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広島高等裁判所岡山支部 平成23年(う)13号 判決 2011年9月14日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中220日を原判決の刑に算入する。

理由

1  本件控訴の趣意は,弁護人東隆司作成名義の控訴趣意書及び補充書に記載されているとおりであるから,これを引用する。

論旨は事実誤認の主張である。すなわち,原判決は,(罪となるべき事実)の第10ないし第18及び第20のとおり,各事実を認定判示した。しかし,被告人は,原判示第10,第12ないし第15及び第20の各犯行の犯人ではなく無罪であり,同第11の犯行については,侵入方法が異なり,その一部の盗品しか窃取しておらず,同第18の犯行についても,その一部の盗品しか窃取しておらず,かつ,これらの2件についてはいずれも現住建造物等放火については犯行に及んでおらず無罪であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある。また,原判示第16及び第17の各犯行については,その一部の盗品しか窃取していないから,量刑に影響を及ぼす事実の誤認がある,というのである。

2  そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を踏まえて検討すると,原審で取り調べた関係証拠によれば,被告人が原判示第10ないし第18及び第20のとおりの各犯行に及んだ事実を認定でき,原判決が(事実認定の補足説明)において説示するところも概ね正当として是認でき,原判決に所論のいう事実の誤認は認められない。以下補足して説明する。

(以下においては,原判決が(罪となるべき事実)において認定した判示事実を特定する場合には,例えば,「原判示第1」を,単に「第1」というように表示することがある。また,以下の説示で掲記する証人はいずれも原審で取り調べた証人である。さらに,原審記録中の検察官請求証拠を引用する場合は,証拠等関係カードの番号の前に「検」と表示すると共に,当該証拠の綴られている記録の分冊番号を①などと付記することとする。なお,引用された検察官請求証拠の一部に不同意部分がある場合は,当然不同意部分は除く趣旨であるが,個別にその旨の記載はしない。)

(1)  被告人の特殊な性癖及び犯行の動機,手口等の特徴等について

本件は,被告人が,事実関係の全部又は一部を争っている前記1の10件の住居侵入,窃盗(1件は未遂),及び現住建造物等放火事件の他に,事実関係を認めている10件の住居侵入,窃盗事件(第1ないし第9及び第19)を含む事案である。

ところで,被告人が事実関係を認めている分も含めた全事件の関係証拠(ただし被告人の供述関係は除く)によれば,次の事実が認められる。

ア  本件捜査を担当した岡山県警察岡山西警察署(以下単に「西警察署」という。)は,平成17年8月17日,被告人方から1100点余りの証拠物を押収したが,その大半は,女性のパンティ,ブラジャー等の下着類やその他の衣類を始め,口紅,香水等の化粧品類,及び指輪,ブレスレット等の装身具類等(以下これらの物を単に「女性用の物」ともいう。)であった。また,その中には岡山市の住宅地図もあった。(検471⑪,住宅地図につき,写真番号208)

イ  被告人は,第1ないし第9及び第19の各住居侵入,窃盗事件についてはいずれも起訴事実を全面的に認めているが,これらの犯行は,後記一部の例外を除き,いずれも被害者が留守中に,窓ガラスを破るなどして被害者方に侵入した事案であり,第19以外の窃盗の被害品の中には,いずれも女性用の物が含まれている。なお,第7の被害者A8方及び第8の被害者A10方は,いずれも被害当日に出火して全焼しており,侵入箇所等の客観的状況は不明であり,第8については被害者が留守中に侵入したと認めるに足りる証拠はない。また,第19については,窃盗被害品は現金のみで,女性用の物は含まれていないが,被害者方寝室の二段タンスに入れられていた被害者の妻の下着が付近の畳上に投げ出されており,そのうちの何枚かは広げて並べるようにして置かれていた。(第1につき検362から372⑧,第2につき検373から381⑨,第3につき検382から393⑨,第4につき検394から409[検399は除く。]⑨,第5につき検410から419⑩,第6につき検420から427⑩,第7につき検428から434⑩,第8につき検435から440⑩,第9につき検441から449⑩,第19につき検450から453⑪)

ウ  西警察署は,平成17年8月24日,被告人方から390点の証拠物を押収したが,その中には,岡山市内の地図のコピーや第2及び第19の犯行場所である岡山市<以下省略>の住宅地図のコピーをつなぎ合わせた地図が含まれていた。(検472⑬の押収品目録番号47,151)

エ  被告人は,第16のA19方及び第17のA21方への各放火については,いずれも,点火箇所は争いつつも放火したこと自体は認めているが,放火の動機については,いずれも,「被害者方の室内に指紋を付けてしまったので,それを消すため」であると供述している。(検252⑱,検360⑱)

オ  被告人には,放火関係の前科として,(1)昭和50年10月1日,東京高等裁判所において,現住建造物等放火,同未遂,詐欺,窃盗,同未遂により懲役6年に処せられた件,及び(2)平成4年4月16日,静岡地方裁判所沼津支部において,住居侵入,窃盗,現住建造物等放火,住居侵入未遂により懲役9年に処せられた件の二つの前科がある(検55⑱)。そして,前者の第一審である浦和地方裁判所川越支部の判決書には,窃盗については,13件の既遂事件のうち女性用の物が被害品となっている事件が2件あること,現住建造物等放火及び同未遂の動機については,「他人方居宅において室内を物色するも何も発見することができなかったことに立腹し,右居宅を焼毀してその鬱憤を晴らそうと考え」たこと,現住建造物等放火未遂については,同じアパートの二つの居室で窃盗が未遂に終わったことから,この二つの居室にいずれも放火したことなどが判示されており(検57⑱),控訴審及び上告審においてもこれらの認定は維持されている(検58⑱,検59⑱)。

また,後者の第一審である静岡地方裁判所沼津支部の判決書には,罪となるべき事実として,女性用の物の窃取を目的とする住居侵入,窃盗が6件,金品窃取を目的とする住居侵入,窃盗が5件(うち1件の窃盗は未遂),その他,女性用の物の窃取を目的とする住居侵入,窃盗,及び現住建造物等放火が2件判示されている。そして,この2件の放火の動機については,いずれも,「下着の所有者である女性を独占したいという自己の欲望を満足させるため」と判示されている(検61⑱)が,控訴審である東京高等裁判所の判決書には,原判決が,「被告人の検察官調書中の自白に従って,放火の動機を前記のように一義的に断定したことは事実を誤認した疑いが濃厚であるが,被告人の性倒錯傾向が放火の動機に幾分か関係を持つことは否定できない」旨判示されており(検62⑱),これに対する上告は棄却されている(検63⑱)。

以上の事実のうち,前記ア,イ,オによれば,被告人は,以前から性倒錯傾向が認められ,収集等の目的で女性用の下着等を盗む,いわゆる色情盗といわれる特殊な性癖を有していることが明らかである。

また,前記ア,イ,ウのとおり,被告人が事実関係を認めている第1ないし第9及び第19に限ってみても,その侵入先は,いずれも女性の居住者がいるところに限られていることや,被告人方に住宅地図があったことからして,被告人は,侵入先を決めるに当たっては下見をするなど何らかの方法によりその情報を得ていたと考えられる。

のみならず,前記イのとおり,1件を除き,いずれも窃盗の被害品には女性用の物が含まれていることからして,侵入窃盗の主な目的は女性用の物を入手することにあり,それ以外の金品を盗ることは付随的な目的に過ぎないと考えられる。そして,侵入するに当たっては,家人の留守中に,窓ガラスを割るなどして侵入している点もほぼ共通している。

被告人の性癖並びに住居侵入,窃盗の犯行の動機,手口,及び態様等には以上のような特徴が認められる。

さらに,放火の動機についてみると,被告人は,前記エのように供述しているが,関係証拠に照らすとにわかに信用することはできない。そして,前記オのとおり,被告人は,窃盗が未遂に終わった場合に,腹立ち紛れに放火したことがあるほか,女性用の物を窃取した際に,何らかの性的要素のからんだ動機から放火したことが2回あることは,被告人の放火の大きな特徴と考えられる。そして,この点に関連して,判示第18のA23方事件について,被告人は,放火したことは否認しているものの,同人方にあった石油ファンヒーターのカートリッジに入っていた灯油を室内にまいたことは認めており,その動機については,「その灯油をまいた際の私の気持ちは,A23さんに対する嫌がらせのようなものでした。この気持ちを説明するのは難しいのですが,A23さんに対する好意と,憧れと,A23さんが手に入らなかったことに対する気持ちが入り交じったものでした。ストーカーになったような気持ちでした。A23さんを独占したいというような気持ちでもあったのです。このような気持ちになったことも,私の方から説明したのです。」と検察官調書(検51⑱)において述べている。この供述内容は,前記オ(2)記載の前科の放火事件について,被告人が検察官に供述した内容と共通した点があることからすると,被告人は,女性用の物を窃取した際に,本人にも十分説明できないような,女性に対する独特の複雑な感情を抱いて,室内に火を放ったり石油をまいたりするという極めて特異な犯罪傾向があると認められる。

以上のとおり,被告人は特殊な性癖を有しており,それに関連して住居侵入,窃盗の動機,手口及び態様等には前記のような特徴が認められる上,放火についても極めて特異な犯罪傾向が認められるのであり,本件の各争点を検討するに当たっては,これらの点を踏まえて判断するのが相当である。

(2)  原判示第10のA12方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A12方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年4月11日午後7時過ぎころから同日午後8時20分ころまでの間,岡山市<以下省略>所在の店舗兼A12方居宅に侵入し,同所において,同人ら所有又は管理の原判決別表1(以下単に「別表1」というように表示する。)記載の現金約15万円在中の巾着袋等合計28点を窃取した上,同人ほか5名が現に住居に使用している上記店舗兼居宅に放火しようと企て,上記日時ころ,上記店舗兼居宅2階6畳和室において,同室にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記店舗兼居宅の2階部分約39.74平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表1には,被害者の妻A26(以下「A26」という。)の下着等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については(事実認定の補足説明,以下単に「補足説明」という。)第2(原判決18頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の2(原判決89頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A12方が,家人の留守中に,何者かによって,1階のガラス戸の施錠部付近を割られて侵入され,A26の寝室の2階和室から同人の下着等が盗まれたこと,1階店舗部分には「会計」と大きく書かれた付近にレジスターが置かれており,本件当時,その中には約9万7000円の現金が入っていたが,ここからは何も盗まれていないこと,同室内に放火されて店舗兼A12方居宅が原判示のとおり焼損したこと,被告人は,A12夫妻とは以前から交際があり,A26に対して好意を持っていたこと,及び被告人方からA26の下着等が押収されたことなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,女性用の物を窃取した際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A12方事件の被害状況等はこれと一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A12方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せると,A12方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

なお,上記③の点に関連して,所論は,実況見分調書(検434⑩)によれば,第7の住居侵入,窃盗の被害者であるA8方において,被告人の住居侵入,窃盗の犯行と近接した時刻に火災が発生していること,また,実況見分調書(検440⑩)によれば,第8の住居侵入,窃盗の被害者であるA10方においても,被告人の住居侵入,窃盗の犯行と近接した時刻に火災が発生していることがそれぞれ認められるが,被告人は,いずれの件でも放火については起訴されていないとして,被告人の住居侵入,窃盗と被害者方の火災発生との関係は偶然というほかなく,被告人の住居侵入,窃盗と近接した時刻に火災が発生したことが続いたことをもって,経験則上,火災の原因が被告人の放火以外には考えられないということはできないと主張する。確かに,被告人の第7及び第8の犯行に近接した時刻に,各被害者方で火災が発生していること,及び被告人はいずれについても放火罪では起訴されていないことは所論指摘のとおりである。しかしながら,当審において取り調べた捜査報告書2通(当審検1,2<24>)によれば,いずれの件も失火の可能性を否定できなかったと認められるところ,前記③は放火と認められる場合を前提とした判断であるから,所論は前提を異にするものであり,前記③の判断を左右するものではない。

イ  これに対し,所論は,①A12方で発生した火災の際にA12方が窃盗の被害にあったと断定することには疑問がある,②A26が,「ファンヒーターのスイッチを切り,ファンヒーターのコードと延長コードを抜いて外出した」と証言している点は,客観的な事実に反しており,放火以外の発火源の可能性がある,③被告人にはアリバイがある,などとして被告人は無罪であると主張する。

ウ  まず,①の点について検討するに,A26は,原審公判において,本件出火時以前にA12方に誰かが侵入したような形跡はなかった旨明確に証言しているところ,同人の証言が信用できることについては,原判決が補足説明第2の2(1)(原判決19頁以下)において説示するとおりである。また,この点について,被告人は,原審公判において,「A12方から出火した日より前に,4回くらいA12方に盗みに入っており,被害品の一部はその時に盗んだ物である。」などと供述しているが,このような供述の信用性が乏しいことは,原判決が補足説明第2の2(2)(原判決21頁以下)において説示するとおりである。

次に,②の点について検討するに,関係証拠(検262ないし273[検262,270及び272を除く。]⑦,第14回公判におけるA26の証人尋問調書⑲)によれば,A12方2階6畳和室の南側の中央付近の畳が一部焼け抜けるなど最も激しく焼損していたこと,同室はA26の寝室であり,ファンヒーター及びホットカーペットが置かれていたが,他にたばこ等の火の気はなかったことが認められる。そして,A26は,原審公判において,「本件当日朝,外出する際ファンヒーターやホットカーペットの電源は切った。」旨証言している(前記尋問調書15頁,26頁以下)ところ,この証言の信用性に疑いを入れるべき事情は何も見当たらない。すなわち,A26は本件当日朝8時半ないし9時ころより少し以前に自宅を出たのに対し,A12方からの出火についての火災通報の第一報があったのは同日午後8時37分である(検280⑦)が,出火から約15分後に火勢が強まり始めたという燃焼実験の結果(検277⑦)を考え併せると,出火時刻は遅くとも同日午後8時20分ころと認められる。そうすると,A26の外出時からA12方の出火まで11時間以上経過していることになり,ファンヒーター等の電源の切り忘れが原因である失火の可能性は考え難い。のみならず,実況見分調書(検273⑦,⑯)によれば,出火の翌日実施された実況見分の際に,ファンヒーターの前部付近に針金ハンガーの残骸物が多数まとまった状態で発見されたことが認められる。しかし,実況見分調書(検277⑦)中のA26の指示説明によれば,前記和室には洗濯用ロープが張られており,そこに洗濯物や針金ハンガーが掛けられていたほか,衣類を掛けたハンガー3本が洗濯用ロープが括り付けられた柱付近の梁に吊り掛けられていたというのであるが,このような状態のまま出火して洗濯用ロープ等が燃えたとしたら,針金ハンガーが上記のような状態で残っていることはあり得ず,何者かが洗濯用ロープに掛けられていた洗濯物等を動かした可能性が大きいと認められる。以上の点を併せ考慮すると,A12方の出火が失火であるとは到底考えられず,これが放火であることは十分推認することができる。

所論は,A26が,原審公判において,「ファンヒーターのスイッチを切り,ファンヒーターのコードと延長コードを抜いて外出した。」と証言している点は,客観的な事実に反していると主張する。確かに,A26が,原審公判においてそのような証言をしたこと,及び実況見分調書(検273⑦,⑯)によればファンヒーターのコードと延長コードは接続した状態になっていることは所論指摘のとおりである。しかしながら,A26の前記証言は,弁護人による反対尋問中になされた「あなたが言う,コンセントを抜いたというのは,ファンヒーターと延長コードとのつなぎの部分を抜いたということですか。」との誤導尋問に対して「そうです」と答えたものである(A26の上記尋問調書35頁)から,この点の証言が誤っているとしても,同人の証言全体の信用性に影響を及ぼすものとはいえない。「ファンヒーターのスイッチを切って外出した。」とのA26の証言の信用性が高いことは,前記のとおり,A26が外出してから11時間以上も経過した後にA12方から出火しているという客観的事実によって裏付けられているとみることができることからしても明らかである。

さらに,③の点について検討するに,被告人は,原審公判において,「A12方で出火した当日は,午後7時ころに勤務先のタイムカードを押し,途中まで同僚のA28と一緒に帰り,午後8時ころ帰宅し,午後8時半ころから午後10時ころまで自宅マンションの1階にある居酒屋『r』で食事した。」旨供述している。しかしながら,被告人のこの供述のうち,午後7時ころ勤務先を退社したことについては裏付けとなる証拠があるものの,その後の被告人の行動については,原審証人のA28も前記「r店」の経営者であったA29も被告人の前記供述を裏付けるような証言はしておらず,ほかにこれを裏付けるような証拠はないことなどからして,被告人の前記供述が信用し難いことは,原判決が補足説明第2の2(2)ウ(原判決24頁以下)において説示するとおりである。

(3)  原判示第11のA13方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A13方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年4月29日午後7時ころから同日午後9時ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のA13方家屋に侵入し,同所において,同人ら所有の別表2記載の現金約1万円及びネックレス等合計約37点を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記家屋に放火しようと企て,同日午後9時ころ,上記家屋内において,押し入れ内にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記家屋の押し入れ等約21.06平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表2には,被害者の妻A31(以下「A31」という。)の肌着等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第3(原判決27頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の3(原判決90頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A13方が,家人の留守中に,何者かによって,窓ガラスの施錠部付近を割られて侵入され,同人方の寝室や居間からはるひのイヤリング,ネックレス,ブローチ等の多数の装身具や肌着等が盗まれたこと,居間の押し入れ辺りに放火され,同人方が原判示のとおり焼損したこと,及び被告人方から前記装身具や肌着等が押収されたことなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,女性用の物を窃取した際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A13方事件の被害状況等はこれと一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A13方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せると,A13方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,①別表2の物品37点中被告人が否認している22点については,いずれも市販されているものであり,被告人が他の被害者方から窃取した物であるにもかかわらず,A31が思い込みに基づいて窃盗の被害品であると特定した可能性がある,②先にA12方事件において主張したとおり,被告人がA8方及びA10方に侵入し,窃盗の犯行を行った際に,既に火災が発生していたという事態が起こっていることからすると,火災の原因が被告人以外の第三者によることも考えられなくはない,③被告人にはアリバイがある,などと主張する。

ウ  まず,①の点について検討するに,A31は,原審公判において,別表2記載の現金約1万円及びネックレス等合計約37点を盗まれた旨証言しているところ,同人の証言が信用できることについては,原判決が補足説明第3の2(1)(原判決29頁以下)において説示するとおりである。また,この点について,被告人は,原審公判において,「判示の日時ころ,A13方で盗みをしたが,現金は1万円ではなく約2000円しか盗んでおらず,別表2のうち22点は盗んでいない」などと供述しているが,このような供述の信用性が乏しいことは,原判決が補足説明第3の2(2)(原判決32頁以下)において説示するとおりである。

次に,②の点について検討するに,既にA12方事件において説示したとおり,A8方及びA10方の火災については,失火の可能性を否定できなかったというのであるから,被告人が当時これらの被害者方に侵入し窃盗の犯行に及んでいたとしても放火罪で起訴されないことは当然のことである。そして,被告人が放火罪で起訴されなかったからといって,それのみでこれらの被害者方からの出火が第三者による放火の可能性があったということはできず,また,第三者による放火をうかがわせるような証拠はないから,所論は証拠に基づかない主張であって失当である。

さらに,③の点について検討するに,被告人は,原審公判において,「A13方に侵入した後,放火はしておらず,午後8時半までには帰宅した。その後前記居酒屋『r』へ行き,『A54』という女性と午後10時ころまで食事した」などと供述したが,この供述を信用することができないことについては,原判決が補足説明第11の3(3)(原判決91頁以下)において説示するとおりである。

(4)  原判示第12のA14方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A14方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年5月3日午後7時過ぎころから同月4日午前2時ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のhマンション○号室A14方に侵入し,同所において,同人ら所有の別表3記載の現金約12万円及び腕時計等合計約51点を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室居間において,バスタオル等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記○号室の居間等約41.31平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表3には,被害者の妻A36(以下「A36」という。)の下着類等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第4(原判決36頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の4(原判決92頁)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A14方が,家人の留守中に,何者かによって,施錠されていなかった可能性の高い1階北側高窓から侵入され,同人方の居間の整理だんすからA36の下着類40点等が盗まれたこと,居間のソファー辺りに放火されたこと,及び被告人方から前記下着類の一部や装身具等が押収されたことなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,女性の物を窃取した際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A14方事件の被害状況等はこれと概ね一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A14方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せると,A14方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,①原判決の認定した被告人の住居侵入,窃盗の犯行時刻と放火の犯行時刻は最大約7時間離れているにもかかわらず,これを近接しているとした原判決は経験則に反している,②被告人にはアリバイがあると主張する。

ウ  まず,①について検討するに,確かに,原判決は,「A14方の出火原因及び住居侵入・窃盗との時間的近接性について」との表題のもとに検討し,「被告人が住居侵入・窃盗を行ってから最大約7時間と比較的近接した時間帯に放火行為が行われた」ことを,被告人が放火したと認定した一つの理由としている(原判決92頁)ことは所論指摘のとおりである。しかし,その言わんとするところは,先に説示したとおり,被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,住居侵入,窃盗と放火の各犯行時刻が何日も離れている可能性があると言ったような,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるということと同じ趣旨であると解されるので,これが経験則に反するということはできない。

次に,②について検討するに,被告人は,原審公判において,「平成17年5月3日午後8時前に帰宅した後,午後8時半ころ家を出て前記居酒屋『r』で飲食し,午後10時ころ店を出て帰宅し,同月4日午前零時前に寝た」旨供述したが,この供述を信用することができないことについては,原判決が補足説明第4の2(2)オ(原判決45頁以下)において説示するとおりである。

(5)  原判示第13のA15方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A15方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年5月20日午後8時ころから同日午後10時ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のiマンション○号室A15方に侵入し,同所において,同人管理のグルテストエース借用書を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室6畳和室において,押し入れ内にあった布団等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,同室の押し入れ部分約3.05平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,検察官は,A15方事件の窃盗の被害品は,別表4の品名欄記載のとおり,パンティー,スカート等14点も含まれると主張した。しかし,原判決は,証人A15のこの点に関する証言が,「警察から連絡があり,平成17年8月28日ころ,警察署の体育館のようなところで,いろいろな物が並んでいる中から,私と妻とで自分たちのものを探し,自分の名前の記載があるグルテストエース借用書や,妻の洋服,下着を選んだ。」「警察署で妻が選んだ妻の洋服や下着については,今の段階では自分には妻のものかどうか分からない」といった内容であったことから,この証言のみでは前記パンティー,スカート等14点がA15方の被害品であると認定できないとした。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第5(原判決48頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の5(原判決92頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A15方が,家人の留守中に,何者かによって,南側掃き出し窓の施錠を開けて侵入され,同人方の6畳和室から前記借用書が盗まれたこと,同室の押し入れに放火され,同人方が原判示のとおり焼損したこと,同人方書斎に置かれていたダンボール箱に入れられていた女性用下着が散乱しているなど物色された形跡があったこと,被告人方から被害者の記名のある前記借用証が押収されていることなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,女性用の物を窃取した際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,前記のとおり,A15方において女性用の物が窃取されたとまでは認定できないとしても,女性用下着が散乱して物色された形跡があったことからして,A15方事件の被害状況等はこれと概ね一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A15方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せると,A15方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,被告人は,捜査段階から,「平成17年3月ころ,前記借用書をA15方から窃取した」ことを明確に供述しているのに対し,A15の原審証言は,前記借用証が保管されていた状況等に関する記憶があいまいであることなどからして,A15の原審証言は信用性があるとは言えない,などと主張する。

ウ  そこで検討するに,A15は,原審公判において,平成17年8月28日ころ,警察署の体育館のようなところで,いろいろな物が並んでいる中から,自分の名前の記載があるグルテストエース借用書を選んだということの他に,「自宅が火災にあった平成17年5月20日より前には,泥棒に入られたり,家の中の物がなくなっていたりしたことはなかった」旨証言しているところ,A15の証言が信用でき,被告人の前記供述が信用できないことについては,原判決が,補足説明第5の2(1),(2)(原判決48頁以下)においてそれぞれ説示するとおりである。

(6)  原判示第14のA16方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A16方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年5月31日午前7時50分ころから同日午後零時50分ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のjマンション○号室A16方に侵入し,同所において,同人所有又は管理の別表5記載の現金約20万円,商品券約4万円分及びネックレス等合計約17点を窃取した上,同人が現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室6畳間の居間において,押し入れ内にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記○号室及びA17が現に住居として使用している上記jマンション○号室合計約107.36平方メートルを全焼させて焼損した」旨認定判示した。

なお,別表5には,被害者の装身具等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第6(原判決52頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の6(原判決93頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A16方が,家人の留守中に,何者かによって,南側居間の掃き出し窓から侵入され,同人方のローボードや押し入れから同人の装身具,下着,化粧品等が盗まれたこと,前記押し入れ内に放火されたこと,及び被告人方から上記窃盗被害品が押収されたことなどが明らかであること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,その際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A16方事件の被害状況等はこれと一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A16方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せると,A16方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,①原判決の認定した被告人の住居侵入,窃盗の犯行時刻と放火の犯行時刻は最大約5時間離れているにもかかわらず,これを近接しているとした原判決は経験則に反している,②原審証人A16は,窃盗被害品とされるデジタルカメラやマッサージ機の所有台数について事実と異なる証言をし,また,化粧品についても,原判示第5の侵入窃盗の被害者であるA5が,以前使っていた物によく似ている旨を供述している(原審弁16)から,同証人の証言の信用性には疑問がある,③被告人にはアリバイがある,などと主張する。

ウ  まず,①の点について検討するに,この点については,先にA14方事件における同旨の所論について説示したのと同様の理由により,経験則に反するということはできない。

次に,②の点について検討するに,原審証人A16がデジタルカメラやマッサージ機の所有台数を正確に覚えていなかったとしても,そのことから直ちに,同人が別表5に挙げられているデジタルカメラやマッサージ機を窃盗の被害品として選別したことの正確性が損なわれるとは考え難い。また,A5の前記供述は,よく似ていると供述する一方で,底のラベルがはがれている点,及び残存するパウダーの量が最後の使用時よりかなり減っている点を自分の品とは違う点として留保する内容であるのに対し,証人A16は,これらの点を自分の品と共通する点として指摘しているのであるから,A5の上記供述を踏まえても,証人A16が上記化粧品を窃盗の被害品として選別したことの正確性は損なわれないというべきである。

さらに,③の点について検討するに,被告人は,原審公判において,「A16方事件の当日は,昼近くにパチンコ屋に入って2時間以上遊んだ後,『t店』という店で自転車を買い,ダイエーに寄ってから帰宅した」旨供述したが,この供述を信用することができないことについては,原判決が補足説明第6の2(2)ウ(原判決58頁以下)において説示するとおりである。所論は,「t店」の経営者である原審証人A43の証言内容からしても,被告人のアリバイが完全に否定されたとは言い難いと主張するが,独自の見解であって採用できない。

(7)  原判示第15のA18方における住居侵入,窃盗未遂,現住建造物等放火事件(以下「A18方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年7月21日午前10時40分ころから同日午前11時20分ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のkマンション○号A18方に侵入し,同所において,鏡台のいす及び引出し等を物色したが,目的物を発見することができず,その目的を遂げなかったが,同人らが現に住居に使用している上記○号に放火しようと企て,上記日時ころ,上記○号の6畳和室において,押し入れ内にあった布団等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記6畳和室及び押し入れ部分約10.84平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

そして,原判決は,上記事実を認定した理由については補足説明第12(原判決98頁以下)において説示しているが,その説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A18方には被害者の妻A58が同居していたが,留守中に,何者かによって,南東側ベランダ掃き出し窓のクレセント錠付近のガラスを割られて侵入されたこと,6畳和室の押し入れに放火されたこと,上記押し入れ下段に置いてあったビニール製衣装ケースの蓋がずれていたり,上記押し入れ近くにあった鏡台の引き出しが開けられたり,鏡台のいす上部部分が外されていたりしており,同室内を物色された形跡があったこと,上記いすの中に入れられていた医療関係の書類が上記押し入れの上段の布団の上に移動され,その一部が焼け残っていたこと,上記掃き出し窓の破損箇所周辺のガラス面に粘着シート片が貼られていたほか,割れたガラス片にも粘着シート片が付着し,その窓のベランダに置いてあったごみ袋の中にも丸めた粘着シートが残されていたが,A18方には事件前にこのような粘着シートはなかったこと(以上につき検306⑰,310⑰),平成17年8月17日から18日にかけて行われた被告人方の捜索により粘着シート(ただし,押収名はリタックシート)2枚が発見・押収されており(検15③の押収品目録番号200),これとA18方から押収された上記粘着シートとは,「同種と推定される」と鑑定されていること(検313⑰,314⑰),この鑑定を担当した岡山県警察本部刑事部科学捜査研究所岡山県警察技術吏員A59が,市販されている約50種類の本件と同様の無色透明の粘着シートを検査して比較したところ,A18方に遺留されていた粘着シートと,粘着剤の赤外線スペクトルが一致し,かつ,支持体の厚さが同じ物は存在しなかったこと(原審第17回公判期日におけるA59の尋問調書⑲),などが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,その際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A18方事件の被害状況等はこれと良く符合していること(なお,本件は窃盗の点は未遂であるが,被告人が,このような場合にも放火に及ぶ犯罪傾向があることについては前記(1)で説示したとおりである。),③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗未遂の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A18方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないこと,④被告人は,これまで検討したとおり,平成17年4月11日から同年5月31日までの間に,原判示第10ないし第14の5件の住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件を繰り返しているほか,後に検討するように,同年7月22日から同年8月15日までの間に,原判示第16ないし第18及び第20の4件の同種犯行を繰り返している(なお,被告人は,そのうち原判示第16及び第17については,点火箇所などを争っているものの,放火行為自体は認めている。)が,A18方事件は,これらの事件の最中の同年7月21日に起きた事件であり,しかも,原判示第7の住居侵入,窃盗事件の被害者A8方と同じ岡山市<以下省略>で発生していることなどを考え併せると,A18方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,①原判決は,A18方事件と他の9件の放火を含む事件の態様が類似していることを有罪認定の一つの根拠としているが,A18方事件ではガラスに粘着シートが貼られ,その部分のガラスが割られているのに対し,他の9件についてはガラスに粘着シートが貼られた手口はないから,態様が類似しているとはいえない,②被告人が連続して住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件を起こしていたとされる最中の平成17年5月1日から同月3日ころまでの間に,被告人の立ち回り先の地域の一つである岡山市<以下省略>所在のA63所有の空き家で発生した窃盗未遂,現住建造物等放火事件(以下「A63方事件」という。)で押収された粘着シートが鑑定に付されている(検314⑰)が,A18方事件と手口が類似しているのはA63方事件であるにもかかわらず,被告人はA63方事件では起訴されていない。A63方事件の犯人が被告人でないとすると,これと手口が類似するA18方事件の犯人も被告人ではないと推認するべきである,③A18方に遺留されていた前記粘着シートと被告人方で押収された前記無色透明シートの同一性を肯定した鑑定,及びその担当者である原審証人A59の「市販されている約50種類の無色透明な粘着シートを検査し比較したところ,A18方に遺留されていた上記粘着シートと粘着剤の赤外吸収スペクトルが一致し,かつ,支持体の厚さが同じものが存在しなかった」旨の供述は信用できない,などと主張する。

ウ  まず,①の点について検討するに,被告人にはいわゆる色情盗といわれる特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には共通した特徴が認められるとともに,その際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められることについては,先に(1)において説示したとおりである。そして,これらの特徴は,A18方事件以外の放火を伴う他の9件の事件にもほぼ共通して認められる。また,A18方事件についても,A18方には被害者の妻が居住していること,家人の留守中に被害にあっていること,窓ガラスの施錠部分付近のガラスを破られ,施錠を外されて6畳和室内に侵入されていること,同室内にあった鏡台の引き出しが開けられたり,鏡台のいすのふたが外されていることからして,女性用の装身具などを物色したものと認められること,物色された同室内の押し入れが出火場所と判断されること,などが証拠上明らかである。したがって,A18方事件と他の9件の放火を含む事件の態様が非常に類似していることは明らかであり,A18方事件のみ窓ガラスに粘着シートが貼られているとしても,それはガラスを破る方法の違いに過ぎないから,この点だけを捉えて前記両者の事件の態様が異なるということはできない。

次に,②の点について検討するに,A63方事件は,空き家で発生した窃盗未遂,現住建造物等放火事件であることがうかがわれるが,前記(1)において説示したとおり,被告人の犯行は,侵入先に女性の居住者がいることや,家人が留守中に侵入し,窃盗や現住建造物等放火に及ぶのが特徴であることからすると,空き家で発生したA63方事件はこのような特徴と合致しないと認められる。したがって,A18方事件とA63方事件の手口が類似しているとはいえず,A63方事件について被告人が起訴されていないからといって,A18方事件の犯人が被告人ではないということはできない。

さらに,③の点について検討するに,前記鑑定は,A18方に遺留されていた前記粘着シートと被告人方で発見された無色透明シートについて,赤外分光分析の結果,支持体となるポリエステル樹脂について差異がなく,粘着剤となるアクリル樹脂系粘着剤についてよく一致していたこと,及び厚みがほぼ同じであったことを同一性推定の根拠としているのであるから,その内容自体合理的で疑義を挟む理由はない。なお,所論は,A18方の割られた窓ガラスに遺留されていた粘着シートと,ゴミ袋内に遺留されていた粘着シートの同一性に疑義がある旨も主張するが,両者を写真で見比べれば(検310⑰の写真9,検313⑰の写真No.2),窓ガラスに遺留されていた粘着シートの形状がゴミ袋内に遺留されていた粘着シートの切り取られた部分と符合する形状であることが見て取れる上,それぞれA18方の同じベランダ内から発見されていることを併せ考慮すれば,両者が同一品と推認できるのであって,両者が同種の粘着シートであったという証拠はないとの所論は当たらない。また,原審証人A59が約50種類の無色透明な粘着シートと被告人方から押収された無色透明シートを検査し比較したとする点について,被告人方から押収されたシートがリタックシートであり,ガラス等の飛散防止用シートとは異なるのに,ガラス等の飛散防止用シート約50種類と比較している点で不備があるなどと主張する点は,原審証人A59は,押収された無色透明シートがリタックシートではなく,ガラス等の飛散防止用シートであり,鑑定書上「リタックシート」と記載されているのは鑑定嘱託書にそう書かれていたのを転記したものである旨を供述しているのであって,上記無色透明シートは,押収の際に実体と異なる「リタックシート」という名称を付けられたものの,実体はガラス等の飛散防止用シートと認められるというのであるから,所論は前提を欠いている。

(8)  原判示第16のA19方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年7月22日午前1時過ぎころから同日午後6時ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のlマンション○号室A19方に侵入し,同所において,同人所有又は管理の別表6記載の指輪等合計約57点を窃取した上,同人が現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室において,クローゼット内にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,同室の天井部分等約19.39平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表6中には,被害者A19の装身具等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第7(原判決61頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の1(1)(原判決88頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

イ  これに対し,所論は,被告人は,A19方において住居侵入,窃盗,現住建造物等放火を行ったことは認め,別表6の物品57点中28点については被告人が窃取した物ではないと主張したにもかかわらず,原判決は,被害者であるA20(被害当時の姓A19)証人の証言を全面的に信用できるとして別表6のすべての物品を被害品と認めたが,A19証人の証言内容は抽象的であって必ずしも信用できないものであり,これを全面的に信用できるとした原判決には事実誤認があると主張する。

ウ  そこで検討するに,A19証人の証言が信用できることについては,原判決が補足説明第7の2(1)(原判決62頁以下)において説示するとおりであり,この点に関する被告人の供述が信用できないことについては,同第7の2(2)(原判決66頁以下)において説示するとおりであって,事実誤認があるとは認められない。

(9)  原判示第17のA21方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年7月24日午前7時40分ころから同日午後2時40分ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のmマンション○号室A21方に侵入し,同所において,同人ら所有の別表7記載の現金4万円及び預金通帳等合計7点を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室において,洋服タンス内にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,同室約59.62平方メートル及びA22らが現に住居に使用している同棟○号室の洋間等約30.3平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第8(原判決71頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の1(2)(原判決88頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

イ  これに対し,所論は,被告人は,A21方において住居侵入,窃盗,現住建造物等放火を行ったことは認めているものの,別表7のうち,水引は窃取しておらず,また,窃取した現金は4万円ではなく2万円であると主張したにもかかわらず,原判決は,被害者の妻のA46の証言を全面的に信用できるとして別表7のすべての金品を被害品と認めたが,A46証人の記憶はあいまいであり,これを全面的に信用できるとした原判決には事実誤認があると主張する。

ウ  そこで検討するに,A46証人の証言が信用できることについては,原判決が補足説明第8の2(1)(原判決72頁以下)において説示するとおりであり,この点に関する被告人の供述が信用できないことについては,同第8の2(2)(原判決73頁以下)において説示するとおりであって,事実誤認があるとは認められない。

(10)  原判示第18のA23方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A23方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年8月8日午後3時ころから同月9日午前1時ころまでの間,岡山市<以下省略>所在のnマンション○号室A23方に侵入し,同所において,同人所有の別表8記載の腕時計等合計45点を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記○号室に放火しようと企て,同日午前1時ころ,同室6畳間において,押し入れ内の衣装ケース等に石油ファンヒーターの給油カートリッジに入っていた灯油若干量をまいた上,上記押し入れ内にあった布団等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記6畳間の押し入れ部分約1.419平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表8の大半は,被害者の装身具や下着類である。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第9(原判決75頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の7(原判決94頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A23方が,同人の留守中に,何者かによって,北側腰高窓から侵入され,同人の装身具や下着類等が盗まれ,6畳間押し入れに放火されたこと,及び被告人方から前記の窃盗被害品が押収されたことなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,その際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A23方事件の被害状況等はこれと一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A23方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないこと,などを考え併せると,A23方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,①原判決の認定した被告人の住居侵入,窃盗の犯行時刻と放火の犯行時刻は最大約10時間離れているにもかかわらず,これを近接しているとした原判決は経験則に反している,②被告人は,A23方において住居侵入,窃盗の犯行を行ったことは認め,別表8の物品45点中21点については被告人が窃取したが,24点については窃取していないと主張したにもかかわらず,原判決は,被害者の証言を全面的に信用できるとして別表8のすべての金品を被害品と認めたが,A23証人が思い込みに基づいて窃盗の被害品として特定した可能性があり,これを全面的に信用できるとした原判決には事実誤認がある,③被告人にはアリバイがある,などと主張する。

ウ  まず,①の点について検討するに,この点については,先にA14事件における同旨の所論について説示したのと同様の理由により,経験則に反するということはできない。

次に,②の点について検討するに,A23証人の証言が信用できることについては,原判決が補足説明第9の2(1)(原判決76頁以下)において説示するとおりであり,この点に関する被告人の供述が信用できないことについては,同第9の2(2)(原判決78頁以下)において説示するとおりであって,事実誤認があるとは認められない。

さらに,③の点について検討するに,被告人は,原審公判において,「A23方を出て家に着いたのは午後11時ころだと思う。帰ったとき,自宅マンションの1階で営業していた居酒屋『r』のA29さんと目が合った記憶があり,また,隣の風俗店の人にジュース等を差し入れたりもした」などと述べて,アリバイがある旨供述したが,このような供述が信用できないことについては,原判決が,補足説明第11の7(3)(原判決96頁)において判示するとおりである。

(11)  原判示第20のA25方における住居侵入,窃盗,現住建造物等放火事件(以下「A25方事件」という。)について

ア  原判決は,被告人が,「窃盗の目的で,平成17年8月15日午前11時ころから同日午後1時過ぎころまでの間,岡山市<以下省略>所在のpマンション○号室A25方に侵入し,同所において,同人ら所有の別表9記載の現金約6000円及びパンティー等合計5点を窃取した上,同人らが現に住居に使用している上記101号室に放火しようと企て,上記日時ころ,同室東側6畳間において,押し入れ内にあった衣類等に何らかの方法により点火して火を放ち,よって,上記東側6畳間の押し入れ部分約1.15平方メートルを焼損した」旨認定判示した。

なお,別表9には,被害者の妻A48(以下「A48」という。)の下着等が含まれている。

そして,原判決は,上記事実のうち,住居侵入,窃盗の事実を認定した理由については補足説明第10(原判決80頁以下)において,現住建造物等放火の事実を認定した理由については同第11の8(原判決96頁以下)においてそれぞれ説示しているが,これらの説示は関係証拠に照らしていずれも概ね相当と認められる。

すなわち,①関係証拠によれば,A25方が,家人の留守中に,何者かによって,西側6畳間の掃き出し窓のクレセント錠付近のガラスを割られて侵入され,同人方の西側6畳間のたこ足ハンガーに掛けて干してあったA48の下着4点等が盗まれたこと,同人方東側6畳間の押し入れ部分が焼損したこと,及び被告人方から別表9の被害品のうち現金以外の窃盗被害品が押収されたことなどが認められること,②前記(1)のとおり,被告人には特殊な性癖があり,住居侵入,窃盗の犯行の手口,態様等には特徴が認められるとともに,その際に時により放火に及ぶという極めて特異な犯罪傾向も認められるところ,A25方事件の被害状況等はこれと一致していること,③被害者方が留守中に,住居侵入,窃盗の被害にあうと共に放火の被害にもあったという場合には,何らかの特別の事情がない限り,通常は同一人による犯行と考えられるところ,A25方事件については証拠上そのような特別の事情は何も認められないことなどを考え併せるとA25方事件の犯人は被告人であると優に認められる。

イ  これに対し,所論は,証人A25及び同A48の各証言は,あいまいであったり,食い違いがあったりして必ずしも信用できるものではないにもかかわらず,その信用性を肯定した上,住居侵入,窃盗の犯行時刻とA25方からの出火時刻が近接しているとして,原判示第20の住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実を認定した原判決には事実誤認がある,と主張する。

ウ  そこで検討するに,A25及びA48の各証言が信用できることについては,原判決が補足説明第10の2(1)(原判決81頁以下)において説示するとおりであり,この点に関する被告人の供述が信用できないことについては,同第10の2(2)(原判決83頁以下)において説示するとおりであって,事実誤認があるとは認められない。

(12)  以上の次第であり,その他所論が種々主張するところを逐一検討しても,前記認定判断を左右するものはなく,原判決に所論のいう事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

3  よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中主文掲記の日数を原判決の刑に算入し,当審における訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。

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