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広島高等裁判所岡山支部 平成20年(行ス)1号 決定 2008年4月25日

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1申立の趣旨及び理由と相手方の主張

1  抗告人

別紙「抗告状」,平成20年3月12日付「反論書」記載のとおり

2  相手方

別紙平成20年3月6日付「反論書」,同月24日付「反論書(2)」記載のとおり

第2当裁判所の判断

1  本件記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)  相手方は,平成14年10月24日設立された介護保険法に基づく通所介護の居宅サービス事業,介護予防支援事業等を目的とする会社であり,後記の2事業所を含め,7つの介護保険法による指定事業所を運営している。相手方代表者は,医療法人A,社会福祉法人B,有限会社C,有限会社Dの役員を兼ねており,後記の2事業所を含めこれらグループ全体で16の介護保険法による指定事業所を運営している。

(2)  相手方は,平成18年8月30日,その運営するE(以下「E事業所」という。)について,指定居宅サービス(通所介護)事業者及び指定介護予防サービス事業者として,また,F(以下「F事業所」という。)について,指定居宅サービス(短期入所生活介護)事業者及び指定介護予防サービス(介護予防短期入所生活介護)事業者として,介護保険法(以下「法」という。)41条1項本文,53条1項本文に基づき,それぞれ岡山県知事に対し申請をし,指定年月日を同年10月1日として,それぞれ申請に係る事業者の指定を岡山県知事から受けた(以下「E事業所」と「F事業所」を併せて「両事業所」という。)。

(3)  岡山県知事は,法76条に基づき,平成19年5月28日ないし同年6月1日,同年7月25日,同月27日,同年8月16日,同月29日,同年11月9日,同月12日に,両事業所について監査を実施し,相手方代表者,同取締役G,両事業所の管理者であるH等から事情聴取等を行った上,平成20年1月11日,相手方代表者に対して,行政手続法13条1項1号の規定に基づく聴聞手続を行った。その結果,岡山県知事は,同月21日,相手方に対し,上記両事業所について,指定居宅サービス事業者,指定介護予防サービス事業者としての指定を同月31日をもって取り消す旨の処分(以下「本件取消処分」という。)をした。

(4)  本件取消処分の理由は,以下のとおりである。

ア E事業所について

(ア) 不正の手段により指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を受けたこと

E事業所は,平成18年10月1日に指定通所介護事業所及び指定介護予防通所介護事業所として,指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を受けたが,指定申請に際し,他の法人に勤務していた者の名義を使用し,看護職員兼機能訓練指導員として勤務できるものとして,事実と異なる指定申請をし,不正な手段により,法41条1項本文及び53条1項本文の指定を受けた。

この事実は,法77条1項8号及び115条の8第1項8号に該当する。

(イ) 人員基準違反

看護職員の員数を満たしていないことを認識していながら,平成18年10月1日の指定時から平成19年5月28日の監査時までの長期間にわたり,法74条1項及び115条の4第1項の厚生労働省令で定める基準を満たさない状態で不適正な運営を継続した。

この事実は,法77条1項2号及び115条の8第1項2号に該当する。

(ウ) 居宅介護サービス費及び介護予防サービス費の請求に関し不正があったこと

① 人員基準を満たしていない場合には,所定単位数の100分の70に相当する介護報酬を請求することとされているところ,人員基準を満たしていることとして過大に請求し,これを受領した。

② 個別機能訓練加算の算定要件を満たしていない場合には,当該加算を請求することはできないとされているところ,専ら機能訓練指導員の職務に従事する理学療法士等の配置のできない日にも当該加算を請求し,これを受領した。

上記2点の事実は,法77条1項5号及び115条の8第1項5号に該当する。

(エ) その他の認定事項

上記に係る介護給付費については,法22条3項に規定する「偽りその他不正の行為により支払を受けたもの」に該当する。

イ F事業所について

(ア) 不正の手段により指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を受けたこと

F事業所は,平成18年10月1日に指定短期入所生活介護事業所及び指定介護予防短期入所生活介護事業所として指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を受けたが,指定申請に際し,他の法人に勤務していた者の名義を使用し,常勤の看護職員として勤務できるものとして,事実と異なる指定申請をし,不正な手段により指定を受けた。この事実は,法77条1項8号及び115条の8第1項8号に規定する指定の取消事由に該当する。

(イ) 人員基準違反

① 平成18年10月1日の指定時において,看護職員が不在であり,法74条1項及び115条の4第1項の厚生労働省令で定める基準を満たしていなかった。

② 平成18年10月1日の指定時から機能訓練指導員が不在であり,監査時点までの長期間にわたり,法74条1項及び115条の4第1項の厚生労働省令で定める基準を満たさない状態で不適正な運営を継続した。

上記2点は,法77条1項2号及び115条の8第1項2号に該当する。

(ウ) その他の認定事項

上記に係る介護給付費については,法22条3項に規定する「偽りその他不正の行為により支払を受けたもの」に該当する。

(5)  相手方は,平成20年1月22日,本件取消処分の取消を求めて岡山地方裁判所に訴えを提起するとともに,本件取消処分の執行停止を求めた(以下「本件執行停止の申立」という。)。

(6)  原審裁判所は,同月30日本件取消処分の執行を停止する旨の決定をし,これに対し,抗告人が,同年2月7日即時抗告の申立をした。

(7)  本件取消処分に対する相手方の主張は,原決定7頁21行目から22頁5行目までに記載のとおりである。

その概要は,①まず処分理由の基礎事実について,両事業所が,岡山県知事から指定を受けた平成18年10月1日の時点において,看護職員が不足(E事業所)していたり,不在(F事業所)であった事実,F事業所において,機能訓練指導員が不在であった事実は認めるが,相手方が岡山県知事に対して両事業所の申請をした同年8月30日の時点では,勤務することを約束されていたり,また相手方において,事業開始時には勤務可能であると認識していたのであって,不正な手段によって指定を受けた事実を否定し,また不正請求については,客観的事実として当該請求に誤りがあった事実は認めるものの,その原因は請求書作成過程におけるパソコン設定の誤り等による過失である旨,②本件取消処分は,法77条を根拠とするが,その要件として「当該事業者が当該指定に係る事業所の従業員の知識若しくは技能又は人員について,同法74条1項の厚生労働省令で定める基準又は同項の厚生労働省令で定める員数を満たすことができなくなったとき」に該当する必要があるのに,本件はその要件を満たさない,③本件取消処分は,処分が重すぎ,その過程において法の規定する勧告,命令手続きが取られておらず,行為と制裁との均衡を欠くものであるというものである。

(8)  相手方は,E事業所の看護職員については,平成19年5月16日別の職員を配置し,F事業所の看護職員については,平成18年10月17日に別の職員を配置し,機能訓練指導員についても平成19年7月看護職員に機能訓練指導員を兼務させることによって是正し,また不正請求については,監査後是正した。

2  本件執行停止の申立に関する手続的要件について

前項において認定した事実によれば,本件執行停止の申立が,その手続的要件を充足していることは明らかである。

3  本件執行停止の申立に関する実体的要件について

本件取消処分が行われることによって,両事業所は,介護に係るサービス費に該当する金員の請求をすることができなくなり(法41条,53条参照),実質的に介護サービスの提供を継続することが不可能となる。その結果,両事業所の初期投資の回収が困難となるうえ,両事業所の平成19年1月から11月までの収入合計は約5815万円であり,相手方の総収入の約12.8パーセントにあたるものであることが疎明されており,これらの事実によれば,本件取消処分によって,相手方の経営に多大な影響を与えると認められる。更に加えて,本件取消処分の結果,相手方は,倉敷市に対し,両事業所に関してその開設から受給した介護サービス費全額及びこれに100分の40を乗じて得た額を支払わなければならない状況となる(法22条1,3項,41条6項,53条4項)。また,本件取消処分に伴い,いったん両事業所が閉鎖されることになれば,利用者は,当然にほかの施設に移動することとなり,仮に本案判決によって本件取消処分が取り消されたとしても,相手方が,利用登録者を再び獲得することが困難となることが予測される。将来本件取消処分が本案判決によって取り消された場合に相手方に発生するこれらの損害は,理念的には金銭賠償が可能であるといえるとしても,相手方が本件取消処分によって被る損害は,これに止まらず信用毀損等多方面に広がるといえ,それを適切に評価することは社会通念上極めて困難であり,また回復のためには,国家賠償請求等による事後的な訴訟を提起しなければならない可能性が高いうえ,国家賠償法は過失責任主義を取っていることからすれば,本件取消処分が違法であれば常に金銭賠償を得ることができるとは一概にいえない。以上によれば,本件取消処分によって相手方が被る損害は,重大であり事後的な回復が困難であると認められる。

また,本件取消処分の根拠とされた人員基準違反及びサービス費に関する過大請求については,相手方において既に是正されていることが疎明されている(抗告人は,人員基準違反の解消についての客観的裏付けがない旨主張するが,甲17ないし19及び審尋の全趣旨によれば,その裏付けについての疎明があるものと認めるのが相当である。)。よって,本案判決が確定するまでの間,相手方が介護サービスを継続することとなっても,登録利用者の日常生活や健康状態に重大な支障をもたらすことは防止しうるものと思われる。これに対し,抗告人は,相手方が抗告人から監査を受けるまで人員基準違反の状態で介護サービスの提供を継続していたのであるから,本案判決までの間,基準違反を繰り返さない保障はなく,その場合,利用者は,法が予定している水準を下回る介護サービスを受けさせられるおそれがある旨主張するが,相手方の本件における主張内容や本件記録上認められる経営規模からすれば,本案訴訟までの間において,両事業所が所定の人員を満たすことができず,サービスを提供する体制を確保できなくなったり,再び不正請求を行う可能性は乏しいといえる。

以上に加えて,本件取消処分の根拠法文の内容には,価値的規範的要素が含まれており,相手方の一連の行為が当該法文に規定する事由に該当するのか否か,仮に該当するとして取消処分が適切であったか否かについては,本案訴訟において更に審理を尽くすべき事項であると判断するのが相当である。

以上の事実によれば,本件執行停止の申立は,行政事件訴訟法25条2項所定の「重大な損害を避けるため緊急の必要」があるといえ,また本件執行停止を認めることによって同条4項所定の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について理由がないとみえるとき」に該当するとはいえないと解するのが相当である。

第3結論

以上によれば,本件執行停止を認めた原決定は相当であり,本件抗告は理由がないので,棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 及川憲夫 裁判官 渡邊雅道 裁判官 金光秀明)

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