広島高等裁判所岡山支部 平成24年(ネ)6号 判決 2012年6月07日
控訴人
Y組合連合会
同代表者代表理事
F
同訴訟代理人弁護士
平松敏男
同
平松真紀
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
近藤剛
主文
一 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人が、被控訴人所有の普通乗用自動車(メルセデス・ベンツ)が転落・水没した事故につき、控訴人との間の自動車共済契約に基づき、控訴人に対し、共済金一八五万円及び上記事故の日である平成二二年六月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は、被控訴人の請求のうち、一八五万円及びこれに対する平成二二年八月一二日(上記共済金給付事由の有無について調査会社による調査報告書提出日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却したところ、控訴人が原判決を不服として、本件控訴をした。
二 争いのない事実等及び争点は、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の一及び二(原判決二頁六行目から同六頁二行目まで)並びに原判決添付別紙「現場付近地図」及び同「現場見取図」(原判決一二頁から同一三頁まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
前提事実並びに証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 被控訴人(昭和三一年○月○日生)は、d工房の屋号で民家のリフォーム業を営んでおり、本件事故当時、大阪方面と岡山県倉敷市(以下「倉敷市」という。)に住所を有していた(運転免許証に記載された被控訴人の住所は、兵庫県加古川市)。
(2) 本件契約締結に至る経緯
被控訴人は、仕事上、大阪と岡山を往復することが多くなったことから、高速道路で早く走れる車両の入手を、自動車のブローカーであるA(以下「A」という。)に依頼し、平成二二年四月ころ、同人から、中古車であった本件車両を購入した。
被控訴人は、平成二二年四月一二日、b農業協同組合c支店(以下「本件支店」という。)を訪れた。被控訴人は、本件支店の信用共済課の窓口担当をしているB(以下「B」という。)に対し、車両保険に入りたいが、現車確認が必要なのか、車検証だけでも保険に加入できるのかを尋ね、Bが、車検証だけでよいと答えた。被控訴人は、Bに、本件車両の購入金額は二〇〇万円であったと述べたが、その裏付資料は持参していなかった。Bは、自動車車両価格表から、本件車両の車種、年式、型式では、最高でも一八五万円の評価でしか付保できないと説明したところ、被控訴人がこれを了承し、本件車両の車両共済金額については一八五万円を付保金額とすることとなった。被控訴人は、これから本件車両の名義変更の手続に岡山運輸支局に行くので、時間的に無理なら、後日に共済契約の手続をしたいと話した。その後、被控訴人は、岡山運輸支局に行き、本件車両の名義変更の手続を完了し、車検証を受け取った。
同日、Bが、本件支店の信用共済課課長C(以下「C」という。)に相談をしたところ、Cは、被控訴人がいわゆる飛び込みの契約者であることから、現車確認をしてから共済契約を締結するようにと指示し、被控訴人に電話して、現車確認が必要である旨説明したところ、被控訴人は、既に大阪に戻る途上にあり、現車確認の要否について、Cの説明がBの説明と違うので、きちんと説明して欲しいと苦情を述べた。Cは、それならCが大阪まで現車確認に赴いてもいいと述べると、被控訴人は、約一週間後には倉敷に行くので、その際に本件支店に本件車両を持って行くと述べた。
平成二二年四月一九日、本件支店において、本件車両の現車確認がなされ、本件共済契約が締結された。
(3) 本件事故当日の平成二二年六月二八日、倉敷市は、日中の気温が三〇度を超える暑さであり、同日午後一〇時五〇分から午後一一時までは〇・五ミリメートル、午後一一時から午後一一時一〇分までは一ミリメートルの降雨が観測された。
(4) 平成二二年六月二八日、午後一一時ころ、本件事故現場において、本件車両が転落・水没するという本件事故が発生した。
(5) 被控訴人は、本件事故発生後の同日午後一一時二〇分ころ、コンビニエンスストアのビニール袋に入れて持っていた携帯電話を取り出し、水島警察署に通報し、本件現場に赴いた警察官に事情を説明した。その後、被控訴人は、倉敷市に居住する元妻Eに電話し、迎えに来てもらった。
(6) 本件事故後に引き上げられた本件車両は、左右のフロントガラスが全開となっていた。また本件車両の車内には、自動車税納税証明書やカーナビの保証書等が、トランクルーム内には、ハンガーが数本積載されている程度であった。
(7) メルセデス・ベンツ車両には、一般に、水没を感知したらドアガラスが自動的に下降して全部開く仕組みは装備していない。
(8) 本件事故現場には、車両の転落を防止するガードレールや車止めは設置されていない。本件事故現場には、街灯は設置されておらず、夜間は非常に暗いため、本件車両の進行方向右前方にガードレールがあることは認識できるが、前方が海となっていることは非常に分かりにくい。
(9) 被控訴人は、学生時代水泳部に所属しており、片手にコンビニエンスストアのビニール袋を掴んで泳ぐことは、それほど大変なことではなかった。
二 本件事故が被控訴人の故意によって発生したか否かについて
(1) 被控訴人は、本件事故発生の経緯について、概ね次のように供述・陳述する。
本件事故当日、被控訴人は、上はポロシャツ風の半袖、下はスエットの半ズボンで過ごし、同日夕方ないし夜ころ、上記のままの格好で、携帯電話、煙草、ライター、運転免許証及び千円札一、二枚を、鞄等に入れずに持ち、本件車両に乗って、自宅近くのコンビニエンスストアに行き、おにぎり三個とペットボトル入りのお茶二本を購入した。その後、被控訴人は、コンビニエンスストアでおにぎり等を入れて渡してもらったビニール袋に、所携の携帯電話や煙草、ライター、運転免許証、買い物時の釣り銭等を入れて、停車時に釣り銭が散らばらないように、ビニール袋の口を軽く縛り、本件車両の助手席のシートの上に置いた。
被控訴人は、夜釣りを趣味としており、同日午後一〇時ころ、釣りの下見に行こうと考え、一二、三年前に釣りで行ったことのあった本件漁港に向かった。
同日午後一一時ころ、被控訴人は、本件漁港に到着し、本件事故現場の南側辺りの駐車場に本件車両を止めた。被控訴人は、釣り人がいれば釣果を聞くつもりであったが、誰もいなかったため、他の場所も見るかそのまま帰宅するか考えながら、煙草を吹うために火を付け、車内に煙草の煙が充満するのを防ぐため、運転席(右前)のドアガラスを全開にした。
被控訴人は、煙車を吸いながら、駐車場に止めた本件車両を発進させ、北に向かったところ、突然、激しい雨が降り出し、運転席から車内に雨が吹き込んできた。被控訴人は、運転席のドアガラスを閉めようとパワーウィンドウのスイッチを操作したが、ドアが閉まらなかった。被控訴人は、ワイパーを作動させていたが、周りが非常に暗く、また、激しい雨のために、前方が非常に見えにくいまま、時速三〇ないし四〇キロメートルで、本件事故現場の道路を北進したところ、少し先に白っぽい車が停まっているのが見え、その車の一部が赤く見えたため、同車のテールランプで、この先にも道路が続いているのだと思い、運転を続けた。
突然、被控訴人は、本件車両の前方が下に向いたかと思うと同時に身体に大きな衝撃を感じた。被控訴人は、一瞬、何が起きたのか把握できなかったが、運転席の足元に水が入ってきたため、とっさに車ごと海に落ちたのだと悟り、とにかく、車外に脱出しようと考えた。開いていた本件車両の前部両面ドアガラスから被控訴人の腰の辺りまで、一気に海水が入ってきたが、被控訴人は、突然の事態で、シートベルトをしていることに思い至らず、シートベルトを外さないまま、とにかく車外に出ようともがき、どうして身体が座席から離れないのだろう、このまま車ごと海底に沈んでしまうのだろうかと思った。被控訴人は、シートベルトを締めていることに気づき、すぐにシートベルトを外し、助手席のシートの上辺りにコンビニエンスストアのビニール袋が浮いていたのが目に入ったため、これを掴み、開いていた運転席のドアガラスから車外に出た。
被控訴人が水面に出た後、前方に二、三段の階段状のような船着き場が見えたため、そちらに向かって、上記ビニール袋を左手に持って、平泳ぎで泳いだ。
被控訴人は、陸に上がり、まだ雨が降っていたため、近くにあった倉庫のような小屋に入り、上記ビニール袋から携帯電話を取り出し、本件事故を届けるため電話機に登録していた水島警察署に連絡した。
(2) 上記被控訴人の供述・陳述の信用性について検討する。
ア 本件車両は、道路から約一九・六メートル先の海中に没したこと(争いのない事実等(4))からすると、本件車両は時速三〇ないし四〇キロメートルか、それ以上の速度で進行していたと推測されるところ本件事故時、夜間で周囲が暗い上に強雨のため、前方が極めて見えにくい中、転落の危険がある道を、上記のような速度で本件車両を走行させることは、はなはだ不自然といえる。
イ また、強雨の中、助手席側のドアガラスを全開にしていた点も不自然である。この点、被控訴人は、本件車両の助手席側のフロントガラスを閉めていたが、水没後開いていた、ベンツは、水没の際、その水没を感知したら窓ガラスは下降し、全て開くと聞いた旨陳述し、インターネットで取得したホームページの記載を証拠として提出するが、メルセデス・ベンツ車両には水没を感知したらドアガラスが自動的に下降して全部開く仕組みは装備していないこと(上記一(7))に照らし、被控訴人の上記陳述及び証拠は信用できない。
ウ 被控訴人は、転落した本件車両から脱出する際、コンビニエンスストアのビニール袋を掴んで脱出している。本件事故により、本件車両が水没し、海水が一気に本件車両内に入り込んでくるという、予期しない生命の危険に瀕し、冷静さを欠いた状態(被控訴人はシートベルトを装着していることすら忘れ、外れなくてもがいていた旨供述している。)であれば、シートベルトを外した後、直ちに本件車両から脱出すると思われるが、被控訴人は、誰かに連絡するために携帯電話がいると考え、車内に浮いていたコンビニエンスストアのビニール袋をわざわざ掴んで脱出している(脱出時には胸のあたりまで海水が来ていた。)ことからすると、被控訴人の上記行動は不自然・不合理といわざるをえない。
エ そして、被控訴人が陳述するようにコンビニエンスストアのビニール袋の口を軽く縛っていたとしたら、水没した車内にこれが浮いていたとは考えにくい。他方、被控訴人が、水に浸かっても水が入らない程度にコンビニエンスストアのビニール袋をきつく縛っていたことも、本件事故をあらかじめ予想していたかのようで、極めて不自然というべきである。
オ 本件車両の購入金額について
被控訴人は、Aから本件車両を二〇〇万円で購入したと供述・陳述する。訴外調査会社がAから電話で聴取した内容を記載した調査報告書には、Aは、本件車両を諸経費込みで八〇万円でステップという自動車屋から仕入れ、二〇〇万円で被控訴人に売却したが、現在はステップの社長に連絡が取れない旨記載されている。被控訴人が仕事のために購入した車両であれば、通常、契約書や領収書が作成されると考えられるところ、被控訴人が本件車両を二〇〇万円で購入したことを裏付けるような契約書等が証拠として提出されていない。また、控訴人の担当者であるBが、被控訴人に対し、本件車両の付保金額について、被控訴人が購入金額と主張する二〇〇万円よりも低額の一八五万円と述べたことにつき、被控訴人が特段不満を述べたことがうかがわれない点も、不自然である。
カ 被控訴人は、タンス貯金があるなどと供述するが、被控訴人の財産状況については不明という外はない。
キ 上記で指摘した多くの不自然な点、及び、被控訴人が本件車両を運転しながら、本件車両ごと海へ転落することは、極めて危険なことではあるが、被控訴人は、学生時代水泳部に所属し、片手にビニール袋を掴んだまま泳ぐことはさほど大変ではないことを考え併せれば、本件事故は、被控訴人の故意により生じたものであると推認するのが合理的である。
三 以上によれば、被控訴人の請求は理由がない。
第四結論
よって、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 檜皮高弘 濱谷由紀)