広島高等裁判所岡山支部 平成28年(う)12号 判決 2016年6月01日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
1 本件控訴の趣意は,弁護人清水善朗作成の控訴趣意書(訂正の申立書の別紙とされているもの)に記載のとおりである。
論旨は,原判決は,被告人を産業廃棄物無許可収集運搬の事実について有罪としたが,被告人の収集運搬した廃墓石は産業廃棄物に当たらず,被告人は専ら再生利用の目的となる産業廃棄物のみの収集又は運搬を業として行う者であり,本件公訴にかかる行為には可罰的違法性がなく,被告人には故意もなく被告人は無罪であるから,原判決には,判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤り及び事実の誤認があるというのである。
2 本件台石等の産業廃棄物該当性(法令適用の誤りの主張について)
所論は,本件廃墓石(本件では,廃墓石のうち,棹石を除く台石等についてのみ産業廃棄物無許可収集運搬罪の対象として起訴しているから,本件の対象物については,以下「本件台石等」という。)は,廃棄物処理法施行令(以下「施行令」という。)2条9号の「工作物の新築、改築又は除去に伴って生じたコンクリートの破片その他これに類する不要物」に当たらないから,これにあたるとした原判決には,法令適用の誤りがあると主張する。
(1) 所論の要旨
施行令2条9号は「コンクリートの破片」と例示している。また,最高裁昭和60年2月22日決定は,「コンクリートの破片その他これに類する」「物」につき「コンクリートの破片,これに類するレンガ片,鉄筋片等の不燃物」である旨判示している。このようなコンクリートやレンガ等は,複数の原料の調合や加熱・冷却・乾燥などの原料の性質を変化させる人為的な処理を施すことによって生成した物である。このような人工物は,元来自然界には存在しないことから,これを投棄することにより生活環境及び公衆衛生に悪影響を及ぼす可能性がある。このことから同号の規制対象とされたものである。他方,自然石は元来土に帰ることで環境等に悪影響を及ぼさない。そうすると,同号の「その他これに類する」「物」とは人工物を指すものであって,自然石は含まれないと解され,自然石である本件台石等は含まれない。自然石が同号の産業廃棄物に当たるとした原判決には法令の解釈適用に誤りがある。
(2) そこで検討するに,以下のとおり「コンクリートの破片」「に類する」「物」は人工物に限られると解さなければならない理由を見出すことはできず,上記「物」には自然石も含まれると解される。
まず,所論の掲げる上記最高裁決定は,「木片」が施行令2条9号の「物」にあたるかについて,不燃物に限定されると判示した事案であり,「レンガ片,鉄筋片等」というのは不燃物の例示であって,人工物であることを要するとしたものではない。
施行令2条9号のいう「工作物」の典型例は,家屋,ビル,橋などの建造物であるが,これらの組成物に自然石が含まれていることがあるのは周知の事実である。建造物の組成物ともなる自然石を同号の規定する「物」から除外する旨の規定は存在しない。かえって,同6条3号イ(5)は,同2条9号を「がれき類」と読み替えることにしているところ,通常,がれき類に自然石は含まれる。また,同2条2号は,工作物の新築,改築又は除去に伴って生じた木くずは産業廃棄物にあたると定め,工作物から生じる産業廃棄物は人工物に限らないことを示している。
そして,施行令2条9号が「コンクリートの破片」しか例示していないことは,廃棄物処理法の趣旨からすれば,以下のように理解できる。
すなわち,工作物の典型である建造物には,ビルや港湾施設,橋梁など巨大な建造物が多くあり,その大半がコンクリートを用いているため,除去等の際には大量のコンクリート破片が生じる。これを無秩序に投棄することが環境に与える影響は大きい。コンクリート破片は,現代においては,工作物に関する廃棄物として最も一般的な物であって,このことから典型例として例示されているとみられ,このことは合理的かつ自然である。
結局,上記のような廃棄物を規制する法の趣旨からすれば,施行令2条9号の「コンクリートの破片」の例示から,これに類する廃棄物が人工物に限られると解さなければならない理由を見出すことはできない。
所論は,自然界には存在しない人工物の投棄が生活環境及び公衆衛生に悪影響を及ぼすが自然石はこのような悪影響を及ぼさないという。しかし,廃棄物処理法が保護法益とする「生活環境」は,直ちに住民の生活や健康に影響を及ぼさない場合でも,無法な投棄が「環境破壊」をもたらすことから広くその危険行為を処罰するという趣旨のものであることは明らかである。このような側面から見てコンクリートと自然石とを区別する理由はない。所論のいうような悪影響という点も,原料や安定性という面からみてコンクリート破片と自然石を区別しなければならない理由もない。したがって,廃棄物処理法の保護法益や趣旨から,施行令2条9号に自然石が含まれないとはいえない。
以上によれば,施行令2条9号の工作物の除去等から生じる「コンクリート破片その他これに類する」「物」には,自然石も含まれ,本件台石等もこれに該当する。
(3) なお,所論は,本件廃墓石は石垣の材料や埋立て等に使用する計画であったから「不要物」に当たらないのに,原判決は,被告人が石材業者から料金を受け取って本件台石等を取得したことから,不要物にあたるとしており,これは誤りであると主張する。
しかし,他人に有償譲渡できない物は不要物というべきであって,石材業者が金銭的支出をしてまで本件台石等を処分したことから,本件台石等が一般的に有償譲渡できない不要物であると認定したと解される原判決の判断に不合理な点はない。
(4) 以上によれば,本件台石等が施行令2条9号の「物」に該当するとした原判決は正当であり,この点の所論は採用できない。
3 専ら再生利用の目的となる産業廃棄物のみの収集又は運搬を業として行う者にあたるか(法令適用の誤り及び事実誤認の主張について)
所論は,被告人は,廃棄物処理法14条1項ただし書の「専ら再生利用の目的となる産業廃棄物のみの収集又は運搬を業として行う者」にあたり,本件台石等は,専ら再生利用の目的となる物であるのに,これに当たらないとした原判決には法律の解釈適用に誤りがあるとともに,事実の誤認があると主張する。
しかし,廃棄物は不要物であるが故にぞんざいに扱われ不法投棄される危険が高く,規制の必要があるから,廃棄物処理法14条1項ただし書の「再生利用」というのも,このような危険のない状況すなわち産業廃棄物の再生利用が事業として確立されたものであり,かつ継続して行われている状況にあることが必要であると解すべきである。いかに有用な利用方法が発見開発されて実際に利用され始めているとしても,事業としての確立性と継続性がない場合は,将来,不法投棄される可能性が残されており,危険性はなくなったとはいえない。したがって,このような状況が明らかでない場合には,上記の「再生利用」と認めることはできないというべきである。本件では,記録を検討しても,本件台石等について,再生利用事業が確立されていたり,継続して行われたりしていることは窺われない。本件台石等が「専ら再生利用の目的となる産業廃棄物」に当たらないとした原判決の判断は正当である。
この点の所論は採用できない。
4 可罰的違法性(法令適用の誤り及び事実誤認の主張について)
所論は,本件収集運搬先での処理には危険な点がなく,可罰的違法性がないのに,危険があるとした原判決の判断には法令適用の誤り及び事実誤認があると主張する。
しかし,産業廃棄物の無許可処理を処罰する規定は,産業廃棄物の不法投棄が環境等に影響を及ぼすことから,これを防止するため,処理を許可制とし,無許可の者に処理の禁止を命じ,その禁止命令を順守させるため,その命令違反にあまねく刑事罰を科すことによりその立法目的を達成しようとするいわゆる形式犯であるから,禁止命令に反する行為がある以上,当然に処罰の対象となるものであり,法益侵害やその危険の有無及び大小を理由に可罰的違法性の有無を論ずる余地はないというべきである。
したがって,この点の所論は採用できない。
5 故意(事実誤認の主張について)
(1) 所論は,被告人は,廃墓石は廃棄物ではないと信じていたものであり,本件無許可収集運搬罪について違法性の意識を持つ可能性がなく故意がないと主張する。
すなわち,原判決は,被告人がA県B県民局(以下「県民局」という。)から再三にわたり本件台石等は産業廃棄物に当たるから無許可でその運搬等をするのを止めるよう指導を受けていたこと,その際,施行令2条9号に規定する産業廃棄物である旨指導を受けていたことから,被告人は違法性の意識の可能性を有していたとして被告人の本件故意を肯定した。しかし,本件台石等を含む廃墓石を扱う石材業者は,長年にわたって廃墓石を廃棄物として扱わないことを習慣としており,同様にA県も廃墓石を廃棄物として扱って来ておらず,事業者である石材業者に管理指導も行っていなかった。被告人は,本件の前に県民局から廃墓石は産業廃棄物に当たるという指導を受けていたが,これは本来宗教的意味合いの違いから棹石と台石等を区別すべきであるのに,これをしないで全体を産業廃棄物にあたると告げたり,法律上の根拠を示したりもしない明確性の欠くものであった。このようなことからすると,被告人は,本件台石等は廃棄物ではないと信じており,違法性を意識する可能性がなかったと主張する。
(2) 検討
関係証拠によれば,昭和57年,厚生省(当時)は,廃墓石について,「墓は祖先の霊を埋葬・供養等してきた宗教的感情の対象であるので,宗教行為の一部として墓を除去し廃棄する場合,廃棄物として取り扱うことは適当でない。」と通知したこと(以下「昭和57年通知」という。),A県は,平成16年に文書を発出し(以下「平成16年通知」という。),「石材業者等が」「墓石所有者から古い墓石を下取り後,自社敷地内において供養と称し長期間に渡り保管する行為が行われることがあるが,当該墓石が廃棄物に該当するか否かの判断については,墓石所有者の意思,墓石所有者との供養にかかる契約の状況やその後の実際の供養状況等から客観的に判断」し,「宗教的感情の対象物として取扱っていないと認められる場合は,その時点において廃棄物に該当」するとする一方,「明らかな不法投棄」の場合には「廃棄物」にあたるとし,結局,廃墓石については,「その時点で」「宗教的感情の対象物」と取り扱っているかを認定した上で「廃棄物」に当たるか否かを判断するという行政処分の基本方針を示したこと,他方で,廃棄物処理法12条の3により排出事業者が作成し処理受託者に交付すること等が要求されている産業廃棄物処理票(いわゆるマニフェスト)について(同条第7号では都道府県への報告書の提出も必要であるから,都道府県の管理が必要となる。),県民局では,少なくとも原審証人Cが同局環境課に在籍していた平成24年4月から平成27年3月までの間は,石材業者等の廃墓石の排出事業者に対し,廃墓石の処理委託をする際に上記マニフェストを作成するよう指導していなかったこと,また,本件廃墓石を排出した事業者であるDも,上記マニフェストが必要であることは,今回警察から指摘を受けて知ったこと(甲33)が認められる。
そして,被告人は,平成23年8月頃から,石材業者から廃墓石を収集して運搬することを開始したが,この仕事を被告人に提案し,廃墓石についての法律や取り扱いに詳しいというEから「墓石は産業廃棄物の23品目の中に入っていないから,産業廃棄物に当たらない。」「産業廃棄物にあたらないから,産業廃棄物の許可はいらない。」と言われていたこと,処理を依頼してくる石材業者からも廃墓石について廃棄物処理の許可が必要と言われたこともなく,石材業者の従業員に,廃墓石は廃棄物にあたらないから許可が必要ないと言っても,特に問題にならなかったこと,本件のF石材やG石材工務店では,廃墓石がきれいに整理され,大切に扱われている様子であったこと,その上で石材業者から継続的に廃墓石の処理の依頼を受けていたこと,平成25年8月ころまでは,A県や警察から墓石の回収について指導を受けたことがなかったが,当初,県民局から受けた指導も,本件現場は墓石を置く場所になっていないから墓石を置かないことというものであり,その後,H市I町Jの土地に埋めていた廃墓石を掘り起こすように言われて掘り起こしたが,その廃墓石はそこに置いておくよう指示されたこと,被告人は県民局から廃棄物に当たるとの指導を受けた際,産業廃棄物をかかげてあるという資料には墓石が入っていないとか,「廃墓石は廃棄物に当たらない」とか反論をしていたことが認められる。
以上に加え,平成16年通知による運用では,行政が廃墓石を「廃棄物」と判断するには,各時点で,個別的事後的な調査が必要になり,そうであれば,一般的に当該石材業者等を産業廃棄物排出業者と取り扱うことは,事実上困難となることも併せ考えれば,A県は,石材業者等に対し,廃墓石排出時までにマニフェストを作成して受託業者に交付し,処理確認後に県に報告させるという管理指導をすることができていなかったものと認められる。そうすると,A県が事業者である石材業者に管理指導を行っていなかったとするのは所論の指摘のとおりであるし,また,石材業者等との関係でいえば,A県は廃墓石を廃棄物として扱ってこなかったという指摘も直ちに誤りとまでは断じ難い。
また,本件故意の対象となるべき「廃棄物」について,「宗教的感情の対象物」として取り扱っているかどうかという基準によることや,これを各時点で行政が判断するというのでは,「廃棄物」となる範囲があいまいとなることを考えれば,石材業者等を中心にして,業者側が「宗教的感情の対象物」のように廃墓石を取り扱ってさえすれば,廃墓石はおよそ廃棄物として扱われないという誤解を生じさせたとしても不思議はなく,このような運用の故に故意を阻却するという場合もないとはいえない。
しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,県民局からの下記の指導を受けるようになる前から,Eから,石材業者から「廃墓石を引き取って,埋めたり並べたりしたらいいお金になる。」などと言われて,廃墓石を山中に埋めるなどしていたこと,墓石を不法投棄して捕まったというニュースを聞き及び,墓石の回収をしても大丈夫だろうかと思ったこと,廃墓石を置いていた土地の所有者から複数回撤去を求められたこと,石材業者は資材置場に廃墓石を山積みしており,その中には廃墓石をぞんざいに扱っている業者がいることも知っていたこと,被告人は,収集運搬等の際,棹石と台石等を分けていたこと,その後,県民局は,本件の約1年前である,平成25年7月,本件投棄現場であるH市I町Kの山中に赴き,付近に大量の廃墓石が投棄されているのを確認し,この場所に廃墓石を持ち込んでいるのが,被告人らであることを確認したことから,事情聴取や撤去の指導などを開始し,同年11月7日に被告人を県民局に呼び出した際には,口頭で,廃墓石の投棄は不法投棄に当たるので撤去するよう指導するなどし,被告人は片付けると述べたこと,その後,同年12月2日付けで,県民局は,被告人(代表者名義,以下代表者名義の記載は省略する。)宛てに,本件投棄現場に「大量のがれき類(廃墓石)が搬入されている」とし,不法投棄とみられる状況を具体的に記載し,法に違反する蓋然性が高いと指摘した文書を作成して,被告人に報告を求めたが,被告人は回答しなかったこと,さらに,県民局は,平成26年2月21日付けで,被告人宛てに,同旨の報告要求の文書とともに,同日付「産業廃棄物の収集運搬について(指導)」と題する書面を作成し,同年3月5日に被告人に交付したこと,同書面及び添付の別紙注意事項には,廃墓石が産業廃棄物であり収集運搬には許可が必要である旨が明記されていたこと,その後,被告人は,廃墓石に関係した土地の所有者から一緒に産業廃棄物の処理の許可を取りに行こうと勧められたことが認められる。
(3) 廃墓石は廃棄物処理法2条9号の「物」であり,廃棄物処理法が広く不法投棄を防止しようとしているものであることは明らかであるところ,上記のとおり,被告人は,石材業者の資材置場に山積みされたり,ぞんざいにも扱われたりしていた廃墓石を,料金を受け取って不要物として受け取り,これを山中に埋めるなど投棄をしたのであり,被告人自身も不法投棄に当たるのではないかと危惧したこともあることなどからすれば,被告人は自分がやっていることが,不法投棄であると認識し,あるいは未必的に認識しながら,これを行っていたことは明らかであり,廃墓石を「廃棄物」として扱っていたものと認められる。特に,台石や墓を構成する周辺の石材等については,棹石に比べれば,「宗教的感情の対象物」として取り扱われないのが一般的であると考えられ(被告人も棹石は供養する旨述べている。),上記の行政解釈によったとしても,通常廃棄物に当たると認めるのが相当であり,このような台石等について廃棄物性を認識できないような事情はみあたらない。
その上で,被告人は,平成25年12月ころから平成26年2月にかけて,廃墓石が産業廃棄物に当たるとの指摘や指導を受けていたのであるから,その時点で,廃墓石が産業廃棄物に当たることを具体的にも認識できたといえる。県民局から指導を受けた際,被告人は,県民局に対し,「廃墓石は廃棄物ではない」などと反論していたとはいえ,その最たる根拠は,上記昭和57年通知でも行政措置でもなく,廃墓石の廃棄物性について詳しいという人物の発言であり,その発言内容も廃墓石が廃棄物から除外される理由を示したものではなく,通常,廃墓石が廃棄物ではないと確信できるとか,十分信用できるとかの事情となるとは言い難いものである。上記の行政の運用状態を考慮に入れても,被告人において,上記指導の内容が誤りであると判断しても致し方がないような事情があったとはいえない。
以上によれば,被告人は,少なくとも本件台石等が廃棄物に当たることを未必的に認識していたことは明らかであり,違法性を意識する可能性があったと認められる。
所論は,県民局が,宗教的感情の対象である棹石と台石は明確に区別した告知をすべきであるのに,そのような告知等をしなかった指導は誤りかつ不明確であり,被告人は違法性の意識を持ちえなかったと主張する。確かに,行政や捜査当局は,棹石については廃棄物に当たるか否か疑義があるなどとの姿勢も示しているが,上記のような県民局の指導は,棹石も廃棄物に含めたものである。しかし,不法投棄されているとみられる事案に対しこのような指導をすることは何ら不合理でも不明確でもない。また,少なくとも,本件台石等が産業廃棄物であることは明らかであるから,この点が,本件台石等が産業廃棄物にあたることの認識を妨げる事情にはならない。
この点の所論は採用できない。
以上によれば,所論はいずれも理由がない。
6 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大泉一夫 裁判官 難波宏 裁判官 村川主和)