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広島高等裁判所岡山支部 平成26年(行ス)1号 決定 2014年5月29日

主文

1  原決定を取り消す。

2  相手方の文書提出命令の申立てを却下する。

3  手続費用は、第1、2審とも相手方の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

別紙「文書提出命令に対する即時抗告申立書」(写し)に記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  本件は、岡山市の区域内に主たる事務所を有する特定非営利活動法人である相手方が、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、岡山県知事に対し、岡山県議会の議員である抗告人らが平成22年度に受領した政務調査費のうち使途基準に違反して支出した金額に相当する額について、抗告人らに不当利得の返還請求をするよう求めた本案事件(岡山地方裁判所平成24年(行ウ)第14号)において、相手方が、抗告人らの所持する平成22年度分の政務調査費の支出に係る会計帳簿と1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類である原決定添付別紙文書目録記載の文書(以下「本件各文書」という。)につき、文書提出命令を申し立てた事案である。

原決定が、本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないとして、相手方の申立てを認容したところ、抗告人らがこれを不服として即時抗告をした。

2  本件の前提となる岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例等の定めは、以下の点を改めるほかは、原決定の「理由」中の「第2 事案の概要」の2(原決定1頁23行目から同2頁24行目まで)に記載のとおりであり、本件における当事者の主張は、同3(原決定2頁25行目から同4頁5行目まで)に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(1)  原決定2頁1行目の「平成24年」の前に「平成21年岡山県条例第34号による改正(以下、同改正を『平成21年改正』という。)後であり、」を付加する。

(2)  同2頁14行目の「平成24年」の前に「平成21年議会告示第1号による改正後であり、」を付加する。

(3)  同2頁24行目末尾で改行の上、以下の文章を付加する。

「 なお、平成21年改正前の条例では、議員は、収支報告書を、各年度ごとに、所定の様式により、議長に提出しなければならないとのみ定められ、収支報告書への領収書等の写しの添付は一切要求されていなかったが、平成21年改正により、上記の定め(本件条例8条)となったものである。これに伴い、議長の調査に関する条例の定めが、同改正前は、収支報告書が提出されたときは必要に応じ調査を行うものとする、とされていたものが、収支報告書及び領収書等の写しが提出されたときは必要に応じ調査を行うものとする、と変更された(本件条例9条)が、調査の内容や方法に関する新たな定め等はもうけられていない。」

3  当裁判所は、原決定と異なり、本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当すると解されるから、本件申立ては却下すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。

(1)  ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁、最高裁平成17年(行フ)第2号同年11月10日第一小法廷決定・民集59巻9号2503頁、最高裁平成21年(行フ)第3号同22年4月12日第二小法廷決定・裁判集民事234号1頁等参照)。

(2)  これを本件各文書についてみると、次のとおりである。

ア 地方自治法100条14項は、「普通地方公共団体は、条例の定めるところにより、その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として、その議会における会派又は議員に対し、政務調査費を交付することができる。」と規定し、同条15項は、「政務調査費の交付を受けた会派又は議員は、条例の定めるところにより、当該政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出するものとする。」と規定している。

これらの規定による政務調査費の制度は、議会の審議能力を強化し、議員の調査研究活動の基盤の充実を図るため、議会における会派又は議員に対する調査研究の費用等の助成を制度化し、併せて政務調査費の使途の透明性を確保しようとしたものである。もっとも、これらの規定は、政務調査費の使途の透明性を確保するための手段として、条例の定めるところにより政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出することのみを定めており、地方自治法は、その具体的な報告の程度、内容等については、各地方公共団体がその実情に応じて制定する条例の定めにゆだねることとしている。

イ 本件条例によれば、政務調査費の交付を受けた議員は、所定の様式による収支報告書に政務調査費の支出(1件当たりの金額が1万円を超えるものに限る。)に係る領収書等の写しを添付して議長に提出しなければならず、当該領収書等の写しは、収支報告書と共に5年間保存されて何人もその閲覧を請求することができるとされているが、その収支報告書の様式は、使途基準に従って支出した項目ごとにその支出額の合計と主たる支出の内訳を概括的に記載すべきものとされているにとどまり(乙1)、個々の支出の金額や支出先、調査活動の目的や内容等を具体的に記載すべきものとはされていない。また、議長は、政務調査費の適正な運用を期すため、収支報告書及び領収書等の写しが提出されたときは、必要に応じ調査を行うとされているが、その具体的に採ることのできる調査の方法は、本件条例及び本件規程において定められていない。これらの趣旨は、議員による個々の政務調査費の支出の全てについて、その具体的な金額、支出先等を逐一公にしなければならないとなると、当該支出に係る調査研究活動の目的、内容等を推知され、その議員又はその所属会派の活動に対する執行機関や他の会派等からの干渉を受けるおそれを生ずるなど、調査研究活動の自由が妨げられ、議員の調査研究活動の基盤の充実という制度の趣旨、目的を損なうことにもなりかねないことから、収支報告書への記載を概括的なもので足りるとしつつ、他方で、政務調査費の使途の透明性を確保し、その適正な運用を図ることも強く要請されることから、比較的金額の大きい支出、すなわち1件当たりの支出金額が1万円を超えるものについては、領収書等の写しを添付すべきこととして、議長による調査が具体的かつ容易に行われるようにし、更には、これを広く一般の閲覧にも供することとして、その限度で、議員及びその所属会派の調査研究活動の自由をある程度犠牲にしても政務調査費の使途の透明性の確保を優先させることとしたものと解される。

以上に照らすと、本件規程により議員に調製又は整理保管が義務付けられている会計帳簿及び領収書その他の証拠書類等のうち、1件当たりの支出額が1万円を超える支出に係る領収書等については、本件条例により、その写しを収支報告書に添付して議長に提出しなければならないとされているものの、これを除く領収書その他の証拠書類等(すなわち1件当たりの支出額が1万円以下のもの)や会計帳簿については、議長等による事情聴取に対し確実な証拠に基づいてその説明責任を果たすことができるようにその基礎資料を整えておくことを求めたものと解することができ、議長等の第三者による調査等の際にこれらを提出させることまで予定したものではないと解するのが相当である。

ウ 本件各文書は、本件規程により抗告人らが調製又は整理保管するよう義務づけられている会計帳簿及び証拠書類等(ただし、1万円以下の支出に係るもの)であり、上記の本件条例及び本件規程の趣旨に照らすと、これらはいずれも、専ら所持者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であると認められる。

また、本件各文書は、議員が行った政務調査費の支出のうち、収支報告書にその領収書等の写しの添付が要求されない1万円以下の支出に係るものについて、その支出金額や使途(支払先)、内容等が具体的に記載されており、これらが開示された場合には、所持者である抗告人ら議員及びその所属会派の調査研究活動の目的、内容等を推知され、その研究活動が執行機関や他の会派等からの干渉によって阻害されるおそれがあるものというべきである。加えて、本件各文書には、調査研究活動に協力するなどした第三者の氏名等が記載されている蓋然性が高く、これが開示されると、以後の調査研究活動への協力が得られにくくなって支障が生ずるばかりか、その第三者のプライバシーが侵害されるなどのおそれもあるものというべきである。そうすると、本件各文書の開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずる恐れがあると認められる。

(3)  以上によれば、前記(1)の特段の事情のうかがわれない本件各文書は、民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきである。

4  したがって、本件申立ては却下すべきであり、これと異なる原決定は失当であって、本件各抗告はいずれも理由がある。

よって、原決定を取り消した上、本件申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 森實有紀 進藤壮一郎)

(別紙) 当事者目録<省略>

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