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広島高等裁判所岡山支部 平成22年(ネ)41号 判決 2011年8月25日

被控訴人兼控訴人(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

岩城穣

立野嘉英

控訴人兼被控訴人(以下「一審被告」という。)

同訴訟代理人弁護士

余傳一郎

大植浩司

一審被告補助参加人

主文

一  一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  一審被告は、一審原告に対し、一〇七二万三六一三円及びこれに対する平成五年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  一審原告のその余の請求を棄却する。

四  一審被告の控訴を棄却する。

五  訴訟費用のうち参加により生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。

六  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  一審原告

(1)  原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審被告は、一審原告に対し、二〇五八万一五〇二円及びこれに対する平成五年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(なお、一審原告は、当審において、一審で求めていた三一九三万〇〇五六円の損害賠償請求及びこれに対する平成五年四月六日から支払済みまでの遅延損害金の請求を、三〇五一万一五五八円の損害賠償請求及びこれに対する平成五年五月二六日から支払済みまでの遅延損害金の請求に減縮した。原判決は、損害金九九三万〇〇五六円及びこれに対する平成五年五月二六日から支払済みまでの遅延損害金の限度で請求を認容しており、控訴の趣旨(2)は、請求減縮後の請求額と原判決認容額との差額の支払を求める意である。)

二  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、一審原告が、一審原告の特別代理人に選任された一審被告が、特別代理人の善管注意義務に違反し、不相当な遺産分割協議を成立させ、一審原告に損害を加えたとして、一審被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の賠償及び一審被告を特別代理人に選任する審判のされた平成五年四月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、一審原告の請求を一部認容したところ、一審原告及び一審被告の双方が控訴した。

一審原告は、上記第一の一のとおり、当審において請求を減縮した。請求減縮後の遅延損害金の起算日は、上記遺産分割協議の成立した日である。

二  本件の争いのない事実等及び争点は、次のとおり加除訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の内容」の一、二(原判決二頁五行目から同一一頁一四行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決三頁八・九行目の「以下」の前に「一審被告補助参加人。」を付加する。

(2)  原判決三頁一三行目の「甲三、」の次に「一九の四〇頁以下、」を付加する。

(3)  原判決四頁七行目の「原告は、」から同八行目までを「一審原告は、以下の土地(以下「○○の土地④」などと、まとめて「○○の各土地」という。)の各持分二分の一を取得する。」と改める。

(4)  原判決四頁二二行目の「した。」の次に「その内容は、上記(引用の原判決第二の一(5)ア(イ))変更後の遺産分割協議のとおりであり、一審被告は、一審原告の特別代理人として、この遺産分割協議書に署名押印したものである。」を付加する。

(5)  原判決五頁一行目の「平成五年」から同二・三行目の「された。」までを「平成六年一月三一日付けで、本件各土地につき、平成五年一二月二七日売買を原因として、Cからa社に対して所有権移転登記ないし持分全部移転登記がされた。」と改める。

(6)  原判決五頁七行目の「の持分全部」を削除する。

(7)  原判決五頁一一行目の「より、」の次に「○○の各土地及び本件建物につき、」を付加する。

(8)  原判決五頁一二行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(12) 一審被告が、第一回目の特別代理人選任申立てにおいて特別代理人の候補となって以降、特別代理人として遺産分割協議を成立させるなど職務を遂行するまでの過程において、Z弁護士は、原判決添付別紙一、二に記載された各土地(○○の各土地)以外のAの遺産の詳細、本件売買契約の存在や代金額のことを、一審被告に知らせていなかった(争いのない事実)。」

(9)  原判決九頁一行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(エ) 一審被告が、下記のとおり、本件の事実経過の大要であると主張する事実は争う。」

(10)  原判決九頁二行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(ア) 上記特別代理人の権限に照らせば、一審被告が、第二回目の特別代理人選任申立てに対する審判の主文に従って遺産分割協議を成立させたことに何ら注意義務違反はない。

(イ) 本件の事実経過の大要は、次のとおりである。

Cと一審原告は、特別代理人選任申立事件についてZ弁護士に委任する前から、Bを排除して、Aの遺産を二人で分割取得し、一審原告の取得分は当面Cが預かり保管することを合意しており、一審原告は、CやZ弁護士の説明により、Aの遺産の全貌、上記合意を実現する便法として、一審被告が特別代理人に選任され、原判決添付別紙二記載の内容による遺産分割協議がされることを理解していた。そして、Cと一審原告は、CがZ弁護士から引き継いだ本件売買の残代金四六八八万一三〇三円(甲二五の一・二)と預貯金残高八五一万五四五四円(甲八)の半額を、Cが一審原告のために預かり保管する旨合意したが、Cは、預かり保管していた一審原告取得分を、平成一〇年までに費消してしまった。

(ウ) 上記(イ)によれば、一審原告主張の損害はCの浪費行為によるものであり、一審被告の特別代理人としての注意義務違反を問う余地はない。」

(11)  原判決九頁三行目の「(ア) 」を「(エ) 一審原告、C及びZ弁護士は、本件各土地を含む遺産の全体を秘匿していたし、」と、同四行目の「C」を「C及びZ弁護士」と、各改める。

(12)  原判決九頁九行目の「(イ)」を「(オ)」と、同二二行目の「(ウ)」を「(カ)」と、各改める。

(13)  原判決九頁二六行目から同一〇頁一四行目までを、次のとおり改める。

「(ア) 弁護士費用以外の一審原告の損害額は、Bが代償金五〇〇万円のみを取得することで遺産分割協議に応じているから、次のaからb、cを控除した残額を一審原告とCとで二分の一ずつ取得できるものとして計算すべきであり、さらにdを控除すれば二七七四万一五五八円となる。

a Aの遺産総額 九二三九万一三三四円

b 経費の合計 二七九八万五三四五円

譲渡税、市県民税、電気代、仲介手数料、葬儀費用、税理士報酬、弁護士報酬、司法書士書類取寄費用の合計額である。

c Bに対する代償金 五〇〇万円

d 一審原告が既に取得した額 一九六万一四三六円

一審原告が、遺産分割協議によって取得した不動産の価額である。

(イ) 本件訴訟提起に係る弁護士費用相当の損害額は二七七万円である。

(ウ) 合計三〇五一万一五五八円」

(14)  原判決一〇頁一六行目から同二三行目までを、次のとおり改める。

「(ア) いずれも否認ないし争う。

損害額算定は、Aの遺産総額を法定相続分に従って三等分した額を基礎とすべきである。Bは、Aの遺産の全貌を知らされずに、遺産分割協議における意思表示をしたのであって、遺産分割協議は無効である。

(イ) 一審被告の行為と一審原告の損害との間には相当因果関係がない。一審原告主張の損害は、Cの浪費行為によるものである。

(ウ) 一審原告は、Aと同居し、Aの耕作を手伝い、あるいは、Z弁護士から説明を受けることにより、本件売買契約の存在、特別代理人選任審判の内容、遺産分割協議の内容をいずれも知悉していた。そして、Cと一審原告は、Aの遺産を二人で分割取得するとの当初からの合意に基づき、Z弁護士から引き継いだ本件売買の残代金及び預貯金の合計五五三九万六七五七円の半額を、Cが一審原告のために預かり保管する旨合意した。これにより、一審原告は、遺産分割協議による取得額一九六万一四三六円を除いても、二七六九万八三七八円の限度で損害の填補を受けており、法定相続分に従って取得し得るAの遺産の三分の一に当たる額(仮に、相続税の申告書控え(甲八)に従えば、二一四六万八六六三円である。)を超える利益を確保しているから、一審原告に損害は発生しない。」

(15)  原判決一一頁八行目の「二〇日ころ」の次に「、少なくとも根抵当権設定登記等のされた同年五月一九日」を付加し、同九行目の「平成一〇年三月二〇日」を「平成一〇年五月一九日」と改める。

(16)  原判決一一頁一〇行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(イ) なお、一審原告は、平成五年五月二六日の時点で、一審被告が一審原告の特別代理人に選任され、その代理行為により、不平等な内容の遺産分割協議が成立したことを認識していた。

平成五年五月二六日から三年が経過した。

(ウ) また、一審原告は、平成六年一月三一日、Cとの間で、本件売買の残代金をCが預かり保管する旨話し合った際、遺産分割協議の内容を知った。

平成六年一月三一日から三年が経過した。」

(17)  原判決一一頁一一行目の「(イ)」を「(エ)」と改める。

(18)  原判決一一頁一四行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(5) 権利濫用

ア 一審被告の主張

一審原告は、上記(加除訂正に係る引用の原判決第二の二(3)イ(イ)(ウ))のとおり、Cと合意したとおりの利益を取得していながら、長期間にわたりCにその管理を委ねた結果、Cから上記利益の回収ができなくなったため、その損失を一審被告に補填させるべく本訴請求に及んだものであり、権利濫用に該当する。

イ 一審原告の主張

争う。

(6) 過失相殺

ア 一審被告の主張

一審原告は、上記(加除訂正に係る引用の原判決第二の二(3)イ(イ)(ウ))のとおり、Cに金員等を預かり保管させ、平成七年一月八日に一審原告が成年に達した後も、預かり保管に係る金員の返還を請求せず、Cの預かり保管状態にも注意を払わず放置していたところ、Cは、その間に、上記金員を費消してしまった。

一審原告は、平成三年八月三〇日から平成一三年二月一日までCと同居し、同人の行動を十分確認し得たばかりか、平成一〇年に○○の各土地や本件建物を担保提供した際には、同人の預かり保管する金員の所在について危機感を抱いたこともあったにもかかわらず、これを放置し続けたのであるから、一審原告の不注意が、損害の発生及び拡大を助けたことは明白である。

イ 一審原告の主張

一審原告は、遺産分割協議の内容を知らなかったし、Cには一審原告に現金を渡す意図も法的義務もないばかりか、同遺産分割協議の内容を知り得たとしても、その無効を主張する余地もなかった。したがって、一審原告がCに金員の返還請求をしなかったことが、一審原告の過失であるとか、損害を拡大したということはできない。

共同不法行為者の一人が無資力になるまでに、その者に損害賠償請求をしなかったとしても、それが被害者の過失に当たるとはいえないから、一審被告の主張は失当である。」

第三当裁判所の判断

当裁判所は、一審原告の請求は、一審被告に対し、一〇七二万三六一三円及びこれに対する平成五年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却するべきであると判断する。

一  認定事実

次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の一(原判決一一頁一六行目から同一五頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決一一頁一六行目の「一九、」の次に「二五の一・二、二六、」を、同一八行目の「C、」の次に「同Z、」を、同一八・一九行目の「被告本人」の次に「。なお、甲八は、写しを原本として提出したもので、甲二五の一・二、証人Z、一審原告本人及び弁論の全趣旨により税理士Hの作成と認められる。」を、各付加する。

(2)  原判決一一頁二四行目の「していた。」を「しており、中学卒業後就職し、少なくとも平成五年三月ころまでは、自動車整備工場で稼働する傍ら、岡山市立b高等学校の夜間部に在学していた。」と改める。

(3)  原判決一二頁一行目の「建築し、原告と同居を続けたが」を「建築して同建物に居住し、一審原告も隣接建物で生活していたが」と改める。

(4)  原判決一二頁一〇行目の「八月中旬」を「七、八月」と改める。

(5)  原判決一二頁一二行目の末尾に、「Z弁護士は、本件売買契約やその代金等について、一審被告に説明しなかった。」を付加する。

(6)  原判決一三頁一六行目の末尾に、「Z弁護士は、変更後の遺産分割協議書に新たに記載された○○の土地②ないし⑥については一審被告に告げたが、本件売買契約やその代金等については、一審被告に説明しなかった。」を付加する。

(7)  原判決一三頁一九行目の「a社」から「締結し、」までを「Cとa社が売買契約を締結したとの形式を整え、」と改める。

(8)  原判決一三頁二六行目の「Cは、」から同一四頁二行目までを「Cは、本件売買の残代金から上記経費を除いた約四六二〇万三七〇三円位をZ弁護士から受領し、現金や預金合計八五一万五四五四円を取得した後ころ、一審原告に対し、Aの遺産が四〇〇〇万円位入るので、半分は一審原告の分としてCが預かっておく旨述べた。」と改める。

(9)  原判決一四頁三行目の「約四〇〇〇万円」を「受領した金員」と改める。

(10)  原判決一五頁七行目の末尾に、改行して次のとおり付加する。

「(10) 一審被告は、一審原告が、特別代理人選任申立事件についてZ弁護士に委任する前から、Bを排除して、Aの遺産を二人で分割取得し、一審原告の取得分は当面Cが預かり保管することをCと合意しており、本件売買契約の存在、特別代理人選任審判の内容、遺産分割協議の内容等を知悉していたと主張する。しかし、上記事実を認めるに足りる的確な証拠はないばかりか、○○の各土地や本件建物について担保不動産競売開始決定がされ、I弁護士に相談をした際には、Aの相続人はCと一審原告のみであり、遺産分割もCに任せていたのでよく分からないし、特別代理人である一審被告のことも知らない旨I弁護士に告げている(甲一一)ことを考慮すれば、一審被告が主張する上記の事実は認められない。」

二  争点(1)(特別代理人の注意義務)について

次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の二(原判決一五頁八行目から同一七頁二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決一六頁五行目の「場合でも、」の次に「その趣旨は、特別代理人の裁量権行使により未成年者の利益が害されることのないようその裁量権を制限するものであって、」を付加する。

(2)  原判決一六頁二一行目の「固定資産評価証明書」の次に「、名寄帳」を付加する。

三  争点(2)(一審被告の注意義務違反)について

次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の三(原判決一七頁三行目から同一九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一七頁六行目の「窺えない。」の次に「原判決添付別紙一記載の遺産分割協議案は土地一筆を掲げるのみであるのに対し、同別紙二記載の遺産分割協議案には土地六筆が掲げられていたのであるから、」を、同七行目の「固定資産評価証明書」の次に「、名寄帳」を、同一五行目の「了解し、」の次に「Z弁護士が「それ以外の遺産」について明確な説明をしなかったにもかかわらず、同弁護士に質問等をしたり、関係者に問い合わせる等の調査行為を全くせず、」を、各付加する。

四  争点(3)(損害)について

(1)  証拠<省略>によれば、次のとおり認められる。

ア Aの遺産総額 九二三九万一三三四円

イ 経費の総額 二七九八万五三四五円

ウ 一審原告が遺産分割協議により取得した不動産の価額 一九六万一四三六円

(2)  Bの相続分

一審原告は、「Bが代償金五〇〇万円のみを取得することで遺産分割協議に応じているから、損害額の算定においては、上記五〇〇万円を超えてBの相続分を考慮する必要はない。」旨主張する。しかし、B、C及び一審原告の法定相続分は各三分の一であるところ、既に認定した事実及び弁論の全趣旨に照らすと、BがAの遺産の全貌を認識して上記遺産分割協議に応じたとは認め難いし(一審原告もこの点は否定しない。平成二二年一二月二二日付け当審準備書面)、一審被告がAの遺産の全貌を認識していれば、この点に係るBの認識や意思を確認した可能性もある。そうすると、一審被告に注意義務違反がなかった場合に、Aの遺産総額から経費と代償金五〇〇万円を除いた額の二分の一の額を一審原告が取得する旨の遺産分割協議が成立したと直ちには認められない。したがって、一審原告の損害額の算定に当たっては、Aの遺産総額から経費を控除した上、これを三等分した額を基礎とすることが相当である。

(3)  Cの預かり保管

一審被告は、「一審原告が、Z弁護士から引き継いだ本件売買の残代金等の半額に当たる二七六九万八三七八円を、Cが一審原告のために預かり保管する旨Cと合意したことにより、遺産分割によって取得し得る額を超える利益を確保したので、一審原告に損害は発生しない。」と主張する。しかし、遺産分割協議の成立により、Cが○○の各土地の持分以外の遺産を一旦は取得することになり、その遺産のうち約四〇〇〇万円の半分を一審原告の分として預かっておくとCが述べ、一審原告がこれを了承したとしても、これによって、一審原告が上記金員を管理できるわけではないから、一審原告に損害が発生しなかったとか、その損害が回復したということはできない。

(4)  総額 一九五〇万七二二七円

上記(1)アから同イを控除し、これを三等分して同ウを控除した額である。

なお、弁護士費用相当の損害額は、後記七において判断する。

五  争点(4)(消滅時効の成否)について

(1)  一審被告は、消滅時効の起算日について、「一審原告は、平成五年四月六日には本件売買代金債権の存在を知っていた、あるいは、同年五月二六日には一審原告の特別代理人に一審被告が選任され、その代理行為により、不平等な内容の遺産分割協議が成立したことを認識していた。」と主張するが、これらの事実を認めるに足りる証拠はない。一審被告は、「CやZ弁護士が、本件売買契約等について一審原告に説明した。」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  また、一審被告は、消滅時効の起算日について、「一審原告は、平成六年一月三一日に本件売買の残代金について話し合い、遺産分割協議の内容を知った。」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。平成四年八月及び平成五年三月、一審原告が家庭裁判所の照会に対する各回答書を作成したこと、同年四月ころ、一審被告が第二回目の審判書の写しを一審原告に送付したこと、平成六年一月三一日以降に、CがAの遺産約四〇〇〇万円の半分を一審原告の分として預かっておく旨一審原告に述べたことは既に認定したとおりである。しかし、平成五年四月当時、一審原告は一八歳であり、同年三月当時は自動車整備工場に勤務しながら高等学校夜間部に在学していた未成年者であること、当時、Cは二六歳ないし二七歳と一審原告より相当年長であり、一審原告と同居するとともに、遺産分割及び特別代理人選任手続を主導的に行っていたこと、一審原告は、平成一九年にI弁護士に相談した際、遺産分割についてよく分からない旨述べていること(甲一一)、C、一審原告及びZ弁護士は、CやZ弁護士が本件売買契約について一審原告に説明していないと証言・供述していることを考慮すれば、一審原告が、当時、特別代理人選任等の遺産分割協議成立に至る手続や遺産分割の内容を十分理解していたとは認められないし、CがAの遺産約四〇〇〇万円の半分を預かる旨一審原告に述べた際に、本件売買契約やこれと遺産分割協議の関係等について説明したとまでは認められない。

(3)  さらに、一審被告は、消滅時効の起算日について、「一審原告は、平成一〇年三月二〇日ないし同年五月一九日には本件売買代金債権について知った。」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。一審原告は、平成一〇年三月二〇日ころ、○○の各土地の持分を担保に供するために、司法書士に対する委任状に署名押印しており、上記各持分をAからの相続により取得したことを認識していたと認められる(乙三五の一ないし六、三六の一ないし五、証人C、一審原告本人)。しかし、上記(2)で説示した事情、一審原告は、平成一〇年三月当時二三歳であり、遺産分割協議成立後、本件売買契約を含め、Aの遺産等について具体的な説明を受けたことをうかがわせる事情が認められないことを考慮すれば、上記遺産を取得した事実を認識していたからといって、本件売買代金債権について知っていたとは断定できない。

(4)  以上によれば、一審被告主張の時期に一審原告が損害及び加害者を知ったとはいえず、一審被告の消滅時効の上記各主張は採用できない。

六  争点(5)(権利濫用)について

一審被告は、本訴請求が権利濫用に該当すると主張する。その主張は、一審原告が、Bを排除してAの遺産を分割する旨Cと合意し、合意どおりの利益を取得したことを前提とするものであるが、上記合意の事実は認められないこと、一審原告に損害が発生しないとか、損害を回復したといえないことは既に説示したとおりである。また、一審原告が取得すべき遺産相当額についてCから回収できなくなった点は、過失相殺において考慮すれば足りる。

したがって、一審被告の上記主張は採用できない。

七  争点(6)(過失相殺)について

(1)  既に認定した事実によれば、一審原告は、中学卒業後就職し、一七歳であった平成四年八月及び一八歳であった平成五年三月には、特別代理人選任申立てに係る家庭裁判所の照会に対する回答書を作成しており、少なくともAの遺産分割について何らかの手続がされていることを認識し得たこと、また、その後、CからAの遺産約四〇〇〇万円の半分を一審原告の分として預かっておく旨聞かされており、自身が相当額の遺産を取得できる可能性があったと認識し得たが、これを確認等せず、全面的にCに委ねたままにしていたこと、平成七年一月には成年に達し、法的には自己の財産を管理できる立場となったこと、当時、一審原告はCと同居しており、成年に達した後もAの遺産の内容や上記手続の意味等について何時でも質問し、不平等な遺産分割協議が成立したことを認識し得たと認められること、他方、Cは、平成六年ころ以降、本来であれば一審原告が取得し得た遺産を含め、本件売買の残代金等の現金・預金五四七一万円余を受領して管理していたが、これを平成一〇年までにすべて費消したことが認められる。

上記認定事実によれば、一審原告は、成年に達した後も、Cが管理する金員をすべて費消するより前に、不平等な遺産分割協議の成立について認識し、これによる損害を回復し得たにもかかわらず、漫然とその状態を放置したことにより損害を回復する機会を失ったというべきであり、その過失割合は五割と認めるのが相当である。

一審原告は、遺産分割協議の内容を知り得ても、その効力を否定できなかったと主張するが、一審原告及び特別代理人である一審被告は、本件売買契約の代金債権等の遺産の重要な部分について知らされていなかったから、遺産分割協議の錯誤無効を主張し得たというべきである。また、本件は、一審原告が返還を求めうる金員そのものをCが費消した事案であるから、共同不法行為者の一人が無資力になった場合とは同視できない。

(2)  既に認定した損害額一九五〇万七二二七円から、上記五割を控除すれば、九七五万三六一三円となる。

上記過失相殺後の損害額を考慮すれば、弁護士費用相当の損害額は九七万円が相当である。

一審被告は、上記合計額一〇七二万三六一三円及びこれに対する遺産分割協議の成立により一審原告が損害を被った日である平成五年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

第四結論

以上によれば、一審原告の本件請求は上記説示の限度で理由があり、その余の請求は理由がないので、これと一部異なる原判決を一審原告の控訴に基づき変更し、一審被告の控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 檜皮高弘 濱谷由紀)

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