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広島高等裁判所岡山支部 平成22年(ネ)72号 判決 2010年7月16日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、271万8206円及びこれに対する平成19年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを4分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

5  この判決は、2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、1030万3853円及びこれに対する平成19年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、交通事故により死亡したA(以下「被害者」という。)との間で自動車損害保険契約を締結していた控訴人が、同保険契約に基づいて被害者の遺族に保険金を支払い、保険代位により、被控訴人に対し、自動車損害賠償保障法3条に基づき、同保険金額に20%の過失相殺を行い、さらに自賠責保険からの回収金等を控除した残額1030万3853円及びこれに対する最終の保険金支払日の翌日である平成19年11月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、控訴人が被控訴人に対して保険代位により請求できる金額は残存しないとして、控訴人の請求を棄却したため、これを不服とする控訴人が控訴をした。

2  前提事実(当事者間に争いがないか、挙示した証拠によって容易に認定できる事実)

(1)  控訴人は、平成18年3月6日ころ、被害者との間で、次の内容の自動車損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

ア 証券番号<省略>

イ 保険期間 平成18年3月6日から1年間

ウ 被保険自動車<省略>

エ 担保項目 人身傷害保険外

オ 保険金額 3000万円(人身傷害保険)

(2)  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

ア 日時 平成18年5月12日午後11時30分ころ

イ 場所 岡山県倉敷市<以下省略>

ウ 加害車 被控訴人運転の普通貨物自動車(<省略>)

エ 事故態様 加害車が道路上において被害者(歩行者)を轢き、死亡させた。

(3)  責任

被控訴人は、自己のために加害車を運行の用に供したものであり、自動車損害賠償保障法3条の責任がある。

(4)  治療状況

本件事故により、被害者は「胸部外傷、頭部外傷、全身打撲」の傷害を負い、倉敷平成病院に搬送されたが、平成18年5月13日、「肺挫傷、脳挫傷」のため死亡した。

(5)  相続

被害者の死亡により、被控訴人に対する損害賠償請求権は、B(妻)、C(長男)、D(二男)及びE(長女)が相続した。

(6)  治療費の支払

被控訴人は、被害者の治療費14万8275円を支払った。

(7)  保険金の支払

控訴人は、本件保険契約に基づき、被害者の損害(治療費14万8275円を除く。)について、次のとおり人身傷害保険金合計5042万2697円を支払った(甲10、乙8)。

平成19年9月21日 3000万円(自賠責分)

平成19年11月27日 2042万2697円

(8)  自賠責保険からの回収金

控訴人は、自賠責保険から合計3000万4650円の支払を受けた(甲10)。

3  争点

(1)  本件事故状況及び過失割合

ア 控訴人の主張

(ア) 本件事故は、夜間、歩行者である被害者が、横断歩道や交差点付近ではない本件事故現場において、道路を横断しようとして加害車に撥ねられたものである。同現場は、原判決別紙交通事故現場見取図のとおり見通しの良い直線道路であり、西側は街灯や飲食店の提灯で比較的明るい状況であった。他方、道路東側は、真っ暗であった。そして、被害者の自宅が道路の西側にあること、及び本件事故発生時、対向車はすでに通り過ぎていたことなども考え併せると、被害者は、対向車が通過した直後に道路を東から西に横断し、横断を終えようとしたときに加害車と衝突した可能性が高い。

その場合、被控訴人は、対向車を気にするなどして道路を東から西に横断し終えようとしていた被害者を見落としたのであり、著しい前方不注視の過失が認められる。

(イ) 仮に、道路西側の歩道にいた被害者が後向きに車道に出てきたとしても、被控訴人には適宜減速しなかった過失及び著しい前方不注視の過失が認められる。

すなわち、本件事故当時、被控訴人は前照灯を下向きにして走行していたが、被害者との衝突地点やその西側の歩道付近は、中華そば店の照明等で比較的明るく、被控訴人は、53.4m手前で被害者が道路西側の歩道の縁石付近に立っていたのを見ていた。そうだとすれば、被控訴人は、被害者が道路を横断することも予想し、その動静を注視して、適宜減速するなどした上、進行する義務があったというべきである。しかるに、被控訴人は、減速もせずに、48.4m進行する間(時速40kmでは四、五秒間を要する。)、対向車の前照灯に気をとられて、本件事故現場の5.2m手前に至って、外側線を越えて車道に入っている被害者を発見したというのであるから、被控訴人には著しい前方不注視があったことは明らかである。

(ウ) 別冊判例タイムズ16号によると、基本過失割合は歩行者側の過失が20%とされている。本件事故は、夜間に発生しているため、被害者に5%の加算があるものの、本件事故現場には横断禁止の規制はなされておらず、ガードレールやフェンスも設けられていないから、被害者が車道との境界にある縁石(歩道との段差6cm、長さ5.2m)を超えたことを被害者の過失ということはできず、また、被控訴人は、被害者が上記縁石を越えたところは見ていないのであるから、被害者に直前横断の過失があったとも断定できないし、被害者が飲酒の影響で異常な行動をとったとも認められず、他に被害者の過失割合を加算する要素はない。

他方、被控訴人には、上記のとおり、著しい前方不注視があるから、その過失割合は10%加算されるべきであり、その結果、控訴人の過失割合は15%とするのが相当であり、少なくとも20%を上回ることはない。

イ 被控訴人の主張

(ア) 被害者は、本件事故発生時、祝賀会で飲食した後、徒歩で本件事故現場の北西方向にある自宅に帰宅途中であり、本件事故現場において道路を西から東に横断する必要性はなく、また横断中であったことを示す客観的な証拠もない。他方、加害車は、本件事故発生当時、前照灯を点灯して走行していた。本件事故現場は、直線道路で見通し良好であり、歩行者から見て、前照灯が点いた車両の接近は、極めて明白に認識できる状況であった。それにもかかわらず、道路西側の歩道の縁石のあたりで車道に背を向けて立っていた被害者は、酩酊の影響により加害車の存在に気付かず、加害車の約5.2m手前で、突然、後ろ向きのまま車道に飛び出した。そのため、被控訴人は急ブレーキをかけたものの停止できずに、被害者と衝突したものである。

(イ) 被控訴人は、本件事故前、ほぼ常に前方を注視していたのであって、対向車を気にしたのは、対向車のライトが視界に入ったほんの一瞬に過ぎない。

上記のとおり被害者が道路を横断する姿勢・体勢をとっていなかったのであるから、被控訴人には、前方不注視の過失はない。被控訴人に過失ありとすることは、本件事故態様に照らし、人間に不可能を強いるものである。

仮に被控訴人に過失があるとしても、本件事故状況に照らすと、被控訴人の過失割合は30%を超えることはない。

(2)  控訴人が保険代位により取得する被控訴人に対する損害賠償請求権の範囲

ア 控訴人の主張

(ア) 本件保険契約の約款(以下「本件約款」という。)には、保険金額は人傷基準により算定された金額から既に受領した金額を控除する旨の規定(以下「本件計算規定」という。)があるから、これを文言どおりに解釈すると、後述の被控訴人主張にかかる訴訟基準差額説で加害者の損害賠償が先行した場合には、保険金の支払が先行した場合に比べて、被害者の受領総額が下回るという難点がある。

(イ) 人身傷害保険は、保険契約者の全面的な過失による事故の場合にも保険金が支払われるのであるから、保険契約者は、自己の過失部分についても損害の填補を受けられるものと期待していると考えられる。したがって、人身傷害保険金は、被害者側の過失部分に相当する損害から填補されると解するのが合理的である。

しかし、その場合に支払われる人身傷害保険金は、約款で定められた損害額(人傷基準積算額)であって、裁判基準損害額ではない。とするならば、この場合に保険契約者が期待できるのは、自己の過失の有無、割合を問わず、人傷基準積算額まで損害の填補を受けられる利益ということになる。そして、「被保険者等の権利を害さない範囲内で」という本件約款の代位規定は、「保険契約者の合理的期待(前記利益)を害さない範囲内で」と解することができるから、人身傷害保険金は、被害者の過失部分に相当する損害から填補するが、人傷基準積算額を限度とすると解するのが合理的である(これを便宜的に「人傷基準差額説」という。)。

このように、保険契約者の合理的な期待と加害者の賠償が先行した場合との整合性を考慮して本件約款の規定を統一的に解釈すると、人傷基準差額説に帰着する。

(ウ) 本件における人傷基準積算額は、次のとおりである。

a 治療費 14万8275円

b 入院雑費 (1100円×2日=)2200円

c 文書料(自賠責請求書類関係) 2450円

d 入院慰謝料 1万6800円

e 葬儀費用 100万円

f 死亡慰謝料 2000万円

g 死亡逸失利益 2940万1247円

年収505万6800円、就労可能年数11年(死亡時60歳)、ライプニッツ係数8.306、生活費控除率30%

505万6800円×(1-0.3)×8.306=2940万1247円

h 上記aないしgの合計額 5057万0972円

(エ) 過失相殺後の額

前記のとおり被害者の過失割合は15%であるが、本件請求では、被害者の過失割合を20%として過失相殺を行うと、4045万6778円(=5057万0972円×〔1-0.2〕)となる。

(オ) 控訴人の請求額

前記過失相殺後の損害額から、自賠責保険からの回収金3000万4650円及び被控訴人から支払われた治療費14万8275円を控除すると、残額は1030万3853円となり、控訴人は、被控訴人に対し、保険代位により、上記残額を請求する。

(カ) なお、被控訴人は、控訴人が裁判基準損害額と人傷基準積算額との差額を被害者に支払わないと、保険代位は認められないと主張するが、控訴人は、本件約款に基づいて人傷基準積算額を保険金として被害者に支払ったから、保険代位の要件を満たしており、被控訴人の上記主張は失当である。

イ 被控訴人の反論

(ア) 本件保険契約の人身傷害保険金は、被保険者に過失がある場合であっても、故意又は極めて重大な過失に当たらない限り、被保険者の過失の有無又はその割合に関係なく支払われるものとされている。そして、本件約款の代位規定によると、保険代位の範囲につき、被保険者の権利を害さない範囲内と限定を加えたのは、商法662条1項を修正して、保険金請求権者(被保険者)が保険金と損害賠償金(第三者に対する権利)とを合わせてその損害の全部の填補を受けられるようにし、保険金と損害賠償金との合計額が損害額全額を上回る場合についてのみ、保険会社がその上回る部分を代位取得するとの考え方に出たものである。

(イ) したがって、被保険者が本件保険契約の人身傷害保険金の支払を受けても、裁判基準による損害が完全に填補されず、被保険者において、加害者に対する損害賠償請求又は自賠責保険に対する被害者請求をして損害を回復するなどしなければ裁判基準による全損害の回復が図れない場合において、被保険者にも過失があるとされたときは、人身傷害保険金は、前記損害額のうち、被害者の過失割合に対応する損害部分(加害者に損害賠償請求できない部分)から優先的に充当され、被害者は、最終的に、損害賠償請求における過失相殺前の総損害額と同額を取得でき、保険会社は、被害者の権利行使を害さない残額についてのみ損害賠償請求権又は被害者請求権を代位取得し、被保険者は、その限度で加害者に対する損害賠償請求権等を喪失すると解するのが相当である(これを便宜的に「訴訟基準差額説」という。)。

なお、訴訟基準差額説によれば、加害者に対する損害賠償請求権と保険金請求権のどちらを先に行使するかによって、保険金請求権者が支払を受けることのできる総額が異なると批判されるが、本件計算規定において保険金の計算に当たって控除することができるとされる金額を、保険金請求権者の権利を害さない限度に限定して解釈することが相当であるから、本件計算規定の存在が訴訟基準差額説の妨げとなるものではない。

(ウ) 本件における裁判基準による総損害額(裁判基準損害額)を一応次のとおりとする。

a 治療費 14万8275円

b 入院雑費 (1500円×2日=)3000円

c 文書料(自賠責請求書類関係) 2450円

d 入院慰謝料 1万8000円

e 葬儀費用 126万4319円

f 死亡慰謝料 2800万円

g 死亡逸失利益 2940万1247円

年収505万6800円、就労可能年数11年(死亡時60歳)、ライプニッツ係数8.306、生活費控除率30%

505万6800円×(1-0.3)×8.306=2940万1247円

h 上記aないしgの合計 5883万7291円

(エ) 訴訟基準差額説によれば、控訴人は、裁判基準損害額と人傷基準積算額との差額を被害者に支払わないと、保険代位が認められないところ、本件では、上記の総損害額5883万7291円に対し、被害者の遺族が損害の填補として受領したのは人身傷害保険金5042万2697円のみで、両者の差額841万4594円については填補されていないから、控訴人に保険代位は生じておらず、本件請求は失当である。

(オ) また、仮に、控訴人の保険代位を想定しても、被害者の総損害額を合計5883万7291円(①)とし、被害者の過失割合を7割として過失相殺すると、訴訟で認容される加害者に対する損害賠償請求額は1765万1187円(②)となる。これに対し、控訴人の支払保険金は5042万2697円(③)であるから、②+③-①=923万6593円となって、控訴人が被控訴人加入の自賠責保険から回収した3000万4650円の方が多額なので、控訴人が代位しうる損害賠償請求権は残っていない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件事故状況及び過失割合)について

(1)  本件事故状況

前提事実と証拠(甲3、4、11ないし13、20、乙9、原審被控訴人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。

ア 本件事故現場は、岡山県倉敷市<以下省略>先の県道水島港線(以下「本件道路」という。)上である。本件道路は、原判決別紙交通事故現場見取図のとおり南北に通っている片側1車線で、車道の幅員(外側線から反対側の外側線まで)6.2mの見通しの良い直線道路である。本件道路のセンターラインは黄色の実線で表示されており、同道路の両側には外側線(縁石までの幅約1m)及び縁石で区分された歩道(幅約3m)が設置されている。本件道路西側の歩道には、車道との境目に歩道との段差6cm、幅20cm、長さ5.2mの縁石が設置されている。本件事故現場には横断禁止の規制はなく、近くに横断歩道や交差点はない。本件事故現場付近における本件道路の制限速度は時速40kmである。

本件事故の発生時刻は午後11時30分ころであるが、本件事故現場西側の道路沿いには、商店等の建物が建ち並んでいて、商店等の照明及び街灯等で比較的明るかった。他方、同東側道路沿いは暗かった。

イ 被控訴人は、倉敷市<以下省略>での修理作業を終え、加害車を運転して帰宅する途中であり、本件道路を南方から北方に向けて時速約40kmで走行していた。

被控訴人は、本件事故現場手前約53.4mの地点において、本件道路西側のラーメン店付近の歩道上に車道を背にして佇立している被害者を発見したものの、同約38.5mの地点において、約70m前方の対向車線を走行してくる対向車に気をとられ、次に、被害者に気付いたのは、本件事故現場手前約5mの地点であった。そのとき、被害者は本件道路の車道外側線の辺り(原判決別紙交通事故現場見取図file_2.jpg地点)にいて、被控訴人は、危険を感じ、あわてて右にハンドルを切るとともにブレーキを踏んだが間に合わず、加害車の左前部が車道の外側線から約80cm東側の位置(同見取図file_3.jpg地点)にいた被害者と同見取図file_4.jpg地点で衝突し、その衝撃で被害者は約17.4m北方にはね飛ばされた。

ウ 他方、被害者は、本件事故当日、職場の懇親会で午後6時30分ころから同9時ころまでa店で飲食した後、同店前で同僚らと別れ、歩いて帰ると言って、一人で立ち去った。被害者の同店での飲酒量は不明であるが、同僚らと別れた時点では、被害者は、酒に酔っている様子ではあったものの、泥酔したり、酩酊している様子はなかった。

なお、被害者が同僚らと別れてから本件事故までの約2時間半の間の行動は不明であるが、本件事故現場から被害者の自宅までの距離はあとわずかであった。また、本件事故後に被害者の血中アルコール濃度は測定されていない。

(2)  控訴人は、被害者が本件事故現場において本件道路を東から西に横断中であった旨主張するが、同主張を認めるに足りる証拠はない。

他方、被控訴人は、本件道路西側の歩道の縁石のあたりで車道に背を向けて立っていた被害者が、加害車の約5.2m手前で、突然、後ろ向きのまま車道に飛び出してきて、本件事故に至ったのであるから、被控訴人に前方不注視の過失はない旨を主張する。しかしながら、前記(1)イのとおり、被控訴人は、本件事故現場手前約53.4mの地点において、本件道路西側のラーメン店付近の歩道上にいる被害者を発見したものの、対向車に気をとられて、次に、被害者に気付いたのは、同約5mの地点で、そのとき、被害者は本件道路の車道外側線の辺り(原判決別紙交通事故現場見取図file_5.jpg地点)にいたというのであるから、被控訴人が、被害者を発見した後、対向車に気をとられることなく、前方注視を続けていれば、被害者が本件道路を西から東に向けて横断を開始するのにもっと早く気付くことができ、適宜減速するなどして、被害者との衝突を回避することが可能であったと認められるから、本件事故につき、被控訴人に前方不注視の過失があったことは否定できない(但し、著しい過失又は重大な過失であるとまでいうことはできない。)。

なお、被控訴人は、本件事故直前、被害者が、突然、後ろ向きのまま、引き寄せられるような感じで急に車道に飛び込んできた旨を供述する(乙9、原審被控訴人)が、上記のとおり被控訴人が約48.4m(=53.4m-5m)進行する間、被害者の動静に注意を払っていなかったことに照らすと、被控訴人の上記供述は、本件事故直前に再度被害者に気付き、その際強く印象付けられた、加害車との衝突直前の被害者の体勢や姿勢を供述しているものとも解され、横断開始後の被害者との衝突を回避することが可能であったとの上記認定を左右するものではない。また、被控訴人は、本件事故当時、加害者が徒歩で帰宅途中であり、被害者の自宅は本件事故現場の北西方向にあって、本件事故現場において本件道路を西から東に横断する必要性はないとも主張するが、甲13によれば、本件道路東側にはコンビニエンスストアがあると認められるなど、被害者が本件道路を西から東に横断することがありえないとまでいうことはできない。

(3)  以上を前提に、双方の過失割合を検討すると、本件事故は、被害者が、夜間、横断歩道ではなく、近くに横断歩道や交差点のない本件事故現場において、本件道路を横断しようとした際に発生したものであり、本件事故現場が見通しの良い直線道路で、前照灯を点灯して走行してくる加害車の接近を容易に認識しえたにもかかわらず、被害者が安全確認を尽くさなかったことなどを考え併せると、被害者に35%の過失相殺を行うのが相当であると認められる。

2  争点(2)(控訴人が保険代位により取得する被控訴人に対する損害賠償請求権の範囲)について

(1)  本件保険契約に関する本件約款(乙7)によれば、人身傷害補償条項の補償内容は、急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等が被る損害に対して、人身傷害補償条項及び一般条項に従い、保険金を支払うものであり(第2章第1節第1条①)、損害が保険金を受け取るべき者の故意又は極めて重大な過失によって生じた場合には、控訴人は、保険金を支払わない(同章同節第4条③)と規定され、他方、保険代位については、被保険者又は保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、控訴人は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者等の権利を害さない範囲内で、被保険者等がその者に対して有する権利を取得する(第4章第23条①)と規定されていることが認められる。

(2)  本件では、控訴人が保険代位により取得する被控訴人に対する損害賠償請求権の範囲について、前記のとおり、控訴人は人傷基準差額説を主張し、被控訴人は訴訟基準差額説を主張している。

この点につき、本件約款の前記規定に照らすと、人身傷害保険契約を締結する被保険者は、自らに過失がある場合でも、同約款に従って算出された損害額(人傷基準積算額)の限度内では保険金の支払を受けられるものの、裁判において認定される損害額までの支払を保証されているということはできない。そうすると、被保険者が人身傷害保険契約を締結する際に期待しうるのは、自己の過失の有無ないし割合を問わず、人傷基準積算額まで損害の填補を受けられる利益であるということができる。したがって、「被保険者等の権利を害さない限度で」との本件約款の上記代位規定は、保険契約者の上記の合理的期待を害さない範囲内という意味に解されることとなり、控訴人が主張する人傷基準差額説をもって相当というべきである。

被控訴人の主張する訴訟基準差額説は、上記のような人身傷害保険契約の契約当事者の抱く合理的期待に沿わない上、被害者が人身傷害保険金を受領した後に加害者に損害賠償を請求する場合と、加害者から損害賠償金を受領した後に人身傷害保険金を保険会社に請求する場合とで、被害者が受領する合計金額が異なることになる可能性がある点(本件約款第2章第1節第5条)で不相当である。被控訴人は、上記の批判を回避するために、本件計算規定において保険金の計算に当たって控除することができるとされる金額を、保険金請求権者の権利を害さない限度に限定して解釈することが相当であるとするが、本件約款上、そのように限定した解釈が必ず採られるとは解されないから、上記不相当性の回避が可能であるとまではいえない。

(3)  本件において、人傷基準差額説により、控訴人が保険代位により取得する被控訴人に対する損害賠償請求権の範囲を検討すると、次のとおりである。

弁論の全趣旨によれば、控訴人が算定した本件事故による被害者の人傷基準積算額は合計5057万0972円と認められ、これに35%の過失相殺を行うと、過失相殺後の金額は3287万1131円(=5057万0972円×〔1-0.35〕:1円未満切捨て)となる。

他方、これまでに、被控訴人から治療費14万8275円が支払われ、また、控訴人は、自賠責保険から3000万4650円を回収しているから、上記過失相殺後の金額からこれらを控除すると、控訴人が被控訴人に対して保険代位により請求できる金額は271万8206円となる。

3  以上によれば、控訴人の請求は271万8206円の限度で理由があるから、その限度で認容すべきであり、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 佐々木亘 石田寿一)

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