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広島高等裁判所岡山支部 平成22年(ネ)120号 判決 2011年3月18日

控訴人 甲野花子

同 甲野太郎

上記2名訴訟代理人弁護士 吉田露男

上記訴訟復代理人弁護士 水落卓司

被控訴人 医療法人乙川産婦人科医院

上記代表者理事長 乙川一郎

上記訴訟代理人弁護士 佐々木基彰

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人甲野花子に対し,4341万9247円及びうち3947万2043円に対する平成19年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は,控訴人甲野太郎に対し,3241万9247円及びうち2947万2043円に対する平成19年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  控訴人甲野花子(以下「控訴人花子」という。)及び控訴人花子から出生した子である甲野香は,乙川産婦人科医院(以下「被控訴人医院」という。)を設置して経営している被控訴人に対し,控訴人花子が分娩のため被控訴人と診療契約を締結し,同医院に入院していたところ,被控訴人代表者である乙川一郎医師(以下「乙川医師」という。)が,①早期に帝王切開術が可能な病院に転送するべき注意義務,②転送の際,カルテ等を送付するなどして治療経過に関する情報を転送先の病院に提供すべき注意義務があったのにこれらを怠った過失により,上記甲野香が重度の障害を負ったとして,債務不履行及び代表者の不法行為に基づき,上記甲野香に対する逸失利益,介護料,慰謝料及び弁護士費用,控訴人花子に対する慰謝料及び弁護士費用並びにこれらのうち弁護士費用を除く上記損害に対する平成15年3月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めて提訴した。その後,訴訟係属中に,上記甲野香が死亡したことから,同人(以下「亡香」という。)の父である控訴人甲野太郎(以下「控訴人太郎」という。)及び控訴人花子が亡香を承継すると共に,介護料の請求額を減縮し,上記遅延損害金の始期を訴状送達日の翌日である平成19年4月7日とする訴えの変更をした。

原審は,控訴人らの請求を全部棄却したことから,これを不服とする控訴人らが控訴した。

2  前提となる事実(証拠により認定した事実については,括弧内に証拠等を掲記する。その余の事実については当事者間に争いがない。)

以下の点を訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄の「1 前提となる事実」の項(原判決2頁22行目から同5頁10行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決2頁25行目「被告は,」を「被控訴人は,岡山県倉敷市吉岡<番地略>に」と,同行末尾「。」を「が,帝王切開は実施していなかった。」と,それぞれ改める。

(2)原判決2頁末行「被告医院で」を「被控訴人医院で唯一の」と改める。

(3)原判決3頁9行目「20分」を「20分ころ」と,「原告花子を」を「控訴人花子を岡山県倉敷市美和<番地略>所在の」と,同頁11行目「45分」を「45分ころ」と,それぞれ改める。

(4)原判決3頁19行目から同5頁4行目までを以下のとおり改める。

「(3)分娩監視装置及び胎児心拍数について(甲B14,甲B18の提示資料,甲B21,乙A6,乙B6)

ア 分娩監視装置

分娩監視装置は,胎児心拍数と子宮収縮を並列に経時的に記録したものである。これを用いて母体の腹壁から胎児の心拍動を顕出する方法を外側法という。

胎児の健康状態を評価する方法としては,胎児心拍数のモニターが不可欠とされている。分娩中は規則的な子宮収縮が存在し,子宮筋の収縮は子宮筋層内を通り絨毛間腔に流入する母体側の胎盤血流量に影響を与えるため,その負荷に対応した胎児心拍数の変化を見ることで胎児の状態を推測することができる。したがって,分娩中の胎児心拍数の変化は陣痛との時間的関係が重要となる。

イ 日本産婦人科学会周産期委員会2003年(平成15年8月)報告(甲B21)及び日本産婦人科学会による「産婦人科研修の必修知識2007」(甲B18の提示資料)によれば,本件に関連する医学的知見の概要は以下のとおりである。なお,以下の記述は,特に断らない限り,上記2003年報告によるものである。

(ア)①胎児心拍数基線が正常,②胎児心拍数基線細変動が正常,③一過性頻脈の存在,④一過性徐脈の不存在のすべてが合致する場合,胎児状態がほぼ確実に良好である。

他方,遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈あるいは遷延一過性徐脈が繰り返し出現し,かつ細変動が消失しているものは,胎児の酸血症の可能性が高いパターンであると考えられる。

この二極間に位置する多くの胎児心拍数図パターンに関しては,胎児の状態あるいは処置に関しては未だ確定的なものは存在せず,臨床処置に関する提言をするには時期尚早である。

(イ)胎児心拍数基線

胎児心拍数図上の10分の区画におけるおおよその平均胎児心拍数であり,5の倍数として表す。その判定には,一過性変動(すなわち,一過性頻脈又は一過性徐脈)の部分,毎分26回(以下,単位は省略する。)以上の胎児心拍数細変動の部分を除外し,また,10分間に複数の基線があり,その基線が26以上の差を持つ場合には,この部分での基線は判定しない。

胎児心拍数基線は,110以上160以下が正常脈,110未満が徐脈,160超が頻脈と定義づけられている。

(ウ)胎児心拍数基線細変動

1分間に2サイクル以上の胎児心拍数の変動であり,振幅,周波数とも規則性がないものと定義される。26以上の変動を細変動増加,6ないし25の変動を細変動中等度,5以下の変動を細変動減少,肉眼的に変動を認めないものを細変動消失と分類する。なお,胎児心拍数基線と判断できない胎児心拍数の部分についても上記分類が適応するものとする。

基線細変動の減少あるいは消失が,反復する遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈,遷延性一過性徐脈といった周期性変化と共に認められた場合,胎児状態が悪化して酸血症に陥っていることを示唆する所見として重要である。

また,良好な子宮環境にある胎児であっても,ノンレム睡眠時には基線細変動が減少していることがあるとされている一方で,一般的に基線細変動の減少が45分以上持続するときは,胎児がノンレム睡眠以外の原因,すなわち仮死(asphyxia)の可能性も考慮し,そのほかの検査も施行し胎児の状態を把握する必要があるとされている。

なお,日本産婦人科学会による「産婦人科研修の必修知識2007」(甲B18の提示資料)によれば,分娩中の心拍数図の解読において,基線細変動の増加は胎児機能不全の徴候とはされていない。

(エ)一過性頻脈

心拍数が開始からピークまで30秒未満の急速な増加で開始から頂点までが150以上,元に戻るまでの持続が15秒以上2分未満のものをいう。一過性頻脈は,妊娠中に見られることが多く,分娩中は早期に多い。胎動,子宮収縮,内診などの刺激,臍帯圧迫に伴って認められ,一過性頻脈が存在することは,胎児の生理的反応が維持されていることを意味するが,分娩中はそれが認められないからといって必ずしも胎児の状態が悪化していることを示すわけではない。

(オ)一過性徐脈

一時的に心拍数が減少した後,基線に回復するパターンをいう。遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈,遷延一過性徐脈等に分類される。

a 遅発一過性徐脈とは,子宮収縮に伴って,心拍数減少の開始から最下点まで30秒以上の経過で穏やかに下降し,その後子宮収縮の消退に伴い元に戻る心拍数低下で,子宮収縮の最強点に遅れて一過性徐脈の最下点を示すものをいう。遅発一過性徐脈は,子宮胎盤機能不全を表すと言われ,子宮収縮により胎児血の酸素分圧が一定のレベル以下になる母体側の因子(低血圧,重症の貧血,血管の収縮,過強陣痛,子宮破裂など)や胎盤の因子(胎盤早期剥離,妊娠中毒症や糖尿病合併妊娠などによる胎盤機能不全など)を有する症例,及び,既に胎児が低酸素状態に陥っている症例に見られるパターンである。

他方,遅発一過性徐脈が出現していても一過性頻脈が確認されれば胎児が酸血症とはなっていないとの報告もされている。

b 変動一過性徐脈とは,15以上の心拍数減少が30秒未満での経過で急速に起こり,その開始から元に戻るまで15秒以上2分未満を要するものをいう。子宮収縮に伴って出現する場合は,その発現は一定の形を取らず,下降度,持続時間は子宮収縮ごとに変動する。原因は臍帯圧迫とされており,破水後など羊水が少ない場合や何らかの臍帯の異常(巻絡など)があれば臍帯圧迫とそれによる臍帯血行の遮断が生じやすく,このような例では変動一過性徐脈が出現しやすい。圧迫の程度が軽く,静脈の血流のみ障害されたときは血圧の低下により一過性の心拍数上昇を示すことがあるため,変動一過性徐脈ではその始まりや終わりに一過性頻脈を伴う波形がしばしば認められる。変動一過性徐脈の重症度については,持続が30秒未満のもの,又は,心拍数最下点が70ないし80以下にならないものを軽度,最下点が70未満で持続が30秒から60秒未満のもの,又は,持続が60秒を超えても最下点が70ないし80以下にならないものを中等度,最下点が70未満であり,かつ持続が60秒を超えるものを高度と定義される。

なお,前記「産婦人科研修の必修知識2007」においては,変動一過性徐脈について,基本的に臍帯圧迫による迷走神経反射によるものであるから,それ自体は胎児状態の悪化を意味しないが,強い血流遮断が長く続く場合や繰り返し発生する場合,胎児は低酸素状態に陥る可能性があることから,変動一過性徐脈を軽度と高度に分類し,高度の変動一過性徐脈が繰り返し出現する場合のみ胎児機能不全と判断する旨,及び変動一過性徐脈は,波形から予測したより分娩後の児の状態が良いことも悪いこともあって,決定的な判断が困難な例も少なくない旨が示されている。

c 遷延性一過性徐脈とは,心拍数の減少が15以上で,開始から元に戻るまでの時間が2分以上10分未満の徐脈をいう。長く持続した場合,正常に復するまでに一時的な頻脈や基線細変動の低下を認めることがある。その原因としては,内診などによる刺激,過強陣痛,臍帯圧迫,臍帯脱出,仰臥位低血圧症候群,硬膜外麻酔等による母体低血圧,胎盤早期剥離,子癇発作やてんかん発作,娩出直前のいきみ,などが挙げられる。原因がなくなり単発で正常パターンに回復する時は児の予後はよいことが多いと報告されているが,急速遂娩に踏み切るかどうかは現場の状況により決定されるべきとされる。」

(5)原判決5頁5行目ないし10行目までを削る。

3  争点及び当事者の主張

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄の「2 争点」の項(原判決5頁12行目から同9頁5行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決5頁12行目を「(1) 遅くとも平成15年3月23日午後6時41分ころまでに控訴人花子を転院させるべき注意義務の有無」と改める。

(2)原判決5頁15行目及び同6頁15行目の各「41分」の後にいずれも「ころ」を加える。

(3)原判決5頁19行目「ア」の後に「(ア)」を加える。

(4)原判決6頁14行目末尾を改行し,以下のとおり加える。

「(イ)被控訴人の主張等を受け,分娩監視記録を再精査しても,平成15年3月22日については,午後2時31分に軽度の一過性徐脈,午後2時50分から59分までの間に細変動の増加,午後3時21分に軽度の変動一過性徐脈,翌23日については,午前9時39分から43分までの間及び午前10時3分から5分までの間にそれぞれ細変動の増加,午前10時52分から54分までの間に変動一過性徐脈,午後零時45分に軽度の変動一過性徐脈,午後1時57分に軽度の変動一過性徐脈,午後3時31分に高度に近い変動一過性徐脈,午後5時28分に高度の一過性徐脈,午後5時40分ころから50分ころまでの間に高度の遷延一過性徐脈,午後6時4分に高度の一過性徐脈,午後6時22分から高度の遅発性一過性徐脈,午後6時34分から41分までの間に高度の遷延一過性徐脈,午後7時37分から41分まで高度の一過性徐脈がそれぞれ認められ,また,同日午後6時ころから午後7時ころまでの間に細変動の減弱も認められる。

そして,平成15年3月22日から23日午前中にかけて生じた細変動増加部分は,臍帯圧迫のために本件胎児が急性の低酸素状態にあったことを示すものであること,同日午後3時31分までの上記のような徐脈の出現状況に加え,控訴人花子が前期破水により入院したもので,同日は過期妊娠であったことなどを,日本産婦人科学会周産期委員会が発表した「胎児心拍数波形の判読に基づく分娩時胎児管理の指針(案)」(以下「指針案」という。)に照らして検討すると,控訴人花子に対し,急速遂娩術(帝王切開術)の準備をし,かつ,これを想定した観察をすべきであった。そして,指針案を踏まえ,同日午後5時28分以降の徐脈の上記出現状況に加え,控訴人花子が過期妊娠であり,羊水過少に伴う臍帯圧迫が生じやすかったり,子宮内胎児低酸素症を発症しやすく,羊水混濁が多く胎便吸引症候群が起こりやすいこと,前期破水により入院した時から既に42時間が経過し,子宮内感染や胎児感染のリスクがあること,細変動が上記のとおり減弱していること,さらに,控訴人花子が妊娠前から肥満体質でありハイリスク妊婦であったこと,本件胎児が後方後頭位であったこと,被控訴人医院入院中から,絨毛膜羊膜炎等の感染症に罹患していた疑いがあることを考慮すれば,急速遂娩術の中でも帝王切開の適応があると認められ,遅くとも同日午後6時41分ころまでにはそれが可能な病院に転送すべきであった。」

(5)原判決6頁17行目「の実施が困難であった」を「を実施していなかった」と改める。

(6)原判決7頁3行目「55分までの間,」の後に「午後4時20分から47分までの間,」を加える。

(7)原判決7頁5・6行目「正常な状態にあった」を「そのこと自体本件胎児が「元気な状態」であることを示している。」と改める。

(8)原判決7頁8行目「あった」を「あり,そのこと自体本件胎児が「元気な状態」であることを示している。」と改める。

(9)原判決7頁14行目「違反」の後に「の有無」を加える。

(10)原判決7頁16行目「ア 」の後に「医師が患者を他の医院に転院させる場合,前医から後医に対する診療情報の提供については,転院までの間に取られた処置や患者の経過等が,後医がその後の治療方針を的確に決定するに当たって把握・認識すべき不可欠な事柄であるから,これらを後医に対し詳細に説明する義務があるというべきである。」を加える。

(11)原判決7頁17行目「カルテ」の後に「及び分娩監視記録」を加える。

(12)原判決7頁18行目「治療経過に関する情報」の後に「,特に控訴人花子に羊水混濁があること及び細変動の減少も見られたことも含めた情報」を加える。

第3  当裁判所の判断

1  前記各争点に対する判断に先立ち,控訴人らは,原判決が,原審に関与した専門委員の意見にわたる発言を実質的に心証形成の資料とし,専門委員の意見を鑑定に代替させているから,証拠ではないものを判断根拠とした,採証法則違反がある旨主張してもいるので,まず,この点について判断をする。

記録によれば,原審は,平成21年5月13日,専門委員を争点又は証拠の整理等の手続に関与させることとするとともに,本件専門委員として,丙山二郎医師を指定したことが明らかであるところ,原判決の説示をみれば,丙山委員の意見を証拠として掲げていないことはもとより,具体的な判断も,もっぱら,丁木三郎医師作成の意見書及びその添付資料(乙A6),医学文献(甲B14,乙B1,6)から専門的知見を得た上,具体的診療経過を当てはめ,心証形成していることが明らかであり,原判決が丙山委員の意見にわたる発言を実質的に心証形成の資料としたとか,同意見を鑑定に代替させたとは認められない。

したがって,控訴人らの主張は前提を欠いており採用できない。

2  診療経過について

前記前提となる事実,証拠(乙A1ないし4,6,10,被控訴人代表者原審本人,当審証人亥井四郎書面尋問の結果)及び弁論の全趣旨によって認定できる診療経過に係る事実は,以下のとおりである。

(1)平成15年3月22日(妊娠41週6日目)

控訴人花子は,前期破水を起こしたため,同日午後零時,被控訴人医院に入院した。この時の控訴人花子の体温は36度台で,夜にかけて37度台となった。また,子宮口の開大の程度は,入院時に2センチメートル程度であった。

被控訴人医院では,午後2時から午後3時45分ころまでの間,分娩監視装置を用い,外側法により本件胎児の心拍数を観察した。上記時間帯には,午後2時31分ころ,58分ころ及び午後3時22分ころに,いずれも軽度の変動一過性徐脈が表れていたものの,胎児心拍数基線は,140から145(午後2時20分から午後3時15分ころまで)又は120から140(午後3時15分から午後3時45分ころまで)で,細変動や一過性頻脈があり,心拍数が100以下になることもなかった。

(2)被控訴人医院では,同日午後3時45分ころから同月23日午前1時50分ころまでの間,本件胎児に対する分娩監視装置による胎児心拍数の監視をせず,この間,2回にわたり,別の器械で胎児心拍数を直接数えるに止めた。

(3)同月23日(妊娠42週0日目)

ア 同日午前1時50分ころから,本件胎児に対し,分娩監視装置による胎児心拍数の監視を再開した。同日午前中の読取り可能な胎児心拍数基線は130程度で,一過性頻脈もあり,本件胎児の状態に特に大きな問題はなかった。

本件胎児には,午前10時52分ころから54分ころの間に高度ではない変動一過性徐脈があり,その後,一過性徐脈は,午後零時45分ころまで現われていなかった。胎児心拍数基線の細変動は,午前10時55分ころから午前11時40分ころまでの間は減弱し,午前11時40分ころから午後零時15分ころまでの間は再度増加したが,午後零時15分ころから27分ころまでの間は,再び小さくなった。しかし,その後,細変動が再び大きくなった。

イ 同日午後は,午後零時45分ころに中等度の変動一過性徐脈,午後1時57分ころに軽度の変動一過性徐脈,午後3時31分ころから32分ころにかけて中等度の変動一過性徐脈が現われていた。

上記の一過性徐脈が現われた時以外は,午後零時から午後5時までの間は,全般に胎児心拍数基線が140程度で,基線細変動は6ないし10程度見られ,一過性頻脈もあった。

ウ 午後5時以降は,午後5時28分ころに軽度の一過性徐脈があり,午後5時40分ころから50分ころまでの間,約10分間持続する遷延一過性徐脈があった。午後6時3分ころから5分ころまでの間に中等度の変動一過性徐脈が,午後6時22分ころには遅発一過性徐脈が,午後6時34分ころから41分までの間は,約7分間持続する遷延一過性徐脈があった。

この間,胎児心拍数基線は160程度となり細変動もあったが,午後6時ころから午後7時ころまでの間は細変動が減少し,午後7時ころからは再び細変動が大きくなった。

その後,午後7時37分ころから41分ころまでの間,約3分間持続する遷延一過性徐脈が現われたが,以後,午後10時17分ころまで,胎児心拍数基線は140から160程度と正常脈の範囲内にあり,細変動があり,一過性徐脈は生じていなかった。

そして,午後10時17分ころに胎児心拍数に乱れが出始め,午後10時21分ころには一過性徐脈が現われ,午後10時27分ころには遷延一過性徐脈が出現したが,午後10時30分ころから記録が終了する午後11時ころまでの間は,胎児心拍数基線が145程度で細変動があり,一過性頻脈も認められていた。

エ 乙川医師は,児心音下降が見られたため,同日午後11時8分ころ,控訴人花子を訴外病院に転院させるため救急車による搬送を要請し,控訴人花子は,同日午後11時20分ころ,被控訴人医院を救急車で出発し,同日午後11時27分ころ,訴外病院に到着した。

この日の被控訴人医院における控訴人花子の体温は37度台で,脈拍は1分間に100回まで至っていなかったものであって,また,子宮口の開大の程度は,午後6時50分ころの時点で半分以上まで進み,午後11時ころの時点で8センチメートル程度であり,入院時に比し開大が進行していた。

(4)平成15年3月24日(妊娠42週1日目)

ア 控訴人花子は,平成15年3月23日午後11時45分に訴外病院の分娩部に入院し,そのころの体温は38.0度,白血球数は20200であったものの,子宮口の開大の程度は9センチメートル程度であるなど,分娩所見の進行が認められた上,控訴人花子に入院後間もなく取り付けられた分娩監視装置では,本件胎児の心音に徐脈は認めず,細変動と一過性頻脈も認められた。訴外病院の担当医師であった亥井四郎医師(以下「亥井医師」という。)は,経膣分娩可能と判断し,基本的に経膣分娩を目指し,必要時に帝王切開に切り替える方針を採った。

イ 控訴人花子の分娩の進行状況は,翌24日午前2時に2分間の変動一過性徐脈があったものの,子宮口の開大の程度が全開となり,児頭も骨盤内に十分下降していて分娩停止を疑わせる所見がなかった。また,午前2時28分から4分間の変動一過性徐脈,午前2時58分から3分間の変動一過性徐脈が生じたものの,いずれも体位変換・母体への酸素投与を行い回復し,その後は細変動及び一過性頻脈が認められた。午前3時45分以降,変動一過性徐脈が認められたことから急速遂娩の適応と判断され,午前4時8分,吸引分娩5回,圧出5回を経て,経膣分娩した。この際,羊水は混濁し緑褐泥状であったが異臭はなかった。なお,後日,胎盤及び臍帯を病理組織検査した結果,臍帯炎及び絨毛膜炎の所見が確認された。

ウ 一方,出生した亡香は,分娩1分後のアプガースコアが10点中1点で,胎便吸引症候群と診断され,直ちに気管内挿管・洗浄等の措置が取られた結果,分娩5分後のアプガースコアが10点中5点に回復し,また,臍帯血pHは7.065と新生児低酸素性虚血性脳症の診断基準であるpH7.0未満を満たしてはいなかった。しかし,午前5時過ぎから酸素分圧の低下と心停止が出現し,一旦回復したものの再度酸素分圧の低下が表れ,午前7時50分ころまで心臓マッサージや昇圧薬投与等を繰り返し受けるに至った。

(5)控訴人らは,本件胎児の被控訴人医院の分娩監視記録には,平成15年3月22日午後3時12分ころから32分ころまでの間に断続的に一過性徐脈が表れ,翌23日午前中に20回以上の一過性徐脈が出現し,しかもそのほとんどが高度のものであり,また,同日午後3時31分ころの一過性徐脈は高度のものである上,午後3時40分前後及び午後4時10分前後にも高度の一過性徐脈が出現している旨主張する。

しかし,丁木三郎医師作成の意見書(乙A6)によれば,一般に,外側法を用いた分娩監視記録による胎児の心音聴取は,胎児の胎動や母体の体動等により困難となることがあり得る上,控訴人らの上記指摘については,同月23日午後3時31分ころの部分を除き,いずれも聴取困難な部分であることが認められる。また,同日の分娩監視記録(乙A3)を見れば,午後3時31分ころの本件胎児の心拍数の最下点が70未満になっているとは断定できないから,変動一過性徐脈の程度を軽度とする上記意見書の見解は相当と認められる。

控訴人らの上記主張は,匿名の協力医が作成したと控訴人らが主張する「コメント」と題する書面(甲B4)に基づくものであり,さらに,分娩監視装置の判読は一般に検者間で一致率が低いとか,上記分娩監視記録は毎分1センチメートルの紙送り速度で記録されたものであることから,上記書面とは一致しない丁木医師の上記分娩監視記録の判読結果の正確性に疑問があるなども主張するが,そもそも上記書面自体,作成者が明らかになっていないため,いわゆる形式的証拠力を備えているか疑問がある点を措くとしても,その信用性は低いといわざるを得ない。しかも,控訴人らが同じ協力医が作成したと主張する「拝啓」で始まる書面(甲B18)では,本件胎児の被控訴人医院の分娩監視記録の同月22日午後3時12分から32分の間については,「問題有りと思われる場所で確かに測定不良である。」とし,翌23日午前中については,「だれでも一過性徐脈が確認できるとは言えない事は認める。」とし,同日午後3時31分ころの変動一過性徐脈の程度については,「高度に近いと思われるが相変わらず記録不良で判定不能を理由にされては反論は難しい。」とするなど,いずれも丁木医師の前記意見書の内容と異ならない内容となっており,控訴人らの上記主張に必ずしも沿ったものとは言えないので,上記「コメント」と題する書面を採用することはできず,丁木医師の見解が上記書面の見解と一致していないことをもって丁木医師の判読結果の正確性に疑いを入れる理由とすることはできない。その他の控訴人らの丁木医師の判読結果の正確性への疑問は,抽象的な疑問をいうにすぎず採用できない。そして,他に控訴人らの上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

3  争点(1)について

以下のとおり加除,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」欄の「2 争点(1)について」の項(原判決12頁21行目から同16頁21行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決12頁21行目「41分」の後に「ころ」を加える。

(2)原判決12頁24行目から同14頁4行目までを以下のとおり改める。

「(2)ア前提となる事実及び前記2の診療経過によれば,被控訴人医院において,乙川医師は唯一の医師であり,他に小児科医もいないこと,被控訴人医院においては帝王切開を実施していなかったこと,被控訴人医院と訴外病院は同じ岡山県倉敷市内にあり,救急車による搬送時間も要請から概ね20分程度であることが明らかであるから,被控訴人医院内で分娩進行中の妊婦につき,帝王切開による急速遂娩の必要があると認められる場合には,訴外病院への転院義務があると認められる。

イ 前提となる事実において確定した本件に関連する医学的知見の概要によれば,平成15年8月当時,Ⅰ ①胎児心拍数基線が正常,②胎児心拍数基線細変動が正常,③一過性頻脈の存在,④一過性徐脈の不存在のすべてが合致する場合,胎児状態がほぼ確実に良好であるといえる一方で,Ⅱ 遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈あるいは遷延一過性徐脈が繰り返し出現し,かつ細変動が消失しているものは,胎児の酸血症の可能性が高いパターンであると考えられ,Ⅲ この二極間に位置する多くの胎児心拍数図パターンに関し,胎児の状態あるいは処置に関しては未だ確定的なものは存在しないとされ,さらに,Ⅳ 基線細変動の減少も,反復する遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈,遷延性一過性徐脈といった周期性変化と共に認められた場合,胎児が酸血症に陥っていることを示唆する所見として重要であるとされていたのであるから,当時の臨床医学上,上記Ⅱ又はⅣに該当する場合に胎児の酸血症の可能性が高く急速遂娩に移行すべきであるとはいえても,分娩監視記録上,上記Ⅰに該当しないというだけでは胎児の酸血症の可能性が高いとも,急速遂娩に移行すべきであるともいえないのであって,そのような場合は,分娩監視記録から得られる情報以外の診療情報をも総合して,急速遂娩への移行が必要であったか否かを判断すべきである。

ウ そこで,前記認定の本件の診療経過に基づき検討する。

(ア)まず,平成15年3月22日においては,分娩監視装置を装着していた午後2時から午後3時45分ころまでの間,軽度の変動一過性徐脈が3回見られるものの,本件胎児の胎児心拍数基線は正常脈の範囲内にあり,細変動の減少又は消失も見られず,一過性頻脈を認めていたことが明らかであり,分娩監視記録から,本件胎児の状態がほぼ確実に良好であるとは断定できないものの,上記3回の軽度の変動一過性徐脈がいずれも単発的で,細変動の減少又は消失を伴っていないため,酸血症の可能性が高いとはいえない状況であったと認められる。

また,同月23日においては,午前1時50分から午後6時41分ころまでの間,本件胎児の胎児心拍数基線は正常脈の範囲内にあり,細変動については,午前10時55分から午前11時40分ころまでの間,午後零時15分から27分までの間に減少が見られたものの,午後6時ころまでは全般に中等度の細変動があり,午後6時ころから午後7時ころまでの間減少していることが認められ,一過性頻脈については認められていたこと,一過性徐脈については,午前10時52分から54分の間,午後零時45分ころ,午後3時31分ころ,午後5時28分ころに,それぞれ中等度ないし軽度の変動一過性徐脈を,午後5時40分ころから約10分間持続する遷延一過性徐脈を,午後6時3分ころから5分ころまでの間に中等度の変動一過性徐脈を,午後6時22分に遅発一過性徐脈を,午後6時34分から約7分間持続する遷延一過性徐脈を認めていたことが明らかであり,同月23日午後6時41分ころまでの間,分娩監視記録から,本件胎児の状態がほぼ確実に良好であるとまでは断定できない。

しかしながら,同月23日午前1時50分から午後6時41分ころまでの間について,一過性徐脈が上記のとおり8回出現しているものの,午後6時ころまでの5回の一過性徐脈の出現状況を見ても,これらが反復して現われたとはいえず,かつ,細変動の減少又は消失と併存しているものではなく,また,午後6時3分ころから午後6時41分ころまでの3回の一過性徐脈の出現状況を見ても,細変動の減少と併存しているとはいえ,これらが反復して現われたとはいえないものであるから,結局,前記イのⅡの場合に該当するといえないことはもとより,同Ⅳの場合にも該当するとはいえない。

そうすると,この間について,本件胎児は,酸血症の可能性が高いとはいえない状況であったと認められる。

(イ)前記(ア)の検討によれば,平成15年3月23日午後6時41分ころの時点までに,本件胎児の状態がほぼ確実に良好であるとまでは断定できない一方で,酸血症の可能性が高いとはいえない状況であったと認められるのであるから,本件胎児について,分娩監視記録のみから直ちに急速遂娩への移行が必要な状況にあったとはいえず,さらに,他の診療情報をも総合して,この時点までに急速遂娩への移行が必要な状況にあったといえるか検討しなければならない。

そして,前記のとおり,午後6時41分ころの時点まで,本件胎児の胎児心拍数基線は正常脈の範囲内にあったこと,前提となる事実において確定した本件に関連する医学的知見の概要によれば,一過性頻脈が存在することは,胎児の生理的反応が維持されていることを意味するところ,前記のとおり,午後6時41分ころの時点まで本件胎児には一過性頻脈が認められていたこと,午後7時ころ以降午後11時ころまでの間を見ても,本件胎児の胎児心拍数基線は正常脈の範囲内にあり,細変動の減少又は消失も見られず,一過性頻脈が認められており,一過性徐脈については,午後7時37分から約3分間持続する遷延一過性徐脈,午後10時21分ころ,27分ころに一過性徐脈が見られるものの,いずれも単発的であって,この間についても,酸血症の可能性が高いとはいえない状況であったと認められること,前記2の診療経過によれば,午後6時41分ころの時点までに,子宮口の開大の程度については,入院当初2センチメートル程度であったものが半分以上開大する程度まで進行していたこと,同診療経過によれば,控訴人花子が訴外病院の分娩部に入院して間もなく取り付けられた分娩監視装置上,当初の本件胎児の状況については,一過性徐脈が認められず,細変動と一過性頻脈も認められ,やはり酸血症の可能性が高いとはいえない状況であったと認められることを総合すると,午後6時41分ころの時点までに,控訴人花子について急速遂娩への移行が必要な状況にあったとはいえない。

なお,既に説示したところからすれば,控訴人花子の救急車による搬送要請を行った同日午後11時8分よりも早期に,控訴人花子について,急速遂娩に移行すべきであったともいえない。」

(3)原判決14頁8行目から同頁16行目までを削る。

(4)原判決14頁17行目「(5)」を「(3)」と改める。

(5)原判決14頁24行目から同15頁5行目までを以下のとおり改める。

「 しかし,本件胎児の分娩監視記録の読み方に関する上記書面の見解を採用できないことは既に説示したとおりであるから,これを前提とする控訴人らの主張は採用できない。

イ 控訴人らは,本件胎児の分娩監視記録上見られる細変動増加部分は,臍帯圧迫のために本件胎児が急性の低酸素状態にあったことを示すものである旨主張する。

しかし,日本産婦人科学会による「産婦人科研修の必修知識2007」(甲B18の提示資料)内には,これに沿う報告がなされた旨の記載がある一方で,分娩中の心拍数図の解読において,基線細変動の増加は胎児機能不全の徴候とはされていない旨紹介されているのであるから,上記主張は,平成15年当時の一般的な医学的知見に基づくものとは解されず他にこれを認めるに足りる証拠はないので,採用できない。

ウ 控訴人らは,日本産婦人科学会周産期委員会が発表した「指針案」(甲B18の提示資料2)を踏まえ,平成15年3月23日の徐脈の出現状況,細変動の減弱状況,控訴人花子が過期妊娠であること,前期破水による入院時から42時間が経過し,感染症のリスクがあった上,実際に感染症に罹患していた疑いがあったこと,さらに,控訴人花子が妊娠前から肥満体質でありハイリスク妊婦であったこと,本件胎児が後方後頭位であったことを考慮すれば,同日午後6時41分ころまでに急速遂娩を決定すべきであった旨主張する。そして,控訴人らが匿名の協力医が作成したと主張する「拝啓」で始まる書面(甲B18)にも概ねこれに沿った記載がある。

しかし,まず,上記指針案は,それ自体に,平成19年現在の医学的知識から妥当とみなされる対応と処置を提示するものである旨明らかにされていることからすれば,上記指針案を平成15年当時の臨床現場における一般的な医学的知見と位置づけるのは困難である。しかも,前提となる事実において確定した本件に関する医学的知見において説示しているとおり,平成15年8月当時,胎児の状態がほぼ確実に良好であるといえる場合と,胎児が酸血症に陥っている可能性が高いといえる場合との,二極間に位置する胎児の状態あるいは処置に関しては未だ確定的なものは存在せず,臨床処置に関する提言をするには時期尚早である旨明らかにされていることからすれば,平成19年時の上記指針案に沿った処置として急速遂娩を取るべきとされているにもかかわらずこれが行われなかったということのみから,被控訴人医院の転院義務を基礎付けるのは一層困難である。

また,前記2の診療経過のとおり,病理組織検査の結果,控訴人花子が臍帯炎及び絨毛膜炎の所見が確認されたことからすれば,被控訴人医院への入院時からこれらに罹患していた疑いがあることは控訴人らの主張のとおりであるが,他方,証拠(甲B27,30)によれば,臨床的な絨毛膜羊膜炎,あるいは,顕性の絨毛膜炎の診断基準としては,㋐母体の発熱(38度以上)がある場合で,a母体の頻脈(毎分100回以上),b子宮の圧痛,c膣分泌物・羊水の悪臭,d白血球増多(1マイクロリットル中1万5000以上)のいずれか1項目以上があるとき,又は,㋑母体の発熱がない場合で上記aないしdのすべてを満たすこと,とされているところ,前記2の診療経過のとおり,被控訴人医院に入院中の控訴人花子の体温は37度台で,脈拍も毎分100回に至ることはなかった上,訴外病院において羊水の異臭がなかったことが確認されたことに照らし被控訴人医院に入院中も膣分泌物の異臭は確認されなかったと推認され,これらの事実からすれば,被控訴人医院において,控訴人花子が感染症に罹患していることを具体的に疑うのは困難であったと認められる。控訴人らは,上記診断基準を満たさない場合であっても,胎児が成熟している場合には妊娠を終了させ,早期に娩出させるべきであるとする文献がある旨主張し,確かに,証拠(甲B30)にはかかる記載があるが,同文献は平成20年発行のものである上,証拠(甲B28)によれば,絨毛膜羊膜炎の管理の在り方として,顕性の絨毛膜羊膜炎の場合に,妊娠34週以降であれば基本的に妊娠の中断を行うとするに止まり,不顕性の絨毛膜羊膜炎の場合に妊娠の継続が基本であるとされていることからすれば,平成15年当時,臨床的な絨毛膜羊膜炎,あるいは,顕性の絨毛膜炎と診断できないにもかかわらず,急速遂娩を決定すべきとする医学的知見があったとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

さらに,控訴人らが主張する,控訴人花子が妊娠前から肥満体質でありハイリスク妊婦であったこと,本件胎児が後方後頭位であったことについては,控訴人らが匿名の医師が作成したと主張する書面(甲B18)においてすら触れられておらず,これらの事実から急速遂娩が必要となることを認めるに足りる証拠はない。

エ 控訴人らは,一過性徐脈と細変動の減弱が見られた後の細変動の回復,一過性徐脈の消失が,急速遂娩の必要性を否定するという一般的な医学的知見があるかは疑問がある旨主張する。

しかし,丁木医師の意見書(乙A6)の添付資料を見れば明らかなとおり,一過性徐脈が認められた場合の留意点として,心拍数が回復した後,再び,胎児の状態がほぼ確実に良好といえる条件(すなわち,①胎児心拍数基線が正常,②胎児心拍数基線細変動が正常,③一過性頻脈の存在,④一過性徐脈の不存在)を満たす状態となったかどうかであることが挙げられていることからすれば,一過性徐脈や細変動の減弱が見られた後の細変動の回復,一過性徐脈の消失を,急速遂娩を決定すべきか否かを判断する際の考慮要素とすることは一般的な医学的知見であると認められるから,上記主張は採用できない。」

(6)原判決15頁7行目「イ」を「オ」と,同頁17行目「ウ」を「カ」と,同頁24行目「エ」を「キ」と,同16頁4行目「オ」を「ク」と,同頁20行目「カ」を「ケ」と,それぞれ改める。

4  争点(2)について

以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」欄の「3 争点(2)について」の項(原判決16頁23行目から同18頁3行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決16頁23行目「被告代表者」を「被控訴人代表者原審本人,当審証人亥井四郎書面尋問の結果」と改める。

(2)原判決17頁6行目「複数回」を「4回」と改める。

(3)原判決17頁22行目末尾を改行し,「 控訴人らは,訴外病院の診療記録上,被控訴人医院における控訴人花子の血液検査結果の写しが残されているにもかかわらず,分娩監視記録の写しが残されていないこと,亥井医師が書面尋問において,被控訴人医院の分娩監視記録を見たかどうか覚えていないと回答していることを根拠に,控訴人花子を訴外病院に搬送した当時,上記分娩監視記録やカルテの送付は行われていなかった旨主張する。しかし,被控訴人代表者原審本人及び被控訴人代表者作成の陳述書(乙A10)には,これらの原本を被控訴人医院の看護師に持たせて訴外病院に送り,引継が終わった後,持ち帰らせた旨の供述ないし記載部分(以下「被控訴人代表者供述」という。)がある。そして,前記のとおり,紹介状自体,胎児仮死という傷病名や本件胎児の徐脈の状況について具体的数値を交えた情報を明記しており,乙川医師がこれらに関わる情報を秘匿しようとした形跡は見当たらないこと,前記2で認定したとおり,訴外病院では入院後間もなく控訴人花子に分娩監視装置を取り付けて直接本件胎児の心拍を監視し始めていることが明らかであり,訴外病院において,被控訴人医院の分娩監視記録やカルテの写しを残していないことが不自然とも考えられないこと,亥井医師の上記回答も,平成15年3月当時から7年以上経過した後の回答であることからすれば,被控訴人代表者供述が不自然であるとはいえない。

そうすると,訴外病院の診療記録や亥井医師の上記回答から直ちに控訴人花子を訴外病院に搬送した当時,上記分娩監視記録やカルテの送付が行われていなかったとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」を加える。

(4)原判決17頁23行目「上記2」を「前記3」と改める。

(5)原判決17頁末行「していなかったが,」の後に「控訴人花子が被控訴人医院に入院した時点では,」を加える。

第4  結論

以上の次第であって,争点(3)について判断するまでもなく,控訴人らの請求はいずれも理由がないから全部棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 佐々木亘 裁判官 石田寿一)

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