広島高等裁判所岡山支部 平成4年(ネ)97号 判決 1993年5月11日
岡山県倉敷市玉島中央町一丁目九番七号
控訴人
三善秀清
右訴訟代理人弁護士
石田正也
東京都千代田区霞が関一丁目一の一
被控訴人
国
右代表者法務大臣
後藤田正晴
右指定代理人
富岡淳
同
武下満
同
松永楠男
同
森脇基紀
同
大橋勝美
同
矢野聡彦
同
西村章
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 当事者の申立
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五万円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
二 本件事案の概要は、原判決記載のとおりであり、証拠関係は本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。
三 当事者双方の当審における主張
1 当審における控訴人の主張
(一) 控訴人の承諾について
本件税務調査の過程で、岡田調査官が机の中に手を入れようとしたことから問題が起こった。
「机の中を全部見せろ。」と要求されて、これを控訴人はプライバシーの侵害であるとして拒否した。この申し出は、従前の税務調査と異なり、高圧的であった。
控訴人は、このような非常識なことは今回が初めてであるという思いの中で、言い合いが始まったのである。
控訴人が、やや興奮しながらも、机の引き出し全部と机の足元にあった書類等を自ら応接ソファーに並べたのは、税務調査の質問検査権には、税務職員にはすべての物を見る権利及びすべての物の中から必要な物を探す権利があり、納税者はすべての物を呈示する義務がある旨言われ、その言葉に反論できなかったからであり、決して自由な意思に基づいて承諾したものではない。
(二) 質問検査権の対象について
法人税法一五三条に規定する調査対象は、「その帳簿書類その他の物件」である。したがって、その範囲は、当該法人の事業に関係するものであって、事業に関係ない帳簿書類や私物は対象にならないものである。最高裁昭和四八年七月一〇日決定も「その事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨」としており、全くの無限定な捜索を認めているものではない。
したがって、納税者から提出されたもののみを検査すべきであり、強制的に金庫、机の引き出し等を開けさせることはできないというべきである。
2 当審における被控訴人の主張
(一) 控訴人の承諾について
半開きの状態のままになっていた引き出しの中の預金通帳について、岡田係官は、控訴人に「見せてもらっていいですか。」と断り、通帳を取り出して机の上に並べて、控訴人の目の前で確認した。その時、控訴人は、「だめだ。」とは一言も言わず、岡田係官は、控訴人の承諾のもとに右通帳の内容を見たが、この間、控訴人は、傍で見ていて何の異議も述べなかった。
右経過の後、担当係官が右机の引き出しの中の他の収納物件の検査をしたい旨告げたところ、控訴人は、「この引き出しの中は、個人の生活の臭いのするところであり、見せられない。」と拒否したが、岡田係官が、会社の店舗内であり、その中にある物は会社の関係書類と思われるなどと調査の必要性について説明して、控訴人を説得して、了解を得た上で見せてもらったものである。
控訴人は、岡田係官の求めに応じ、自らレジテープを提出し、レジスター内の現金及び手堤げ袋の中の現金も自ら確認して告げていること等を勘案すると、担当係官は、本件調査に当たり、正当な調査権限に基づき控訴人の承諾のもとに、本件帳簿書類等の検査を行ったものであって、その措置に何らの違法性はない。
(二) 質問検査権の対象について
本件調査を行った場所は、控訴人の自宅ではなく、控訴人が経営する有限会社三善理美容院中潟店であり、そこには当然に事業に関する帳簿書類等が保管されているものと思われるし、控訴人が事業に関係ないと主張する「赤い手帳」には会社の取引銀行の口座番号等が記載してあり、検甲三号証の鞄の中には釣り銭が在中するなど、控訴人の私的な事項と会社に関係する事項とが渾然一体となって記載されていること等から、会社に関係する部分のみを検査することは不可能であるばかりか、そもそも控訴人が主張する「事業に関係ないもの」は存在しなかったと言わざるを得ない。 右のとおり、担当係官は控訴人の了解のもとに法人税法第一五三条に基づき調査を実施したものであり、その質問検査権行使の範囲、方法等につき裁量権の濫用ないし逸脱があったとは認められない。
四 当裁判所の本訴請求に対する判断は、次に訂正、付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決八枚目表五行目「同係官らが」から同六行目「見ようとしたこと」までを「岡田係官が、『一寸見せてください』と言って引き出し内に手を入れるような仕種をしたこと」と改め、末行の「論争」の次に「(書類が有限会社三善理美容院の事業に関するものであるかどうかについての控訴人と係官の判断のいずれが優先すべきであるかなどの論争)」を加える。
2 控訴人は、机の引き出し全部と机の足元にあった書類等を自ら応接ソファーに並べたのは、係官らから、質問検査権には、税務職員にはすべての物を見る権利及びすべての物の中から必要な物を探す権利があり、納税者はすべての物を呈示する義務がある旨言われたためであって、決して自由な意思によって承諾したものではない旨主張する。
本件調査は、いわゆる任意調査であるから、質問検査の方法も強制的な手段方法によってなされてはならないことは当然であるが、他方で、質問に対する不答弁ならびに検査の拒否、妨害に対しては刑罰が科されることになっているから、質問検査の相手方は、それが適法な質問・検査であるかぎり、質問に答え、検査を受忍する義務がある。
前記認定の事実関係によれば、本件岡田係官の説明は、右の趣旨の受忍義務の説明をしたものに過ぎないものと認められるから、それ自体何ら違法なものではない。なるほど、法人税法一五三条の検査権の対象は、当該法人の事業に関連する帳簿書類その他の物件であって、右事業に関連性を有しない帳簿書類その他の物件はその対象外であることは控訴人指摘のとおりであるが、本件の場合、岡田係官らとしては、右検査権の対象に該当するかどうかの調査の必要上、引き出し内の書類すべての任意提示を求めたものであって、岡田係官らの説明が有限会社三善理美容院の事業に関連性を有しない帳簿書類その他の物件までも右検査の対象とする趣旨でなかったことは、右関連性の有無について控訴人と岡田係官らのいずれの判断を優先させるべきかなどの議論が行われた経緯に照らしても明らかであるといわなければならない。
更に、付言すると、質問検査の範囲、程度、時期、場所等法律上特段の定めのない実施の細目については質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻一二〇五頁参照)から、質問検査権の行使として適法か否かは、担当係官に委ねられた質問検査権行使の実施の細目についての裁量に濫用乃至逸脱があるか否かにかかるところ、本件についてこれを見るに、本件調査を行った場所は、控訴人の自宅ではなく、控訴人が経営する有限会社三善理美容院中潟店であり、そこには当然に事業に関する帳簿書類等が保管されているものと思われるから、調査の必要性が認められる場合であり、被調査者たる控訴人が一旦拒絶した場合であっても、担当係官においてなお相当の説得を試みることは何ら差し支えないところであり、前記認定の時間・方法等に照らすと、本件の場合は、強制的手段方法によりなされたものとは到底いえないし、法人税法上の質問検査権行使の実施細目についての裁量に濫用乃至逸脱があったものとは認め難い。
3 質問検査権の対象についての控訴人の主張は独自の見解であって採用の限りでない。
五 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高山健三 裁判官 渡邊雅文 裁判官 池田光宏)