についての意見書」-同会のホームページに掲載されている)。上記改正論議の際に,法務省も日弁連も,同条が非弁護士に対してのみ適用されるものであることを前提としている。
「別紙当事者目録省略」
(別紙)
平成20年3月31日
広島高等裁判所岡山支部 御中
申立人(債権者) X
保全抗告申立補充書
1 弁護士法73条(譲り受けた権利の実行を行とすることの禁止)は,弁護士も適用対象となるとする見解もある。同法28条は,弁護士が係争権利を譲り受けることを譲受権利の実行を業とすることを要件とせずに禁止しているが,これは係争権利を譲り受けること自体が職務の公正や品位の保持の観点から好ましくないとされたものであって,弁護士に関しては,譲り受けた権利に係争性がないことを理由として28条が適用されない場合には73条が適用されるというものである。
原決定が本件債権譲渡が無効であるとの結論を導きたいのであれば,28条違反(類推適用していると考える)とするのではなく,上記見解を採ることを前提に(法解釈は裁判所の専権である),73条違反とすべきであったと考える。もっとも,その場合には,相手方(債務者)に対し,73条違反の抗弁主張を促すべきである。そうすれば,申立人(債権者)は,同条の例外を認めるべき事情の主張立証するからである(ただ,本件においては,本案訴訟提起に至る事情は,記録上単純である)。
相手方(債務者)は,「弁護士法73条は,飽くまで弁護士資格のないものに関する規定であり」と主張していることから(平成20年3月19日付主張書面),上記見解ではなく,債権者と同様,弁護士法73条は弁護士には適用されないとの見解に立っているものと解するが,申立人は,抗告裁判所が,上記見解を採用し,本件債権譲渡が同条の適用を受けるのではないかとの疑問を抱くことに備え,次のとおり主張を補充する。
2 東京高等裁判所判決平成3年6月27日(判夕773号250頁,判時1396号60頁)
「弁護士法七二条は、非弁護士が報酬を得ることを目的として、業として法律事務を取扱うことを禁止するが、右規定の趣旨は、委任を受けて行う法律事務を専ら専門家である弁護士に委ねることにより、国民の法律生活に関する利益を保護するにあるものと解することができる。・・・さらに、同法七三条は、業として、他人の権利を譲り受けて訴訟その他の方法により権利の実行をすることを禁止するものであるところ、同条の目的もまた、非弁護土が権利の譲渡を受けることにより同法七二条を潜脱するなどの事実上他人に代わって訴訟活動を行うことによって生ずる弊害を防止し、右と同様の国民の利益を保護するにあるものと考えられる。」
3 東京地判平成12年11月30日(判時1740号54頁)
「弁護士法七三条が「何人も、他人の権利を譲り受けて、訴訟、調停、和解その他の手段によって、その権利の実行をすることを業とすることができない。」と規定した趣旨は、他人の権利を譲り受けてこれを実行することを経済的な目的とすることを一般的に許せば、債権譲渡及びその実行を無制約な利潤追求の対象とすることになりかねず、その実行のために譲受人が濫訴を提起したり、交渉に名を借りた不当な要求を行う事態が生ずるおそれがあるので、他人の権利を譲り受けこれを実行することを業とすること全般を禁止することにより、このような弊害の発生を未然に防止し、国民の法律生活の安定を図る目的にあるとされる。
しかし、他方で、債権の譲渡は、債権者にとってその有する財産を換価処分するための最も重要な手段の一つである。それにもかかわらず、債務者が債務の履行を怠るなど債務の履行の確実性に疑いが生じ、訴訟等の紛争解決手段が債権回収のために必要な状態において、訴訟等の紛争解決手段をとる必要性を予期しながら債権を譲り受けることを業とすることを弁護士法七三条が幅広く一般的に禁止していると解するとすれば、債権処分の道筋を実質的に塞ぐことによって債権者の債権の価値を一方的に損ない、債務を履行しない債務者が不当に有利な地位に立つ事態を招きかねないおそれがある。
このような債権者・債務者間の権利関係の公平の維持の要請と弁護士法七三条の規定の究極の目的である国民の法律生活の安定の要請との調和の観点から弁護士法七三条の規定を合理的に解釈するとすれば、同条の適用範囲は限定的に解されるべきである。すなわち、他人の債権を譲り受けることを業とする者が、その譲り受けに際して訴訟等の紛争解決手段を通じて債権を実行する必要性を予期しながら譲り受けることをもその者の業の一環としている場合でも、そのことが直ちに弁護士法七三条に違反する行為に当たると解すべきではなく、取引の対象となった債権の種類、事件性や紛争性の有無・程度、債務者の性質、債権の譲り受けの対価の決定方法その他の譲渡の目的・態様、債務者に対する請求方法等の譲受後の権利行使の態様など、他人の債権の譲り受けを業とする行為を総合的に考え察し、その行為が他人の紛争に介入することによって利益を得ることを目的とし、弁護士法七三条の趣旨に反して国民の法律生活の安定を害する弊害を生ずるおそれがある行為であると評価することができる場合に限って、弁護士法七三条に違反する違法な行為に当たると解することが相当である。」
4 最高裁小法廷判決平成14年1月22日(民集56巻1号123頁)
「弁護士法73条の趣旨は,主として弁護士でない者が,権利の譲渡を受けることによって,みだりに訴訟を誘発したり,紛議を助長したりするほか,同法72条本文の禁止を潜脱する行為をして,国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するところにあるものと解される。このような立法趣旨に照らすと,形式的には,他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても,上記の弊害が生ずるおそれがなく,社会的経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には,同法73条に違反するものではないと解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに,・・・上告人の行為が濫訴を招いたり紛議を助長したりするおそれがないかどうかや同法72条本文が禁止する預託金の取立て代行業務等の潜脱行為に当たらないかどうかなどを含め,社会的経済的に正当な業務の範囲内の行為であるかどうかを判断する必要があるというべきである。」
5 本件
債権者が自認し,原決定も認定したとおり,「債権者は,原債権者が日本国に登記した支店,営業所をもたない外国法人であるため,その訴訟追行手続上の困難を回避する方法として本件債権を譲り受けた」ものである。
本件債権は,①研修生ないし実習生1人当たり月額1万円ないし5000円という極めて少額であること,②その額は,原債権者と債務者との間の契約書上明確に定められていること,③本案訴訟の訴額も,簡易裁判所の事物管轄に属する程度であり,日本国に登記した支店,営業所をもたない外国法人が訴訟提起上の煩瑣な手続をとる社会経済的合理性がないこと,④その債権が原債権者と債務者との間の契約上明確に記載された一定額の金銭債権であるのみならず,原債権者は中華人民共和国政府の認可を受け,中国人研修生を送り出すことのできる法人であり(第一次送出し機関として認可されるためには,申請費用及び保証金として各100万元≒1500万円,合計200万元≒3000万円を要する),かつ,日本国に登記した支店,営業所をもたないことから,債権の譲渡によって債務者が権利行使の方法で不当な圧力を受けることはありえないこと,⑤債権者は訴訟その他の手段によって債権回収をすることを業とする弁護士であること,⑥債権者が訴訟提起前の支払い交渉段階において,原債権者の債務者に対する権利行使の手段に債務者の権利を害すべき不当な方法をとった事実はないこと,⑦債権者は原債権者の代理人として数か月にわたり債務者との間で債務履行の交渉をしていたにもかかわらず,最終的にその債務の履行を拒絶するとの明確な回答があったため(原債権者及び債権者はその真の理由が単なる支払原資の欠如にすぎないと考えている),本案訴訟を提起すべく債権譲渡を受けたのであって,該訴訟提起が債務者にとって不意打ちとなる濫訴になるわけではないこと,⑧債権者はその債権譲受に関して原債権者と債務者との間の紛争解決に不当に介入して私利を図ろうとしているわけではないこと(従前,弁護士が,利潤追求に反するものとして,本件の如き少額債権の回収を受任することを回避したこともあって,司法書士に対し簡裁代理権が認められたのであろうし,本件における債権者が,原債権者の代理人として債務者との支払交渉を受任したり,債務者から弁護士法違反の抗弁が主張されることを覚悟のうえで,原債権者から債権譲渡を受け訴訟提起したのは,日本国に拠点をもたない外国法人の少額債権であるためか,債務者が理不尽な主張を繰り返す不誠実極まりない態度に接し,社会正義を実現しなければならないとの義憤を覚えたからである)など,本件債権の譲り受けに関する諸般の事情を総合的に検討すれば、弁護士法73条に違反する違法な行為に当たると解する余地はなく,債権者による本件債権の譲り受けを同条に違反する行為であり無効なものであると主張する債務者の抗弁があったとしても,その抗弁を認めることなど到底できない。
6 私見
これまでの裁判例は,いずれも非弁護士に対する債権譲渡の有効性が問題となったもので,弁護士に対する債権譲渡が問題となった事案ではないこと,そのためもあってか,弁護士法73条や信託法10条の立法趣旨についても,専ら非弁護士による債権譲渡ないし訴訟信託の弊害が強調されたことから,弁護士法73条や信託法10条が弁護士についても適用されるか否かという前提問題についての議論がほとんどなされず,学説において,いずれの条文も弁護士についても適用されるとの見解が存在した(債権者の調査した限り,その根拠を示した文献はない)。
私見によれば,信託法10条についてと同様,弁護士法73条についても,非弁護士についてのみ適用される条文であって,弁護士には適用されない。しかし,弁護士であっても,各条文の趣旨に反する態様での債権譲受は例外的に違法無効となる。
各条文はいずれも,弁護士についても適用されるとの見解を採ったとしても,各条文の趣旨に反しない態様での債権譲受は,非弁護士についての場合と同様,例外的に適法有効である(このような一般論には争いがないはずである)。
私見によろうと,上記見解によろうと,例外であることを主張する者がその立証責任を負うだけのことであって(私見によれば,弁護士法73条ないし信託法10条違反を主張する債務者が,各条文の趣旨に反する具体的事情を立証する責任を負い,反対説によれば,債権を譲り受けた弁護士が同条の趣旨に反しない事情を立証する責任を負う),実体法上の解釈論としては,それほど大きな違いはない。ただ,後者の見解を採った場合でも,債権を譲り受けた者が弁護士であるときは,該債権譲渡が例外的に適法有効であることが事実上推定されるものと考えるのであれば,私見との間における現実上の差異はほとんどないことになる。
私見は,従前,非弁護士による法律事務の取扱いが認められるのはどのような場合かが議論され,これに関し,下級審判例が積み重ねられ,最高裁判例に結実し,その後,サービーサー法の制定,司法書士法の改正がなされ,さらには弁護士の人員増加などが実現し,社会のニーズとして,益々,非弁護士及び弁護士による法律事務の取扱い範囲の拡大要請が高まっている今日において,あまり実益のない条文解釈論とはいえ,弁護士に対する訴訟による取立目的の債権譲渡さえも原則として無効とする見解は,解釈論自体として不当であると考えるものである。